2004年10月1日 (金)  スイス人との遭遇 

                  〜前回からの続き〜

「さて、どうしようか。僕のバンガローに来て、お喋りでもする?」
そのまま別れるのが名残惜しかった私は、彼のバンガローに行き、ポーチのハンモックで揺られながら、月明りの下、長い時間話をしました。

ゆったりとイスに座り、私が話している間は、黙ったまま耳を傾け、自分が話す時には、ゆっくりと言葉を選ぶようにして話す彼に、私は安心感を覚えました。
「貴方、良いセラピストになれるわね」
そう言う私に、彼は苦笑いをしました。
「どうも、そうみたいだな。僕の周りの女性は、みんな僕にセラピストを求めるんだけど、僕のガール・フレンドには、なりたがらないんだ」
「どうして?」
「それが分かったら、今頃僕は、大もてだよ」
「あははは、それはそうね。でも貴方、見栄えが良いから、放って置いても女性の方から寄って来るでしょう?」 
今度は彼、ひどく驚いた様子で聞きました。
「そんな事を言ってくれた女性は、君が初めてだよ。僕の事、本当に見栄えが良いと思うかい?」

どうやらこのスイス人男性、自分が恰好良い事を、知らないようです。
彼のシャイな雰囲気は、自分の外見が、女性にとって魅力的であることに、気付いていないからでしょうか。

私は、思い切って色々な質問をしてみました。
そして、話をしながら、私達の将来に対する価値観が同じである事、私がパートナーに求めているものを、彼が全て持ち合わせている事を、私は確認しました。
・・・・・・私の男を見つけた!
私、強くそう思いました。

夜も更け、A子ちゃんも心配しているでしょうから、私は自分のバンガローに戻る事にしました。
スイス人男性、今度は紳士らしく、夜の道を私のバンガローの前まで、付いて来てくれました。
「じゃあ、明日また」
「ああ、・・・・・・」
少しの間、彼は迷ったように私を見ていました。そして、静かに片手を上げると、そっと私の頬を撫でました。
身体の大きな男性が、こんなに静かに動けることに、居心地の良さを感じていた私、彼を見上げ、頬を撫でられたまま、微笑んでいました。
すると、彼がその大きな身体を二つに折るようにして屈み、私の唇に、キスをしました。
ほんの少しだけ触れた彼の唇は、ひんやりしていて、暑いインドネシアの夜に、一瞬の清涼感を運んで来ました。

翌日再び会った私達は、もう、夕日の見える丘には行きませんでした。
次の日も、その次の日も、今日までずっと、私達は一緒にいますが、まだ、あの丘からの夕日は見ていません。

また明日会うための口実、今でも残っているのです。

                     〜完〜

2004年10月2日 (土)  スイス人との遭遇 (おまけ)

インドネシアの小さな島で、完全に恋に落ちた、私とスイス人男性B氏には、ちょっとした問題がありました。
そうです。国籍が違いますから、そのまま仲良く一緒に帰る、という訳には行かないのです。
私達は、かなり早い段階で、そのことに付いて話し合いました。

私達には、3つの選択肢がありました。
 ∋笋インドネシアに滞在出来る20日間、このまま2人で楽しく過して、旅の良い思い出にする。
◆△互いの国に一旦帰って、遠距離恋愛をする。
、どちらかが、相手の国に行く。

,蓮■損瓩嫌だと言いました。
△蓮二人とも、無理だと言いました。
実は二人とも、以前に遠距離恋愛で失敗した経験がありまして……。

「じゃあ、H屬諭どっちがどっちの国に行く?」
そう聞く私に、B氏が言いました。
「俺は今、日本には行かれないよ。この旅行に出る前に、専科大学を受けたばかりなんだ。二度も手紙を出して、やっと受かった学校なんだ。自分の将来を考えると、諦める訳には行かない。それがなければ、俺が喜んで日本に行くけど・・・・・・」

そういう事なら、結論はもう出ています。悩むべきことは、何もありません。
「そう、じゃあ簡単ね。残るはひとつだもの。私が、スイスに行くわ」

そうと決まれば、行動開始です。
私達はバリ島に戻り、スイス行きの航空券を買いました。
B氏が、スイスに国際電話を入れ、彼の両親に「日本人の女の子を連れて帰るから、彼女が入国に必要な物を調べて欲しい」と頼んだところ、「日本人は、何もいらない」と言う答えが返って来ました。

さて、準備は整いました。
私は、A子ちゃんに、事の次第を話しました。
するとA子ちゃん
「良かったな、みんつちゃん。幸せにやれよ。でもさ、俺、みんつちゃんの親父さんに、何て言えば良いんだ?」
実はA子ちゃん、アメリカ育ちの日本人でして、日本語は普通に話せるのですが、何故か男言葉なのです。
「ああ、それは、私が電話するから、心配しないで」

私もバリ島から、父に国際電話を入れました(母は、既に他界しています)。
「お父さん、私、スイス人の男性と一緒に、スイスに行って来るわ。日本には、しばらく帰らないと思うから、心配しないで」
恋に頭をやられ、呑気にそんな事をいう娘に、父はたった一言。
「おまえの人生だ、楽しみなさい」
電話を代わった末の妹は、こう言いました。
「みんつちゃんは、ひょっとしたら返って来ないかも知れない、って思っていたよ。でも、相手がスイス人なら、安心だわ。で、彼は農家の人?」
「???・・・違うけど、何で?」
「なら良いの。みんつちゃんに、農家の嫁は無理だからさ」
私が帰らない事に驚かない、私の家族に、B氏の方がかえって驚いていました。

さて、こうして、ショート・パンツにサンダル姿で、B氏と冬のスイスにやって来た私ですが、どうやら目に狂いはなかったようで、9年経った今でも、スイスで呑気にPCを叩き、ねずみを咥えてきた猫の相手などしております。

皆さんの馴れ初めは、如何ですか(笑)?

2004年10月3日 (日)  お知らせ

皆様。

現在、私、引越しの真っ最中です。

新しい部屋のインターネット回線、既に申し込等はしてあるのですが、何せここはスイスです。
日本のように、何でもちゃっちゃっとは、行かない事の方が多いのです。
ですから、ひょっとすると、暫く日記がお休みになる可能性も、あるかと思います。

私のHPを覗いて、日記の更新がありませんでしたら、憂さ晴らしなり、暇つぶしなり、お好きなように、掲示板に来られている他の皆さん方と、お楽しみになっていて下さい。

では、良い週末を。          みんつ

……実は、最初のトラブルが、起こっております、ははは。

2004年10月5日 (火)  最初の一週間

今日は、ついでと言っては何ですが、私と夫B氏が出会った頃の、ちょっとおかしなエピソードをもう一つ、話そうと思います。
私とB氏の両親、つまり、現在の義父母との出会い、です。

実は、私がB氏に出会った数日後、偶然にも、B氏の両親もバリ島旅行に来ることになっていました。
向うは、当然リッチ旅行組ですから、私達と行動を共にする、などということはありませんでしたが、私達は一度、市内のレストランで、一緒に夕飯を食べました。
彼らに対する私の第一印象は、「良かった、まともな両親で。こういう両親なら、子供は普通に育っている筈」でした。
その時の食事は、高級レストランの美味しそうな料理だったにも関わらず、4人共、旅の疲れか緊張か、出された食事の半分しか食べられなかったのを憶えています。

その後、呑気にスイスに来た私ですが、3日と経たない内に、B氏は私一人を実家に置いて、学校の研修旅行にベルギーへ行きました。
彼の両親は、まだ旅行の最中でしたので、私は、まあ簡単に言えば、知らない国の一度しか会った事のない人の家で、一人、こっそりと生活を始めた訳です。
B氏は、「両親が帰って来たら渡すように」と言って、私がそこにいる事情を書いたメモをくれました。

B氏が発ってから2、3日後のある午後、私が旅行中の洗濯物を干していると、B氏の両親が帰って来ました。
「あら、みんつ、こんにちは」
これが義父母の第一声でした。
私は、いつもポケットに入れていたメモを、黙って渡しました。
そのメモはドイツ語で書かれていましたので、私は内容を知りません。
義母はそれを読むと、にっこり笑って「分かったわ」と言いました。

それから1週間、私は義父母と暮らしました。
そうなんです。私の、スイスで最初の1週間は、B氏のいない1週間だったのです。
幸いにも、義父母は私より上手な英語を話しましたので、特に問題は起きませんでした。
私は毎日、家の手伝いをしたり、義母が、宗教の教師として週二日働いていた、小学校の授業に特別参加したりして、過していました。

さて、B氏がベルギーに発つ前に、私は何気なく言ったことがありました。
「ベルギーから、電話を入れてくれる?」
たとえB氏の両親とはいえ、私は全く知らない人達と1週間過す訳ですから、何かあった時の為に、週の半ば辺りにでも一度、確認の電話を入れてもらえると、安心だと思ったのです。
しかし、B氏、何故か毎晩、夕飯の時間になると、電話をくれました。
この、息子ののぼせぶりには、私よりも義父母の方がびっくりしたらしく、毎晩食事中に鳴る電話に、二人ともにやにや笑っていました。

そんな風にして1週間が過ぎ、ある昼、部屋にいた私の耳に、B氏の声が聞こえて来ました。
階下の台所で、義母と話をしているようです。
私は、そろそろと階段を下り、台所を覗き込みました。

私を見付けたB氏、大きく両手を広げて、私を抱き上げると、そのまま上の部屋に歩き出します。
私は、ずり落ちないように、慌ててB氏にしがみ付きました。
まるで、ユーカリの上にいるコアラのような状態ですが、これを見た義母、どうやら勘違いをしたようなのです。

部屋の中で、ロマンティックとは程遠い会話をしていた、私達の所にも届く位の大きな音で、階下からステレオの音楽が鳴り始めました。
シナトラだか何だかが響く部屋の中で、私達は苦笑いをし、義母の粋な計らいに甘える事にしました。

こうして、私のスイスでの生活は始まったのです。

2004年10月6日 (水)  引越し前日 (前)

    (文字数制限の関係で、今日の日記は二つに分けました。)

先週の土曜日、私達は大家夫人、前店子とその彼女とで、部屋の引き渡しをしました。
これは、前店子と大家で破損個所のチェックをし、新店子(私達)と大家でその確認をするのです。つまり、前店子による部屋の破損が、新店子のせいにならないように、という訳です。

問題なく部屋の引き渡しが終わった時、大家夫人が私達に言いました。
「実は、庭の事なのだけど、別の場所でも良いかしら?」
この部屋を借りるに当たって、私達には嬉しい条件がニつありました。
一つは、駐車スペースが車二台分ある事。もう一つは、庭が、車道を挟んで向かい側なのですが、以前に住んでいた家よりも広い事でした。

皆さんはもうご存知でしょうが、私、家庭菜園にすっかりはまっておりまして、もはや『自給自足も夢ではないかも?』という位の規模で、野菜を育てていました。
その私に、機械を使わなくては耕せない程の土地を使わせてくれる、と言うのですから、来年の夏への計画は、もちろん『野菜は一切買わない』です。

ところが大家夫人、契約書を交わし、部屋の引き渡しまで済ませた後に、そんな事を言うのです。
別の土地は、私達が借りる事になっていた場所から、部屋を挟んで反対側にあり、前後を他所の家と牛小屋に挟まれていました。
土地の広さ自体は殆ど変わりませんが、前の場所からは、遮る物なくアルプスが一望出来たのに比べ、こちらは、どこを向いても建物が視界を遮ります。
前の場所を知らなければ、こちらでも十分構わないのですが、前の場所は、寝椅子でも広げて誰にも邪魔されず、絶景の元、夏のBBQを楽しめる位置にあったのです。

「うーん、少し考えさせて下さい」
私達は、今までの経験から即答を避け、少し時間を掛けることにしました。
「前の方が良いなら、それはそれで構わないのよ。あそこは、どっちにしてもうちの土地だし、私は貴方たちが優先だと思っているから。後は、今そこを使っている酪農家の人と、直接話をして決めて」
何か、雲行きが怪しいです。何故私達が、酪農家と直談判しなくてはいけないのか? これは完全に、大家夫人の連絡ミスの筈です。
私達は、どうしようかと思いつつ、とりあえず車に積んで来た荷物を、部屋に運んでいました。

「みんつ、今大家夫人が、あそこで酪農家と話しているぞ。行こう。彼女のいる間に、話した方が良い」
夫B氏が指す方を見ると、大家夫人が通りの向かいで酪農家と肩を並べ、私達が借りる事になっている庭を見下ろし、話しています。
私達は急いで作業を中断し、二人の所へ行きました。
酪農家と挨拶をし、庭の問題について話し始めた私、「こりゃあ、まずい」と思いました。

酪農家R氏、自分の土地を取られてなるものかと、ものすごい勢いでまくし立て始めたのです。
「この土地は、馬の通り道だから、全部使わせる訳には行かない」「ここは、畑にするには土が良くない」「こんな広い土地、あんたらに必要ないだろう」等々。
馬うんぬんは、私達には関係ないですし、良くないと言っているその土地には、草が青々と繁っています。まして、どの位の土地が私に必要かは、はっきり言って、大きなお世話です。どの台詞も、説得力がありません。

私達が渋っていると、R氏は、「じゃあ、あそこの土地はどうだ?」「こっちでも良い」「何なら、別の所にもっと広い土地がある」などと言い出しました。
どうやらその土地を半分持って行かれてしまう事は、R氏にとって大きな打撃のようです。

               〜後へ続く〜

2004年10月6日 (水)  引越し前日 (後)

              〜前の続き〜

この話、私達にとって突然であるように、R氏にとっても寝耳に水なようです。
大家夫人がどちらにも良い顔をした、というのが真相でしょうか。
すると、そんな雰囲気を察したのか、大家夫人
「後は、貴方達で話を付けてちょうだい」
と、私達の返事も待たず、その場からこそこそと立ち去りました。

やられました! 彼女、自分の不手際を私達に押し付けて、逃げました。
あんなに楽しみにしていた庭が、近所付き合いの第一障害になってしまいました。
残された私達三人、正直言って困りました。
R氏は、ここが勝負所とばかりに、私達に使わせる土地を、どんどん小さくしようとしますし、私達は、どの提案にも首を振るだけです。

これ以上どうにもなりそうにないと見た私、思い切った手段に訴えました。
「ええ、こんな話じゃなかったのに。何か、ショックだわ。私、畑の事、すごく楽しみにしていたんです。色々な事聞いていると、何だかややこしくて、やっぱり最初の契約通り、元の場所で良いです」
そう言って、ちょっとすねて見せました。

この作戦、年長者であり、男性でもあるR氏には効いたようです。
「そうだ、ちょっと行った所に、もっと良い場所があるんだ。見るだけ見てみるかい? そこなら、好きなだけ土地を使っても良いよ」
心なしか優しい声で、新たな提案が出ました。
車に乗って見に行った土地は、誰にも邪魔されずに景色を堪能するにはもってこいですし、広さも、今すぐにでも野菜農家を始められそうな位あります。
しかし……
「R氏、この土地は一番広いし、景色も本当に良いです。でも、おかずに入れる葱一本取りに来るには、あまりにも遠過ぎます」
私がそう言った途端、三人とも、顔を見合わせてふき出しました。

その瞬間から場が和み、お互いの仕事や、私達が何故ここに来たかの話になりました。
B氏が、仕事で家を空ける事があると言うと、R氏からこんな冗談まで出ました。
「これからあんたが遠くで働く時は、みんつちゃんを、俺の家にでも預けて行くかい?」
私たちの印象は、決して悪くないようです。

「どっちにしても、来年の春まで時間がある訳ですよね。ゆっくり考えてみても良いですか?」
私の考えは、この時点でほぼ決まっていましたが、敢えてその場では言いませんでした。スイスでは、相手にとって都合の良い返事は、最後まで引き延ばすのが、得策なのです。

R氏と笑顔で別れ、車に戻った私は言いました。
「B氏、R氏からの最初の申し出通り、家の反対側を借りようよ。契約した土地の方が場所は良いけど、これからここに住むのに、R氏ともめるのは利口じゃないよ。損して得取れでさ、R氏と上手くやれれば、村の他の人達とも上手く行き易いと思うよ」
「ああ、俺もそう思う。最後にはR氏、喧嘩腰じゃなくなったし、このまま上手くやった方が良いな。でも、返事はぎりぎりまで延ばして置こう。そうすれば、R氏は俺達に感謝するからな。それにしてもあの大家夫人、さっさと逃げやがった。ありゃ、要注意だぞ」

今回私達は、特に腹を立てるでもなく、まあ、上手に振舞えたと思います。
それにしても、引越し前日からこの騒動です、先が思いやられます。

実はね、もう一つの良い条件、これもちょっと怪しいのですが……この話は、また今度。

2004年10月8日 (金)  引越し当日

良く晴れた日曜日、私達は引越しをしました。
総勢7,5名、車4台。
全員が二往復しただけで、引越しそのものは簡単に終わってしまいました。

まず、約束時間の10時になる15分位前、義父母が到着。これは、当然予想通りでして、外で車に荷を積み始めていた夫B氏が迎えます。
10時一寸過ぎ、M氏が自慢のアルファ・ロメオで、音楽をがんがんにかけながら登場。M氏が車を降りた途端、そのCDから流れる軽快なポップスは、義母の手によって消されました。
3台のワゴン車に荷物を積み、する事が無くなった頃、U氏が恋人のN嬢とその娘L美(9歳)を連れて、ファミリー・タイプの車で到着。U氏は、約束に30分位遅れるのを常としていますので、これも予想通りの展開です。

効率を良くする為か、全員助手席にも荷物を積もうとしますので、一回目の移動では、私とL美、古い家で留守番です。
私が掃除の仕上げをしている間、退屈なL美はあっちへ行ったりこっちへ来たり、靴のまま、掃除したばかりの部屋を歩き回っています。仕方がないので、私、TVのコンセントを再び差し込み、リモコンを渡しました。これで、掃除がはかどります。

家もピカピカになり、私も一緒にTVを見出して、2番組は過ぎたでしょうか。
時計は、もう2時を回っているのですが、まだ誰も戻って来ません。
・・・・・・おかしい。
新しい部屋までは、ゆっくり走っても、1時間と掛かりません。荷物の降ろし時間を入れても、いい加減戻って来ても良い時間です。
「遅いね、皆。もう、やる事無くなっちゃったね」
L美も、そう言い出します。
「あ! やられた。あっちの家に、食事の用意がしてあるのよ。皆、お昼食べているんだよ!」
引越しの合い間に軽食が取れるよう、新しい部屋の方に、軽食とスナック、飲み物が用意してあったのです。
お腹を空かせた私達、5分毎に窓を覗き、車の到着を待ちます。

それから優に1時間は過ぎた頃、皆が戻って来ました。
「お昼、私達の分は?」「次の移動は、私とL美の番だからね」
そう言う私達に、N嬢がサンドイッチをくれました。

さて、2回目の荷積みですが、サンドイッチを齧っていた私、ある事に気付きました。
引越しのメンバーは男4人、女3人、子供1人なのですが、この男性陣、十分な巨漢揃いです。
私の推定で、M氏:身長190cm・体重135kg、B氏:187cm・84kg、U氏:185cm・75kg、義父:180cm・75kgといったところでしょうか。
それに比べ女性陣は、N嬢165cm、義母162cm、私160cmで、いずれも肉体派といえる体型ではありません。
それなのにN嬢も義母も、L美ですら、一番重い箱から運んでいるのです。
「ねえ、無理して重いの運ばなくても良いよ。それは男性陣に任せて、軽いの運べば?」
そう言う私に肯きはするものの、やはり一番重そうな箱を選んでいます。

こういうことなのです。
スイスは、男女平等の国。女性だって自立している。男に出来ることは、女にだって出来る。女だからって、甘く見ないでちょうだい。⇒重い荷物を運んで、証明する。
はい、全く難儀なものです。

女性達が重い箱を運ぶから、男性達は小さな箱を運ぶしかなくなります。
何のために、男性には優秀な筋肉があるのか。
20kgのセメント袋を担ぐことが男女平等なら、私、平等でなくて良いです。
彼らが肉体美を披露してくれる絶好のチャンス、私は楽しみたいと思うのですが。

口も利かず、必死に重い箱を運ぶスイス人女性達と、暑くて服を脱ぎ出した男性達に、「下も脱げ」とチャチャを入れ、片手で靴の箱やクッションを運ぶ私。

・・・・・・でもね、何故か男性達は、私の周りに集まるんですよ。
ウーマン・リブって、ちょっと違うんじゃないかなぁ。

2004年10月11日 (月)  人生、楽しんでますか?

金曜日、夕飯に呼ばれた私と夫B氏は、N嬢宅に行きました。
メンバーは他に、U氏とA氏。
私達は5人で8本のワインを空け、食事をしながらお喋りをし、その後明け方4時過ぎまで、ビデオを見ました。

さて、当然のことですが、私達は全員、それなりに酔っ払っていたと思います。
そして、そういう場合にいつも思うことなのですが、スイス人、非常につまらないのです。何と言ったら良いのでしょうか、皆さんお行儀が良く、羽目を外すという事がないのです。

金曜日の食事中の話題は、『コーヒー・マシーンについて』でした。
しかも、穏やかなBGMが流れる中、皆、きちんと座ったままで、です。
スイスの家庭では、洗濯機よりコーヒー・マシーンの方が身近な位ではありますが、これ、ワインを8本空けた後にする話題でしょうか?
前には確か、別のメンバーで酔っ払い、『電子レンジのミクロ波が人体に及ぼす影響』についてでしたし、その前は『携帯電話は脳に有害か』でした。
もっとずっと前は、『牛の飼い方』だったように記憶しています。ちなみに、その時のメンバーは、一人も酪農家ではありませんでした。

皆さんこれ、どう思います?
何も私は、酔っ払ったら裸になって踊れとか、何処かのおじ様達のように、げろげろになって綺麗なお姉さんにからみなさい、などと言っている訳ではありません。
でも、コーヒー・マシーンについてなど、誰が本気に出来ますか? 友人同士なのですから、もう少しくだけたノリがあっても、良いと思いませんか?

「そうだよ、コーヒー・マシーンは気を付けないとね。機械は安くても、それに使えるコーヒーが特殊で、値段が高い場合があるし、コロンビアだかグアテマラだかの人を、搾取していることもあるからね」
私、これ以上ないという程、真面目な顔でそう言った後、B氏の方を見て大笑いです。
私の真意を知っているB氏は、しらふでもコーヒー・マシーンの話などしたがりませんので、酔っ払って抑えの効かなくなっている私を、喜んでけしかけます。

何故私が笑うのか、不思議そうな顔をしている友人達と、テーブルのデコレーションに使われていた栗を全部開け、スイス人をおちょくり、一人だけ別の楽しみ方をしている私。

・・・・・・ちなみに、スイス人の自殺率、高いらしいですよ。

2004年10月12日 (火)  もう一度だけ

「スイスに住んでいて、一番良い事は何?」
もし誰かにそう聞かれたら、私はちょっとだけ考えて、それでもやはり、毎回こう答えます。
「日本にいては見えなかった真実が、見える」

日本が如何に特殊な国であるか、皆さんは多分、私が感じるほどには、実感していないと思います。
乱暴な言い方を許して頂けるなら、海で外国との境界線がはっきりと引かれ、皆同じ風貌をもち、皆同じ言葉を話し、皆同じ背景を持って生活している国、それが日本です。
そして、そんな国は、世界の中でも稀です。

私達が何かを判断する時、それは当然の事ですが、私たちの置かれた特殊な状況を基準として、行います。
例えば、『西洋人は背が高い』。
日本人の平均身長は今、女性で160cm位でしょうか? 
日本の女性の大半は、まあ160cm前後かと思いますから、180cmなんて女性がたくさんいる西洋人は、背が高いと言っても、間違いではありません。
・・・・・・でも、本当に?
スイスは、西ヨーロッパの真ん中に位置し、生粋のスイス人を探す方が難しい位、人種の混ざっている国民です。
北ヨーロッパ系の血が多く混ざっているスイス人には、180cmは特に大きいとは感じないでしょうし、南ヨーロッパ系の血が混ざっているスイス人では、私より小柄な男性もたくさんいますので、180cmの女性はまさに巨人です。
こういう国で、「xxは背が高い」と言う場合、必ずしも皆が同じ意味で受け取る、とは限りません。

さて、ここに体に障害がある人がいるとします。
私達は、もちろん優しい心を持って「気の毒になぁ」と思います。
例えば、足が一本しかない人がいたら、「杖で歩くなんて、不自由だろう」とか、「色々な事が出来なくて、かわいそう」などと思うでしょう。
・・・・・・でも、本当にそうでしょうか?

今年の冬、私は生まれて初めて、スノー・ボードに挑戦しました。
滑るという事自体が、30歳を過ぎての初体験ですから、正直な話、恐いやら体が追い付かないやらで、酷く時間がかかります。
平らな場所で転ぶ私を笑いながら、5歳の子供がものすごい勢いの直滑降で、横を通り過ぎます。

そのスキー場に、良く現れる男性がいました。
奥様と小さな子供を連れて、スキーに来ているのです。
彼、足が一本しかありませんでした。
それなのに、私がやっとのことでしがみ付いているリフトを軽々と使いこなし、私が及び腰になっている斜面を、優雅に滑り降りて来ます。
彼がスキーを楽しむ様を見て、私はいくらかショックを受けました。
「ああ、この場では、かわいそうなのは1本足の彼ではなく、単純に、滑れない私だ」
私の知っていた真実の色が、その時、少しだけ違って見えました。

先日、偶然パラリンピックを見ていたら、陸上競技でメダルを取った、スイス人男性がインタヴューを受けていました。
彼、交通事故で両足を失い、今は車椅子で生活していますが、事故の前には、スポーツは全くしていなかったとのことです。
彼が質問を受けて言った言葉の中に、私が疑問に思っていた答えがありました。
「足がないことを、かわいそうだとは思って欲しくない。今は、この生活で慣れていて、特に困ることもないから」

スイスで生活していると、全く違った背景で育ち、全く違った常識を持った、色々な国の人々に遭う事があります。
彼らには彼らの事情があり、それは、私の基準とは異なることも多々あります。
私は何も、全く自分の価値観を放棄して、彼らの話を鵜呑みにしろ、と言いたいのではありません。
何かを判断する時、自分の背景から推測を導くのは、当然のことですし、それすらも出来ないようでは、何も判断出来ない筈です。
ただ、私は皆さんに、もう一度だけ『?』を持って欲しいのです。
『こうだ』と決めてしまう前にもう一度だけ、『本当に?』と問うて欲しいのです。
そして、ほんの少しだけ、未知の物が入り込める可能性の隙間を、開けておいて欲しいのです。

「英語が出来るから、国際人だ」「外国で暮らしているから、世界を知っている」「高価な物を身に着けているから、教養がある」「経済的に貧しい国から来ているから、野蛮だ」「仕事で成功しているから、自信がある」「失敗ばかりしているから、価値がない」「外国で成功する方が、より恰好良い」etc・・・・・・本当に?

2004年10月13日 (水)  謎の女

今日は義母の誕生日です。
私は、いつものように忘れたふりをしていますが、夫B氏はそうも行かないらしく、仕事の帰りに花束でも買って、義母宅に寄って来ると言っていました。

夕飯の支度をしながら私、ふと思い、義母宅にいるB氏に電話をました。
「B氏、今日は何も、夕飯に帰って来なくても良いよ。お義母さん達と一緒に食べて来たら? たまにはお義母さんも、息子を独り占めしたいでしょう? 貴方がそっちでのんびりして行ったら、喜ぶんじゃない?」
普段から、息子が頻繁に訪ねて来る事を望んでいる義母に、『息子を独り占め』の誕生日プレゼントですから、喜ばない筈はありません。
ところがB氏の返事、今一つはっきりしません。
「うーん、そうでもないみたいなんだよなぁ。もうちょっと様子見て、帰るわ」
どうやら義母、特に誕生日の夕飯を用意してあるでもない様で、B氏も、歓迎されているのかどうか、量りかねているようです。

・・・・・・私たちにとって、義母の心は、いつも謎なのです。

義母は毎年秋になると、キノコ取りに行きます。
たくさん取って来たキノコを酢漬けにし、貯蔵しているのですが、義母は、キノコ取りが大嫌いだそうです。
キノコの酢漬け、スーパーで買っても幾らもしないのですが、義母はなぜ、大嫌いなキノコ取りに、毎年行くのでしょう?

義母は、スパゲッティーが大好物だと言います。
私がこの9年間で、義母宅に食事に呼ばれた事は、数え切れないほどありますが、スパゲッティーが出て来た事は、確か2回だけです。大好物を9年間に2回・・・・・・

義母の足のサイズは37(24cm?)だそうですが、義母宅の靴箱には、38の靴が並んでいます。私の足にはぴったりですが、誰のための靴でしょうか?

義母は定期的に電話をして来て、私とお喋りをしたがりますが、話すほどの話題があったことは、一度もありません。
私との盛り上がらない電話、楽しいのでしょうか?

義母は私達に会う度に、「たまには遊びに来なさい」と言います。
私達も出来るだけ顔を出すようにしていますが、電話で約束して遊びに行っても、「今日は夕飯、何もないのよ。困ったわね」と言います。
義母宅へ行く前に「何か買う物ある?」と電話を入れると、「いいえ、うちに全部揃っているから」という答えが返って来るのですが、これは、何の暗号でしょうか?

義母は毎年、義父と一緒にものすごい数の山に登ります。
もう、何十年もこれはしている筈ですが、義母の登山道具は、場合によると、ハイキングしかしない私の物より質が悪いのです。義父の道具は、最高の物ばかりです。
義母は、登山、好きなのでしょうか?

義母は毎年、畑で野菜を作ります。
やはりこれも、私よりもずっと年季の行った趣味の筈ですが、私の初歩的な質問に、答えが返って来た事は、まだ一度もありません。
しかも義母の野菜は、場所的に有利にも関わらず、私の物よりはるかに小さく、それを私にくれます。何度、「それはうちにもある」と言っても、食べ切れない位くれます。「私のと交換しろ」ということでしょうか?

他にも、まだまだたくさんあります。
B氏は、真実を確かめる事を、恐れているようですらありますが・・・・・・

皆さん、この義母の謎、どう思いますか?

2004年10月14日 (木)  夫とステイタス(前)

今日の日記は、ひょっとすると、耳の痛い話かも知れません。
しかし、私は初めに、はっきりと断わって置きます。
私はこの話を通して、誰かを非難したり、誰かを否定したりするつもりは、全くありません。
ですから、もし仮に、皆さんに心当たりのある事柄だとしても、どうかご自分のことは棚に上げて、全くの他人事として、一度、考えてみて欲しいのです。

スイスに来た最初の2・3年間、私は、色々な日本人と知り合いになりました。
大抵は、スイス人男性と結婚している、日本人女性でしたが、留学生、駐在員の奥様など、皆、いわゆる上流階級とでも言ったらいいような人達でした。
日本で暮らしていたら、きっと知り合いにはなれなかったような人達だと思います。

最初、何も分からなかった私は、幾つかの催し物や、お茶会のような集まりに顔を出していました。
皆さん、品があって、とても良い方ばかりでした。
しかし、集まりから帰った私は、何故か分かりませんが、毎回落ち込んでしまい、時には泣いたりしなければなりませんでした。
「何があったんだ?」
夫B氏に聞かれても、私は答えられませんでした。
何故なら、何もなかったからです。皆で集まり、お茶を飲みながら数時間お喋りをして、帰って来ただけなのです。
自分でも、何がまずいのか分かりませんでしたが、何となく、私がいけないように思っていました。

ある日、やはり集まりから帰って来て泣いている私に、B氏が言いました。
「そんなに辛い会合なら、もう行くのを止めたらどうだい?」
私、どきりとしました。
そうなのです。家に帰って来てから泣かなければいけないような会合に、何故私は参加するのでしょうか?

その日から私は、出来るだけ目立たないように、そういう集まりから遠ざかり始めました。
あんな親切な人達に、悪いことをしている筈なのに、そういう集まりから遠ざかれば遠ざかるほど、私の生活は幸せに感じられるようになりました。
そして私は、何が原因だったのかを、静かに考えられるようになりました。

               〜後に続く〜

2004年10月14日 (木)  夫とステイタス(後)

             〜前からの続き〜

一見、楽しそうにお喋りをしている彼女達の間に、実は、微妙なランク付けがあるのです。

『何年スイスに住んでいるか』 『駐在員の妻か、スイス人の妻か』 『夫の職業は何か』 『夫がスイス人の場合、四つの母国語の内、何か国語を話すか』 『夫の身長は何センチか』 『目や髪の色はどうか』 『夫とは、どこで知り合ったか』 『夫婦間の会話は、何語か』等々によって、妻のランクが決められているのです。

そして、その話を通して彼女達は、こういうメッセージを送っているのです。
『そんなすごい夫に選ばれた私は、如何に価値のある人間か』

・私の夫はスイス人です(ポイント1)。
・私、旅行先で夫と知り合いました(自力で知り合ったということで、ポイント1)。
・私の夫は、スイスの中でも特殊な、3つの母国語がある州から来ています(ポイント1)。
・私の夫の職業は美術関係で、内情を知らない人が聞けば、芸術家なのだと思います(ポイント1)。
・私の夫は背が高いです(ポイント1)。
・私の夫は、どちらかというと、金髪青い目のカテゴリーに入ります(ポイント1)。
・夫婦間の会話は、英語でなく、ドイツ語です(ポイント1)。
・・・・・・私、かなりのポイントが貯まりましたが、ちっとも嬉しくありませんでした。

旅行先で知り合ったのは、単なる偶然ですし、ドイツ語で会話をしているのは、私達のどちらもが、さほど英語を得意としないからです。
それ以外は、私とは何の関係もありません。

もちろん、素適な男性に選んでもらうには、素適な女性になる必要はあると思います。
しかし、何が素適であるかという事は、個人の価値観によって違う筈です。
自然が大好きな人なら、酪農家の夫の方が、医者の夫より魅力的でしょう。髪や目の色で価値が決まるのなら、犬猫の品評会にでも行ったら良いでしょう。

夫で妻の価値が決まるなんて、自分自身に価値を見出せない女が考えることです。
こんなの私、大嫌いです。
自分に自信がないのなら、自信が持てるように努力すべきであって、夫や周りの人や物質などで飾ってみても、中身は何も変わりません。

私は、労働者の娘です。
私は、高卒ですし、留学経験もありません。
私は、高価な品は一切身に着けていません。
私は、その辺にいる、単なるオネエチャンです。
私は、誰かより、何かで特に秀でている訳でもありません。

でも、それで気に入っているのです。
もちろん自己の向上はして行きますが、このままでも十分価値があるのです。
その価値は、誰にも証明することは出来ません。何故なら、目に見える物ではないからです。
そして、私はそれを証明する必要を感じません。
私自身がそれを知っていれば、十分だからです。

皆さんは、今の、そのままの自分で、十分価値があると知っていますか?

2004年10月18日 (月)  会話術

昨日夫B氏から、日本とスイスの違いをよく表しているな、と思うような質問が出ました。
「日本人は、会話をしている最中に、聞き手が相槌を打つよね。あれは、話し手の言葉に同意をしているって事だよね? ずっと言葉を挟まないで同意をしていたら、話が終わった時に、相手の思う壺になってしまわないのかい?」

これ、逆の見方をすると、日本人にとって興味深いと思いますので、今日はそのお話を。

スイスでビジネスや討論をする場合、こういう手順が踏まれます。
〔簑蠶蟲繊福疣辰離董璽泙浪燭)
解決策の提示(=話の結論)
その解決策の利点を説明(=相手の説得)

簡単に言うと、まずは結論から話し、その後時間をかけて、相手を説得するのです。
これ、普段の会話でも、そういう傾向にあります。
彼らの会話は、お互いの意見交換ではなく、自分の考えの正当性、もしくは相手の意見の打破が目的ですから、聞き手も話し手の論拠の弱点を突くことに集中します。

で、どういう事が起こるかというと・・・・・・
お互いに相手が話している途中で、頻繁に話を遮り、場合によっては、挙げ足取りともいえるような方向に進んで行き、話の幹が大幅にずれてしまいます。
相手が、何の支障もなく話し終えることは、全く同意見でない限り、聞き手の敗北を意味します。
ですから、話し手は声を上げたり、相手の横槍を無視したりして、何とか最後まで話し切ろうとしますし、頻繁に次のような言葉が入ります。
「まだ、僕の話は終わっていない」
「待って! 最後までちゃんと話させてちょうだい」

B氏の質問に、私はこう答えました。
「違うよ。相槌を打つのは、ちゃんと聞いているということを示すためで、合意ではないよ。
まずは相手の話を最後まで聞かないと、その話がどこに行くのか分からないし、ひょっとすると、今はおかしく聞こえても、最後まで聞けば納得するかも知れないでしょう。
相槌を打ちながら、頭の中で疑問点なんかを整理して、相手の話が終わったら、次は私が話す番なの。そうやって、お互いに意見を交換して、中間点を見出すの。
もちろん、討論会やセールスなんかは、貴方達のような方法を取ることもあるけど、友達同士の会話では、安心して最後まで聞いていて大丈夫なのよ」

スイス人と話をしていると、時々ヒステリックな調子が入り出したり、私には屁理屈に思えるような意見が、挟まれる事が少なくありません。
もしくは、「ふーん、そういう意見もあるのねぇ」というような返事が欲しくて始めた筈の会話が、討論に持ち込まれてしまって、最後には何を言うつもりだったのか、分からなくなってしまうこともあります。

何よりも厄介なのは、彼らにとって意見を言わないということは、相手に甘く見られるということですから、どうでも良いと思えるような事柄も、かなり強い調子で主張することです。
よくよく聞いてみると、「本当はこの人、あんまり分かっていないのではないかしら?」などと思うような場面も、多々あります。

私の答えを聞いた、“会話の苦手な”B氏、ぼそりと言いました。
「もしそれが本当なら、俺は、日本のやり方が良いなぁ」

さて、私達は日本人として、どうしましょうか?
私達のやり方は、異文化にかなり興味のある人、もしくは、自国の文化に上手に適応出来ないでいる人でもないと、通用しないと思いますし、彼らのやり方は、何かを売り付けたいのでもない限り、私達にとっては、あまり楽しいものとは言えません。
何が正しいかは、黙っていてもいつか分かってもらえる・・・・・・これは、残念ですが、綺麗さっぱり忘れてください。

常に冷静に自分を保ち、相手のリズムに乗らず、お互いの文化の違いをはっきり示す。
・・・・・・こんな事が出来たら、悟る日も近いでしょうかね(笑)。

2004年10月19日 (火)  分かります、ハイジさん。

新しい村に引っ越してきて、二週間が経ちました。
今私は、村周辺を探索中ですが、まだ自分の匂いの付いていないテリトリーには、やはり戸惑いを感じます。

さて、散歩をしながら気付いたのですが、この山、森が浅いのです。
いえ、森自体は深いのでしょうが、その合い間を舗装された道路がS字に通り、前の山のように、2時間も鹿やリスだけと過す、という具合には行かないのです。

アニメのハイジが都会に行って、「山が恋しい」と泣いたそうですが、私、まさに今その心境です。
・・・・・・森が恋しい。

膝丈まで積もる雪の中で、近所の犬と二人っきりで過したような森。
私がかなり近くに寄るまで、人間がいるなどとは思わず草を食んでいた、小鹿たちの住んでいる森。
真っ白な雪の上に、キツネに狩られた鳥の羽や、真っ赤な血が落ちていた森。
突然、放し飼いになっているロバに遭遇し、追いかけられた森・・・・・・etc。
何故か、そういう森が恋しいのです。

ここの森には、舗装道路が通り、車が走り、都会に住むお金持ちの別荘が建っています。
散歩途中の景色は、さすが別荘地に選ばれるだけあって、前の山よりも見事なパノラマが広がっています。
が、・・・・・・私が身を隠せる森がない。
贅沢な話なのは、分かっています。でも、私は、そんな森が欲しいのです。

本格的な冬が来るまでは、まだ時間はあります。
もう既に雪は降りましたが、まだ、見知らぬ場所に足を踏み入れる時間は、十分あります(雪が積もってからだと、知らない場所は、地面が見えないので、ちょっと恐いのです)。
ええ、まだまだ、私の探索は続きますよ。

そうそう、一つ発見しました。
家から、歩いて20〜30分位のところに、何と、スキーのリフトがありました!

ま、良い散歩道が見付からなければ、今度の冬はスノー・ボード三昧、とでも行きますか。
・・・・・・散歩のお供をしてくれそうな犬も、まだ手なずけていない事ですしね。

2004年10月21日 (木)  馬が勝てない理由

以前私が、観光地の土産物屋で働いていた時の事です。
ある晩、私の働いている店に、日本人男性が10人位、ふらりと入って来ました。全員、私の父ほどの年齢です。
多分、夕飯も済み、就寝までの時間を持て余していたのでしょう。ひょっとすると、お酒も少し入っていたのかも知れません。

「あれぇ、お姉さん、日本人だよね? 何でこんな所で、働いているの?」
そんな感じで、男性達は私の側に寄って来ました。
「お姉さん、留学生?」
誰かが聞き、私は答えました。
「いえ、夫がスイス人なので、ここに住んでいるんです」
すると突然、その中の一人が、大きな声で怒鳴りました。
「外人のあれが、そんなに良いのか!」
私はもちろんの事、店の中にいた全員が、一瞬言葉を失いました。
日本語の分からない、スイス人スタッフでさえ、ただならぬ緊張を感じ取ったようです。
次の瞬間、その男性と一緒に来た人が全員で彼を押さえ込み、
「お姉さん、ごめんね。許してね」
と、彼を連れて、店から出て行きました。

見ず知らずの、会って2分と経たない、娘ほどの歳の私に、あんな台詞を吐くほどの怒り、彼は何処で身に着けてしまったのでしょう?

別の時には、こんな事もありました。
夫B氏を連れて、日本に帰国していた時の事です。
私達は、自動車の往来が激しい所で、横断歩道を歩いていました。多分、私の歩き方が、幾らか遅過ぎたのかも知れません。
30代の男性が、運転席から飛び出してきて、いきなり怒鳴りました。
「外人を連れているからって、いい気になるなよ!」

「さっさと渡れ」とか「危ないじゃないか」なら、まだ分かりますが、降りて来て最初の言葉が「外人を・・・・・・」です。一体彼に、何があったのでしょう?

日本人の男性で、いわゆる西洋人に、コンプレックスのある人がいるのは知っています。
でも、私の出遭った方達は、敵意すら抱いていました。
車から降りてきた男性には、私、正直言って殴られると思いました。

私の知る、日本人男性のコンプレックスは、女性から見ると、全くばかばかしいものです。
『西洋人男性の生殖器は、日本人のそれより大きい』
こんなコンプレックスが、本気で問題になるなんて、聞いたことはあっても、信じた事はありませんでしたが、最初の男性の一言などは、正にそのものずばりです。

はっきり言いますが、身長170cmの男性と190cmの男性では、普通に考えても、190cmの男性の生殖器が大きくて、当然ではないでしょうか。
そして、生殖器の大きさで相手を選ぶなら、私達女性は、今頃全員、『馬』と暮らしています。

もう一つ、よく耳にするのは、『西洋人男性の生殖器は、大きいだけで、柔らかい』。
この台詞を聞く度に(皆さんが思っている以上に、この台詞、よく耳にします)、私はがっかりします。
こういう台詞を吐く男性とセックスしても、つまらないだろうなぁ、と思います。
これもはっきり言いますが、西洋人だろうと、日本人だろうと、どちらも同じ様に、きちんと固くなります。
多分これは、安物ポルノの影響かと思います。彼ら、おざなりなセックスをしますので、女性も濡れていなければ、男性も完全には勃起していない事が多い様です。

「じゃあ、俺達、良いとこなしじゃないか」
そう思われる男性は、もう一度考え直してください。
セックスは、ペニスだけでするものではありません。これはあくまでも、全体の一部です。
私の知る限り、日本の男性は、女性が楽しんでいるかどうか、細やかに気を使ってくれますし、お遊びのアイデアなども豊富です。
ベッド・インまでの雰囲気作りも、きちんとやってくれます。
はい、そうです。私達女性は、身体ではなく、頭でセックスをするのです。
つまり、頭の悪い男に、良いセックスは出来ないという事です。

さあ、この日記を読んだ男性の皆さん、意味のないコンプレックスは捨て、今日から胸を張って、世界中の女性に挑んで下さい。

2004年10月22日 (金)  あの鐘を聞くのは私

我が家には時計が、ありません。

私も夫B氏も腕時計は持っていますが、家自体には掛け時計も置時計も、目覚し時計すらありません。
B氏は携帯電話の目覚まし機能を使っていますし、私は、目が覚めた時が起きる時、お腹が空いた時が食べる時、という生活をしていますので、家に時計がないことに、実は最近まで気が付かなかったのです。

いえ、薄々気付いてはいましたが、意識の表面に上っていなかった、と言った方が良いでしょうか。
というのも、午前中に業者が来る時などは、目覚まし時計がない私は、例え約束の時間が10時だとしても、B氏と一緒に7時に起きていたのですから。

さて、その私が、最近時計に悩まされているのです。

スイスでは多分、大抵の場所がそうなのでしょうが、この村にも教会があります。
この教会、前に住んでいた村のものよりも大きく、りっぱな時計塔まで付いています。
そして時計塔は、15分毎に時を知らせる鐘を打ちます。

こんな具合です。
「キンコーン」・・・・・・鐘が一回鳴ったら15分です。2回鳴ったら30分、3回なら45分。00時の場合は、4回。
そして、00時の時だけ、「キンコーン」と4回鳴った後に、一呼吸空けて、やや重々しい別の鐘が、「ゴーン」とその時間の数だけなります。
例えば3時なら、「キンコーン、キンコーン、キンコーン、キンコーン・・・ゴーン、ゴーン、ゴーン」。

これが問題なのです。
「キンコーン、キンコーン」・・・・・・あ、今30分だ。でも、何時30分?
夜寝付かれずにいる時など、これがものすごく気になります。
「キンコーン」・・・・・・今、15分。確かベッドに入ったのは、11時前だったから、今は11時15分? いや、かなり時間が経った筈だから、12時15分? え、ひょっとして、もう1時15分?
こうなると、残りの45分間、鐘の音を待っていらいらします。

この15分毎の鐘、意味があるのでしょうか?
皆さんは、毎時間、今が15分であるという事だけ、知りたいですか?

そして、更なる悩みは、00時の「ゴーン」という鐘です。
皆さんの家庭にある、空缶を叩いてみてください。アルミじゃないやつです。
「ゴーン」の鐘、それをたくさん集めたような、なんとも安っぽい音なのです。
時代のせいか、村にお金がなかったのか、村人がケチったのか、教会の鐘が安っぽい音なのです。
鐘に使用されている金属の密度が、薄い音です。
私、これが、非常に気になります。
毎時間、この気の抜けたような音で時間を告げられる事に、ここの住民は何も感じないのでしょうか?

もしも、いつか間違って、大金持ちになったりしたら、恵まれない国に学校か病院でも建てて・・・・・・なんて私、時々いたずらに空想したりしていましたが。

まずは、あの鐘の金属密度を増やさなくては!

2004年10月26日 (火)  お詫び

皆様へ。

週末から今日まで、久し振りに予定が重なり、日記を更新する時間が取れませんでした。
毎日覗いてくださった方、どうもすいません。

今夜はもう遅いので、このまま寝ますが、明日はちゃんと書きます。
ですから、もう数時間だけ、待っていて下さいね。

                    みんつ

2004年10月27日 (水)  男の買い物

皆さんの家庭では、普段、誰が買い物に行くのでしょうか?

私の住んでいる村は、ご存知の通り、店など何もありませんし、今現在は、夫B氏が毎日仕事で町に行きますので、仕事の帰りに買い物もしてくれます。
私、特にこだわりもありませんので、『これがないと生活出来ない』とか『これは、xxのメーカーでないと嫌』という物もなく、大抵はB氏が買ってくる物で、適当に生活しています。

さて、そんな風に生活している我が家には、時々おかしなことが起こります。
例えば・・・・・・
私もB氏も、それほど切羽詰っている訳ではありませんが、基本的にダイエットをしていますので、私は料理の時に、出来るだけ油などを使わない調理法を心掛けています。
それなのに、何故か我が家には、油の買い置きが5L位あります。
そして、ダイエットに欠かせないのは、どんな形にしろ野菜をたくさん食べる事ですが、サラダ用のお酢は、常に足りません。

また、B氏、和食はもちろんの事、全般的にアジアの食事が好きです。
嬉しい事に、最近スイスのスーパーでも、タイ・カレーのペーストやココナッツ・ミルクなどが手に入り、手軽にアジア食が楽しめるようになって来ていますが・・・・・・
我が家にはこのセット、一週間毎日カレーを作り続けてもまだ残るぐらい、買い置きがあります。

玉葱なども、お徳用の物を買っているので、大抵、地下倉庫に買い置きがあるのですが、帰って来たB氏の手には、よく玉葱の袋が握られています。
人参は傷みが早く、買い置き出来ませんので、少量ずつ頻繁に買って欲しいのですが、ない時が多いです。

さて、ある朝B氏、仕事に行く前に、ベッドの中から片目だけ開けて見送る私に聞きました。
「今日、何か買って来る物、ある?」
「ええと・・・・・・冷蔵庫、もう何にも入っていなかったと思うから、適当に全部買って。あ、玉葱だけはたくさんあるから、それ以外ね」
・・・・・・家に戻ったB氏、何故か、玉葱だけを持っていました。

その他にもB氏、定期的にブロッコリーだけ買って帰って来ます。
冷蔵庫が空っぽなのに、仕事の後でわざわざ買い物に行ったのに、ブロッコリーが一束だけ、です。

これは一体、何の暗号でしょうか?

ある時私、思い切って聞きました。
「B氏、この戸棚見て。家には、こんなにたくさんのタイ・カレー・セットがあるよね。今日も買い物袋に、同じセットが入っているけど、これは、『もっと頻繁にカレーを作れ』っていう合図なの? このビンも見て。これ、全部植物油だけど、うちは植物油、殆ど使わないよね。それとも、『天ぷらを作れ』って事? お酢は、いつ買ってくれるの?」

戸棚を見たB氏、「あっ!」と言って、苦笑いしました。
「ああ、そのビンは油だったんだ。俺、お酢だと思っていた。毎回君が、『お酢を買え』って言うから、変だとは思ったんだよな」
「あのねぇ、外国人の私が、お酢と油を間違えるなら分かるけど、貴方、買い物の時に商品名、読まないの? それと、玉葱は、何でこんなにたくさん買って来るの?」
「朝、君が玉葱って言ったから」
「玉葱は買わないでね、って言ったのに」

・・・・・・ああ、男の買い物って、こんなものなのでしょうか?

2004年10月28日 (木)  勧誘電話

今日は、義父母が、我が家に来ます。
やはりシャワーのお湯加減が悪く、元電気技師だった義父が、ボイラーの温度設定を変更してくれる事になったのです。

我が家、実を言いますと、まだ、引越しの整理も終わっていませんし、半分口の開いたダンボールがそこら中に置かれたままですので、部屋の中は、真っ直ぐには歩けない状態です。
ですから私、大慌てで掃除をしていました。

もう一時間ほどで義父母が来るかという頃、家の電話が鳴りました。
「悪いんだけど、1時間ほど遅くなるわ。良いかしら?・・・・・・何て電話だと良いなぁ」
などと、起こる筈のない期待に胸を膨らませ(義母に限って、そんな事はあり得ません)、私は電話を取りました。

「xx電話の○○と申しますが、奥様ですか?」
夫B氏が使っている、携帯電話会社からのようです。
「はい、そうですけど」
「今お使いの、携帯電話の番号は、xxx−xxxxでよろしいでしょうか?」
「ええ、その番号で合っていますけど、それ、夫の携帯電話です」
「ああ、B氏様ですね?」
「はい、そうです」
「すいませんが、今、B氏様とお話する事は出来ますか?」
「夫は、仕事に行っています。・・・・・・でも、貴方、夫の携帯電話の番号が分かっているなら、そっちにかけたら捕まると思いますけど」
「ああ、そうですね。では、B氏様の携帯電話に、かけさせて頂く事にします」
「・・・・・・」

この人、平日の昼日中に家にいて、簡単に捕まるような人間が、携帯電話を持つとでも思っているのだろうか?
元々携帯電話なんて、家や会社で連絡がつき難いような人が、持つのではないのか?
自分の会社の携帯電話に加入していて、その番号も分かっている相手と話すのに、何故、自宅の電話にかける?
ひょっとして、携帯電話にかけると、通話料が高いからか? 
会社は、こんな営業で、本当に良いのか?

・・・・・・スイス、まだまだ謎がたくさんです。

2004年10月29日 (金)  台風一過

「寒いから、ドアは閉めた方が良いわよ」
「私は、まだお父さんの手伝いがあるから、廊下で良いのよ」
「あっちの部屋は、本当に暖かいわね」
「今から、貴方一人で、私達全員の夕飯を作るの!?」
「あら、チキンの丸焼きなんて!」
「半分にして開いた方が、よく火が通るんじゃない?」
「貴方、チキンは、容器に入れて焼くの?」
「オーブンは、どの設定でやるの?」
「チキンは、グリルじゃなくて良いのかしら?」
「チキンは、中まで良く火が通らないと、駄目なのよ」
「本当は、電子レンジも併用すると早いのよ」
「容器に入れたままじゃ、チキンの皮、ぱりっとならないわよね」
「上だけのグリルより、上下から焼いた方が良いんじゃない?」
「チキンは、オーブンが汚れるのよね。今はお店でも、出来たやつが買えるわよ」
「野菜は、どうするの?」
「それ何? 今から、お豆も煮るの!?」
「オーブンの温度、ちょっと低いんじゃない?」
「グリルは、何分間ぐらいやるの?」
「中の温風が循環する設定にすると、良いみたいよ」
「チキンをもう少し、グリルに近付けたらどうかしら?」
「あら、チキン、2匹も焼いたのね! そんなにたくさん、いらないのに」
「野菜は、まだ大丈夫かしら?」
「お豆は蛋白質よね。チキンもそうだし・・・・・・蛋白質の取り過ぎには、気を付けた方が良いわよ」
「こんなにたくさん、食べきれないわねぇ」
「私、お豆をこんな風にして食べたの、初めてだわ」
「ああ、そんなに大きいのはいらないわ。ちょっとで良いのよ」
「今日は、食べ過ぎちゃったわ」

・・・・・・『お義母さん、うるさいです』

11月の日記へ