ベルリン(1999年1〜3月)

【クロイツベルグ(Kreuzberg)】

東西ベルリン分断時、西側の東端に位置した地域。
東西の壁跡が、今も所々に残っている。

住民は、8割以上のトルコ移民と学生や貧しいドイツ人で構成されており
様々な問題を抱えた地域でもある。

ここに私は、3ヶ月間住んでいました。


駅とその周辺(←・↓ 4点)

ベルリンには2種類の路線があります。

エス・バーン(S-Bahn)=都市高速鉄道
ウー・バーン(U-Bahn)=地下鉄道

こちらはエス・バーン駅。

訳は高速鉄道とありますが、普通の電車です。
で、こちらがウー・バーン駅。

改札口では毎日、痩せたお兄さん(薬物中毒?)が
乗客の要らなくなった切符を、乞うていました。

この切符は1日乗車券なので、それを安く売って
多分、お金を作っているのではないかと・・・
街の様子(←・↓ 3点)
『インビス(軽食堂)』

ベルリンには、至る所にこういった小さな食堂があり
安い値段で食事が出来ます。

ここは、私達が頻繁に通っていた、ベトナム系中華食堂。

最初は自炊していたのですが、馬鹿らしくなっちゃって。

だってね・・・
野菜炒め定食が、150円位だったんです。
北京ダックとかでも、300円もしなかったな。

しかも・・・
ご飯のお代りは、おまけしてくれたし。
暖炉用の石炭
(排気問題で、現在は確か使用禁止です。)

「石炭の配達人は要注意!」
これ、ベルリンの常識です。

どういうことかというと・・・

側で見張っていないと、袋の数をちょろまかします。
実際、私の事も騙そうとしました。

ま、1袋の重さが正確かは、彼のみぞ知る、ですがね。
『ベルリンの壁』(←・↓ 2点)

1961年、構築。
1989年11月、崩壊。

こんなちゃちいコンクリートの壁なのに・・・

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