2006年12月1日 (金)  幸せでは、いけませんか?

私はもう、本当に本当に、いい歳をした大人です。
世間で言うなら、れっきとしたおばさんの年齢ですし、場合によっては、20歳位の子供がいたって、おかしくはありません。

そんな大人である私が、自ら選び、喜びを持って送っている毎日、このアルプスの小さな村での生活は、例えば私の日本人の友達には、少しも不思議ではありませんし、この日記を読みに来て下さる皆さんにとっても、特に異常な事ではありませんよね?

ところが、スイス人にとっては、大袈裟に言ってしまうなら、『理解不可能』なのです。
「あんな辺鄙な場所で、幸せでいられる筈がない」と、スイス人は考えるのです。
もちろん、この村に暮らしているのは、私一人ではありませんし、ここの様な村は、他にもたくさんあって、そこでも人々は暮らしているのに、です。

「そんな何もない所で、買い物はどうするの?」

……スイスには、大体欲しい物なんて、何も売っていないんです。
仕方がないから買っているだけで、買い物の楽しみなんかこれっぽっちもありません。
野菜は庭に食べ切れない程ありますし(大型冷凍庫もぱんぱんです)、牛乳、卵、チーズ、肉類は、近所の酪農家から、スーパーよりも新鮮な物が手に入ります。
ですから他の日用品は、仕事で街に行く夫B氏が買って来てくれるなら、それで問題はないのです。

「人に会わないと、寂しいでしょう?」

……そりゃ、街に行けばたくさんの人がうろうろしていますけど、それはあくまで「見る」であって、「会う」ではないでしょう? 
こういう小さな村では、村中が皆知り合いです。
私が外に行けば、村のお婆ちゃんや酪農家達がいますし、その人達とは皆、個人的な知り合いですから、お喋りだってします。場合によっては、お茶をご馳走になって話し込んだりもします。
しかもそれは、村で暮らす年数に比例して、親しさが増して行きます。
ですから街の様に、「お隣が何をしているのかも知らない」という、人間関係の希薄さはありません。

「若くて子供もいないのに、働きに出なかったら、毎日退屈じゃない?」

……スイス人って、趣味はないんでしょうかね? 与えられた仕事は出来ても、生活の喜びを自ら見い出す力は、ないのでしょうか?
私が、「毎日色々する事があって、テレビも見ていない」と言ったら、彼らは信じるでしょうか?
毎日二千字近くの文字を捻り出したり、どんどん育って行く畑の収穫に追われて、時間が足りないと言ったら?
貴方達が働いて、そのお金で買って来るキャベツを、私は畑で育てて、食卓に出しているだけですけど。

「身体を動かさないと、健康に悪いでしょう?」

……はいはい、貴方達は、庭を掘るのがどのくらい大変か、試した事がありますか?
車で街に行くよりも、隣村に歩いて行く方が、身体を動かしているとは、思いませんか?
高いお金を払って、フィットネス・クラブに通わなくても、村の小学校でするバレー・ボールは、無料ですが。
街にはプールがある? ああ、水泳は身体に良いですものね。この辺では、川や湖がありますよ。
冬の間ですか? スキー場まで、歩いて行かれるんです。何なら、裏の牧草で滑っても良いし。

私、山の上に住むようになってから、五年目になるのですが、こんな質問を、何度も何度も、繰り返し人々から聞かれているのです。
初対面の人は当然ですが、同じ人がいまだに聞いて来たりします。
その中には、結構親しい知人や義家族もいます。

……ねぇ、あんた達さぁ、他にする事ないの?

2006年12月4日 (月)  カルチャー・ショック 

内容が似たような部類なので、同じ題名を付けましたが、 銑を読んでいなくても、繋がりとして全く問題はありません。
(いつかね、カテゴリー分けをしようか、と思っているんです。)

では、本題へ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

スイス人は、アイロン掛けが好きです。

いえ、好きではないのかも知れませんが、私の知る限り、常に掛けています。
アイロン掛けは、彼らにとって単独の家事ではなく、洗濯の一部の様です。

どういう事かといいますと

日本人が洗濯と言ったら、私もそうですが、「洗濯機で洗う→乾す→畳んで仕舞う」ですよね。
アイロンは、Yシャツ等が何枚か溜まったら、一度にまとめて掛けますよね?
ところがスイス人にとって洗濯とは、「洗濯機で洗う→乾す→アイロンを掛ける→畳んで仕舞う」なのです。
毎回洗濯をする度に、アイロン掛けがセットで付いて来るのです。

はっきり言えば、私はこのアイロン掛けが、大嫌いです。
大嫌いでは、言葉が足りないぐらい、嫌いです。
結婚相手の条件の中に、『背広で仕事をする男性は不可』というのがあるぐらい、嫌いです。
あ、もちろん、「アイロン掛けは、全て自分でやる」というのであれば、別ですが。

そんな私がスイスに来て、心の底から驚いたのは、スイス人が何にでもアイロンを掛ける事でした。
山田詠美さんの小説に出てくる黒人男性は、ジーパンにアイロンを掛けるのを粋と考える様ですが、スイス人は、靴下やパンツ、トレーナーにまでアイロンを掛けるのです。
トレーナーですよ、信じられますか?

それを見た、アイロン掛け嫌いの私は、先手必勝とばかり、夫B氏は元より、義母にまできっぱりと宣言しました。
「私は、白いYシャツ以外、アイロンを一切掛けない。そんなものは不必要であるし、第一、電気代の無駄である!」と。
私の強い調子に、普段でしたら何でも自分の思い通りに事を進める義母も、これだけは一切干渉しなくなりました。

では、スイス人が何故、靴下にまでアイロンを掛けるのか?
答えは簡単です。
彼ら、洗濯物を乾す時に、ぱんぱんと皺を伸ばさないからです。

分りますか?
スイス人は、脱水が終わった洗濯物を、洗濯機から籠に取り出すと、そのまま洗濯ばさみで挟んだり、物干しに掛けたりして、乾すのです。
はい、くしゃくしゃのままです。

しかもスイスでは、洗濯室という、地下のコンクリート張りの薄暗い部屋で、洗濯物を乾す場合が多いので、そうやって乾された衣類は、生乾きのまま取り込まれる事も多々あります。
また、上着やズボンを裏返しにして、ポケットを外に出して乾す(=布の重なっている部分を、外に出して乾す)ということを、しない人もたくさんいますので、やはりそういう場所は、生乾きです。

そう、彼らが何にでもアイロンを掛けるのは、洗濯物がしわしわで、きちんと乾いていないからなのです。

想像してみて下さい。
脱水が終わった靴下を、洗濯機から出した状態のままで、陽の当たらない部屋の中に吊して置く様子を。
ね、アイロンの一つも、掛けたくなりますでしょう?

もちろん私は日本人ですから、洗濯物はぱんぱんと皺を伸ばし、端をきっちり揃えて、出来るだけ陽当たりや風通しの良い場所に乾します。
ですから、我が家の乾いた洗濯物は、既にぱりっとなっていますし、それ以上の仕上げは、普段着には不必要です。

そんな私のやり方を見て、B氏は言います。
「みんつのやり方の方が、合理的で良いと思うな」

……そう思うなら、貴方が乾す時も、そうしてくれないかしら? うち、アイロンないんだけど。

2006年12月6日 (水)  みんつは見た。

昨日私は、街に行きました。
街へなど、本当は全然行きたくありませんでしたが、夫B氏がこう言います。

「朝早く車検に出せば、夕方には車が引き取れるんだ」
  → 1日中街にいなくてはいけない。
「せっかく街に行くなら、洋服なんかも買いたいんだよね」
  → みんつに選んでもらいたい。
「ついでだからさ、銀行にお金をどのぐらい借りられるか、聞いてみないか?(今我が家では、家を買おうかという話が出ているのです)」
  → 自分一人では、計算が怪しい。

……要は、「付いて来て欲しい」という事ですね。

朝6時に叩き起こされた私は、急いでシャワーを浴び、茶トラ猫のM氏に餌をたっぷりやり(何時に戻るか分りませんので)、7時半過ぎには、街のはずれで整備工のお兄ちゃん達に微笑んでいました。

さて、車を預けた私達は、歩いて街の中心地に向かう事にしたのですが……

「B氏、見て! あそこ!!」
「おぉ〜っ、勇気があるな」
「警察に通報とか、した方が良いのかな?」
「何で通報するんだ?」
「だって、尋常じゃないでしょう?」
「まぁ、この寒い中、普通ではないけど、別に構わないだろう?」
「でも、もし施設を逃げ出した、とかだったら?」
「別に、問題はないんじゃないのか?」
「誰か、探しているかもよ」
「うーん、そんな風には見えないぞ」
「行っちゃっているんじゃ、ないよね?」
「違うだろう。俺には、きちんとしている様に見えるぞ。希ではあるけどな」
「だよね」

時刻は、早朝の7時40分といったところでしょうか。
もちろん時は、12月。冬です。しかも、スイスの冬です。
雪こそ降ってはいませんが、私は、スノー・ボード用のジャケットを首までしっかり閉め、フリースを中に着ています。
B氏ですら、長袖シャツを重ね着し、ダウン・ジャケットを羽織っています。

では、私達が見たものを、どうぞ(↓)。



え、見難いですか?
では、色の調整をした画像を、どうぞ(↓)。



はい、皆さんの見た通り、海水パンツ一枚で(もちろん裸足です)、駐車場をジョギングする爺様です。

そりゃ、このすぐ隣は公営プールですけど、でも、この大きな駐車場からは結構な距離です。
第一、プールが開くのは、普通、もう何時間か経ってからだと思いますが。

……爺様、この格好でここまで来たのかしら? ひょっとしたら、車で?

2006年12月7日 (木)  本当にあった恐い話

友人B嬢から聞いた話です。

ある時B嬢は、観光地の土産物屋で働いていました。
土産物屋といってもそこでは、カウ・ベルやTシャツから貴金属、高級時計、ヨーロッパのブランド品も扱っていましたから、来店する客の層はまちまちです。

ある時その店に、一人の外国人男性がやって来ました。
年は40歳ちょっと、といったところでしょうか。
すらりと背が高く、上等そうな背広を着ています。

こういう客は、まあ、高い買い物をして行きますから、店にとっては嬉しい客ですね。
そう思ったB嬢は、ショー・ケースの時計を覗いているその男性に、声を掛けました。

「何か、お手伝いすることはありますか?」
「ああ、時計が欲しいんだけど」
「贈り物ですか? それとも、ご自身用に?」
「自分用に一つ欲しいのだけど、どんなのが良いかな?」

B嬢は、鍵の掛ったケースの中から、幾つかの紳士用時計を取り出すと、慣れた様子で接客を始めました。
そして、何本かの時計を腕にはめた後、男性は、その中から1本を選び、姿見の前に立ちました。

「うーん、これが良いかなぁ」
男性は、鏡に映る自分の姿を、惚れ惚れと眺めています。
……うわっ、これはかなりのナルシストだわ。そりゃ、彼、見栄えは良いかも知れないけれど、こういう場所であんな風に自分の姿を覗いているなんて、どうかしらね。

本音では、そう思ったそうですが、もちろんB嬢はプロです。
男性の隣に立ち、一緒に姿見を覗き込むと、微笑みます。
「お客様に、良くお似合いですよ」

これ、日本語にすると、こういう言い方になってしまいますが、ドイツ語ですと「貴方は美しく見えます」という様な表現が出来るのです。

それを聞いた男性は、鏡の中の自分から目を離さずに、満足そうに言います。
「僕はね、彼が大好きなんだ」
……ええ、ええ、そうでしょうとも。そんなことはどうでも良いから、時計を買うのよ。
B嬢は再び営業用の笑みで、うなずきます。
「ええ、その気持、良く分りますわ」

すると男性は、急に真剣な面持ちで、B嬢に向き直りました。
「問題はね……」
幾分面食らい、黙って彼を見上げるB嬢に、男性は自分の胸を指差して、続けます。
「問題はね、僕は、こっちの彼が嫌いなんだ」
「……」
「あっちの彼は好きだけど、こっちの彼は嫌いなんだよ。どうしたら、あっちの彼になれるかな?」

そう言いながら、鏡と自分を交互に指差す、その男性の眼差しは、B嬢の目にも、まともでないことが、はっきり分ったそうです。

……それでも時計を売ったB嬢は、やはりプロですね。

2006年12月8日 (金)  こりゃ、まずいかも。

今日は、後1時間ほどで、煙突掃除のお兄ちゃん達(若くて、結構可愛いのです)が来ます。
昨日、我が家の郵便受けに、「明日の15時に伺います」というメモが、入っていましたから。

私は毎年不思議に思うのですが、煙突掃除人は何故、この時期にやって来るのでしょう?

春に来るのは、冬の間中使って、汚れ切った煙突を掃除する為でしょうが、今の時期は、「さあ、これから、がんがん薪を焚いてやる!」という状態です。
夏は使っていない筈の煙突を、もう一度掃除する必要は、ないと思うのですが。

ってね、何故私が、こんな事をぶつぶつ言っているのかといいますと……
今朝、薪を焚いてしまったのです。

だって、寒かったんですもの。
「掃除のお兄ちゃん達が来るから、今日は我慢しよう」と頑張ったけど、足なんか、靴下2枚履いても冷た〜くなっちゃって。
「今(確か10時頃)なら、15時までには消えるよな」と思ったんですよ。
なのにね、まだ煖炉の中では、薪が赤々と燃えていて。

どうしましょう?

我が家に来て、触れない程に熱くなっている煖炉を見たら、お兄ちゃん達、怒りますよね?
こんな間近のキャンセルって、有りでしょうかね?
それとも、「こんな寒い日に、あんたらは何を期待しているんだ!」と逆ギレでもした方が、良いですかね?

……薪が上手に焚けるって、罪なんですね。

2006年12月12日 (火)  我が家の掟 1

我が夫B氏は、甘い物がかなり好きです。

B氏はスイス人ですから、私達日本人の様に「ほんのり甘い」とか「甘さ控え目」ではなく、「これ、砂糖を食べているの?」というぐらいの「はっきりとした甘さ」が好きです。

簡単に言えば、スポンジのケーキよりもチョコレート・ケーキ、否、それよりもチョコレートその物が好き、という具合です。
一度などは、レモン・シャーペットに砂糖を掛けていた事もあります。
……ね、気味悪いですよね?

そんなB氏の好物の中に、コンデンス・ミルクがあります。
もちろんコンデンス・ミルクを使った菓子ではなく、コンデンス・ミルクその物が好きなのです。

ですから我が家では、コンデンス・ミルクの在庫は、B氏の目に入らない場所へ隠して置きます。
いえ、こんな在庫はそういつもあるわけではないのですが、苺の季節とか、アイスクリームを作っている時とか、時々買ってあるのです。

ちなみに、他の甘い物を隠していないのは、我が家にはねずみが出るからです。
コンデンス・ミルクは、他の物と違って、アルミのチューブだったり缶だったりしますから、ねずみの心配が要りません。

B氏自身は、積極的にコンデンス・ミルクを購入しているわけでもありませんし、普段はその存在自体も忘れている様なので、まあ、特に問題はないのですが、私が使った残りが冷蔵庫内にある場合、我が家にはちょっとした緊張が流れます。

それは、私達が一緒に暮らし出して間もない頃でした。

ある時、スーパーで買い物をしていた私達夫婦は、旬の苺を買う事にしました。
「ぁ、コンデンス・ミルクも買わなくっちゃ」
「コンデンス・ミルク? そんな物、何に使うんだい?」
「苺に掛けるに決まっているじゃない」
「苺に!? みんつは、何て事をするんだ。苺にコンデンス・ミルクだなんて、せっかくの苺が台無しだ」

「ええ、何で? 潰した苺にコンデンス・ミルクは、すごく美味しいじゃない」
「潰す!? ああ、君は何にも分っちゃいないな。苺は、そのまま食べるのが一番美味しいんだ。何も掛けずに、そのままだ。潰すとかコンデンス・ミルクを掛けるとか、そんな事をした苺なんか、食べない方がましだな。みんつは、苺の美味さを分っちゃいない」
「じゃ、B氏はそのまま食べれば。私は、一人でコンデンス・ミルクを掛けるから。後で欲しがったって、上げないからね」

「ああ、俺は、そのまま食べるさ」
「コンデンス・ミルクは、絶対に掛けないのね?」
「そんな物は、苺には掛けない!」
「じゃ、これは、私だけのために買うから、B氏は絶対使わないでね。ふん、美味しいんだから。そうだ、明日の朝ご飯は苺にしよう! 朝食に新鮮な苺なんて、良い感じよね。明日の朝まで、私の苺は、取って置くことにするわ」

それは、土曜日でした。
B氏はその日家に帰ると、自分の分の苺をそのまま食べていましたが、私は苺もコンデンス・ミルクも、大切に冷蔵庫の中へ入れて置きました。

これが、大きな間違いだったのです!
私も土曜日に、苺をさっさと食べるべきだったのです。
しかし、この時の私は、B氏とコンデンス・ミルクの関係について、まだ何も知らなかったのです。

土曜日の晩、珍しくB氏より先に寝た私は、翌朝何が待ち受けているのか、知る由もありませんでした。

             〜次回に続く〜

2006年12月13日 (水)  我が家の掟 2

            〜前回からの続き〜

日曜日の朝は、昨日から楽しみにしていた、苺の朝食です。

「B氏は昨日食べたから、もう今日はなしね。これは全部私のだから、欲しいって言っても上げないからね」
わくわくとした気分でヘタを取り、綺麗なガラスの器を選んで苺を盛ると、私は冷蔵庫に入っている、コンデンス・ミルクに手を伸ばしました。

「ん?? あれ?」
コンデンス・ミルクのチューブが、何となく、昨日と違います。
置いてある場所も向きも、昨日私が入れた時と同じですが、何と言いましょうか、チューブの表面に、心なしか皺が付いている様な気がするのです。
「何か、ちょっと……否、そんなことはないか。気のせいかな」
しかし私は、それ以上深く考えず、そのチューブを手に取りました。

「え? 何か、軽い様な気がするけど……否、でも、小さなチューブだし、こんなもんかな?」
おかしいとは思いましたが、この時点での私は、それでもまだ、B氏を十分には知らなかったのです。
正直な話、「ああ、やっぱりな。B氏は昨日、ちょっとだけコンデンス・ミルクを食べたんだ。ま、少しぐらい良いか」と思っただけなのです。

さて、朝の光を受け、器の中で爽やかそうに並んでいる苺の上で、私は、コンデンス・ミルクの蓋を開けると、チューブを握った右手に軽く力を入れました。
プスッ。
「え、プスッ?」
私は右手を少しずらし、チューブの膨らんでいる部分にもう一度力を加えました。
プスッ。
「うそっ?!」
私は両手でチューブを握ると、今度は、後ろから絞り出すようにして、圧してみます。
プス〜ッ。

何て事でしょう!
チューブの中身が、空っぽです!!

「B氏っ! あんた、コンデンス・ミルクをどうしたの!?」
「へへへ、飲んだ」
「……」
「昨日みんつが寝た後に、飲んじゃった」
「全部?」
「そう、全部」
「で、空気を入れて膨らませて置けば、ばれないと思ったわけ?」
「上手く出来ていただろう、あれ?」

普段でしたら、我が家の習慣として、この手の事は笑いで済ますのですが、この時ばかりは、私の中で何かが切れました。
だってね、本当に、ものすごく楽しみにしていたんですから。

「買って来い!」
「へ?」
「今すぐコンデンス・ミルクを、買って来い!!」
「え、無理だよ。今日は日曜日だから、店は何処も開いていないよ」
「そんなこたぁ、私の知ったこっちゃない。スイスの店が開いていないなら、イタリアでもドイツでも、開いている店を探すんだね」
「否、それはちょっと」
「今すぐ買いに行け! そしてコンデンス・ミルクが見付かるまで、家には戻って来るな!」

もちろん、B氏が日曜日にコンデンス・ミルクを買えるわけはありません。
腹の虫が治まらない私は、そのまま家を出ると、知人の家に行き、事の次第を話しました。

「あのね、みんつの気持は分るけどさ、B氏は良い人なんだから、バカな事をしちゃ駄目だよ」
「だって、信じられる? コンデンス・ミルクを夜中に吸う男なんて、嫌でしょう?!」
「う〜ん、そりゃ、糖分の取り過ぎだとは思うけど、そんなことで別れるとか、言っちゃ駄目だよ」
「だってぇ〜、苺、ものすごく楽しみにしていたのに」

その日以来、我が家には一つの掟が出来ました。
『コンデンス・ミルクは隠せ! 隠していないコンデンス・ミルクは、飲まれても諦めろ』

そして、その約10年後……

                 〜次回に続く〜

2006年12月14日 (木)  我が家の掟 3

              〜前回からの続き〜

この時期のスイスでは、クリスマスに向けて、至る所でクッキーだのケーキだの、またはその材料が売られています。

スーパーに行けば、大きな一角をそのコーナーが占めていますし、村を散歩していても、甘い良い香りが漂っていたりしますから、特にクリスマスを祝う気のない、いえ、過去のトラウマによるクリスマス・アレルギーを患っている私ですら、やはり食欲をそそられてしまいます。

「今年は、自分でクッキーを焼いてみようかな?」
去年、下の階に住むお婆ちゃんの次女から、クリスマス・クッキーのレシピをたくさんもらった私は、スーパーで山のように積まれたナッツや小麦粉を前に、呟きました。
「おお、良いな! ツィムト・シュテルン(シナモンの星。=クリスマスには欠かせない、ナッツやシナモンがたくさん入った、星形のクッキーです。)も作ってくれよ」
「う〜ん、出来るかな? 初心者だからさ、初めは簡単なバター・クッキーとか、チョコ・クッキーから始めようと思うんだけど」

そんな事を話ながら私達は、クッキー作りに必要そうな物を一式、籠に入れました。
「ぁ、コンデンス・ミルクも買おう! うちに粉茶の古いのがあるから、あれで抹茶クッキーなんて出来そうじゃない。クリームや牛乳の代りにコンデンス・ミルクを入れたら、濃厚な味になって、美味しいんじゃないかな」
この時のB氏は、特に何も言いませんでしたが、私には「コンデンス・ミルクを買って帰る」という事が、「我が家に緊張をもたらす」という事であるのは、もう分っています。

「これは、お菓子用だからね。絶対飲まないでね。それとも、B氏用にもう一缶買って行く?」
「否、それは良いよ」
そうは言うものの、この時、B氏の目がほんの一瞬、邪悪に輝いたのを、私は見逃しませんでした。
……家に帰ったら、まずこいつを隠そう。

さて、私がクッキーに初挑戦する日が、やって来ました。

たくさんのレシピを見比べ、私にも出来そうな物を選びます。
「この、紅茶クッキーを抹茶でやれば、上手く行くかな?」
小麦粉、バター、卵などをボールに入れ、混ぜ出してから私は、気付きました。
「ああ、コンデンス・ミルクの缶を開けて置くのを、忘れた」
私の両手は、既にバターや砂糖でべたべたです。

「B氏、ちょっと手伝って」
「おう、何だ?」
「手がべたべただから、この缶に穴を開けて欲しいのよ。中身が出やすい様に、対角線上に2つ穴を開けて」
そう言って私は、机の上にあるコンデンス・ミルクの缶を、顎で示しました。

缶を手に取ったB氏は、それをひしっと胸に抱えると、挑むような顔付きで、私に聞きます。
「この缶を開けたら、俺にも少しくれるか?」
!!! 何とB氏は、私と取引をしようとしているのです!

こんな事が、平和な家庭内で許されて良いわけがありません。
過去約10年間、私が、「ただぼんやりと妻をしていたのではない」事を、はっきりと見せ付ける時が、どうやら今、やって来た様です。
私は、B氏をキッと見据えると、静かな声で言いました。

「貴方、今、自分が何を言ったのか、本当に分っている?」
「……」 自信が揺らぐB氏。
「このクッキーは、誰のために焼いているのか、一瞬でも考えた?」
「……」 少し、怯え始めるB氏。
「そういう、人の弱みに付け込む様な取引は、正しい事だと思っているの?」
「……」 自分の言動を後悔し始めるB氏。
「コンデンス・ミルク、上げても良いわよ。でも、そうなったら、クッキーは諦めるのね。どうする?」
「ぁ、やっぱり良い。コンデンス・ミルクは要らない。穴は、何処に開けたら良いかな?」
……ふふふ、勝った。

その後、冷蔵庫に仕舞われたコンデンス・ミルクが、日に日に減っている事は、口にこそ出しませんが、私には分っています。
『隠していないコンデンス・ミルクは、諦めろ!』

……B氏よ、中身が空になった缶は、自分で捨ててくれ。

2006年12月15日 (金)  11年目の逆襲 1

この時期、やはり書かねばならないでしょう。
私の日記をずっと読んで下さっている方の中には、声にこそ出しはしないものの「みんつ家の例の件は、どうなっているのだ?」と思っている方も、いるのではないでしょうか。

そう、『クリスマス』ですね。

我が義家のクリスマス・パーティーが、私をその後1週間寝込ませる程強力であることは、以前にも度々触れていますし(ご存じない方は、過去の日記2006年1月8〜13日『ラスト・クリスマス1〜6』をどうぞ)、去年のクリスマスを最後に、私は引退宣言もしましたが……
ええ、ええ、我が義母が、そんなに簡単に私を解放しないであろう事は、私は元より、皆さんにも分っている事ですよね。

そしてこの時期、はい、義母からのボディー・ブローは、既に始まっています。
果たしてみんつは、最終ラウンドまで持ち堪えられるのか?

はっきり書いて置きますが、義母は、決して悪い人ではないのです。
いえ、世間的に言うならば、良いお姑さんに入るのではないでしょうか。

問題はただ一つ、「義母と私の価値観が違う」事なのです。
価値観の違う人間が、付き合わなくてはいけない場合、どちらもが相手の違いを尊重するする、という事が必要だと思うのです。
ところが我が義家の場合、私が100%向こうに合わせない限り、許してはもらえないのです。

そう、許す、です。
認めるとか、喜ぶとか、受け入れる等ではなく、それでやっと文句を言われないだけなのです。
ですから私は、熱を出してしまうのです。
だからこそ私は、「ケツを捲る」事にしたのです。

ぁ、ちなみにこれは、喧嘩をするとか、付き合いを止めるという事ではなく、「出来ないものは出来ない」と言い「やらない」事にしたのです。
ですから私は、「もう、クリスマス・パーティーには参加しません」と言ったのです。

先日のことです、夫B氏の携帯電話に、義母から連絡がありました。
「クリスマス前に一度、一緒に食事でもどうかしら?」
「ああ、良いよ。うちの方の予定は、20日よりも前なら空いているけど」

これは、既にそんな事もあるだろうと思った私が、B氏に頼んで置いたのです。
25日の義兄宅で行われるパーティーに参加しない私が、24日だの23日に義父母と会食をしたら、これは不公平ですよね?
義姉がまた、泣いてトイレに駆け込むことは、目に見えていますよね?
ですから私は、誤解が生じない様に、「12月20〜30日は、義父母には会わないから」とB氏に言って置いたのです。

「あら、でもねぇ、クリスマス近くにならないと、C氏(義兄です)達はこっちに来ないと思うのよね」
義母はそう言いますが、C氏夫妻は今まで、クリスマス前に義父母を訪ねた事など、一度もありません。
「じゃあ、兄貴の予定が分ったら、また連絡してくれ」
B氏は、それ以上の議論をせずに、あっさりと電話を切りました。

その数日後、義母からまた連絡が入ります。
「C氏は、クリスマス前にはこっちに来られないらしいから、食事は私達だけでしましょう」
もちろんそんな事は、とっくに分っていますが、敢えて触れる必要もないでしょう。
私達は、レストランで一緒に食事をする約束をしました。
公の場なら、義母も険悪な態度は、取れませんものね。
それでも私は、まだ安心などしません。

「B氏、会食の日だけどね、お義母さんは絶対、クリスマスの予定について聞いて来るから、気を付けてね。質問に直接答えない様にして、その時期は義父母宅に行かない、って事だけを伝えるの。もし、どうにもならなくなったら、話題を変えるのよ。そう、『大おばさんのクリスマスはどうするのか?』って聞くと良いわ。この話題をふれば、お義母さんの方から違う話をするから」

順番からすれば、義母はこの大おばさんを世話する役目ですし、以前は毎年、大おばさんも義父母宅でクリスマスを祝っていましたから、老人ホームに入って以来、クリスマスを家族と祝っていない大おばさんについて、義母は多少後ろめたく思っているのです。

そんな風にして、会食の日がやって来ました。

              〜次回に続く〜

2006年12月18日 (月)  お知らせ

皆様へ

今日は、我が家に友人が泊まりに来ます。

彼女はベルンに住んでいるのですが、私が山を下りたがらない(=ベルンに行かない)ことに痺れを切らし、はるばる乗り込んで来るそうです。
……ありがたいことです、ホント。

ということで、日記の更新は、明日もしくは明後日になります。

続きものの話の途中で、大変申し訳ありませんが、もう少しお待ち下さいね。

さ、今から急いで台所を掃除しなくっちゃ。

                    みんつ

2006年12月20日 (水)  11年目の逆襲 2

           〜前回からの続き〜

義父母との会食を数日後に控えたある日、何と偶然にも、友人達から立て続けに連絡が入りました。

「22日の金曜日だけど、うちで夕飯を一緒にどう?」
これは、夫B氏の幼馴染み、U氏からの招待です。
彼からの食事の招待は、普段でも、私の中の優先順位では1、2に入ります。
というのも、U氏の料理の腕は、「知人内で右に出るものはいない」といって良い程なのです。
もちろん、その場で即承諾です。

「24日の日曜日、うちで騒がないか? みんつはどうせ、義家族とのクリスマス・パーティーをパスしたいんだろう?」
こちらは、数年前、自らも実家のクリスマス・パーティーにケツを捲った、M氏です。
「イブの日に誘ってくれるなんて、あんたは、私の救世主だよ」

「26日からなんだけど、息子を連れて遊びに行っても良いかしら?」
これは、ベルン近郊に住む私の友人、B嬢です。
「ああ、1週間でも2週間でも、何なら1ヶ月でも、好きなだけ泊まりに来て!」

これで、義母対策はほぼ完璧に整いました。
穴は、23日の土曜日ですが、これはU氏からの誘いを「うーん、金曜日か土曜日辺りなんですけど、まだはっきりしてなくて」とでも言っておけば、どうにかごまかせるでしょう。

「B氏、ピンチになったら、大おばさんの話題を出すのよ」
私達は気合いを入れて、レストランに行きました。

レストランでの会食は、B氏と義父(B氏の実父です)が義母(B氏の実母です)などお構いなしで話し込み、それでも幾らか気を使った私が、義母に二人の話の内容を説明し、という具合で、無事に終わるかに思えました。
ええ、そうです、思えただけです。

皆、腹も一杯になり、食後のコーヒーを飲むか、会計にでもしようか、という頃です。
今までずっと機会を窺っていたのでしょう、義母が唐突に切り出しました。
「それで、今年のクリスマスは、どうするの?」

一瞬、その場に緊張が走ります。
「あれ、いつも通り25日に、C氏(B氏の兄です)宅で祝うんでしょう?」
固まったままのB氏に代わって、私がとぼけてみせます。
「貴方達も、C氏宅に来るの?」
義母のジャブが続きます。
義父は既に、我関せずの沈黙に入ります。

「B氏、行くんでしょう?」
「ああ、行くよ」
「みんつも行くのかしら?」
「いえ、私は、今年からは行きません」
「どうして?」

「今まで10年間付き合って来ましたから、この辺で少し、休憩したいんです。私、クリスチャンじゃありませんし、本来ならクリスマスは祝わないんです。またいつか気が向いたら、参加させていただくかも知れませんけど」
「あら、皆、がっかりするわよ」

義母が使ったこの「がっかりする(enttaeuschen)」という単語は、私は今、敢えて柔らかい方の訳を選びましたが、本来は「貴方が来ないと寂しい」とか「残念だ」等という言い回しよりも、ずっと強い言葉で、はっきり言ってしまうなら、「失望した」という意味合いの「非難」として受け取れる言葉です。

どうして義母は、私に対してこんな言葉遣いをしても良い、と思っているのでしょうか?
私はもう、れっきとした大人ですし、義母とは、何を言っても許し合える、気心の知れた友人でもなければ、親子でもありません。

しかも、私が一番気になるのは、「“私”は失望する」ではなく、「自分ではない誰か他の人、“皆”が失望する」という言い方をすることです。
「世間」とか「皆」とかいう言葉で、自分自身の非難を伝えるのは、私には、正当だとは思えませんが?

私は、真っ直ぐ義母に視線を据えると、はっきりと言いました。

                  〜次回に続く〜

2006年12月21日 (木)  11年目の逆襲 3

                〜前回からの続き〜

「そんな事はないですよ。C氏(夫B氏の兄です)とはきちんと話をして、了解済みですし、『うちの子供の事なら、気にしなくて良いよ。みんつが来なくても、全く問題はないから』と言っていましたから」
「でもね、子供達が失望するわよ」
今度は、皆ではなく子供達です。

あくまでも、みんつの不適切な行動によって失望するのは、義母自身ではなく、他の誰かだ、という言い方です。
その他の誰か達とは、私は既に、きちんと意思の疎通をしてあるのに、です。

実際、C氏の子供達は、毎年、開けるのを泣いて嫌がる程、大量のプレゼントをもらっていますから、プレゼントが一つ減っても「がっかり」しませんし――ちなみに私達夫婦からのプレゼントは、B氏が持参しますが――私達夫婦とC氏夫妻は、年に一度会うか会わないかの関係ですから、子供達が「がっかりする」程の感情は、残念ながらないのです。

「ええ、今まで10年間、私は義理の甥達の為だけに、クリスマスに参加していました。だから、この辺で私自身の為に、休憩をしても良いと思うのです。それに、彼らもそろそろ色々な事が分る年頃ですから、世界にはクリスマスを祝わない国もある、という事を知るのも、無駄にはならないと思いますよ」
「でも、家族の会合はどうなるの?」

「家族の集まりには、私も喜んで出席します。でもそれは、クリスマスと一緒にしなくても、普通の日に出来ますよね。家族の会合は、キリスト教徒の祝日とは別にして、もっと頻繁に行っても良いんじゃないかしら?」
「じゃ、24日は?」
……だから、クリスマスとは別けろって、言ってんだろ!

「24日は、予定があります」
「あら、何かしら?」
「友達に会う事になっています?」
「それは、昼、夜?」
「さあ、彼はもう冬休みを取った様で、家にいますから、適当にお昼位から集まって、わいわいやるんじゃないかしら」

「24日の昼は、うちには来られないの?」
「ですから、その日は、友達の所に行きます」
「じゃ、その前の日は?」
「別の友達に、呼ばれています」
「そう。でも、C氏達が来たら、一緒には会えるかしら?」

何度も書いていますが、毎年我が義家は、25日をチューリッヒ近郊に住むC氏夫妻宅で祝い――我家から車で2時間掛ります――26日から新年まで、C氏夫妻は義姉(C氏の妻です)の実家であるイギリスで過ごすのです。
24日までは、週末に重ならない限り、スイスでは普通の日ですから、学校や仕事があります。
つまり、今まで過去10年近い間、24日以前に義兄夫妻が、義父母宅に来たことはありませんし、26日以降に義兄夫妻がスイスにいたことも、ないのです。

「ええ、C氏達がこっちに来た時に、私達の時間が空いていれば、もちろん」
「24日は、どうしても無理なのね?」
「24日は無理です」
「でも、家族の会合は出来るわよね?」
……もう、いい加減にしてぇ〜。

このままでは埒が明きません。
私は、この辺で必殺パンチ『大おばさんの話題』を出す事にしました。
「ええ、C氏達がまたこっちに来たら、改めて誘ってみて下さい。ぁ、そういえば、今年のクリスマス、大おばさんはどうするのですか? お義母さん達が、老人ホームに迎えに行くんですか? それとも、義叔母(義母の妹です)さんの所にでも行くのかしら?」

「大おばさんは、クリスマスはホームで過ごすわ。もう年だし、どこかに出掛けるのも大変だし……。みんつ、もうお腹は一杯になった? コーヒーとかデザートは?」
義母は、口ごもるように返事をすると、自ら話題を変えました。

「もしも、24日に時間があったら、私達は家にいるからね」
レストランを出ると義母は、それでもまた食い下がって来ましたが、第一ラウンドは、どうやら私が優勢という判定でしょうか。

そしてその後、私達は、義父母を家に送り届けたわけですが……

               〜次回に続く〜

2006年12月22日 (金)  11年目の逆襲 4

             〜前回からの続き〜

車が義父母宅の前に停まると、私は「今日はご馳走様でした。では、また」と手を振って別れるつもりでいたのですが、何と夫B氏は、当然の様に車から降ります。

「あれ、このまま帰るんじゃないの?」
「親父に彫刻刀を借りるんだ」
……うーん、これは些か嫌な予感がします。第一ラウンドが終わったと思ったら、休憩もそこそこに、第二ラウンドの鐘が聞こえたような気が。

そんな私の予感は、はい、見事的中しました。
彫刻刀を持って来た義父のもう一つの手には、B氏へのクリスマス・プレゼントである、電気ドリルが握られています。

この親子、何故か揃って工具好きでして、その中でもここ数ヶ月間、電気ドリルは二人にとって注目の工具だったらしく、顔を合わせばその話で盛り上がっていたのです。
そして、義父が最近購入した電気ドリルを見たB氏が、「自分もそんなのが欲しいな」と言い、もちろん義母がそんな台詞を聞き逃すはずはなく、「あら、じゃ、それをクリスマス・プレゼントに送るわね」となったのです。
……B氏よ、クリスマスは、私抜きでやってくれって、言っただろう!

「みんつ、これは貴方によ」
新しい電気ドリルに気を取られている二人をよそに、義母が私に、綺麗に包装されたプレゼントを渡します。
「えっ」
「これは、クリスマス・プレゼントってわけじゃないから。ただ、貴方にも何か送りたかったの」

この時期、こういう綺麗に包装されたプレゼントを、しかも、何が何でも私にクリスマスを祝わせたい我が義母からもらって、「これはクリスマス・プレゼントではない」だなんて、誰が信じますか?
10年間、「プレゼントは本当に止めてくれ」と言い続けているのに、それを知っていて、それでも尚クリスマス・プレゼントを買い、何とか騙すようにして私に渡す義母は、一体何が望みなのでしょう?

それでも私には、ここで「プレゼントは欲しくないって、言いましたよね? これは受け取れませんから」と言うだけの勇気(?)は、まだありません。
そこまでする事が、果たして良い事なのかどうか、正直に言うならば、決めかねているのです。

不意をついて握らされた、手の中の包みを見て、私に出来ることは、「ありがとうございます」と力なく笑う事だけでした。
こんな風にして私は、義母の満足の為だけに、毎年欲しくないプレゼントを受け取っているのです。

私は、不必要な物質が身の回りにたくさんあることが、嫌いです。
物質が増えるに従って、精神の自由が、損なわれて行く様な気がするのです。
なくても困らない物は、私にとっては、欲しくない物なのです。
私は、小さなリュック・サック一つで、何ヶ月間も旅に出られるタチですし、そんなやり方が心地良いのです。
そして、そんな私との生活を、夫B氏も気に入っているのです。

「お義母さん、貴方が私を心配していてくれる事は、良く分っていますし、とても感謝しています。その気持だけで、私には十分なんです。愛情は、私は、証明する必要のないものだと考えています。気持は、物質で現さなくても、きちんと伝わるものだと思います。ですから、本当に私には、こういうものは必要ないのです」
「でもね、みんつには、いつも何も上げてないから」
これ以上、私に何が出来るでしょう?

……第2ラウンドは、私が1回ダウンで、義母の優勢です。

               〜次回に続く〜

2006年12月25日 (月)  11年目の逆襲 5

              〜前回からの続き〜

今日は、25日、クリスマス当日です。

私がこうして今、日記を更新しているという事は、はい、義家族のクリスマスには行っていない、ということですね。

昨日、24日のイブも、義兄が義父母宅に来ているという様な連絡は、やはりありませんでした。
この日私達夫婦は、昼間は日本風に大掃除をしてみたり、お腹の調子が悪いのか、悪臭を放っていた我家の猫M氏を、なだめつつ拭いてみたりと、和やかな時間を過ごし、夕方から深夜までは知人M氏宅で、心底リラックスした楽しい一時を過ごしました。

家族でも友人でも、親しい人達が集まって、いつもよりちょっと手の掛った食事をして、のんびりとお喋りをしながら、ただ一緒に時を過ごす事を楽しむ、こんなクリスマスなら、クリスチャンではない私だって大歓迎です。

「じゃ、今日は一人で頑張ってね」
今朝、そう言って見送る私に、夫B氏は言いました。
「俺は例年通り、ただ淡々と飯を食って、今日という日が過ぎるのを待つだけさ」
残念ながら、我が義家のクリスマス・パーティーは、私達夫婦にとっては、本当にそんなものなのです。

「ぁ、それから、私の話題は、向こうから聞かれない限り、出さない方が良いと思うよ」
「心配しなくても大丈夫さ。みんつの話題は、俺が触れなくても、今日はじゃんじゃん出されるだろうから。みんなきっと、色々言うと思うよ」
「悪いねぇ、一人で攻防させて。ま、みんなが色々言うのは、放って置いて良いよ」

過去10年間、私には多分、無意識の部分で「良い嫁だと思われたい」とか、「義家族から認められたい」等という思いがあったのでしょう。
ですから、身体が拒否反応を起こす様な事も、無理してこなしていたのだと思います。
そして、「私はそこまでしているのだから、相手だって何かすべきだ」と、勝手に期待していたのでしょう。

「出来ませ〜ん」「やりませ〜ん」「好きじゃないんですぅ〜」と言ってしまった今、私は、何とも晴れ晴れとした気分を味わっています。
「仕返しをしてやった」とか「やり込めた」という様な感情ではなく、両手を大きく伸ばして、青空の下、草原で寝ころんでいる時の様な気分です。

多分、これが正解なのでしょう。

一人でこれを書いている今、私の頭の片隅では、こんな余裕すらあります。
「ひょっとしたら、それでも義兄宅から、クリスマスを祝う電話が入るかも知れないな。ま、そうなったら、それはそれで日記の良いネタになるか」

そうです、毎年無理をして参加して、義母を恨めしく思っていた感情が、すかーんとなくなりました。
「良い嫁じゃなくて、普通の嫁で良いや。だから義母も、良い義母じゃなくって、普通の義母で良い」
そんな風に思ったら、肩の力が抜けました。

まだ、今日という日が終わるまで、何が起こるかは分りませんが、これからは『ノーと言える日本人』になろうと思います。

・・・・・・お義母さん、お義姉さん、10年間、色々とご指導をありがとうございました。
スイス生活12年目に入った今後、みんつは、突き抜けようと思います!

2006年12月26日 (火)  陽当たり良好

まずは、お知らせから。

今日から年末に掛けて、友人が遊びに来ます。

掲示板等へは、ちょこっと手の空いた時に顔を出せますが、日記の方は、やはりゆっくり時間のある時でないと書けません。
ですから、日記の更新は、暫くお休みします。

それから、今年中にもし更新が出来なかった場合に備えて、この場を借りてご挨拶を。

『皆様

今年も一年間、私に付き合っていただき、ありがとうございました。
ネットのお付き合いとはいえ、私には、毎日の楽しい一時です。
来年も、どうぞよろしくお願いします。

今年残り数日間、そして来年が、皆様にとって、素晴らしい毎日でありますように。

                                    みんつ』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
では、今日の日記です。

我が家は、とても陽当たりの良い部屋です。
窓際に座っていると、日焼けをしそうな程です。

ですから私達夫婦は、それぞれ自分の机にある電化製品等に覆いをして、直射日光による過熱を防いでいます。

例えば私は、使っていない時は、自分のコンピューターに白い布を掛けています。

夫B氏も、やはり自分のノート・パソコンを、日差しから守っているようです。








……新聞で。

ちなみにこの新聞は、定期的に新しい物と取り替えているようです。

2007年1月の日記へ