2004年11月2日 (火)  都会は、危険だらけ。

月曜日は、カトリック教の祝日でした。
(余談ですが、日曜日には、冬時間への変更がありました。)

スイスはキリスト教の国ですので、そういう日はお休みになります・・・・・・と、言いたいところなのですが、これ、ちょっとややこしいのです。
キリスト教には、大きく分けてカトリックとプロテスタントがあり、スイスでは、各地域によって公共の宗教が異なります。
という事は、おなじ国でありながら、『カトリックのこっちは休みで、プロテスタントのあっちは仕事』ということが起こります。
大きな市などは、地域的には公共の祝日でも、一部の商店は営業している、などという所もあります。

その祝日のおかげで、月曜日、B氏の仕事は休みになりました(ちなみにB氏本人は、カトリック教徒ではありません)。
私達は、ちょうど良いチャンスだという事で、休日でない地域に、大きな買い物をしにいくことにしました。

他の人が働いている時にのんびりと買い物に行く、こんな機会の滅多にないB氏、普段は好きでない都会に向けて、車をご機嫌に飛ばします。
私達の目的地は、家具や生活雑貨品を取り扱っている、スウェーデンからの格安大型チェーン店です。
細々とした整理用の小物や、絨毯、ソファーを見に行きたかったのです。

途中、高速道路も脇道も交通量が少なく、すんなり来れたのですが、目的の市に着いた途端、車の長い列です。
「ええ、何この渋滞?」
「ひょっとして、皆、同じ店に買い物に行くんだったりしてな、ハハハ」
「・・・・・・ちょっと見て、車のナンバー、殆どが私達と同じ州からじゃない。冗談じゃないわよ、皆、あの店に行くんだわ! ああ、スイス人の考える事なんて、皆同じなのよ」
「・・・・・・」

はい、正にその通りでした。
皆さん、その大型チェーン店に行くらしく、店の前では満車の駐車場を前に、係員がてんてこ舞いをしています。
仕方がないので私達は列を抜け、ちょっと先に行った、フランスからの大型食料品チェーン店(日本にも進出しているそうです)の駐車場に、場所を見つけました。
歩いて店に戻ると、そこはものすごい人だかり。こんなにたくさんのスイス人、都会の祭りでも見たことがない、という程の人、人、人、です。

「ああ、人が多過ぎて、頭が痛い」
「B氏、こんな状況ではぐれたら、お互いに見つけるのは無理だからさ、今日は個人行動はなしね」
「俺だって、こんな店でみんつを探すのは、嫌だからな。勝手に遠くに行くなよ」
出だしから頭を抱える、ど田舎から来た私達、入口で係員に買い物の仕方を指導され、恐る恐る中に入りました。

4階建ての店の中は、色々なコーナーごとに、モデル・ルームのように飾り付けがされ、迷路のように通路同士が繋がり、これだけの人出でなければ、さぞ楽しい事でしょう。
買い物に時間がかけられるように、レジの外に出なくても休憩が出来る、バーやレストランまで、設置されています。
そして、そこで使われている家具や小物にも、しっかりと宣伝広告が付けてあって、休憩を取りながら、「あら、あのブラインド良いわね」と思った場合、その商品の番号と値段が分かるようになっているのです。

さて、私達はその店でほぼ一日過した訳ですが(本当は、他も予定していたのですが、あまりに大きな店で、全部回った時には夜になっていました)、私は、時々おかしな風景を目にしました。

一緒に歩いていると、何人かの男性は私を見ます。別の何人かは、私達を見ます。
私達両方を見るスイス人男性の連れは、やはりアジア系の女性でした。
どうやら、親近感、とでもいった視線を投げているようで、私が気付くと、にっこり微笑んでくれます。

そしてやはり、ここにもいました。
ある種の男性は、かなり強烈な視線でB氏を見ています。
彼らは、まず、B氏の正面をじぃっと見ます。まるで、B氏が気付くのを待っている、といった感じです。そして、B氏がそのまま通り過ぎると、わざわざ振り返って、その後ろ姿を見送るのです。
何よりも気になるのは、彼らの視線の中で、私が存在しない事です。
対抗するように、ぴったりと隣に張り付いてみせても、彼らは完全に私を無視します。

「B氏、あの男の人に気付いた? 貴方の事、じっと見ていたよね」
「ああ、あいつはシュヴール(同性愛者)だろ」
「彼、結構、美形だったねぇ。B氏、もしああいう男性に迫られたら、どうする?」
「絶対に断わる!」
「そこら辺の女性より綺麗な男の子が、泣いて頼んでも?」
「泣こうがどうしようが、俺は男には興味がない!」
「お金を払うから、一度だけ付き合って、って言われたら?」
「金を払うなら、話は別だな」

・・・・・・おい、B氏よ、そんなに簡単で、良いのか?

2004年11月3日 (水)  憧れの国スイス

つい最近、雑誌を見ていて「ああ、これこそスイスならでは、だなぁ」と思ったことがあります。

どんな事かといいますと、かの有名な歌手ティナ・ターナーが何処に住んでいるか、町の写真、名前と共に、家の建っている所にx印まで付いて、乗っていたのです。
その雑誌は、特に高級雑誌でも、人気のある雑誌でも、有名スターのたくさん乗っている雑誌でもなく、どちらかというと読むところもない、TV番組表がついているのが便利かな、という程度の雑誌です。
何故私が、そんな雑誌を読んでいるのかというと、下に住んでいるお婆ちゃんが、読み終わるとうちの郵便受けに入れてくれるからです。

日本などから比べると、スイスでは、ショウ・ビジネスというものが、殆ど発達していません。
歌手、俳優、キャスターなど、どれを取ってもただの職業の一つ、という感じです。
例えば、私の知り合いには、コメディアンがいますが、その人は私がHPを持っていて、スイスについて書いていると聞くと、「リンクしよう」などと気軽に言います。

今、「わあ、すごいじゃない」と思われた方もいるかも知れませんが、とんだ誤解です。
皆さんの近所おじさんが、「俺もHPやっているんだよね。リンクさせてくれない?」というのと、全く同じ位の価値です(あ、本人は、もっと価値があると思いたいかも知れませんが)。

さて、そんなスイスには、世界中からの有名人か住んでいます。
その手のことに疎い私が知っているだけでも、ティナ・ターナーの他に、デヴィッド・ボウイ、フィル・コリンズ、ミハエル・シューマッハー、後藤久美子などがいるようですし(本当かどうかは分かりませんが、F・コリンズとM・シューマッハーはお隣同士だとか)、かつてはチャーリー・チャップリンやオードリー・ヘップバーンも住んでいたそうです。

どうしてスイスに、有名人が集まるのか?

答えは、先ほどの通りです。
ショウ・ビジネスが単なる職業の一つであるスイスでは、世界的に有名なハリウッドのスターでも、スーパーで買い物が出来るのです。
ティナー・ターナーの家が、どうということもない雑誌にx印で載せられても、彼女の暮らしが乱される、ということがないからです。
電話帳から簡単に探せる、スイス人歌手などもいるようです(義兄は、仕事中暇だと、そんなことをやっているようです)。

お国変われば、ではないですが、スイスが好かれる理由は、そんなところにもあるのかも知れませんね。

ちなみに、そんなスイス人のひとりである、我が夫B氏にとってスターとは、どうやら、世界的に有名な監督、俳優であり、日本では作家、コメディアンとしても有名な、北野武氏らしいです。

2004年11月4日 (木)  楽、しませんか?

「外国語が話せたら良いなぁ」と思う人は、たくさんいると思います。
そして、「外国語は難しい」と思う人は、もっとたくさんいると思います。
今日は、そんな人にお話を。

特別な事情がある人は別として、日本人で日本語が話せない人は、いません。
同じ様に、どの国でも母国語の出来ない人は、やはりいません。
母国語を習得するのに、他より優れた頭脳は、いりません。
何故か? 答えは簡単です。『それが必要だから』です。

日本人は学校で外国語を習います。人によっては、留学したり、語学学校に通う方もいます。
でも、良く聞くのは「外国語は難しい」、です。
何故でしょう? 答えはやはり簡単です。『それが必要でないから』です。

私は何も、『外国語は簡単だ』とか、『私は語学について、全て知っている』とか、『私の言うことさえ聞いていれば、間違いない』などと言うつもりではありません。
ただ、『力を抜いて、楽しんでも良いのです』と言いたいのです。

私は、たまたま外国に住むことになり、それまで日本で一度も聞いた事のない言語をゼロから習う羽目に陥り、しかし、皆さんが考えるほどの苦労もなく、普通に生活して行く程度の言葉を話すことが出来るようになりました。
私に出来ることは、誰にでも出来ます。
ですから、ちょっとだけ皆さんに、手の内をお見せしたいな、と思うのです。

言語を習うには、自分一人で『机の上で勉強出来る部分』と、相手が必要な部分、つまり机の上で習った事の『実践の部分』、があります。
机で出来る勉強とは、読み書きなどで(テープを使ってと考えれば、聞き取りも入れても良いでしょうか)、実践は、会話することです。
そして、この実践の部分が『=必要』になっている人ほど、覚えるのは早いのです。
という事は、覚えが遅い人は、この必要を作れば良い訳です。

私がスイスに来た時、ドイツ語の知識は、文字通りゼロでした。ABCすら読めない状態です。
そんな私は、何故か周りにいた他の日本人より、かなり早くドイツ語を覚えました。
・・・・・・私、『必要』を増やしたのです。

机のお勉強は、語学コースの集中講座を受けました。これは、他の人と同じです。
実践は・・・・・・
街中にある、ありとあらゆる掲示板に『日本語−ドイツ語、無料交換授業相手、求む』の紙切れを貼って来ました。
翌日からかなりの問い合わせがあり、その全員と会い、最終的に15人ほどを選んで、『一人二時間ずつの交換授業を、一日二人と毎日』しました。
話題なんて、その時々で思いついたものですから、お勉強と言うよりは、楽しいおしゃべりです。
猫の話で二時間盛り上がって、なんてこともしょっちゅうでした。
もちろんそれプラス、夫B氏、義父母、スイス人の知人たちとの日常生活です。

これだけ必要に迫られていたら(実践の場があったら)、誰でも出来るようになります。
これを努力と呼ぶか、新しい土地で友達が出来て嬉しいわ、と言うかは、人それぞれでしょうが、その時の相手の何人かは、B氏とは関係なく、今でも私の友達です。

外国語が出来ないと恥ずかしがっている方、実践の場がなければ、どんなに勉強したって話せなくて当たり前です。
車だって、ずっとペーパー・ドライバーじゃ、運転出来なくなるでしょう。

さあ皆さん、今までの「こつこつと苦労して身につける」なんていう、やる気が遠のく考えは捨てて、どこかに楽しい実践の機会がないか、探してみては如何でしょう?
楽しい事の方が、長続きするし、覚えも早いですから(笑)。

2004年11月5日 (金)  可愛いあいつ

最初は確か、引越しの翌々日辺りだったと思います。
居間の窓から、町の夜景を眺めていた夫B氏が、言いました。
「みんつ、ゆっくりおいで。静かにな。ほら、窓の外を見てごらん」
「ああっ、可愛い」
B氏の示した先に目をやると、桟の端っこにちょこんと座って、私たちを不安そうに眺めているものがいました。
「どうする? このままでも、大丈夫かなぁ」
「ああ、大丈夫。あれは強いから」
それから何日間か、私は気になって、居間に行くと窓の外を覗いていましたが、姿を見ることはありませんでした。

2回目は、2週間後ぐらいの深夜でした。
いつものように、何となく寝付けないでいた私は、不思議な音に、寝室の暗闇で耳を立てました。
とことことことこ・・・・・・とことことことこ・・・・・・かさかさ、とことことこ・・・・・・
どうしよう。動いたら、きっと逃げちゃう。でも見たい。
夜中にトイレへ行く時の為、枕元に置いてあった懐中電灯を、私はそっと手探りしました。
小さな懐中電灯を、気付かれないように片手で隠しながら点け、待ちます。
・・・・・・とことことこ。
今だ!
私は、がばっと起き上がり、音のするほうに急いで光を当てました。
弱い光に照らされた寝室の床は、いつものまま、何も変わりはありませんでした。
それから時々、私は、寝付けない深夜にあの音を聞きましたが、姿を見ることは出来ませんでした。

「B氏、夜ね、時々うるさいんだよね」
「俺、また鼾かいていたか? ごめんな」
「違うよ、鼾は、もうとっくに慣れているよ。あれだよ。夜中にね、寝室を走っているみたいなんだ。どうする?」
「餌、やるか?」
「餌付けしても良いのかなぁ? そうしたら、うるさくしなくなる?」
「さあ、どうだろう? それとも、みんつが夜眠れないようなら、捕まえるか?」
「捕まえてどうするの?」
「そうだなぁ・・・・・・」

そんな話をしているうちに、1ヶ月が経ちました。
昨日の昼、私はいつものように、パンを焼く準備をしていました。
木曜日の朝から週末にかけて、B氏は泊りがけで講習を受けに行っていますので、時間に制約のない私は、パンが発酵している間に、義母から貰ったたくさんのリンゴを煮たり、一人の数日間を有意義に過す為、毎回食事を作らなくても良いように、大きな鍋に野菜スープを作ったりしていました。

今日は私、自分だけの為に、出来たてのリンゴ・ジャムなどを入れた、小さなパンをたくさん作ろうと思っていました。
パン生地が大きく膨らんだので、私は、打ち粉用の小麦粉を取ろうと、棚を開けました。
??????
棚の中に、小さく千切った紙が、たくさん落ちています。
何だろうこれ? 良く見ようと、私は屈みました。
小指の先ほどの大きさの、緑の線が入った紙が、たくさん落ちています。
その周りには、何やら白い物が・・・・・・
!!! その白い物は小麦粉で、緑色の小さな紙片は、小麦粉の袋です。

私は慌てて、棚の中の食料品を全て出しました。
干しぶどう、ココナッツ・ミルク粉末、小麦粉、黒パン用の粉、パスタ、米、インスタント・ラーメン、砂糖・・・・・・。
小麦粉と黒パン用の粉の袋が、真ん中から齧られ、大きな穴が開いています。
・・・・・・ああ、やられた。
私の気付かない間に、食料品の棚に入り込み、少しずつ小麦粉を食べていたようです。
周りに他の物が落ちていないところを見ると、ここを見つけてから、まだ何日も経っていないのでしょう。
とりあえず私は、袋の破れた粉類を容器に入れ、食料品の場所を移動しました。

確かにここは田舎ですし、家もかなり古い筈です。
こういう事が起こり得ることは分かっていましたが、前の家では何の問題もなかったので、甘く見ていました。

そう、前の家には猫が2匹もいたのですから、ねずみ、心配は要らなかったのですよね。

2004年11月8日 (月)  困ったあいつ

昨夜、我が家のねずみが、ついに姿を現しました。

私たち夫婦がベッドに入り、いつも道り「どっちが寝室の電気を消すか」の戦いも終わり、家中の電気が消えて暫く経った頃です。
・・・・・・とことことこ、かしゃかしゃかしゃ、かしゃ。
ん? ちょっといつもの音と違います。どうやら今日は、寝室の隣、私のPCが置いてある部屋のようです。
「B氏、聞こえる? いるよ」
「ああ、ねずみだ。懐中電灯、あるか?」
夫B氏が隣室の床に、そっと弱い光を向けました。

とことことことこ・・・・・・。
スポットライトの中を、1匹のねずみが横切りました。
「ひゃはっはっはっは、今の見たぁ? 遅いよね。あいつ、思いっきり見付かってるよ」
「馬鹿だな。よし、じっくり見に行こう!」
私たち夫婦、寝室の電気を点けると、嬉々として『みんつの部屋』と呼ばれている、隣室に行きました。
慌てたのは、足の遅いねずみです。
私たちに追いかけられ、本棚の後ろ、机の下と逃げますが、見事に何処に行っても見付かります。
「可愛いね。噛むかな、こいつ?」
「ああ、捕まえればな。・・・・・・なあ、餌やってみようか?」
「餌上げたら、もっとたくさんのねずみが来るんじゃない?」
「いや、それはないだろう。チーズ、上げようぜ」
・・・・・・はい、私たち、スイスの美味しいチーズ一切れと、義母の庭から貰った胡桃を数個、選挙に負けたばかりの、ケリー氏の上に置いておきました。

しかし、私達が目を離した間に餌は消え、その後は電気を消す度に、かしゃかしゃと作業をしています。
・・・・・・うーん、眠れない。
B氏は、寝室の電気が消えた2秒後に鼾をかき始めましたから、ねずみが実際、どのぐらいうるさかったかは知りません。
そして、昼間はもちろん仕事ですから、そのねずみが今、私の周りを走り回っているなんてことも、全く知りません。

やはり、餌付けがまずかったのでしょうか、やつは今、我が物顔で部屋の中を走り回っています。
私、やつが何処に住んでいるかも見つけました。
なんと、B氏の部屋の真ん中に置いてある、ダンボールの箱の中です。

・・・・・・B氏、引越しの荷物、早く整理しろよな。

2004年11月10日 (水)  ドイツ語講座(つぶやき編)

皆さんは、外国映画などを見ていて、日本語とは違う表現や、ちょっとした言葉などに、興味を覚えた事はありませんか?
今日はお遊びで、そんなドイツ語を、いくつかご紹介します。

【blabla(ブラブラ):お喋り】
これは、「意味のないお喋り」に使い、やや軽蔑的な意味合いを含みます。
主婦の井戸端会議などで、ぺちゃくちゃやっている女性にうんざりした男性方、
「ブラァブラァ」っと言ってみては如何でしょう。
また、注意したお子さんが、時間稼ぎの言い訳を始めたら、お母さん方「ブラーブラー・ブラーブラー」と言って、遮る事が出来ます。
『a』にアクセントを付け、語尾を長めに言うのがコツです。

【egal(エガール):どうでも良い】
「お茶と紅茶、どっちが良い?」こんな時の答えが、「エガール」です。
また、色々考え悩んだ末「ああ、こんな事、どうだって良いじゃないか」なんていう時にも「エガール!」と、使えます。

【genau(ゲナウ):ちょうど、ぴったりの】
気の合う友人とのお喋りの相槌に「ゲナウ!(その通り!)」、計算ドリルの答えを確かめに来るお子さんにも「ゲナウ!」です。

【genug(ゲヌーク):十分に、もうたくさんだ】
食事のお代わりを聞かれ、もう十分にお腹一杯な時など「ゲヌーク」と言います。
もう一つは、何かにうんざりした時にも使えます。
悪戯ばっかりするお子さんに、ゴロゴロしていて何も手伝ってくれない旦那さんに、爆発する代わりに、「ゲヌーク!」と言ってみましょう。

【hopp hopp(ホップ・ホップ):さあさあ、ほいほい】
誰かを急き立てたりする時に言います。
出かける間際の身仕度で、何時間も掛かる奥様に後ろから、「ホップ・ホップ」と両手を叩くのも良いかも知れません。

【klar!(クラー):もちろん】
「貴方、この荷物持って下さる?」こんな女性の問いかけには、男らしく「クラー!」と答えて下さい。
愛の言葉が苦手な方も、「私(俺)のこと好き?」と聞かれたら、迷わず「クラー!」。これなら、照れずに言えます。

【tipptopp(ティップトップ):最高の、ものすごく良い】
弾むような感じで、軽く言います。
「このスカート、似合うかしら?」と、着飾った彼女には「ティップトップ」と言って下さい。
「お母さん見て!」と、100点を取って帰って来た子供にも、「ティップトップ」です。

日常生活のちょっとした場面で、気分転換にでも使ってみてください。
・・・・・・え? ぼやき言葉が足りませんでしたか?

2004年11月12日 (金)  天然の人

私が夫B氏と知り合った時、彼は真面目な顔で言いました。
「俺は、少々分かり難いタイプかも知れないけど・・・・・・」
私たちが結婚を決めた時、義母は言いました。
「B氏は、難しい所がある子だけど・・・・・・」
実はこの台詞、私には、いまだに謎なのです。

B氏は、大食漢です。
他人の残りを全部食べるので、若い頃には「ゴミ箱」とさえ呼ばれていたほどです。
「お腹空いた?」と私が聞くと、B氏は必ず「いや、まだ空かない」と答えますが、私の作る食事、軽く2人前は平らげます(お腹が空いたら、一体どのぐらい食べるのでしょうかね)。
そのB氏の食欲が、1人前以下に落ちた場合は、体調が悪いサインです。
どんなに「あそこが痛い。ここが悪い」と騒いでいても、食べている間は、放って置いて大丈夫です。

B氏は、どうにも理解し難いミスを犯します。
「何をどうしたら、そこに行き着くのだ?」と思うような、金田一氏でも解けない謎です。
例えば、こんな具合です。
今日は山歩きに行こうと、朝早くから車で目的地に向かいます。
お気に入りのCDをかけ、車は軽快に高速道路に入ります。見慣れた景色が、窓の外には流れています。
??? ・・・・・・見慣れた景色?
「B氏、私たちはどこに向かっているの?」
「あ、間違えた!」
B氏は今までの癖で、前に住んでいた家に向かっているのでした。

こんな事もあります。
「B氏、次の休憩所で高速降りてね。トイレに行きたいから」
私は必ず、まだ余裕のある内にそう言います。
楽しいお喋りをしたり、グミを口に放り込んで上げたりしながら、私は助手席で、次々に過ぎて行く休憩所のサインを見送ります。
そろそろ我慢出来ないかな、という頃、私は聞きます。
「B氏、私は、いつトイレに行けるの?」
「あ、忘れてた!」
B氏、慌てて次の休憩所へ向かいます。

B氏は、大きな身体に似合わず、気が弱いです。
ある日、浮かない顔で、B氏が家に帰って来ました。
私が何を聞いても、煮え切らない答えが返って来ます。優しい態度で、根気良く聞き続けると、B氏、ついにぼそりと言いました。
「あのな、今度の週末サイクリングに行かないかって、U氏が電話して来たんだ」
「あら、良いじゃない。行こうよ」
「うーん、実はね、A嬢からも電話があったんだ。同じ日に、山歩きに行かないかって言うんだ」
2つも嬉しい申し出を受けているというのに、眉間に皺を寄せ、まるで「この世の終わり」とでもいう程の悩みようです。
「どうして同じ日なんだ! 皆、別々の週末に誘ってくれれば良いのに。みんつが電話して、どっちか断わってくれないか?」

一事が万事こんな具合ですが、毎晩馬鹿笑いをしながら寝ているB氏を見ると、私の対処法は、今のところ正解なようです。
「B氏、昨日も寝ながら笑っていたよ」
「ああ、それは良い。せめて寝ている時ぐらい、簡単でいたいものな」

・・・・・・何か、とてつもない勘違いだと思うのですが。

2004年11月15日 (月)  ある朝の光景(前)

       (文字数の関係上、日記を二つに分けました)

今日の日記は、私が体験したショックな話です。

以前私は、3ヶ月間、ドイツのベルリンに住んでいた事があります。
私が住んでいた地域は、かつては東西に分断されていた場所で、まだ所々に『ベルリンの壁』跡が残っていました。
その地区の住民の80%(以上?)はトルコ系移民で、残りの20%は、学生か貧しいドイツ人だそうです。

私は、夫B氏の仕事に付いて来ただけですから、特にすることもありませんでしたし、本場のドイツ語を習う良い機会でしたので、語学学校に通うことにしました。
しかし、見て回ったベルリン中心部の有名校は、どこも私の希望とは沿わず、家の近所の学校では
「残念なんだけど、ここに住んでいるような外国人は、買い物が出来る程度まで習うと、もう学校には行かないのよ。貴方のように、もっと上のレベルを習いたいという人は、ここには滅多にいないの。個人授業で良ければ、今すぐにでも出来るけど」
という事でした。

色々と考えた私は、『授業のない日はたくさん宿題をもらう事で、集中講座に近い内容にする』、『他の人が見付かり次第、クラス編成を変える(生徒数が多ければ、授業料も安くなるのです)』という事で、その学校で週2回、午前中に個人授業を受けることにしました。
余談ですが、私、感じの良かった校長先生に思い切って授業料の交渉をしましたところ、愉快そうに笑って承諾してくれました。

さて、私が語学学校に通いだして、まだ2、3回目の朝の事です。

授業が終わり家路を歩いていた私の耳に、子供の泣く声が聞こえました。
「ママァ〜、ママァ〜」
5歳ぐらいの男の子の声だと思います。
私が足を止めたのは、その声に切羽詰った恐怖が混ざっていたからです。何か尋常ではない感じの、あまり聞きたくない泣き声でした。
私は声のする方を探し、通りの向かいにあるアパートの、最上階(確か5、6階です)に目をやりました。

!!! 
30代半ばかと思われる女性が、開け放った窓枠の上にしゃがみ込み、今にも飛び降りようとしています。
1月だというのに、痩せ過ぎの身体には、Tシャツにパンツしか身に着けていず、肩まで伸びた艶のない金髪は、寝起きのように乱れ、まるで彼女の苦悩を象徴しているかのようです。
離婚した母子家庭で定職もなく、少なくともアルコール中毒、ひょっとすると薬物中毒、といったところでしょうか。

私は慌てて周囲を見回しましたが、通りにいるのは、不運にも私だけです。
まだ朝も早く、どの商店もシャッターが下りていますし、公衆電話も見当たりません。

・・・・・・何てこった。よりにもよって、来たばかりの町で、勝手も分からない外国人の私が、こんな場面に遭遇するなんて、どうしろっていうのよ!
電話を探しに行っている間に、どうせ彼女は飛び降りちゃうわよ。下手すりゃ、私の目の前でやられるかも知れないじゃない。そんなの見たら、一生記憶に残っちゃう。大体、今日止めたって、またいつかするに決まっているじゃない。
彼女が飛び降りる前に、さっさと見えない所まで行こう。

私は急ぎ足で、そこを通り過ぎようとしました。

                  〜後に続く〜

2004年11月15日 (月)  ある朝の光景(後)

                  〜前からの続き〜

「ママァ〜、ママァ〜」
10mも行かない内に、私の足は、また止まりました。

・・・・・・全く、何でなのよ! 死にたい奴は、死なせたら良いじゃない。
ああ、分かったわよ。このまま通り過ぎたら、私は絶対後悔するのよね。結果は同じでも、人として、すべき事をしなかった自分を、好きではいられないのよね。

私はくるりと向きを変えると、全速力で学校に戻りました。

息を切らしながら戻って来た私に、先生たちは驚いています。
「今すぐ、警察に電話してください! 女の人が、窓から飛び降りようとしているの」
「ええっ!?」
ある先生は通りに飛び出し、ある先生は受話器を掴み上げ、ある先生は窓から身を乗り出しました。
私は、もう一度あの女の人の所に戻りました。最悪、彼女と話をしなければいけないかも知れない、などと思ったのです。

幸いな事に、私より先に電話をした人がいたようで、私が戻った時には、消防車がかけつけていました。
窓の下に大きなマットを広げ、はしご車を伸ばしている最中です。
そして、警察官でしょうか、私服の男性が二人、急いでアパートの中に入りました。
通りでは、騒ぎに気付いた数人が、窓を見上げています。

間もなく、アパートに入った男性の一人が、背後からそっと彼女に近付き、お腹に腕を回すようにして彼女を抱えると、もう一人の男性と一緒に、窓枠から引き摺り下ろしました。

誰かが保護したのでしょう、いつの間にか、子供の泣き声は聞こえなくなっていました。
あの子が泣かなかったら、多分、彼女は生きていなかったでしょう。

離婚、未婚の母、母(父)子家庭、失業、アルコールや薬物、暴力、人種差別etc・・・・・・
残念な事に、ヨーロッパの都市には、こういう問題が溢れています。
最初からそういう物を求めている人は、当然いません。
ちょっとした好奇心、ちょっとした考えの甘さ、ちょっとした弱さ・・・・・・そういう事から、全てが始まるのだと思います。

スイスの若者などを見ていてもたまに感じるのですが、『想像力の貧困さ』とでも言いましょうか、『これをしたら、もしくは、しなかったら、10年後、20年後、自分はどうなるのか?』、『何故、それをしては、もしくは、しなくてはいけないのか?』、そういう事を真面目に考えたり、話し合ったりする習慣が、少ないように思います。

クール(格好良い)である事。
どうやらこれが重要なようですが、クールって、何でしょうね?
やらなくてはいけないことをきちんとやる、これは、クールではないのでしょうかね?

2004年11月16日 (火)  怪しい隣人

私達夫婦が借りている部屋は、一軒家の3階部分です。
下の1、2階には、家の持ち主である、70歳は超えているかと思われる老婦人が、一人で住んでいます。
二人の娘が嫁ぎ、同居していた母、夫に先立たれてからというもの、この老婦人は20年近く一人暮らしだそうです。
以前の間借り人は、一人暮らしの独身男性で、仕事場も遠く、部屋にはたまに寝に帰るだけ、という生活だったようで、この老婦人が合鍵を持ち、留守宅の世話を何かとしていたようです。

さて、この老婦人、今のところ私達が入居して来たことを、喜んでいる様子です。
「大きな家だから、誰か他の人間がいる気配があった方が、ほっとするのよ」
と、私達が夜に音楽をかけたり、パーティーを開いたりする事に、気を使わなくて良いと言ってくれます。
私個人にも、
「暇だったら、たまにはお茶でも飲みに、降りていらっしゃいよ」
と、誘ってくれます。
・・・・・・私が、外に行く度に。

今朝、寝起きの私は、先日ねずみに齧られ、ガム・テープで穴を塞いだゴミ袋を出しに行きました。
ついでに、夫B氏から頼まれた郵便物も投函して来ました。
ゴミ袋も郵便物も、一昨日には出して置くべきだったのですが、すぐそこだからと、ついつい明日送りになっていた物です。
「今日こそは」と気合を入れ、顔を洗ってまず、外に行きました。

例えそれが、ゴミ捨てのような些細な事でも、すべき事をするのは、気持ちの良い事です。
その間、5分ほどでしょうか、私が機嫌良く家に戻ると、先程まではいなかった、例の老婦人が、家の前で落ち葉を掃いています。
朝の9時に・・・・・・。

「おはようございます」
「あら、おはよう」
「朝から大変ですね。毎日ここ、掃いているんですか?」
「まさか。ここは、自治体の管轄だからね」
・・・・・・清掃車が来て、綺麗にしてくれる道を何故? しかも、朝に?
見ると老婦人、汗だくです。

「ええと、私、手伝いましょうか?」
「そう? 時間は大丈夫なの?」
「はい、時間だけはたっぷりあるんです、私」
納屋から猫車を出し、落ち葉をバラの根元に撒いたりして、仲良くお喋りしながら、私達は、自治体が清掃してくれる通りを掃きました。

「じゃあ、私、部屋に戻りますね」
目覚めのコーヒーもまだでしたし、私、そろそろお腹も空いて来ました。
「たまには、お茶でも飲みに、降りていらっしゃいよ」
「はい、そうします」

私が散歩から戻るといつも、偶然、老婦人は窓の側にいて、手を振ってお茶に誘ってくれます。
私達夫婦が買い物に行く時には、やはり偶然、毎回庭に出ています。
最近寒くなって来たので、すっかり怠け癖のついた私が、天候などお構いなしに、気まぐれに散歩に出、そこに老婦人が出くわす可能性は、かなり低いと思うのですが・・・・・・

ところで、最近私は、ケーキ作りに挑戦し始めました。
上手に焼けるようになったら、時々下の老婦人に持って行って、お茶を飲んで来ようと思います。

・・・・・・そういえば我が夫婦、安い中古の物件が欲しかったのですよねぇ。

2004年11月18日 (木)  スーパー・ラット、現る?

昨日の日記にも書きましたが、私は最近、ケーキ作りを始めました。
理由は・・・・・・何となくその気になった、というところです。

生まれて初めてのケーキ作りですから、最初から上手く行くとは思っていませんので、私は夫B氏に聞きました。
「私の失敗作は、貴方が食べるのだから、貴方の好きなケーキを作ろうと思うのだけど、何が良い?」
「チョコレート・ケーキ!」
B氏、即答です。
「チョコレート・ケーキかぁ・・・・・・」
私自身は、どちらかというと、生クリームとかドライ・フルーツなどが好きなのですが、聞いてしまったものは仕方がありません。私達は、ケーキの材料を買いに行きました。

スーパーに着くと、何ともタイミングの良い事に、チョコレートが安売りしています。
400g入りが3個1パックで、600円位です。
これは、「チョコレート・ケーキを焼け!」と言われているようなものです。
しかもこのチョコレートは、お菓子用ではなく、普通に食べるミルク・チョコやヘーゼルナッツ入りの物ですので、美味しいチョコレートです。
1,2kgのミルク・チョコレートをがしっと掴み、レジに向かうB氏。

さて、記念すべき、人生初のケーキは、ガトー・ショコラです。
「B氏、今日はガトー・ショコラだからね」
「ガトー・ショコラ?・・・・・・それって、チョコレート・ケーキって意味だろう」
「え、そうなの?」
私、チョコレート・ケーキという名の、チョコレート・ケーキを焼きました。
膨らみ具合がもう少しでしたが、初回にしては、上出来だと思います。しっとりとした、品の良いチョコレート・ケーキが出来ました。

「どう?」
私は、試験を受けるような気分で、B氏が食べる様を見詰めます。
「うん、美味しい。・・・・・・ただ、こう、もうちょっとチョコレートの味が強い方が良いかな。チョコ・チップなんかが入っていると、良いかも知れない」
「チョコ・チップかぁ・・・・・・」
そう言いつつもそのケーキ、翌朝には、既に姿を消していました。

毎日立て続けにケーキを食べるのでは、やはりお臍の辺りの危険が大き過ぎます。私は、3日ぐらい空けて、今度はチョコ・チップと胡桃のマフィンを作る事にしました。
ん?・・・・・・
『バターを室温にして置く』、そうレシピには書いてありますが、室温というのは、多分、20℃位の事であって、冷蔵庫より寒い我が家の台所、の話ではないでしょう(台所にも、薪を焚く小さな暖房器具が付いていますが、普段は使っていません)。
一旦取り出したバターを冷蔵庫に戻すと、私はまず、薪を焚く事にしました。
暫くして、部屋もそこそこ温まり、私はケーキを作り始めました。

チョコ・チップを入れるには、チョコを刻まなくてはいけませんので、私は冷蔵庫を開けました。
あれ? この間少しだけ使った、1個目のチョコレートがないぞ。確か、ガトー・ショコラに使ったチョコレートは50gもなかった筈なのに・・・・・・どこに仕舞ったっけなぁ?
仕方がないので、私は2個目のチョコレートを開けました。

2回目のケーキは、大成功といって良いような出来でした。
B氏も、「こっちの方がずっと美味しい」と言い、翌朝になる前に、ケーキは消えました。

実を言いますと、前回2回とも、ケーキは私の口に、殆ど入りませんでしたので、昼間、何となく甘いものが食べたくなった私は、チョコレートをつまみ食いしようと思い、冷蔵庫を開けました。

あっ!!!
100g位しか使っていなかった筈の、2枚目のチョコレートが、殆ど失くなっています。
冷蔵庫の灯りに照らされた銀紙が、申し訳程度に残っているチョコレートの上で、きらきらと黄色い光を放っています。
そういえば、1枚目のチョコレートも、まだ見付かっていません。

・・・・・・B氏、チョコレートの味が強いケーキが良いなんて言っていたけど、あんた、チョコレートが食べたいだけなんじゃないの?

2004年11月19日 (金)  失われた貴重品

私の日記を最初の頃から読んでいて下さる方は、ご存知かと思いますが、私、自称『ハード・ボイルド主婦』ですから、大抵の事には動じません。
普通の女性なら、いえ、時には男性ですら怯むような事も、やってみせる覚悟があります。

例を上げるなら、
ある国では、見たことも無い程大きなゴキブリ達に、毎晩脚を這われながら、2ヶ月間生活しました(ロマンティックに私の脚を撫でている筈の、夫B氏の両手が枕元にあり、よく不思議に思ったものです)。
別の国では、野菜炒めに混ぜられてしまい、取り出す事ができなくなったアリ達の入ったヌードルを食べながら、1ヶ月暮らしました。
また別の、そこに行った旅行者はお腹が緩くなる事で有名な国でも、2ヶ月間、全く問題なく過しました。
蛇だの蛙だのは当然の事、アジアの各地で、虫の唐揚げ等も食べました。
バロットと呼ばれる、羽化しかけの雛ごと調理された、ゆで卵を食べた時には、隣で涙目になっているB氏とは対照的に、雛の部分と玉子の部分の違いを、楽しんだりしたほどです。

しかし、人は誰も完璧ではあり得ません。
この『ハード・ボイルド主婦みんつ』にも、やはり弱点があります。
私には、子供の頃から、どうしても駄目な生き物がいるのです。ここで名を挙げるのも、嫌なほどです。
私の夫になる条件の一つに、それが苦手でないこと、というのがあるぐらいです。
仮にそれを、『ヤツ』と呼ぶ事にしましょうか。

ヤツが嫌いな理由は、どんなに子供時代を振り返っても、一つも思い浮かびません。気付いた時には、既に、鳥肌が立つほど嫌いだったのです。
「多分、祖父からの遺伝だろう」と、ヤツが平気な私の家族は笑います。

さて、今日の昼過ぎ、B氏から電話が入りました。
「今日は、M氏と温泉に行くから、夕飯はいらないよ」
主婦の方なら分かるでしょうが、これは、チャンス・カードを引いたようなものです。
「分かった。私の事は気にしなくて良いから、楽しんで」
そう答えながら、頭の中では「さあ、今夜は一人パーティーかなぁ」と、あれこれ楽しい想像が膨らみます。
あ、B氏が帰って来ない方が良い、ということではありませんよ。ただ、チャンス・カードですから、有効に使いたいのです。

電話を切った私は、台所に行き、一人の夕飯をどうするか考えました。
凝った物は作りたくないけど、何か、ちょっと気の利いた物。しかし、冷蔵庫にも、棚の中にも、めぼしい物はありません。
うーん、どうしようかなぁ・・・・・・そういえば、朝も昼も食べていなかったし、今ちゃんと昼食を取って、夕方になったらおつまみだけ作って、『一人居酒屋』にしよう。

見ると、棚の中にインスタント・ラーメンが一つ残っています。
スイスで暮らしている日本人にとって、インスタント・ラーメンは、貴重品に入ります。
私は、うきうきと白菜を刻み、ほうれん草を入れ、インスタント・ラーメンを煮始めました。

ん???
麺を解していると、何かおかしな塊が入っていることに気付きました。
何だ、これ? 顔を近付けると、湯気で良く見えませんので、私は箸で、その塊を慎重に取り出しました。
!!!!! げっ、ヤツです!
どこでどう入り込んだのか、脚を1本だけ残して、ヤツが良く煮えています。

何故、何故よりにも寄って、ヤツなのでしょう。しかも、残りの脚は、麺や野菜と良く混ざってしまい、取り出す事は不可能です。
他のものでしたら、ちょっと気合を入れて、食べる事も出来たでしょうが、ヤツだけは、どうにもいけません。
・・・・・・最後のラーメンだったのに。

え? 私のお昼ですか? 
昨夜の残りの冷たいご飯に、お塩をかけて食べました。

・・・・・・主婦なんて、そんなもんです。ね、そうですよね、皆さん?

2004年11月22日 (月)  お知らせ

皆様へ。

どういう訳か、私、突然熱を出してしまいました。
週末に、PCのデーター整理で、普段使わない頭を使ったからでしょうか。
どこがどうという事でもありませんが、とにかく眠くて仕方がありません。

ということで、今日の日記はお休みします。
明日も日記がなかった場合、まだ寝ていると思って下さい。

では、お休みなさい。        みんつ

2004年11月23日 (火)  ありがとうございます。

皆様へ。

ご心配お掛けしましたが、昨日丸一日寝ていたら、熱は下がりました。
今、皆さんの優しいメーセージを読み、大変感動しております。
それで、お言葉に甘えて、日記はもう一日お休みさせていただきます。

実は、寝過ぎで頭がぼんやりしていまして、集中出来そうにないのです(笑)。
旦那様に、たった1日お任せしただけなのに、台所の方も、ものすごい有り様になっていますし・・・・・・

たくさんのメッセージ、本当にありがとうございました。
後ほど、ゆっくりお返事しますね。        みんつ

2004年11月24日 (水)  住所のない村 

つい先日の事です。
何気なく郵便物を手にした私の目に、見慣れない文字が飛び込んで来ました。
宛名は確かに、夫B氏になっていますので、間違って届けられたものではありませんが、住所が違っているのです。

レト・ロマン語で書かれたその住所は、私がB氏から聞かされ、知人全てに通知した、この部屋のものではありませんでした。
私が聞かされていた住所は、ドイツ語で、こんな田舎ででもなければ、およそ通用しないだろうと思われる、簡単なものでした。
スイスでは、4つもある公用語のため、時々、同じ名前が別の言語で表記されるという事もありますが、私の浅い知識でも、このレト・ロマン語の住所とドイツ語のそれが、違う意味である事は分かりました。
よく見ると、番地も少し違います。

分かりやすく言うと、こんな感じです。
仮に、ドイツ語で『村内 10番』という住所が、私の知っていたこの部屋の住所だとすると、封筒に書かれている住所は、レト・ロマン語で『坂ノ下 12番』というものなのです。
そして、そう言われれば、確かに『坂ノ下』と言えなくもない場所に、家は建っています。
・・・・・・ひょっとして、うちには、2つ住所があるのかも知れない。
こんな時、決まってわくわくする私は、B氏が帰って来るのももどかしく、この事実を伝えました。

「お、これは面白いなぁ。みんつ、もし選べるとしたら、どっちが良い?」
「レト・ロマン語の方!」
「俺もだ。ただ、番地が違うのはまずいな。家の壁に、『10番』って書いてあるのに、住所が『12番』じゃ、変だろう」
「うーん、もしかすると、下のお婆ちゃんが10番で、うちが12番かもよ?」
「・・・・・・じゃあ、11番はどこなんだ?」
「そうねぇ。お婆ちゃん家の2階とか」
「あはははは、階ごとに違う住所なんて訳、ないだろう。明日、郵便局に電話して、聞いてみるよ」

この時は二人とも、このB氏のちょっとした気まぐれが、後でそんな大事になるとは、思ってもいませんでした。

翌日、仕事から戻ったB氏が言いました。
「みんつ、あの住所だけどな、どうもややこしい事になりそうだ」
「何? どういうこと?」

B氏の説明によると、事の次第はこうです。

まず、私がB氏から聞かされていた住所は、下に住んでいるお婆ちゃんが、勝手に作ったもので、通称のようです。
ただ、ここの家の玄関上の壁には『10番』と書いてあり、確かに『村内 10番』というのは、ここ意外にありえないので、その住所で郵便物は届くのです。

次に分かったことは、つい最近まで、村全体に住所がなかったという事です。
『名前、郵便番号、村の名前』だけで、全ての郵便が配達されていたようで、今でも村の多くの人が、その習慣を用いているようです。
現に、村役場、大家、以前の店子の全員が、電話をかけたB氏に「その家に住所はない」と言ったそうです。

三番目は、これが混乱の原因を作ったのですが、郵便局がこの地域の住所を編成するに当たって、コンピューターの打ち込みミスがあり、『10番』が『12番』になってしまったそうです。

そういう経緯で、玄関上の壁に『10番』と書かれた、住所のなかった家に、『坂ノ下 12番』という、何とも不思議な住所があてがわれたのです。

               〜次回に続く〜

2004年11月25日 (木)  住所のない村 

        〜前回からの続き〜

「家の壁に10番と書いてあるのに、住所が12番では、混乱するのではないか?」
夫B氏の問い合わせに、郵便局側は最初、
「これは単なる打ち込みミスですから、郵便局の方でもう一度、打ち込み直します」
という答えでした。
つまり、私たちの住所は『坂ノ下 10番』で、ほぼ決まりかけていたのです。

ところがその郵便局から
「それは、やはり出来ない。そんな事をしたら、誰もが好き勝手に住所を変えられる事になってしまう。変更したいのなら、正式に、村役場から住所変更の書類を提出する必要がある」
という連絡がありました。
どうやら村の郵便局は、スイスの郵便局本局に連絡を取り、そういう指示を受けたようです。

ここで私に、ある疑問が浮かびました。

「B氏、ここの住所は、下のお婆ちゃんの住所でもあるよね。私達が勝手に、家全体の住所を変えちゃって良いの? もし、お婆ちゃんなり大家なりが、何か重要な書類を『坂ノ下 12番』で作っていたとしたら、ここの住所が『10番』になっちゃったら、困るんじゃないの? 一応、大家に連絡した方が、良いと思うな」
「何で俺が、自分の住所を変えるのに、そんな事しなくちゃいけないんだ?」
「だってさ、ここの住所を変えるっていう事は、この家自体の住所を変えるっていう事だよ。私達は、あくまで間借り人でしょう。大家の承諾なしに、建物の住所を変えちゃうのは、やっぱりまずいよ。私達は、数年ここに住むだけだけど、お婆ちゃんや大家は、ずっとここの家と関わって行くんだからさ、何かあった時に、困るのはあっちなんだよ」
すったもんだの議論の挙句、B氏、やっと私の主張を認めました。

数日後、仕事場から戻ったB氏が、また言いました。
「ここの家の住所だけど、もっとややこしくなった」
「今度は、何?」
「大家に電話したら、土地の査定かなんかで使う書類を見てくれてな、もう一つ、別の住所があったんだ」
「ええ? じゃあ、元々住所があったのに、家の持ち主も、役場も、誰もそれを知らないで、その上郵便局は、勝手に新しい住所を作ったってこと? ねえ、スイスって、本当に先進国なの?」

新たに出て来た住所は、どうやらレト・ロマン語ではあるようですが、古い言葉か方言か、辞書にも意味は載っていませんでした。
その書類に寄れば、家の番地は、玄関の上に書いてある通り『10番』で、『12番』というのは、通りの向かいにある、牛小屋でした。

『村内 10番』『坂ノ下 10番』『坂ノ下 12番』『xx 10番(査定書類にある名前)』
私達が来るまでは、随分長い間住所のなかった家に、今では4つの住所があります。
さて、どうしたものでしょう。

「みんつ、もし選んで良いと言われたら、この4つのどれが良い?」
「xx 10番! これが一番、格好良いと思う」
「俺もだ」
「でもさ、そうなったら、この村の皆が『坂ノ下 何番』なのに、うちだけが違う住所になっちゃうね」
「まずいかな?」
「ううん、良いと思う。うちだけ特別な、正しい住所ね」

只今B氏、村役場の方と話し合っております。
我が家の住所がどうなるか、この続き、楽しみにお待ちください。

2004年11月29日 (月)  迷探偵登場 

ある日、友人H嬢から電話がありました。
「みんつ、ちょっと込み入った話なんだけど、今時間ある?」
「大丈夫だけど、私で役に立つの?」
「実際、みんつ以外には、こんな話が出来そうな人は、いないのよ。職場の事なんだけどね・・・・・・」
そう言って、H嬢は話し始めました。

H嬢は、ある時計メーカーのチェーン店の一つで、店長をしています。
その店は、観光地のショッピング・モール内の一角にあり、店の従業員、つまり彼女の部下としては、3人のスイス人女性が働いています。

ある日、彼女が出社すると、警備員の男性が来て、彼女の店の売り物である時計を差し出しました。
「これ、階段脇のディスプレー上に置いてあったんだけど、あんたの所の売り物だろ?」
H嬢がびっくりして聞いてみると、その警備員は、今朝出勤してモール内を見回った時に、その時計があるのに気付いたとのことで、いつからそこにあったのか、何故そこにあるのか等は、分からないと言います。

H嬢にとってこれは、青天の霹靂です。
店の品物が盗難にあったことを、彼女は元より、従業員の誰もが気付かなかった、などということは、本来あってはならないことです。
H嬢は、警備員にお礼を言い、時計を受け取ると店に行きました。

「ちょっと皆、来て。この時計、誰か売った人、いる?」
H嬢は、例の時計を従業員に見せましたが、やはり三人とも、「売った覚えはない」という返事です。
「この時計、警備員が今、店の外で見付けて持って来てくれたの。誰も売っていないということは、盗まれたのよね。皆、この時計が失くなったことに、気付いてすらいなかったのよね。私もそうだけど、今後は皆、在庫管理にもっと気を付けて下さい。こういう事が、二度と起こらないように、十分注意をするように」

その時は、それで終わりにしたH嬢ですが、時計が何故あんなおかしな所にあったのか、そして、一体誰がやったのか、どうも気になります。
というのも、考えれば考えるほど、この事件が外部の人間の仕業だとは思えないからです。
その時計は普段、ショー・ケースの中で展示している物です。
客足の多い時間を狙って、鍵をかけ忘れたショー・ケースの中から万引きするという事は、全くの不可能ではないでしょうが、あまり現実的な考えには思えません。
となれば、他の従業員のいない隙に、もしくは閉店後、ショー・ケースの鍵を開けて時計を盗んだ、という事になり、それが出来るのは、店もしくはショー・ケースの鍵を持っている従業員だけ、という事になります。

もちろん、H嬢は悩みました。
『自分の部下の中に、泥棒がいる』なんて、信じたくない事ですが、信じなくてはいけないであろう事も、薄々分かっていたからです。
実は、つい先日にも、おかしな事があったのです。

                 〜次回へ続く〜

2004年11月30日 (火)  迷探偵登場 

              〜前回からの続き〜

おかしな事というのは、お店の従業員だけが買えるバッグの入金が、一人分足りなかったのです。
バッグは全員が注文したので、4つありました。
皆、お金を払ったと言いますが、バッグの代金を入れた筈の封筒には、三人分のお金しかありませんでした。

従業員の証言は、こうです。
A嬢:「私は、B嬢にお金を払い、B嬢は、その時に彼女の分もあわせて、二人分の代金を封筒に入れました」
B嬢:「確かに、A嬢のお金と私のお金を、封筒に入れました」
C嬢:「私もB嬢に払いました。B嬢が封筒にお金を入れたかどうかは、確認しませんでした」
それに対するB嬢の答えは「C嬢からお金をもらった事は、覚えていない。そう言われれば貰ったような気もするけれど、自信がない」でした。
ちなみにH嬢自身は、偶然にも、3人の目の前でお金を払っていました。

「H嬢、ちょっと待って。その封筒は、誰が管理していたの? 支払いについては、メモなんかは取らなかったのね? で、その件は、どう解決したの?」
私の質問に、H嬢は言いました。

「封筒は、レジに入っていたから、誰が管理っていうこともなかったわ。そして、C嬢が『こんな事でもめるのは、止めましょう。今回は、私が足りない分を埋めて置きます』って言って、もう一回お金を払ったの」
「それで、終わりになったのね? 誰のミスかとかは、追及しなかったのね?」
「ええ、誰かがうっかり忘れちゃったのだろうと思って、その時はそれで終わりにしたわ」
「でも、今度の時計の事が起こって、その話が繋がっていると思うのね?」
「私もよく分からないのよ。ただ、時計が盗まれた事が分かった時、真っ先にあの時の事を思い出したのよ」
「そう。・・・・・・いくつか確認したいのだけど、その時計が店から盗まれたのは、確かなのね? 買ったお客さんが失くした、っていう事はないのね? それと、その時計は、従業員しか触れることが出来なかったのね?」
「ええ。その時計は、最新モデルでね。まだ入荷したばかりだったから、一本も売ってなかったのよ。そんな風には思いたくないけど、盗まれたのは確かよ。時計は、鍵のかかるショー・ケースに入っていたから、誰かがショー・ケースからそれを出して、忘れたのでもない限り、部外者には触れなかった筈だし、誰かがそれを出しっ放しにして失くしたのなら、覚えている筈でしょう」
「じゃあ、貴方の部下3人の内、誰かがそれを盗んで、わざわざモールのディスプレーの上に置いたのは、間違いないのね?」
「そう思うわ」

これは実際、冗談では済まされないことです。
自分の店の品物を盗み、別の場所の、その気になれば簡単に見付けられる所に置いておく・・・・・・誰が何の為に、そんなことをしたのでしょう。

「H嬢、ちょっとその3人のこと、詳しく聞かせて。そうね、それぞれの容姿と、どんなタイプの人か、知りたいわ」
「うーん、どんな風に説明したら良い? 私は、3人と直に接しているから、客観的に言うのは、難しいわ」
「じゃあ、まずA嬢から。背の高さはどの位? 太っている、痩せている? 髪の色は何色? 年齢は? 独身か既婚か? 服装なんかは、どういう感じ? 仕事は、どんな風にこなす人?・・・・・・」
私の質問に、H嬢は慎重に言葉を選びながら、出来る限り感情を入れずに説明してくれました。

               〜次回に続く〜

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