2010年10月6日 (水)
捨てる神あれば拾う神あり 7
〜前回からの続き〜
さて、その週の金曜日です。
いつもの様にバレーボールに行くと、チーム仲間のH嬢が言いました。 「みんつ、庭に牛が入ったんだって?」 H嬢は隣村に住む酪農家夫人でして、どうやら私の話は、あちこちの村まで伝わっているようです。
直接私に話を聞こうと思ってくれる人には、きちんと説明しておこうと思うので、私は、彼女にも私側からの話をすることにしました。 最初、私の話に相槌を打っていたH嬢は、私が「柵の支柱と牛の間に挟まれた」と言うと、「ええっ、そんなだったの!」と少し声を上げました。
そして、こう続けました。 「私もうちの山羊が、他所の庭を荒らしはしないかっていつも心配だから、彼女の気持ちを分らなくはないけど……。彼女は、その後謝りに来たの? 例えば次の日とか、落ち着いてから謝罪に来た?」
「何にも無しよ」 「それは、ちょっと酷いわね」 「彼女がパニックになる気持ちは分るけど、他人が大怪我をしたかも知れない状況で、気遣いの一言もないし、大体私の牛でも何でもないのに、あんな風に怒鳴り付けられたんじゃ、こっちだって言い返したくなるわよ」 「そうよね。たとえその時は気が動転していたとしても、後日謝りに来ても良いわよね」
H嬢は、言葉の端々に「同じ酪農家として、例の女性を庇ってやりたい」という雰囲気を漂わせてはいたものの、やはり何の謝りもないのでは、私を説得することも出来ないといった風で、しきりに「後からでも良いから、謝りに来ればねぇ」と言っていました。
そうなんですよね。 一度犯した失敗は、絶対に拭えないというわけではないですものね。 ましてや私は日本人ですから、素直に心から話をしてくれれば、「まぁねぇ、こっちだって鬼じゃないんだから」とでもなりますよね。
が、そうです、彼女にはあの日以来、今日まで一度も会っていません。 ですから私は、いまだにあの人がどこの誰なのか、全く知りません。 正直な話、彼女を再び何処かで見かけたとしても、多分私には、分らないと思います。 その程度の事なのです。
ね、くだらないでしょう? こんなもん、幼稚園で習うことであって、いい年をした大人同士がすることじゃないんです。 しかし、スイスで暮らしていると、こういうレベルの低い出来事に始終煩わされます。 実はこれが、私の一番嫌なことなんです。
私の母は、生前よくこう言っていました。 「レベルの低い人と争うのは、よしなさい。貴方まで、同じレベルに落ちてしまうから」
……お母さん、スイスに暮らしていると、それは滅茶滅茶難しいっす。
〜完〜
(最後まで書くのに随分長い間掛りましたが、読んで下さった皆さん、ありがとうございました。) |
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