2005年11月2日 (水)  びっくり豆

昨日はカソリックの祝日のため、スイスの一部地域は休日でした。
我が夫B氏は、カソリックではありませんが、現在の仕事場がカソリックの町であるため、やはり休日になりました。

ということでB氏は、お役所回りや買い物など、普段出来ないでいることをまとめてやってしまおうと、私を連れて町に行きました。
私はというと、本当は町になど行きたくないのですが、「みんつが好きな匂いのアフター・シェイブを選んでくれ」などと言われては、妻として、断るわけにも行きません。
ちょうど、お菓子作りの道具で欲しい物もありましたし、一緒に行くことにしました。

さて、町でのB氏の用事も済み、私達は、お菓子作りの道具を探すことになりました。
私の欲しかった物は、名前が分らないのですが、タルトなどを焼く時に、生地が膨らんでしまわないように、重りとして使う小さな金属の粒です。
偶然見付けたスイスのレシピでは、それは『Backerbsen(バックエルブセン)』と呼ばれているようでした。
日本語にするなら、「焼くえんどう豆」というところでしょうか。
私の母が使っていたのは、確か、銀色のチョコ・チップというような感じのものでしたが、スイスのそれは、きっとえんどう豆のような形なのでしょう。

ところが、どの店に行っても、その「えんどう豆」が見つかりません。
スイスの店員は、大抵自分の店で扱っている品物のことなど、何も分っていませんから、私は、ちょっと太目のいかにも料理好き、といった感じの、中年の女性店員を探しては、「すいません、バックエルブセンは、どこにありますか?」と聞いて回ったのですが、首を傾げるばかりです。
どの店でも、数人の店員に聞いたのですが、皆おかしな顔をします。
中には、「えんどう豆」と聞き、食料品売り場に連れて行ってくれた方もいました。

何件か回った頃には、私にも「どうやらスイス人は、バックエルブセンを知らないらしい」ということが分かって来ましたが、だとすると、彼らはどうやってタルトを焼くのでしょう?
既に出来上がっている物を買うのでしょうか?
特に料理好きではなくても、ちょこちょこっとケーキを自分で焼いてしまうスイス人が、タルト生地だけは出来合いを買うというのは、何ともおかしな感じです。

「すいません、バックエルブセンって、知っていますか?」
何度も説明をするのが嫌になり、そう聞く私に、6件目の店員がやっと言いました。
「ええ、知っているわよ。でも、うちには置いていないわ」
どうやら、「えんどう豆」が存在していることは確かなようですが、……結局、町にはありませんでした。
日本では、これ、さほど特別な物ではなかったように思うのですが。

そして、帰り道、用のあった私達は、義父母宅に寄りました。
「そうだ! お義母さんは、確か焼き菓子の本をたくさん持っていたし、カタログ販売の調理器具なんかも買っていたから、多分、知っているんじゃないかな」
私は、最後の望みを義母(の持っているお菓子の本)に託しました。

「みんつ、欲しいレシピがあるのなら、コーピーしてあげるわよ」
台所でお菓子の本を次から次へと捲っている私に、義母が言いました。
「実は、バックエルブセンを探しているのですけど……」
「エルブセン(えんどう豆)?」
私の説明を聞いた義母は、一緒に本を捲りながら言いました。
「そんなもの、聞いたことがないわね」
「じゃ、タルトなんかを焼くときは、どうするのですか?」
「さくらんぼの種とか、乾燥豆を重りに使うわよ」
「豆は、その後捨てちゃうんですか?」
「そうねぇ。焦げちゃうし、食べられないわよね」
「お菓子を焼く度に、豆を捨てるんですか?」
「豆は、まあ、何回か使ってからだけど、捨てるわね」
「……」
ひょっとして「バックエルブセン」って、スイスでは、本物の「えんどう豆」なのでしょうか?

……スイスの皆さん、そのぉ、食べ物は大事にしないと。

2005年11月3日 (木)  気が利くって…

何度か書いていますので、もう皆さんはご存じでしょうが、私には、物欲というものが殆どありません。
実はこれ、子供の頃からでして、周りの大人を困らせていたほどなのです。

例えば、
毎年正月になると祖母は、孫達を連れてデパートの玩具売り場に行き、言いました。
「さあ、好きなものを一つずつ持っておいで」
私以外の子供は皆、喜んで店の中を回り、あれもこれも欲しいと、選びきれずに幾つも玩具を持って祖母の元に戻ります。
ところが私は、こうです。
「何にも欲しい物がないから、今年はいいや」
「でもお前、去年もそう言って何も買わなかったじゃないか。何でも良いんだよ。もう一回見ておいで」

年頃になり、仕事を始めた時には、こんな事もありました。
祖母の家で叔父と話していて、私が何気なく言いました。
「その鞄、良いね。私も、そんなの一つ欲しいな」
すると叔父は、その場で中身を全部出し、私に鞄を差し出しました。
「これは、お前にやる」
「ええ、いいよぉ。それ、叔父さんが使っているんじゃない。ちょっと格好良いな、と思っただけだからさ」
「いや、お前は滅多に物を欲しがらないやつだ。そういうお前が欲しいと言ったら、それはやらなくちゃいけない」
日頃特に親しい付き合いをしていたわけでもない叔父の強い調子に、私自身が驚いたほどです。

結婚してからは、こんな具合です。
「君ほど何も買わない女性は、見たことがないよ。もし欲しい物があったら、多少高くても、遠慮しないで買って良いからな」

今、「ええ、何で? そんなの信じられない」と思った方も、いるのではないでしょうか?
私自身、何故だか分らないのです。ただ、欲しいと思う物がないのです。
他人から見たら、私は何も持っていないにもかかわらず、です。
もし輪廻などというものがあるとしたら、物欲に関しては、きっと前世で思い残すことなく楽しんだのでしょう。

さて、そんな私がこの時期困るのは、これも何度か書きましたが、義母からの誕生日プレゼントです。
自分の息子たち、孫たち、そして私の義姉にはあげているのに、私にだけやらないというのは、義母も困るのでしょう。

そんな私に、今年も義母は、誕生日プレゼントを用意していました。
カシミアのマフラーです。
よく気の付く義母のことですから、冬のどんなに寒い日でもマフラーをしていない私を見ていて、「みんつは、マフラーを持っていないに違いない!」と思ったのでしょう。

私がマフラーをしないのは、簡単な理由からです。
実は私、マフラーが嫌いなのです。
首の回りにたくさん生地があるのが、鬱陶しいのです。
ですから私の冬服は、チャックを上げると顎の下まで閉められるような物が多いのですが、もちろん部屋に入った時などは、チャックを下ろします。
義母は、そんな私の姿を見ていたのでしょう。
ジャケットはあるけど、マフラーがない。

「B氏、今年はマフラーだよ。誰か、義父母に絶対会うことのない人で、プレゼントを上げなくちゃいけない人、いない?」
「残念だが、いないな」
「あ、封筒に50フラン(5千円ぐらいの感覚)も入ってる! 両方は、多いよね。そんなに気を使わなくても良いのに……」
「じゃあ、50フラン、返してくるか?」

……ええと、マフラー返しちゃ、駄目かなぁ?

2005年11月4日 (金)  知って欲しいから

いつも私の日記を楽しみにして下さっている、皆さんへ。

今日は、私の日記の代りに、読んで欲しいものがあるのです。

それを書かれている方も、はっきりと言われていますが、私も、誰かを攻撃したり、非難したりなどという意図は、全くありません。

ただ、知って欲しいのです。
そして、ほんの少しで良いから、考えて欲しいのです。
もし出来るのなら、身近な人にも話してみて下さい。

では、こちら(↓)からどうぞ。

『〜今 私にできること〜』

*「たばこ、喫煙、化学物質過敏症」関連の日記を、一つでも二つでも良いので、読んでみて下さい(左の「プログテーマ一覧」から入れます)。

2005年11月7日 (月)  日曜日のひとこま

「今、M氏とG嬢夫妻から電話があって、子供達を連れて、一時間後に家に来るって言うんだけど、良いかな?」
日曜日の午後、台所でケーキを作っている私に、夫B氏が言いました。

……「良いかな?」って、もう電話は切っちゃったんだし、良いも悪いもないじゃない。そういうことは、返事をする前に聞くものじゃないのかなぁ?
そう思いつつも私は、気前よく答えます。
「うん、分った」

こう見えても、私だって日本女性の端くれです。
夫の友人の突然の訪問、ぐらいで驚いていたんじゃ、女がすたるというものです。

私は、クリームだらけの手を止めると、家の中の状況をさっと思いだし、まず明らかな部分から決断します。
……一時間で家中全部を綺麗にするのは、絶対無理。
ということは、ピン・ポイント掃除の効果で、綺麗な場所をアピールし、汚れている所に目が行かないようにする。

ケーキ作りは、とりあえず後回しです。
私は手を洗うと、さっと掃除機を掴みました。
タイム・リミットは、1時間後。

まずは、台所からです。
先程B氏が食事を作ったため、そこら中に飛び散っていた、油汚れや野菜くずを綺麗にし、掃除機を掛け、さっと床を濡れ拭きします。
私が無言で掃除を始めると、何を思ったのか、B氏はシャワーに向かいます。
「?????」

次に私は、台所の床が乾く間を利用して、トイレと洗面台を磨き上げます。
シャワーを済ませたB氏、今度は磨いたばかりの洗面台で、髭を剃っています。
「?????」

最後に、居間に散らかった不要物を片付け、テーブル・クロスを新しいものと替えます。
これで、何とか形は付いた筈です。
すると、そこそこ綺麗になった居間に、服を着替えたB氏が現れました。

「ちょっとB氏、貴方、何やってんの!?」
「いや、彼らが来るまでに、身綺麗にしておこうと思ってさ」
「……」
「それにしても、俺たち、あれだよな。友達が来るって聞いて、慌てて支度するなんてさ、だらしないよな」

……なんか、違う気がする。

2005年11月9日 (水)  果物

スイス人はよく果物を食べます。
もちろん好きで食べている人もたくさんいるのでしょうが、私の目には、ビタミン豊富で太らない食品ということで、果物さえ食べていれば大丈夫、とでも考えているのではないかと映ることがままあります。
果糖だって糖ですから、取り過ぎはどうかと思うのですが。

そんなスイス人がどう果物を食べるのか、これが私達日本人には、幾らかの驚きでもあります。

ある時夫B氏と車に乗っていて、小腹が空いた私達は、持参したリンゴを囓ることにしました。
車の中ですから、もちろん丸ごと囓るのですが、ゴミ入れを忘れた私は、食べ終わった後に残った芯をどうしようかと迷っていました。
そのためだけに高速道路を降りるのもどうかと思いましたし、窓からのポイ捨ては、もちろん論外です。
運転しているB氏も困っているだろうと思い、隣を見ると、B氏は何も持っていません。
芯は、どこへやったのでしょう?
「B氏、リンゴの芯は、どこにしまったの?」
「え? 芯?」
「運転するのに邪魔でしょう? 私が持っているよ」
「食べたけど……」
そうなのです、リンゴも梨も、芯は食べてしまうのです。ですから、スイス人が食べ終わったリンゴは、頭に付いている小さなヘタしか残りません。

別の時はこうです。
「ぶどうってさ、美味しいんだけど、食べるの面倒くさいよね。せめてみかんぐらいの大きさにしてくれたら、良いと思わない?」
手を汁だらけにして私が聞くと、B氏はおかしな顔をします。
「なんで?」
「だって、手がべたべたになって気持ち悪いじゃん」
「……手がべたべた?」
見ると、B氏の皿には、茎が残っているだけです。
「種と皮は、どうしたの?」
「食べたよ」

これはB氏だけでなく、スイス人は女性でも、果物の皮や種や芯は、みんな食べてしまうのです。
残すのは、バナナやオレンジのような皮と、桃のような大きな種だけです。
桃の皮って、毛が生えていて、舌触りが悪いと思いませんか?

ある日、どうにも気になって、B氏に皮を剥いた桃やぶどうを食べさせてみました。
「どう、こっちのほうが、美味しいと思わない?」
「うん、思う!」
それでもB氏、自分で剥く気はないようで、いまだに皮ごと食べています。

さて、先日友人夫妻が来た時に、私は偶然作っていたケーキを出しました。
タルト生地を焼いて、バナナを敷き、レーズンを入れたヴァニラ・クリームを詰めて、薄皮を剥いたみかんを一杯に乗せたものです。
「これ美味しい。もっともらって良い? 上に乗っているのは、みかんよね? これ、自分で作ったの?」
口々に二人が言います。
「作ったっていっても、生地だけだけどね。クリームは、市販の粉に牛乳を入れただけだよ」
「でも、このみかんは、缶詰じゃないよね。みんつが、自分で剥いたの?」
「……そうだけど」
「すごい! こんなの、私には作れないわ」
「ああ、俺もそう思う。大変な作業だよな」

……みかんの薄皮を剥くのは、どうやらスイスでは、離れ業のようです。

2005年11月10日 (木)  静かに暮らしたい。

来ました。
いえ、来ることは分っていましたし、正直に言うなら、もっとずっと早く来るだろうと思っていましたから、特に驚いたりはしていないのですが、それでもやはり、やれやれ、という感は否めません。

え、何のことか、ですか?
厩肥……家畜の糞の話です。

以前にも触れましたが(興味のある方は、2005年10月26日『得意分野』参照)、スイスの酪農家には、厩肥神話のようなものがあり、収穫の終わった畑や草原には、必ず厩肥を撒かなくてはいけないと信じているのです。
私は、これを撒きたくないのです。
理由は、家畜の飼料には、動物の不必要な病気を防ぐためにと、抗生物質などが入れられています。それを食べた家畜の糞を畑に撒くということは、私から見ると、畑に薬品を撒いているようなものだからです(最近は、そういうことに気を使う酪農家もいますが)。
しかしこれは、酪農家の村であるここでは、言ったが最後、皆を敵に回すことになります。

私の畑は、純粋な趣味ですから、撒いたものが全て豊作になる必要はありません。それよりも、出来るだけ心配のない、気持ちの良い野菜を食べられることの方が重要です。
ですから、不必要なものは、どうしてもというのでない限り、避けたいのです。
大体、そういう野菜なら、スーパーで買えばいいのですから。

ところが、スイス人にとっては、厩肥を撒くというのは、ずっとそうしてきた習慣であり、これからも変わらず続けるべき事柄なのです。
今までそうであったものは、これからもそうするべきである……というのが、スイス人の考えです。
そして、蒔いた種がもし実をつけないなどということになれば、それは重大な手落ちであり、あってはならないことです。
しかも、自分の野菜は、他所の畑のものよりも、より大きくてより豊作でなければいけません。
ですから、今年は試しに撒かないでみる、というような冒険は、リスクが大き過ぎるのです。

で、何が来たかというと、下の階に住むお婆ちゃん(私が借りている畑の持ち主で、元酪農家です)が、バケツ一杯の厩肥を持ってやって来たのです。
「みんつはなぜ、畑に厩肥を撒かないの?」
「ええと、撒きたくないから」
「どうして撒きたくないの?」
「必要がないと思うから」
「でもね、うちの娘は毎年厩肥を撒いているから、ほうれん草なんて、ものすごく大きいのが出来るわよ」
「お婆ちゃんの庭は良い土だから、厩肥を撒かなくても、大きいほうれん草が取れると思いますけど。それに私、今まで一度も撒いたことがないけど、いつもちゃんと豊作でしたよ」
「でもね、厩肥は撒いた方が良いのよ」
「今年は、試しに撒かないでみようと思ったのですけど……」
「厩肥を撒いても、悪いことは起らないわよ」
私が食べる野菜を、私の労力で作っているのに、どうして好きなようにしてはいけないのでしょうか?
……そんなに大きなほうれん草が良いなら、ウランでも撒きましょうか?

私は、反論の余地のない質問をされて、本意でないのに同意しなくてはいけなくなることが嫌いです。
どうして「貴方の畑に厩肥を撒きたいのだけど、良いかしら?」と聞いてくれないのでしょう?
「お婆ちゃんが厩肥を撒きたいなら、どうぞ」
「どこに撒いて欲しい?」
「どこでも、お好きなところに撒いて下さい」

……スイス人よ、あんた達は、世界一のモティヴェーション・キラーだよ。

2005年11月14日 (月)  放って置いてくれ〜

土曜日の朝10時過ぎ、我が家の電話が鳴りました。
その日の夕方から、知人達と出掛ける約束をしていましたので、その変更かと思い、私は何気なく電話を取りました。
そうそう、この時点ではまだ私、夫B氏とベッドの中で、週末の朝の気怠いお喋りをしていたのです。

「ハロー、みんつ。今日は、散歩に行くのかい?」
受話器の向こうで、義父が謎かけのような問を発します。
こういう時は、決まって義母が後ろにいるのです。義母は、なぜか義父を使って、私達に電話をかけさせるのです。
……散歩? これは何を意味するのでしょう?
「ええと、散歩に行く予定は、ないですけど……」
「今日は、何か予定している?」
……ははぁ、そういうことか。

実は私の誕生日が近いので、少し前から義母は、何やらうるさく言っていたのです。
「みんつ、当日もし一人なら、我が家に来ると良いわよ。誕生日に一人なんてねぇ……」
そんなお誘いに、私はやんわりと拒否の答えを返していたのですが、もちろん義母は、そんなことでは諦めません。
彼女の考えでは、誕生日に一人寂しく過ごすなんて、あってはならないことですし、B氏と過ごしたからといって、それは家族と祝ったことにはなりません。
例えその誕生日が、当人にとってはもう嬉しくもない歳のものであっても、です。

「今日は、予定があります! 友達と町に行って、遊んできます」
「それは、何時頃から?」
……うっ、まだ許してくれないか!? 
どうやらこの辺が、微妙な駆け引きのようです。約束は4時からですが、私は慎重に答えました。
「さあ、午後ですけど。3時とか4時とか、はっきりとは決めてないんです。友達の準備ができたら、うちに来ることになっています」
「2時には、家にいるかい?」
……そうきたか! 
これから食料品の買い出しにも行きたいし、ゆっくりシャワーも浴びたいし、何よりも今から急いで掃除をする気には、到底なれません。

「ちょっとまだ分りません」
「予定はあるの?」
「いえ、それはないですけど……」
「今からそっちの方にサイクリングに行くんだよ。2時ぐらいに、ちょっと寄っても良いかな?」
「今日は、その後に予定もあるし、明日じゃ駄目ですか?」
「いや、ほんのちょっと寄るだけだよ。長居はしないから」
「いえいえ、せっかく来て頂けるのですから、時間のある時にゆっくりして行って欲しいんです」
「サイクリングの途中だからね、あんまり長居して寒くなっても、うちとしても困るんだよ。ほんの少しよるだけだよ」
……この問答、私にノーという権利は、あるのでしょうか?

「ですから、明日ならゆっくりと……」
「そっちにサイクリングに行くのは、今日なんだよ」
……だから私の都合を合わせろ、ってことでしょうか? “私の”誕生日なのに?
「今日は、ちょっとばたばたしているし……」
「大丈夫だよ。2時頃に少しよるだけだから」
「……」
「2時で良い? そのころは家にいるかな?」
「……じゃあ、2時には、家にいることにします」
「それじゃ、またあとで」

……下のお婆ちゃん(前回の日記参照)といい義父母といい、スイス人、本当に大丈夫か?

2005年11月15日 (火)  宣戦布告

「夕飯は、何が良い? トルコ料理、メキシコ料理……」
知人のM氏が聞きました。
実は、私とM氏の誕生日がたった二日違いなので、私達夫婦とM氏・E嬢のカップルは、町で一緒にビリヤードを楽しんだ後、夕飯を取ることになったのです。

「メキシコ料理が良い! 私、ずっと試したいと思っていたのよ」
これ以上はっきりとは答えられない、というぐらいの調子で、私は言いました。
ところがM氏は、ぱっとしない顔で言います。
「うーん、でも、E嬢はえびが食べたいんだって」
……じゃあ、何で私に聞くの? 大体、トルコ料理もメキシコ料理も、えびなんてないんじゃないの?
そうは思いましたが、私も一応分別のある大人です、静かに先を促しました。

「そう、他の候補はどこ?」
「ピザ……」
「ねえ、トルコ料理もメキシコ料理もそうだけど、ピザ屋だってえびはないでしょう? どこか、えびのあるところで候補を上げてよ」
「タイ料理……」
「タイは俺、しょっちゅう食べているから、出来たら他が良いな」
側で聞いていた夫B氏が、遠慮がちに言います。

「普通のスイス料理か、スペイン料理……」
「あ、スペイン料理が良いよ! それならえびもあるだろうし、私もまだ行ったことがないし」
「スペイン料理のレストランなら、私、良いところ知っているわ」
この判断に、横で心配そうにしていたE嬢も満足そうです。
そうと決まれば、ビリヤードはおしまいです。
私達はM氏の車に乗ると、レストランへと向かいました。

レストランの前に車を止めると、私達は夜の中に出ました。
「あれ、ここ、スペイン料理じゃないんじゃないの?」
建物には『ホテル』と書かれていますし、スペインをイメージするような飾りは、どこにもありません。
「あそこにメニューがあるから、見てみよう」
B氏が言い、さっさと歩くM氏の後に、私とE嬢は首を傾げながら続きました。

『牛ヒレ・ステーキ、仔牛のソーセージ、鶏肉の……』
「これ、スペイン料理じゃないよねぇ」
私とE嬢が言うと、M氏はさも当然といった風に答えました。
「そうだよ、ここは、普通のスイス料理だよ。もう、レストランに着いちゃったんだから、なんだって良いじゃないか」
「ええ、だって私達、スペイン料理を食べに行くんじゃなかったの?」
E嬢が驚いたように言います。
「私もスペイン料理が良いよ」
私も不服そうな声を出しました。
B氏は……こういう時B氏は、あまりにびっくりしてしまい、咄嗟に固まってしまうのです。

するとM氏は、笑ってではありますが、苛々した調子で言い切りました。
「もう、車は駐車場に入れちゃったんだよ!」
駐車場はホテルのすぐ前、私達が立っているところから五mといったところです。しかも、無料の青空駐車で、Uターンする空間も十分にあります。
……そういえばさっき、M氏は、「フライドポテトが食べたい」というようなことを匂わせていましたっけ。

運転手が車を出さないのでは、私達はどうにも出来ません。
私達は、大して珍しくもなければ、とびきり美味しいわけでもない料理に高いお金を払い、肉と野菜を食べました。

前回の義父母、前々回のお婆ちゃんに続き、今度はM氏です。
どうして皆「私はxxしたいのだけど、良いかな?」と聞かないのでしょう?
もちろん、そんなスイス人ばかりでないことは、私も知っています。
現にB氏は、そういうことは一切しませんし、E嬢だってはっきりと、「えびが食べたい」と言ったのですから。
しかし、見ても分る通り、そういう人は蔑ろにされる傾向にあることも、事実のようです。

……この次からは、戦ってやるっ!

2005年11月17日 (木)  恐怖の誕生日 (前)

今朝起きたら、屋根の上にうっすらと白いものが。
ここより上の村では、既に2度ぐらい降りましたが、私の村にも雪の季節がやって来ました。
まだ、積ったりはしませんけれどね。

さて、ここ2回、続けて誕生日ネタを書いたのですが、そして本当は、それで終わりにするつもりでいたのですが……やっぱり、もう一つ書きます!
今回のは笑えませんから、そのつもりで読んで下さい。

誕生日当日のことです。

この日私は、ある程度の攻撃は覚悟していました。
義母のことですから、1週間前の要らないプレゼントと、土曜日の強行訪問だけで済まないことは、私も分っていました。
ですから私は、仕事でまた家を空ける夫B氏に言いました。
「xx日、私は電話を取らないから、もし急用なら、3回コールして、1度切ってからまたかけて」

私の予想では、義母は、私をお昼ご飯に誘うのではないか、と思いました。
義母宅から我が家まで、車で30分ですから、12時にお昼にする義母のこと、義父を迎えに行かせるとすると(こうすれば、私も嫌とは言えないから)、往復1時間ですから、11時あたりに電話を寄越すだろう、というのが私の読みです。

11時数分前。
はい、鳴りました。きっちり10回のコールが2度続けて。
……5〜10分後ぐらいにもう一回かな?
はい、大正解。やはり10回コールが2度です。
そして、その10分後ぐらいに、もう一度10回コールx2のセットが、1度来ました。
3度目は予想外でしたが、まあ、こんなものでしょう。
義母は、昼食の時間をずらすなどということはしませんから、これで、お昼のお誘いは、クリアです。
この次は、夕食のお誘いでしょうから、夕方までは、のんびり出来ます。

ところが、私は甘かった。
私はまだ、義母の本当の姿を知らなかったのです。
B氏がなぜ抵抗しないのか、なぜあんなに簡単に諦めてしまうのか、私はこの日、知ることになりました。

午後2時ごろ。
10回コールx2が、また来ました。
……あら、こうなると、午後の散歩なんていうお誘いもありかも知れない。
PCで呑気にゲームをしていた私に、少しばかり緊張が走ります。

2時半ごろ、また電話が鳴ります。10回コールx2。
……こりゃ、まずいな。家にいない方が良いかも知れない。
義父はもう退職していますので、義母が望むなら、私の家へ車を出し、ちょこっと居るかどうか覗くなどということは、簡単に出来ます。

私は今日、一人静かに過ごしたいのです。
最近立て続けに起った、『私に無理矢理同意させる攻撃』にほとほとうんざりしていた私は、「今日は私の日だ。好きなように過ごすぞ」と決めたのです。
B氏からお古のマックも譲り受けたことですし、付属の『シム・シティー』がやりたいのです。

しかし、義父母に突然来られてしまったのでは、厄介なことになります。
まして、ゲームなどしていたのでは、追い返す口実にはなりません。
……義父母宅の夕飯が6時として、5時には支度を始めるとすると、4時半まで外にいれば大丈夫!
私は急いでPCを切ると、山に入りました。

山の散歩は、行くまでが億劫ですが、始めてしまえば案外楽しいもの。
気付いたときには、あたりも薄暗くなり、予定の時間はクリアです。
これで、夕飯のお誘いも、何とか乗り切りました。

私の予想では、これで、今日のプログラムは終わりの筈でした……

                  〜次回に続く〜

2005年11月18日 (金)  恐怖の誕生日 (中)

            〜前回からの続き〜

夕飯の後片付けも終わった頃でしょうか。
はっきりとした時間は分りませんが、多分、7〜8時の間だと思います。
私の作ったミニチュア・シティーに地震が起き、2つあった消防署が破壊された時です。

プルルルル、プルルルル……
また、我が家の電話が鳴ります。やはり10回コールx2です。
……こりゃ、最後の駄目押しだな。
せめて今日中に私を捕まえて「おめでとう」を言うって目的ぐらいは果たしたい、という名目の「何度も電話したのよ。何処に行っていたの?」攻撃か。
今日は、その手には乗らないぞ。

今出ようが後にしようが、どうせ文句を言われるのですから、私、電話に出るのは明日の朝にするつもりでいました。
10年間で1日ぐらい、義母の思い通りにならない日があったって、罰は当たりません。
今日は、私の誕生日で、私の望みは、一人きりで過ごす、なのですから。

ところが20分ぐらい後に、また電話が鳴ります。10回コールx2。
……ええっ、ひょっとして、この後も電話は続くの? 
このあたりで私、少し不安になりました。

こうなると義母の考えは、手に取るように分ります。
「みんつは、どうして電話に出ないの?……私は思いやりのある義母として、今日中におめでとうを言わなくちゃいけないのに……あの子は、一体何をしているのかしら?……B氏も居ないんだから、一人で暇にしている筈よ……どうして電話に出ないの?……私が何度も電話を掛けるのは、彼女が心配だからよ……そうよ、何かあったのかも知れないじゃない……急に具合が悪くなって、一人で倒れているのかも……何としても、彼女を捕まえなくちゃ……」
そうして、どんどん意固地になり、自分のしていることがどういうことなのか、見えなくなって行くのです。
これは、過去10年間のクリスマスで、さんざん見てきましたから。

そして、私の想像道り、いえ、それ以上に、何とその後も15〜20分おきぐらいに電話が鳴るのです!
もう私、PCでゲームどころじゃありません。
このまま放っておくと、夜中に義父に車を出させ、様子を見に来るのではないでしょうか?
それどころか、下に住むお婆ちゃんの電話番号を調べて、「ちょっと様子を見てくれませんか?」なんて大騒ぎだって、起しかねません。

……これって、尋常ではないような気がする。どうしよう?
じゃんじゃん鳴り続ける電話の音に、私、本気で恐くなって来ました。
……義母、この電話も義父に掛けさせているのかしら?
この考えは、あまりに恐ろしすぎて、私は即座に却下しました。

すると、きっちり10回ずつ鳴り続けるベルの合間に、1度だけ3回で切れたコールがありました。
B氏です!
しかし、分別のある私は、次に鳴る電話も取りませんでした。
なぜなら、これだけ電話がかかっているのですから、偶然義母のものが入り込む可能性だって、ないとは限りません。
私は慎重にコール音が終わるのを待ち、B氏の携帯に電話を掛けました。

                〜次回に続く〜

2005年11月19日 (土)  恐怖の誕生日 (後)

           〜前回からの続き〜

「B氏、今電話した?」
「ああ、したよ」
「お義母さん、でしょう?」
「俺の携帯に、お袋から何度も電話が来てさ。その度に、『みんつが電話に出ないのよ。何かあったのじゃないかしら?』なんて言うんだよ。全く面倒だよな、お袋は」
「で、B氏は何て答えたの?」
「みんつは大丈夫だから、放って置けって言ったさ。電話に出たくないか、聞こえないだけだろうって」
「ありがとう。もしまたそっちに電話が行ったら、偶然私からかかって来て、『居間で映画を見ていたから、聞こえなかった、と言っていた』って言って」
我が家の居間は、電話から一番遠い部屋なので、アクション映画などを見ていると、本当に電話の音が聞こえない時があるのです。

私は、消防署がないため、地震後の火災で燃えさかるシティーを諦めると、居間に行き、普段より幾分大き目な音で、テレビの映画を見ることにしました。
こうしておけば、もし本当に義父母が来ても、「あら、テレビの音で聞こえませんでした」と言えますし、ひょっとしたら下に住むお婆ちゃんにも、私が普通に生活している音が、漏れ聞こえるかも知れませんから。

映画を見ていたので、正確にどのぐらい電話がかかってきたのかは分りませんが、場面が静かなものになる度に、隣の部屋からコール音が聞こえます。
最初は「今日ぐらい、好きに過ごさせてもらう」と思っていた私ですが、映画の合間に聞こえるコール音に、受話器の向こうに居るであろう義母がうすら恐ろしくなり、この時点ではもう、電話に出たくないというよりも、出る勇気がありませんでした。
それどころか、「本当に義父母が来たらどうしよう?」と、ソファーの上で小さくなっていたほどです。

義母の性格からいうと、夜の10時過ぎには、他人の家に電話などしない筈です。
それまでの辛抱ですが、このままでは私、胃潰瘍になりそうです。
……そうだ! 電話を使用中にしてしまえば、義母には、間接的に私が元気でいることが分るし、彼女の掛けるコール音を聞かないでも済むじゃん!
私は、9時半を少し回った頃、もう一度B氏に電話しました。
そして、10時が過ぎるまで、私の身に今朝から何が起っているのか、全て話しました。

「明日の朝にも、電話が来ると思うのね。今日私が捕まらなかったから、明日は文句を言われると思うんだ。私、今お義母さんと戦う気力、ないわ。だから、お義母さんの熱が冷めるまで、向こう数日間、電話の音量を絞って聞こえなくするから。……こういう言い方したくないけど、お義母さん、大丈夫? あれじゃ、ストーカーだよ」
「お袋、他人の言うことなんて聞かないからな。それが嫌なら、義姉みたいに、がんと言うしかないのかもな」
「お義父さんは、何で彼女を止めないの?」
「……無駄だと諦めているんじゃないか、俺みたいに?」
「夜中の10時過ぎに電話しちゃいけないって常識は守るのに、他人の家に1日に20回も電話するもんじゃないっていう常識は、どうでも良いんだよね? 義理の嫁が、いい歳した大人の女性だっていうことも、しかも他人だっていうことも、気付かないんだよね。変だよね、これ」
「面倒臭いだろ?」
「私、昨日は本気で引っ越ししたいと思ったよ。車で何時間もかかる遠いところに行かない限り、安泰はないと思ったよ。このままやられたら、私の方が先に病院行きだよ」
「俺、他人を敬うみんつのやり方の方が好きだけど、それじゃ通用しないのかもな。必要なら、お袋とやりあっても良いぞ」

翌朝10時少し前、やはり電話が鳴りました。10回コールx2。
私、本当に電話が来るか確かめたかったのですが、コール音を聞いている間に、夕べの内に音量を落としておくべきだった、と後悔しました。
私は、コール音が止むのを待ち、スピーカーのスウィッチを切ると、日本にいる妹に電話を掛けました。

私の話を聞いた妹は、あっさりとこう言いました。
「あはははは。すっかり頼られているんだねぇ。旦那も息子たちも長男の嫁も、誰もまともに相手にしてくれないから、みんつちゃんのところに来るんだよ。みんつちゃんのことだから、また、お義母さんのこと、真剣に相手しているんでしょう? この人は分ってくれる、とか思われているんだよ、きっと。みんつちゃん、そういうの下手だから」

……誰か、“そういうの”のコツ、教えて下さい。

2005年11月20日 (日)  お知らせ

皆様へ。

現在夫B氏の働いている場所は、以前よりも家から遠く、イタリア語圏のスイスです。
そして、今度はホテル住まいではなく、部屋を借りることが出来ました。

私としても、そろそろ雪のちらつく季節になりましたし、外を歩き廻るのが面倒にならない内に、一度様子を見てこようと思っていたので、これは調度良い機会です。

え、何の様子かですか?
もちろん、イタリア語圏のスイス人男性の方がハンサムかどうかとか、ドイツ語圏のスイス人よりもリラックスしているかどうかとか、一体ジェラートは夏以外にも売っているのかとか・・・・・

ということで、明日から一週間、B氏にくっ付いてアルプスの反対側へ行ってきます。

ですから、日記はお休みになります。
掲示板の方は、いつも通り、皆さんのお喋りの場としてお使い下さい。

そうそう、そろそろカウンターの5万が近付いていますので、何か企画案があったら、是非書いて下さい(あ、例のカレンダーは、駄目ですからね)。

では、また再来週。 
                 みんつ

2005年11月27日 (日)  お知らせ 

皆様へ

現在日曜日の夜中ですが、突然、もう一週間B氏に付いて行くことになりました。
今から家を出、イタリア経由で町(→)に行きます。

ということで、日記の方も、もう暫くお休みになります。

掲示板等、ばたばたしているため、きちんと目を通せていないのですが、引き続き、皆さんでお喋りに利用していてください。

では、行ってきます!

                      みんつ

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