2005年10月3日 (月)
第一印象
私が夫B氏と知り合った時、彼はちょうど学校に上がる直前でした。 これは、B氏がそんなに若かったのではなく、仕事を続けて行く上で、きちんと専門的な勉強をし、それを証明する紙があった方が有利だということで、仕事を辞め、学校に入り直したところだったのです。
その学校は、毎年数人しか生徒を取りませんので、B氏のクラスは、ドイツ人女性3人、スイス人男性2人(一人はB氏です)という構成でした。 この5人はもちろん全員初対面ですし、私はこの学校とは何の関係もありませんから、もちろん誰のことも知りませんでした。 ところが、学校が始まると間もなく、B氏のクラス全員が私のことを知っているという、不思議な状態が出来上がったのです。
B氏が学校で最初に受けた授業の一つは、写真についてでした。 題材は何でも良いから写真を撮り、学校で現像し、それを使って何かしていたようなのですが……。
クラスの誰かが現像室に入ると、そこにはいつも、特徴のある2種類の写真がぶら下がっていたそうです。 一種類は、延々と山の景色を写してある写真で、もう一種類は、様々な場所でおかしなポーズをしている、小柄なアジア人女性の写真でした。 はい、木によじ登ってポーズを取ったりしている、このアジア人女性が私だったのです。
ドイツ人女性3人が現像室に入ると必ず、数枚は山、数枚は私の写真という感じで、スイス人男性の取った写真が目に入ります。 その後知り合いになってから、彼女たちが私に言ったのですが、最初のうちは、「スイスの男は、どうかしているのか?」と思ったそうです。 ちなみに私は、B氏が私の写真を授業の課題として使っているなどとは、全く知りませんでしたし(ですから、思い切り変なことをしていました)、そんな写真が学校で許されるとは、考えたことすらありませんでした。
さて、そんな風に出会う前から知られていた私ですが、ある日、B氏のクラスの女性からホーム・パーティーに呼ばれました。 正確に言うならB氏が呼ばれたのですが、もちろん彼女も私のことを知っているわけで、「恋人も連れてどうぞ」と言ってくれたようです。 このホーム・パーティー、実は私にとって、スイスに来て最初に招待されたものだったのですが、勝手の分らない私にしてみれば、ただB氏にくっついて知らない人の家に行った、という感じでした。
スイスでホーム・パーティーに呼ばれた場合、相手との関係にも寄りますが、大抵赤ワインか花束を持って行きます。 この時の私達も、まだよく知らないクラス・メートの招待ですから、一応ちょっと良いワインなどを買い、指定された時刻少し過ぎに(スイスでは、パーティーの場合は、少し送れていく方が一般的なのです)、彼女のアパートのドアを叩きました。
私達が余所行きの笑顔で立っていると、ドアを開けたのは、不審そうな顔をした、見るからにスイス人ではない、東ヨーロッパ系の男性でした。 「あの、ここはxxさんのお宅ですか?」 恐る恐る聞くB氏に、彼はぶっきらぼうな感じで言いました。 「ああ、ちょっと待って下さい」 ドアの外で待っていると、「xx、君にお客さんだよ」「えぇ、誰だろう?」というような、中で二人の話す声がします。
「B氏、本当にこの家なの?」 「多分、そうだと思うけど……」 「住所とか、聞かなかったの?」 「大体のところは聞いたさ」 「初めての家で、大体のところしか聞かないなんて、もしここじゃなかったら、どうするの?」 私達がそんな話をしていると、中からB氏のクラス・メートのドイツ人女性が顔を出しました。 「招待してくれてありがとう。これ、プレゼント」 ほっとした様子で赤ワインを差し出すB氏に、彼女は言いました。 「ホーム・パーティー、昨日だったのだけど」
……彼女が翌日、学校でこの話をしたことは、言うまでもありません。 その後次々と知り合いになった人たちは、皆私に、ものすごく気さくに話しかけてくれましたから。 |
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