2005年12月4日 (日)  不安 (前)

       (文字数制限の関係上、今日の日記は二つに分けました。)

スイス女性との付き合いでよく感じることは、彼女たちが不必要な不安をたくさん抱えているということです。
もちろん彼女たちにとってそれは、不必要どころか、時には最重要なことですらあり、それを解決しないでは、日々の生活自体が滞ってしまう程なのですが。

前回書いた義母の電話にしても(過去の日記、2005年11月17〜19日『恐怖の誕生日(前・中・後)』参照)、最初は「嫁の誕生日に、おめでとうを言ってやりたい」というだけの筈だったのに、私が電話を取らないでいる内に、「何が何でも、今日中に嫁をつかまえなくてはいけない」という心境になり、終いには、20分おきに電話を掛けずにはいられない、という状態になってしまいました。

これは、どういうことなのでしょう?

物事が自分の習慣、もしくは思い通りに進まなくなりそうになった時、彼女たちは、それをそのまま放っておき、成るように成らせるということが出来ません。
「放って置いたら、取り返しの付かないことになってしまうかも知れない」、という不安に襲われるのです。
そしてその不安で自分を縛り、端から見ると大げさな、場合によっては、尋常でないような印象を与える行動に出ます。
冷静に状況を判断して、合理的な結論を出す、というようなことは忘れられてしまいます。

今回、私が夫B氏の職場について行ったため、家を留守にした際にも、こんなことが起りました。

月曜日の朝に家を出、金曜日の夕方には戻ったのですから、私が家を開けたのは、実質たった4晩です。
私は事前に天気予報を見、留守の間に雪が降りそうだと知っていましたので、家中の水道を出し放しにし(我が家の水道管は、そうしないと凍ってしまうのです)、残りは普通の戸締まりをして出掛けました。
問題は、どこにもありませんよね?
普通の家庭が、数日間家を空ける時にすることをして行ったのです。

ところが、私が金曜日に家に戻ってみると、小包が玄関内の床に置かれ、階段上の廊下は暖房が入れられ、暖房器具の前に置かれていた箪笥は、ずらされていました。
そして、電源が落ちでもしたのでしょうか、何故か冷凍庫の中身が全て解凍されてしまっていました。
私達夫婦の留守中に、下の階に住むお婆ちゃんが様子を見に入り、それらのことをして行ったことは、私にも分りました。

我が家の玄関内は、壁も床も天井も全て石(セメント?)で出来ていますので、かなり寒くなります。
また、B氏の仕事の関係上、我が家には温度や湿度に敏感な物が、小包として送られてくることもあります。
日本でもそうでしょうが、スイスでは家人が留守の時、郵便局は「小包を預かっているから、取りに来るように」というメモを入れて行きます。
これでしたら、郵便局の管理態勢が悪く、小包の中身が駄目になった場合、私達は代金を払わないで済むでしょうが、我が家の玄関内に放置されていたのでは、もしもの時に問題はややこしくなります。

廊下の暖房器具は、日頃から私達は使っていませんでしたから、電源はずっと切られていました。
その前に箪笥が置いてあったのも、その箪笥はアンティックといっても良いような代物で、温度や湿度の変化が少ない場所の方が良いため、わざとそこに置かれていたのです。
つまり、廊下の暖房を入れるなら、箪笥は別の部屋に移さなければいけないのです。

そういう諸々の事情も知らず、お婆ちゃんは、こう思ったのでしょう。
「みんつが家を留守にしているようだわ。見に行ってあげないと、大変なことになっているかも知れない」
そして色々と、お婆ちゃんなりの基準で良かれと思うことを、我が家にして行ったのです。
ちなみに私は、今回は短期間の留守ですから、お婆ちゃんには告げずに行きました。

                    〜後に続く〜

2005年12月4日 (日)  不安 (後)

                〜前からの続き〜

私の考えでは、近所同士が助け合うのは良いことですし、ありがたいことでもありますが、自分の家と他人の家の境界は、やはりそれなりに一線を引いておくべきだと思います。
他所の家には、他所の家のやり方があるのですから。

極端な言い方をするならば、留守の間に私の家の中がめちゃくちゃになったとしても、他人に迷惑を掛けていない限り、私自身の仕事が増えるだけであって、お婆ちゃんには関係のないことです。
例えば私の留守中に、私の台所で、私の玉葱が腐っていたとしても、もちろん嬉しくはありませんが、捨てれば良いだけのことです。勿体ないとは思いますが、玉葱を幾つか捨てたぐらいでは、我が家は路頭に迷いません。
家の中が寒くて水道管が凍ったとしても、それは我が家にだけ引かれている水道管ですから、私が業者を呼んで、お金を払えば良いだけです。
お婆ちゃんは「良かれと思って」と言うでしょうが、「そうせずにはいられなかった」というのが、真実でもあるでしょう。

私が話をしに行った時、お婆ちゃんは言いました。
「みんつの家の玄関は、鍵穴が凍っていて、鍵を無理矢理回したら、手が切れちゃったわ。玄関のドアを直して貰わないといけないわね」
彼女は、凍った鍵穴に鍵を入れて、力任せに回したら、鍵が切れて詰まってしまうこともある、とは考えなかったのでしょうか?
もしくは、鍵穴がおかしくなってしまうとは?
そうなったら、帰って来た私達が、自分の家に入れなくなってしまうかも知れない、とは?
(私達はそのことを知っていますから、凍った鍵穴に差すための液体を用意してあるのです。)

また、こうも言いました。
「家の中が寒かったから、廊下の暖房を入れておいてあげたわ」
部屋の中ではなく、廊下を暖めるのは何故でしょう?
しかも、その前に置いてあった箪笥を動かしてまで?
また、留守中の家を温め続ける為にかかる、無駄な電気代を払うのは誰か、というようなことは?

頼まれているわけでもない、留守中の他人の家の玄関を無理矢理開ける……しかも、単なるお隣なだけで、家族でも何でもない家の……そして、置いてある家具を動かし、廊下を暖房する……
事実だけに焦点を当てると、これは尋常ではありませんよね。
何故そんなことをするのでしょう?

はっきり言いますが、義母にしてもお婆ちゃんにしても、彼女たちが心配している何かなど、私は、一度も起こしたことはないのです。
ということは、この不安は私が原因ではなく、彼女たちが元々持っているものです。
彼女たちは、何を、何故、心配するのでしょう?

不安というものは、伝染します。
一人が不安を抱え、それを外にまき散らすと、「本当は、そんなことは起らない」と頭では解っていても、何だかこちらも不安になって来ます。
「ひょっとしたら何か見落としがあって、とんでもないことが起るかも知れない」
そんな気持ちにさせられます。
そして、終いには、その不安のために自分の世界を狭めることになります。

慎重であるとか、分別的な行動を取るということと、不安が原因の行動には、大きな違いがあります。
前者はより良い成果をもたらしますが、後者は大抵失敗をもたらします。もしくは、挑戦しない、という結果を。

相手を思いやるからこそ、
自分の不安を相手に押し付けない。
自分の不安で相手の世界を狭めない。
自分の不安で相手の素晴らしき跳躍を邪魔しない。

……私は、これが愛だと思うのですが。

2005年12月5日 (月)  夫婦の寝室

今日の日記は、18禁ではありませんが、少々大人のお話です。

私が先週、先々週と過ごした部屋には、実は夫B氏の他にもう一人、年頃のなかなかハンサムな独身男性がいたのです。
彼G氏は、現在B氏と一緒に仕事をしている男性で、イタリア語圏のスイス人です。
私の周りの多くのスイス男性同様、その外見の良さに反して、G氏も何故か女性に縁のないタイプのようです。
スイス女性は、男性を見る目がないのでしょうか、B氏やG氏のような、女性の扱いに不器用で物静かな男性は、退屈な男性と感じるようです。

今回私が、そんな環境に入り込むにあたって……これまた不思議なことなのですが、私には、何故かそういう機会がよくあるのです……いつものように、少しばかり気を使うことがありました。
それは、G氏が一人ぼっちに感じる様な態度は取らない、ということです。
つまり、B氏とばかり仲良くしたり、良き妻ぶりを発揮したりして、「独り者のG氏に、恋人がいないことを強く感じさせる様なことはしない」ということです。
自分が暮らしている部屋に、同居人が恋人や妻を連れて来て、二人が羨ましいぐらい仲良くしていたら、やはり誰でも居心地が良いとは感じないのではないか、と思うからです。
幸運にも、G氏は気さくなタイプでしたので、一緒に生活をする上で特に不都合もなく、その結果私は、2週間続けてB氏に付いて行くことが出来ました。

さて、私がB氏に付いて行った、2週目のある晩のことです。
寝室に引き揚げた私達夫婦は、何となくその気になりました。
しかし、隣の部屋にはG氏がいます。
こういう状況の時、私は、絶対にそういうことはしたくない、とまでは思いませんが、隣の部屋にいるG氏に気付かれるのは、やはり気が進みません。
恥ずかしいからではなく、私がG氏の立場だったら、隣の寝室でいちゃついているのを聞かされたら、あまり嬉しくはないだろう、と思うからです。

「B氏、このベッドは、ぎしぎしいうんじゃないの?」
私達のベッドは、一見ダブルに見えますが、シングル・ベッドが2つ並べて付けてあるだけです。
ですから、2つのマットレスの間にはベッドの枠で出来た隙間があり、私達はそこに毛布を詰めて、ダブル・ベッドの様にして寝ていました。
そんな所で大人のスポーツをしたら、個々のベッドがきしむだけでなく、2つのベッドがぶつかって、うるさい音を立てないとも限りません。
「大丈夫だよ、静かにすれば」
「どうしようかなぁ。ちょっと、待って。試してみるから」
私は冗談で、ベッドの上で身体を上下に揺すってみました。
パキッ。ベッドは、乾燥した木が弾けたような音を1度立てただけで、特に気になる程ではありません。

「な、大丈夫だろう」
「うーん、B氏の方が重いからなぁ。ちょっと、一緒に揺れてみようよ」
今度は、二人一緒にベッドの上で身体を揺すりました。
パキッ。また同じように、木の弾ける音がしただけで、心配していたような音は、全くしません。
「大丈夫みたいだね。でも、静かにしないとね」
「おお、静かにな」
B氏が私を引き寄せると、もう一度、パキッ、という音がしました。
「この部屋、乾燥し過ぎかな?」
「セントラル・ヒーティングだからな」
パキッ。また同じ音がします。
「別の意味でうるさいね、このベッド」

すると、ガタンッ!!! 
大きな音がしたかと思うと、B氏が突然私の前から消えました。
「え、何? どうしたの?」
私が急いで部屋の電気を付けると、B氏はマットレスごと、ベッドの中に落ちています。
パキッというのは、ベッドの横板を支えていた箇所が、壊れて行く音だったのです。

「ひえ〜っ、私達、重量オーバーってこと? ショックだわ、これ」
「明日G氏がこのベッドを見たら、俺たち、すごい激しいセックスしたと思われるよな」
「あははは、ベッドが壊れるようなのしたって、絶対勘違いされるよね。……あ、でも、どっちが良いんだろう? 二人の体重が重過ぎてベッドが壊れた、って知られるのと」
 
その晩、B氏は壊れていない方のシングル・ベッド、私は床にマットレスを敷いて眠りました。
もちろん、ロマンティックなムードなど、すっかりなく。

……G氏がこれを見たら、私達は別々に寝るほどのひどい喧嘩をした、と思われるのかしら?

2005年12月7日 (水)  驕れる人も久しからず

スイスと日本では、同じ職業なのにイメージの全く違うものが、幾つかあります。

初めにはっきり断っておきますが、ここで私は、ある職業を卑しめたり、それに従事している人を馬鹿にするつもりなどは、全くありません。
スイスの事情を説明するのに、分りやすい言い方をしているだけですので、どうか笑って読み流して下さい。
また、これは私の知る範囲での話ですので、その人自身や周囲の人間の職業によっては、違った意見があるかも知れません。

例えば、美容師は良い例です。
日本で「私の彼は美容師なの」と言ったら、「わぁ、良いなぁ」なんて返事があっても、不思議ではありませんよね。
繊細な指先を持った恋人に、いつも髪を切ってもらえるなんて、羨ましく思う人もいるのではないでしょうか?
ところがスイスで美容師は、酷い言い方を許してもらえるなら、勉強が得意ではなく、他の職に就けないから、というようなイメージがあります。
ですから、これを読んでいる美容師の方で、海外で修行を積んでみたいと思っている方がいましたら、悪いことは言いません、スイスは止めておいた方が良いです。

銀行員は、決して悪い職業ではありませんが、日本のようにエリートというイメージはありませんし、ホテル業は、場合によっては、弱い立場の外国人従業員をこき使っている、というような感じを持つ人もいます。
逆に、保険会社は普通の事務または営業職で、日本のように特別な苦労のいる大変な仕事、というイメージはありません。

また、以前にも書きましたが、俳優や歌手のようなショー・ビジネスの人は、日本のように「手の届かないスター」ということでもなく、至って普通に暮らしています。
地元のバーなどに行くと、国内では名の知られた歌手が、特にサインを求められるでもなく、テレビでサッカーの試合を見ながら、一人でビールを飲んでいたりします。

他にももっとありますが、建築家もその一つです。
スイスでは、「私は建築家だ」と言い張ったその日から、誰でも建築家になれます。
もちろん学校できちんと建築を学んでいる人もいるのですが、基本的に建築家というのは、スイスでは資格の要らない職業です。
これは私個人の考えですが、スイスには体感出来るような地震がありませんので、日本ほど難しい専門的な勉強が要らない、というのも理由の一つではないでしょうか?

そして、どの職でもそうなのでしょうが、きちんと勉強するなり、資格を取るなりしていない人に限って、他人に馬鹿にされてはいけないと思うからでしょうか、虚勢を張るような傾向があり、分ってもいないことに対して、知ったような口を利いて、周りに嫌がられたりするのです。

これは、私がイタリア語圏のスイスに滞在中のことです。
普段から、口ばかりで中身の伴わない建築家達に悩まされている、夫B氏とその同僚G氏が、ある日の出来事を嬉しそうに話してくれました。

建築家の一人から、ある左官の男性が仕事を受けました。
その左官は建築家の描いた図面通りに、建物の内壁に金属の横木を2本立てました。
職こそ違いますが、同じ現場で働いている、B氏やG氏の目から見ても、その左官は、自分のやるべきことをきちんとやりました。

数日後、左官の仕事を見に来た建築家が言いました。
「ああ、この横木は、ちょっとばかり長過ぎるな。両方共、5cmぐらい短く切ってくれないかい?」
すると左官は、建築家を一瞥し、鼻を鳴らしました。
「ふん、自分でやるんだな」

……イタリア語系スイス人、一味違うようです。

2005年12月9日 (金)  妻の実験リポート 

何度も書いていますので、もう皆さんはご存じでしょうが、我が夫B氏は、会話下手です。

私は、自分のパートナーとして、静かな男性が好みですので(お喋りの楽しい男性は、友達の方が良いのです)、そんなB氏に文句があるわけではないのですが、それでもやはり、「たまには、もう少し盛り上げてよ」と思うことがあります。
だってね、放って置いたら、何を聞いても「ああ」とか「うん」で終わってしまうのですから。

ですから今まで私は、B氏に弾む会話をして欲しい、と思うときには、何とか苦労して、話を引き出そうとしていたのです。
相槌を少し大げさに打ってみたり、「それで? その後はどうなったの?」などと興味津々という感じで先を促したり、「その時B氏は、どう思ったの?」とか「そこでxx氏(嬢)は、どんな反応をしたの?」というように、話を広げてみたりしていたのです。

しかし、もちろんそれなりの返事は返ってきますが、今ひとつ盛り上がらないというか、「ああ」や「うん」が少し長くなっただけのことでした。
例えば、こんな感じです。
「それで、その時B氏はどう思ったの?」
「別に……もうそうなっちゃったんだから、仕方ないじゃないか」とか、
「そこで、x氏は何て言ったの?」
「うーん、もう忘れたよ」とか……
これじゃ、話は終わってしまいますよね?

昨夜のことです。
木曜日がカソリックの休日(マリア様が懐妊した日?)のため、今週は長い週末を取っているB氏と、テレビで映画を見ていた時のことです。
「B氏、パリには行ったことがある?」
そう聞いた私に、B氏はぼそりと言いました。
「ああ、あるよ」

普通、この先が続きますよね?
私が聞いたのは、アンケート調査でもあるまいし、会話をするために決まっているのですから、大抵の人の場合、「ああ、あるよ。あれは俺が、20歳の時だったかな……」とか「ああ、あるよ。でも、あんまり好きじゃなかったよ」とか、何かありますよね?
ところがB氏の場合、これで終わりなのです。
「ああ、あるよ」
しーん。あたりは静寂に包まれた。……とでも言う感じです。

いつもでしたら、私はその先を続けていたでしょう。
「で、どうだった? 旅行で行ったの? 何処を見たの? 一人だったの?」等々。
ところが昨夜は、そういうことが酷く面倒な気がし、私は始めた会話を放り出したのです。

するとどうでしょう。そのまま終わると思っていたB氏の話が、ぽつりぽつりと続くのです。
ひょっとして、今まで会話がぶつ切れだと思っていたのは、私の勘違いで、B氏は、単に時間がかかるだけなのでしょうか?
これは、確かめなくてはいけません。
色々と口を挟みたくなる衝動を抑え、思い切って私は、何も言わずにいることにしました。
ええ、相槌すら打ちませんでした。

「Y氏がさ、パリに住んでいたんだよ」
「……」(何でだ? 何故、Y氏はパリに住んでいた?)
「当時Y氏は、パリで絵の勉強をしていたんだ」
「……」(それで? これで終わりか?)
「Y氏が住んでいた所には、夜勤勤務をしている男がいて、やつらが仕事に行くと、俺たちはベッドを使えるんだ」
「……」(ん? 男は、何人いるんだ?)
「ベッドは一つしかないから、一人は床にマットレスを敷いて寝たんだ」
「……」(夜勤の男は、一人? いや、マットレスは2つあるんだよな? それとももっと?)
「パリの電車はさ……」

十分過ぎるほどの間隔を空けつつではありますが、この後、B氏はなかなか面白い話をしてくれました。
一緒に暮らして10年以上になるというのに、私が今まで聞いたことのなかった話です。

私から見ると、B氏は時々、うんともすんとも言わず、話を聞いていないのではないかと思えたのですが、もしかしてこれは、私に時間をくれていたのでしょうか?

……うーん、それにしても、じれったい。

2005年12月12日 (月)  スイス方言講座(挨拶編)

スイスの公用語の一つは、ドイツ語です。
しかし、このスイス人が話すドイツ語は、何度もお話ししているように方言で、本来のドイツ語とは全く別物、と言っても良いぐらいに違う言葉です。
そのため、ドイツ語を母国語とするドイツ人ですら、スイスで暮らし始めた最初の2年間ぐらいは、スイス人の話すドイツ語を理解するのに、苦労します。

今日は、そんなスイスのドイツ語『シュヴィッツァ・ドゥッチ』を、幾つか紹介してみようと思います。

ただ、シュヴィッツァ・ドゥッチは完全なる話し言葉で、書き言葉ではありません。
つまり、文字がないのです(スイス人が読み書きをする場合は、普通のドイツ語を使います)。
ですから、ここに表記しているカタカナ文字は、“私の耳”で聞いて、一番近いと思う発音をあてています。
また、地方によっても違う発音や表現をする言葉がたくさんありますし、イタリア語やフランス語の影響も入っていますので、ここに書いてあるものが全て、というわけでもありません。

日記の趣旨は、「スイスを身近に感じてもらえたら」ですので、ちょっとしたお楽しみ、として読んで下さい。

【グリューチ】
英語の「ハロー」と同じで、朝でも夜でも使えます。
ただしこれは、丁寧語の部類に入りますので、子供など明らかに目下の者や、友達などの親しい人には使いません。
そういう場合は、【ホイ】などと言います。

【ヴィ ゴーォーツ?】
「ご機嫌は如何ですか?」
「ゴ」と「ォ」の音は、口をはっきりとは開けずに、音が籠もるように発音します。

【グァタ】
日本語に訳すなら、食事の前の「いただきます」「召し上がれ」にあたる言葉です。
はい、もうお気付きですね。
スイスでは、食事を始める時、誰からともなく「グァタ」と言い、それに対する返事もやはり「グァタ」なのです。

【オフィーダールーァゲ】
「さようなら」
単語自体の意味合いとしては、日本語の「またお会いしましょう」という感じが近いでしょうか。
こちらの言葉、そんなにたくさんの言い回しは、ないようです。
ちなみにこれも、最初の「オ」は籠もったような音です。

日本語というのは、どうやら挨拶の多い言葉のようで、シュヴィッツァ・ドゥッチには(標準ドイツ語にも)ない挨拶が、たくさんあります。
例えば、下記に上げるものなどは、スイスにはありません。

・ ただいま、お帰り
・ 行ってきます。
・ もしもし
・ ごちそうさま
・ お疲れさま、ご苦労さま
・ よろしくお願いします。
・ 初めまして

……こういうのも、たまには如何ですか?

2005年12月14日 (水)  悩みがない悩み

つい最近、イタリアのスーパーで調度良い大きさのプラスチック容器を見付けた私は、今までずっとやりたいと思っていた、ぬか漬けを作り始めました。
これは、私にとって生まれて初めての経験です。

以前にも何度か書きましたが、我が実家、母も祖母も料理自慢でしたし、妹二人は調理師免許を持っているという、食い気家族ですので、今までは、私がぬかなどいじらなくても、食べることが出来たのです。

しかしここスイスでは、そういうわけには行きませんし、最近お腹の出を気にし始めた夫B氏も、ビールのつまみには、ポテト・チップスより漬け物の方が健康に良いと気付いたようで、夕方になると「みんつ、昨日漬けたキュウリは、もう食べられるのかな?」などと聞きます。

さて、今日の午後、大きなカブを切った私は、迷ってしまいました。
というのも、芯の所がすかすかで、水気があまりないのです。
こういうのは、ぬか漬けにして意味があるのかどうか……
「はずれかぁ。仕方がないよな。こればっかりは、お天道様の思し召しだし」
そう呟いて、ふと、あることを思い出しました。

ある年のイースター直前のことです。
義父母宅を尋ねると、義母が眉間に皺を寄せ、この世の不幸を全て背負ったような風情で、部屋の中を行ったり来たりしています。
「お義母さん、どうしたんですか?」
気になった私が聞くと、義母はソファーの私の横に膝をきちんと揃えて座り、言いました。
「イースターの卵に使う、装飾用の草が、今年はまだ伸びていないのよ」

スイスでは、イースターにゆで卵を食べるのですが、その卵の殻は、色が塗られていたり絵が描かれていたりするのです(食べても大丈夫な原料を使用しています)。
その色柄付きゆで卵を作るのに、義母は毎年、庭に生えている同じ草を使っていたらしいのですが、その年は、春の到来が遅かったのでしょう、草の伸びが今ひとつだったのです。

「別に、柄なんかなくても、良いんじゃないですか?」
私には何が問題なのか分らず、今にもパニックを起こしそうな義母に言いました。
実際、義母が作るゆで卵の柄に気付いていた人物は、家族の中で、義母以外にはいないのですから。
「でも、ゆで卵には装飾をしないと」
「じゃあ、ちゃんと生えている、他の草でやったら良いじゃないですか」
「そうなんだけど、毎年あの草を使っていたから……」
「そうは言っても、肝心のその草がないんじゃ、どうにも出来ないでしょう? 形が同じじゃないと駄目というなら、紙で型を抜けば?」
「でもねぇ……」

確か、この時が初めてだったのではないでしょうか、義母に対して「???」と私が思ったのは。
どうにも出来ないものを悩んでも、やっぱり、どうにも出来ないですよね? 
だとしたら、悩むだけ無駄なのではないでしょうか?

私は、はてなマークを顔中に広げ、義母との会話をB氏に話しました。
「お義母さん、何で悩んでいるのか、私には理解出来ないのだけど……」
「俺にも分らんよ。放って置いたらいいさ。お袋は、自分で悩みを作るのが、趣味なんだから」

この後、スイスで暮らしている間に、こういう事をするスイス人が非常に多いのを、私は知りました。
一時期など、これが私とB氏の間で、笑いのネタにさえなった程です。
「B氏、大変! どうしよう?! 私、悩みがないのよ! これじゃ、スイス人に受け入れてもらえないわ。何か悩まなくちゃ!」

……自然現象までコントロールしようなんて、いくら義母でも、そりゃ無理ってもんです。

2005年12月16日 (金)  みんつは使いよう

「みんつは図々しい」
私の周りのスイス人男性は、時々こんな風に言います(女性には、まだ言われたことがありません)。

「図々しい」とは、言葉だけを取るなら、スイスでは悪い意味です。
しかし、「雀のように図々しい」などと言う人もいて、雀が「図々しい」の代表なら、そんなに悪くもないのではないか、などと私は思うのです。
また、既に図々しいと思われているのですから、これ以上何をやっても、やっぱりな、と思われるだけでしょうから、私は、そういう男性の前では、遠慮なく振る舞うことにしています。
そしてその結果、そういう男性たちと気まずくなったり、仲違いをしたかというと、そんなことはなく、相変わらず「みんつは図々しいな」などと言いながらも、満更でもない風で、私の相手をしているのです。
ちなみにスイスの女性は、図々しくはありません。

例えばある男性は、仲間内では「仕事中毒だ」と言われるほどで、そのせいか、頻繁に体調を崩したりしているのですが、彼が睡眠すら十分取らずに働いていることについては、何となく触れてはいけない話題、というような雰囲気になっていました。
そんな彼を見て、私は言いました。
「目の下にくまが出来てるよ。ちゃんと寝ないと、駄目だよ」
彼は苦笑いをして、こう言いました。
「分ってはいるんだけどさ、やることがたくさんあって、なかなかそうも行かないんだよ」
「でもさ、病気で寝込んでいたんじゃ、もっと時間の無駄じゃない。毎日ある程度ちゃんと寝て、健康を保っていた方が、仕事の能率も上がると思うよ」

それ以来彼は、私の顔を見ると、聞かれてもいないのに自分から答えます。
「みんつ、昨日は7時間寝たよ。今ちょっと風邪気味だから、コーヒーも控えているんだ」
私は毎回、彼を褒めてあげますが、彼の仕事上の立場を知る夫B氏は、そんな私の「図々しい」言動に驚いています。

また別の男性は、友人たちの間では、他人の思惑など気にせず、自由に生きているようなイメージを持っていて、彼に恋人が出来ないのは、恋人に縛られるのが嫌いだからだ、と思われています。
ところが彼は、私の顔を見ると、こんなことを言います。
「俺、最近タバコを減らしているんだ。まだ止めてはいないけど、前に比べたら、随分減ったんだ」
私、彼の喫煙についてがみがみ言ったことなど、一度もないのです。
「今朝、随分咳き込んでいたけど、タバコを止めたら治ると思うよ」
ただ、そう言っただけです。
もちろん、こんな時も私は、彼を褒めてあげます。

さて、ある時私は、B氏の仕事の打ち上げパーティーに参加していました。
スイスのパーティーでは、必ずパートナー同伴ですから、そこには10組ぐらいのカップルがいました。
お酒もそろそろ回り出し、皆の口も滑らかになった頃、P嬢が突然私に聞きした。
「みんつ、男性のハゲについてどう思う?」
側では、彼女のパートナーであるM氏が、無関心を装って、聞き耳を立てています。
「ちゃらちゃらした長髪より、ハゲの方が好き」
私は、元気よく答えました。
これ、本当のことでして、私はどうも髪の長い男性が苦手なのです。
「あのね、へんに隠さないで、さっぱりと刈り上げた方が、格好いいと思うな」

数日後、私は再び二人と顔を合わせました。
M氏の頭髪は、数日前とは違い、さっぱりと刈り上げられていました。
M氏に気付かれないように、私がP嬢を盗み見ると、彼女は意味ありげな微笑みを浮かべました。
私はしっかりと、そのサインを読み取り、言いました。
「あ、M氏、髪切ったのね。前より格好良くなったね」
するとM氏は照れくさそうに、短くなった自分の髪を撫でました。
「そう? 前よりも良いかなぁ?」
「うん。こっちの方が、私は好き」
それを聞いたP嬢が、我が意を得たり、という風に言いました。
「ね、みんつもそう言っているでしょう。女性はね、貴方が思っているほど、ハゲなんて気にしないのよ」

……スイスの男性、可愛いところもあるでしょう?

2005年12月19日 (月)  夫の書斎

(←)夫B氏の手作り本棚。


B氏へ

洗ってくれと頼んだことは、一度もない。
下げてくれたら助かるけど、それも、別にしなくたって良い。

でも……

これはやめてくれ〜!(↓)



(すいません。今日の日記は反則です。)

2005年12月20日 (火)  言語のせい?

昨日、夫B氏から電話がありました。
「みんつ、木曜日の夕方6時に、俺たちはI氏宅に招待されたから。G氏とさ」

皆さんは、この台詞をどう捉えますか?
1、 私とB氏とG氏が招待されている。
2、 B氏とG氏が招待されていて、仕事の後にI氏宅によるから、遅くなる。

最初私は、私とB氏が招待されたのだと思いました。
しかしその後の「G氏とさ」を聞いて、B氏とG氏が招待されたから、「木曜日の夕飯は要らない」ということなのかと、思い直しました。
というのも、B氏とG氏は、木曜日までイタリア語圏のスイスで仕事をしていて、一台の車で一緒に帰って来るのですから、夕方6時というのは、やはり仕事の後にそのままよる、と考えたほうが自然に思えたのです。

私は少し考え、聞きました。
「それは、どういう意味なの? 木曜日は、B氏の夕飯は要らないって事?」
「みんつも招待されているんだけど、来るだろう?」

これは、どう捉えましょうか?
1、 B氏とG氏は仕事帰りにI氏宅に直行するから、私もそこに行くように。
2、 B氏は一旦我が家に戻り、私を拾って、I氏宅に行く。この際G氏は、途中から自分の車で別行動をするか、我が家まで一緒に来る。

B氏のいる所から我が家までは、車で3〜4時間かかります。
I氏宅は、我が家とB氏のいる所の間にありますし(もちろん、我が家の方がずっと近いですが、それでも近所とは言えない距離です)、夕方6時という事は、仕事の後に一旦家に戻るとなると、いささか面倒そうでもあります。

私はまた、聞きました。
「それは、現地集合って事?」
「いや、俺が一旦戻って、みんつを拾って一緒に行くよ。俺も家に戻って、着替えたりしたいし」

さて、最後の疑問です。
この招待は、どういう意味合いのものなのでしょうか?
1、 今年の仕事納めということで、I氏から、B氏とG氏への「ご苦労様でした」の招待。
2、 ちょっとしたクリスマス・パーティーの招待。

I氏は現在、B氏とG氏の上司みたいなものですし、木曜日は実際仕事納めの日ですから、「ご苦労様でした」の可能性が大きいのではないかと思いましたが、私は、以前G氏がちらっと言ったことを思い出しました。
「I氏は毎年、働いた人間にクリスマス・プレゼントをくれるんだ」
確かI氏はカソリック教徒(一般的に信心深い)ですから、職場の人間とするクリスマス・パーティーも大事に考えている、ということもあり得ます。

私は、もう一度聞きました。
「それは、クリスマス・パーティーなの? それとも、慰安会みたいなもの?」
「さぁ、どうなんだろう……」
「クリスマス・パーティーだとしたら、何かプレゼントが要るんじゃない? 前にG氏、I氏はプレゼントをくれるようなこと、言っていたでしょう? それに、自宅に行くのなら、奥さんの分も、やっぱり別個に用意した方が良いんじゃない?」
「うーん、そうなのかなぁ……」
「あのね、お花でもちょっとした甘いものでも、なんでも良いから、奥さんのことも気遣っているっていうの、表した方が良いと思うよ。I氏と二人一緒じゃなくて、何か別のもの」
「分った。後で、G氏と話してみるよ」
「うん、じゃ、また木曜日ね」

B氏はいつも、私に言います。
「みんつ、ドイツ語っていうのはな、日本語とは違って、言葉を省略したら通じないんだよ。言わなくても分るだろうと思うことでも、きちんと説明しないと、相手には伝わらないんだ」

……B氏、それはあんたでしょう?

2005年12月21日 (水)  おだてて駄目なら

あるホテル内のレストランで、ウェイトレスとして働いていた時の話です。

そこには、日本食とフランス料理のレストランが、隣同士に並んでいて、私は両方で働いていました。
簡単に言うなら、私の所属である日本食レストラン内での仕事は、私が一人でやり、フランス料理レストランの仕事は、その合間をぬって手伝え、と言うことです。

ある日の午後です。
ランチ・タイムも過ぎ、客も殆どいない時間帯のため、各レストランにはコックとウェイトレスが一人ずつ残っている、という状態でした。
日本食の方は私、フランス料理の方には、研修生である韓国人女性のA嬢です。

特にすることもなく、グラスなどを磨いている私の所に、A嬢が困った様子でやって来ました。
「みんつ、フランベ出来る? 今、海老のフランベが出たんだけど……」

フランベというのは、ご存じの様に、食材に強い酒を振りかけて火を点ける調理法ですが、そのレストランでは、それをウェイトレスが、客の目の前でやらなければいけないのです。
一種の客寄せショーで、もちろん味も良いのですが、まあ、派手に火をボワッとやってみせるのです。

「私も出来ないよ」
「ええ、どうしよう? もう、注文取っちゃったのよ」
お国柄なのか、個人の性格なのか、A嬢は注文の時点で、「申し訳ありません。今日は海老がもう売り切れで……」とか何とか機転を利かす、ということは思い付かなかったようです。

日本人というのは、どうも仕事が絡むと本気を出してしまうようで、知ってしまった以上、私としても放って置く訳には行きません。
まして、一度取ってしまった注文を取り直すのは、四つも星のあるホテルのウェイトレスとしては、避けたいことです。
仕方がないので私は、フランス料理レストランの台所に行きました。

そこでは、スイス人のコックM氏が、夜の準備をしていました。
「M氏、申し訳ないんだけど、海老のフランベを作ってもらえないかしら。A嬢が注文を取ってしまって、私も彼女もフランベが出来ないの」
するとM氏はさらりと言いました。
「俺には関係ない」

確かにこれは、A嬢のミスですから、M氏に義務はありません。
しかし、日本人である私の考えは、同じ店の看板を背負うものとして、全く関係のないことなどあり得ない、です。
かといって、ここはスイスです。M氏は私のようには考えませんし、ここで論議をして、客を待たせる訳にも行きません。

「でも、誰かがフランベを作らなくてはいけないのよ。今レストラン内にいるのは、四人だけ。そのうち二人はフランベが出来ないのだから、貴方がやらないと言うのなら、私はうちのR氏に頼むわよ。R氏なら、喜んでやってくれるのは知っているけど、貴方の面目を思って、先に聞きに来たの。R氏の腕がどの程度かは、私より貴方の方が知っているでしょう? 貴方が責任を取るべき時間帯に、R氏のフランベが出ても良いというのなら、私は構わないけど、どうする?」

M氏は、明らかに気に入らない、といった風に眉をしかめました。
というのも、R氏というのはマレーシア人のコックで、愉快なとても良い人なのですが、何をやらせても大体で適当なのです。
正直に言うなら、何人かいるコックの内で、一番腕の悪い人物です。

「貴方の店の料理として、R氏がフランベをしても良いのね?!」
私がもう一度、今度は挑むように言うと、M氏は何やら毒づいて、真っ白な帽子を手に、レストランへ出て行きました。

客の方は、ウェイトレスがフランベをしなくてはいけない決まりなど知りませんし、コック自らが出て来て、目の前で調理してくれるのですから、大喜びです。
満足そうに食事を終えると、私たちに「とても美味しかったわ」と言って、チップを渡しました。

客を見送った後、お礼を言いに行った私に、M氏は言いました。
「この次は、絶対にやらないからな!」

……さあ、それはどうかしら?

2005年12月23日 (金)  お知らせ

皆様へ

今日から夫B氏が、クリスマス休暇に入りました。

特別な予定はありませんが、妻としては、いつものように呑気にPCで遊んでいるだけ、という訳には行かなくなります。
B氏にネット回線を使われてしまう時間も多いでしょうし。

ということで、今日から1月8日(日)まで、日記の更新が不定期になると思いますが、ご了解下さい。

その代りといってはなんですが、我が家のクリスマス・パーティーの様子など、じっくり観察して来ようと思います。

では。        みんつ

2005年12月28日 (水)  ご挨拶

皆様へ

我が義家族とのクリスマス・パーティも終わり、私はほっと一息ついています……と言いたいところですが、何故か、慌ただしい日々が続き、PCの前にゆっくり座ることが出来ずにいます。

明日からは友人夫妻が尋ねて来ますし、掃除や買い出しの合間に、山を滑り降りたり、シャンペンを飲み干したりもしなければなりません。

ということで、日記の更新は、来年になりそうです。
掲示板の方は、手の空いた時に覗くつもりではいますが、私なしでも、皆さんで楽しんでいて下さい。

それでは……
今年は、1年間ありがとうございました。
来年もまた、よろしくお願い致します。
2006年が、皆さんにとって、素晴らしい1年になりますように。

           みんつ

2006年1月の日記へ