2004年3月1日 (月) ホームページでも、作ってみようかな。

ハハハ、気軽に「ちょっと、ホームページでもやってみるかな」なんて思ったものの・・・・・解らない事ばかり。
とりあえず、「日記でも書け」とあるから、ここに書き込んではいるものの、どんなことになるのか全く見当もつきません。
偶然今、このページを開けてしまった方、すいません。可能な限りの奮闘はしてみますが、次ができるか分かりません。
ということで、日記第一号は、ものすごい不安な幕開けになりました。

2004年3月3日 (水) 全然解んないよー。

ただいま、訳の解らないアルファベットや記号の羅列と格闘中です。
本当に、ホームページなんか出来るのかしら・・・。

さて、ちょっとは何か書いておこうかな。
ええと、もうお気付きかと思いますが、私は東スイスの山の上に住んでいます。
皆さんが『ハイジ』でご存知のような世界です。というか、『ハイジのおじいさん』がしていたような生活環境にいます。
四方を3000m近い山々に囲まれ、牛や羊がそこいら中にいます。うちの庭にも、夏になると、隣家から産まれたばかりの小羊が放たれ、私が野菜を取りに行くと、母羊が前足で地面を蹴って、脅しをかけて来ます。

歩いて一時間以内の距離には、店もレストランも何にもなく、数少ない隣人の殆どが酪農家です。
自家用車以外の交通手段は、1時間に1本のバスのみで、これは、子供たちのスクールバスも兼用しています。

我が家では、夫が通勤に車を使うので、日用品の買い物は、夫が仕事帰りにしてくれます。公共機関などへも、やはり夫が仕事の合間に、行って来ます。
ということで、私は、この人口45人弱ほどの小さな村の中で、静かに日々を送っています。
幸い私は、今のところ専業主婦なので、困る事は何もないのですが、こういう世間から隔絶されたような生活を好んでしていると、友人、隣人たちからは、変人だと思われ始めています。

で、何が言いたいかと言うと、そんな私の生活を、ホームページにでも書いてみようかな、何て思っている訳ですが・・・・・・コンピューター、全然解んないよー!

2004年3月4日 (木) 塾が始まる。

偶然ここに立ち寄られた皆さん、ちょっとみればすぐお分かりになることと思いますが、まだこのHPは始まったばかりで、この先全く予想がつきません。
ただ、まあ日記ぐらいは頻繁に書いておこうと思っていますので、果たして私がきちんとHPを仕上げる事が出来るのか、暇な時にでもまた、冷やかしがてら、お寄り下さい。
一応、ゲストブックに書き込めるようになっていると思いますので(確信は持てません)、もし良かったら、何か書いてください。先を続ける動機が出来ますから。

今日はちょっとばかし、新しい事があります。
私が今住んでいる地域は、スイスの中でも少し特殊な地方(州)で、4つある公用語のうち、3つまでが使われています。
それは何かと言いますと、ドイツ語(スイス方言です)、イタリア語、レト・ロマニッシュ語です。(ちなみに、残りのひとつはフランス語で、西スイスで使われています。)そして、私が住んでいる村では、ドイツ語とレト・ロマニッシュ語が話されています。
この、耳慣れないレト・ロマニッシュ語ですが、ラテン語の起源となる言語だと言われていて、実際のところ、死語になりつつあります。
スイス人でも、この言語を使用するのは、ごく一部の地域に住んでいる人たちだけで、私はたまたま、その地域に住んでいるのです。
何故私がそんなところに住んでいるのかは、いつか機会があったらお話しますね。

で、本題。
今日から、そのレト・ロマニッシュ語の春講座が始まり、私はそれに参加するわけです。
去年の夏に、夏の集中講座を取って、カリキュラム1を習ったのですが、今夜からカリキュラム2をやる筈です。
この言語、山の中にある小さな村々で、親から子へと口頭で継がれて来た言葉ですから、専門的な教育者が揃っている訳ではないようでして、教科書は手作りですし、私の先生は地元のお祖母ちゃんです。
去年の夏講座の時に、「外国人で、レト・ロマニッシュを習う人はたくさんいますか?」と聞いたところ、「以前、ポーランド人の女性が一人いた」と言う答えが帰ってきました。
その時私は、心の中で“ニッ”っと笑いました。「ひょっとしたら、レト・ロマニッシュを話す日本人第一号になるかも知れない」という考えが、頭の中をよぎったのです。それ以来私は、この言語を習得する事に決めたのです。
何か、自分一人だけが出来るって、良いと思いません?
レト・ロマニッシュを話さない、スイス人の友人たちは、「ドイツ語で通じるから、必要ないんじゃないの」などと水を差すようなことを言いますが、地元の新聞にも載ったことですし(無料で配られている、この村周辺だけの新聞です)、近所の皆さんの期待?もあることですから、元気良く塾に通いますよぉ、私は。

あ、もし、「私はその言葉、話せる」とか「私の友人で、その言葉を話す日本人を知っている」などという日本の方がいましたら、そっとご自分の胸の内に仕舞って置いてください。
私の塾、まだ始まったばかりですので、気持ちが挫けるといけませんから。

2004年3月5日 (金) パンを焼いてみた。

自分で言うのもなんですが、私、結構お料理の才能があるのではないかと思っているんです。と言うのも、今まで誰にもお料理なんて習ったことはないのに、一通りの物は作れるし、皆、美味しいと言ってくれます。
ただ、元来、規制されることが嫌いな性格のため、私の料理には一切レシピが有りませんし、レシピ通りに作るということも、一度もしたことがありません。
お料理の本なども、友達の家なんかで、写真をぱらぱらと見るだけで、適当に入っている具や色から想像して、勝手な物を作ります。今まで、それで何とか成っているんです。

それで私は、「近場に店はないし、いっちょ、自分でパンでも焼いてみるか」何て思い出して、(何せ、時間はたっぷりあるものですから)最近何度か、適当にパンを焼いてみたんです。
焼けました。中までちゃんと火は通っているし、食べられます。
……が、……今ひとつ美味しくないんです。田舎のお祖母ちゃんの素朴な味を、2倍位素朴にしたような味です。しかも、外側ががちがちに固くて、ずっしりと重い、白パンが出来ました。確か、アニメのハイジは「ふわふわの白パン」と、喜んでいたような記憶が……。
色々勝手に試してみたのですが、毎回、やっぱり重たい白パンが出来上がります。どうやら、パンは、ただやみくもに焼いちゃ駄目なようです。
仕方がないので、友人や義母、パン屋で働いている夫の従姉妹などに、パンを焼くコツを聞いてみました。皆、丁寧に教えてくれましたし、レシピをくれた人もいます。

ハハハ、ごめんなさい。今日も私は、勝手なパンを焼きました。
「多分、小さくすれば良いんじゃないか」なんて思って、丸ごとの塊ではなく、ロールパンを作ってみました。
イースト菌の包みに、小麦粉1kg用と書いてあったので、その通りにしました。小麦粉は一袋1kg入りですから、細かくグラムを量る必要もなく、ちょうど良いですし。
我が家は2人家族なので、本当はそんなにたくさんはいらないのですけど、23個のロールパンが出来上がりました。
今回は、ツナとかジャムとかチーズとか、色んな具を入れたので、ふっくらと焼き上がっていなくても、そんなに目立ちません。
味は、……田舎の“曾お祖母ちゃん”ぐらいの素朴さでしょうか。

2004年3月6日 (土) 私がスイスに住んでいる理由

そもそも何故、私がスイスになど住んでいるのか、興味のある方もいるかと思いますので、今日はその辺のお話を。

私、ごくごく普通の家庭で育ち、これまた、ごく普通の生活をしてきました。海外留学経験もなければ、外国人がたくさんいるような町に住んでいた訳でもありません。
20代後半になるまで、旅行といえば、伊豆の温泉ぐらいしか行った事がありませんでしたし、一番の遠出は、高校の修学旅行で京都に行った事です。あ、私、出身は千葉です。
で、そんな私が、何故スイスか?

ある日、妹の友達のA子ちゃんが電話をして来て、「みんつちゃん、一緒にバリ島に行かない?」と言うのです。私は、ビールを片手に、テレビを見ながら、「うん、行く」と答えました。その間、わずか2秒ぐらいだったでしょうか。
私は、バリが一体何処にあるのかも知らずに、A子ちゃんと初めての海外旅行の約束をしました。
数日後、私は、バリが何処にあるのか確かめないまま、A子ちゃんが借りてくれた、スーツケースの半分に荷物を詰め、インドネシアへ飛びました。スーツケースのもう半分は空でしたが、当時の私には、小さなバックで行くということは、思いつきませんでした。
そして、そのまま何も考えずに、半分空のスーツケースを引きずりながら、バリ島のそばにある、小さな島にたどり着きました。日本を発って、3日目です。
A子ちゃんと一緒に、島のビーチに行くと、たまたま隣に、スイス人の男性が一人で座っていました。
その男性は、9年経った現在も、まだ私の隣に座っています。そして、あの時、私のスーツケースの半分が空でなかったら、多分今、一緒にはいなかったと思う、と彼は言います。不思議なものですね。

そうそう、私は、A子ちゃんに謝らなくてはいけない事があるのです。
『A子ちゃん、あの時一人で日本に帰して、ごめんね』

2004年3月8日 (月) ちょっと、後ろめたいんです。

あんまりにも見栄えの悪いHPなので、せめて読むところぐらいは作って置かないと…。

以前書いたように、ここは山の上の寒村で、この周辺で生まれ育った人でもない限り、誰も名前すら知らないような所です(地図にも載っていません)。
村の人口は確か41人だったと思うのですが、皆親戚やら何やらといった関係で、まあ、簡単に言ってしまえば、全員が全員を知っている訳です。
そんな中で、私たち夫婦は全くのよそ者でして、引っ越してきた当初は、それはもう注目の的でした。村の人にとっては、何しろ、久々のニュースですから。

どんな風だったかというと、例えば、「今日は、野菜畑の草取りでもしようかな」何て思って、私が庭に出るとします。すると、どこからか「みんつが外に出て来たよ〜」と、子供の声。
そして、2分と経たない内に、庭にしゃがみ込んで雑草を抜いていた私の周りには、村中の子供が集まり、「何処からきたの?」「何しているの?」「今夜、夕飯を食べに行っても良い?」「家の中、見ても良い?」などの質問攻めです。
ここで、うっかりした事を言ってはいけません。何故なら、あっという間に、山の上から下まで、それぞれの村へと、私の言った事が伝わるからです。
会った事もない、全く知らない人が、次の日には、私のごく個人的なことまで、知っているなんていうのは、普通の事です。
まあ、逆に言えば、面倒な事は、誰か一人に話せば良いのです。そうすれば、放って置いても勝手に、近村の人々の耳に入るのですから。

さて、スイス人というのは、概して勤勉です。
彼らにとって、健康な人間が何もしないでいるというのは、いけないことです。
毎朝遅くとも6時には起き、1日の内に、あれもこれもそれも、とたくさんの事をします。スケジュール帳は、2・3週間先までびっしりです。
そして、今私が住んでいるような環境の元では、誰が毎日何をしているかは、秘密にはして置けません。ちょっと散歩に出ただけでも、村中の人が「みんつは、昨日散歩に行った」と、知っているのです。

で、最近、私は困っているわけです。
いえ、何か直接害があるとかって訳ではないんですけど、……私、そこはやっぱり日本人ですから、特に何も必要がなければ、朝6時になんて起きないし、根がだらけているから、今日やって置いた方が良いことでも、出来るだけ先送りにするような生活をしているんです。
私、朝は、自然に目が覚めるまで寝ているんですけど(夫は、朝は勝手にやってくれますので)、どうやら、郵便物を運んでくる隣の女性は、私が起きるのを待っているようなんです。
というのも、私が起きて、カーテンを開けると、彼女が玄関のチャイムを鳴らすんです。私が起きるまで待っていてくれるのは、すごく親切だと思うのですが、私、下手すると11時頃まで寝ているんです。
この間は、消防の取り締まりのおじさんが、私が起きるまで家の点検を待っていてくれました。その前は、煙突掃除のお兄さんが、私が起きると「掃除、終わりましたよ」と、廊下でにっこり微笑んでくれました(そうです。私が寝ている間に、知らないお兄さんが家の中で、煙突掃除を終えていたのです!)。

つまり、近隣の村中に、私が怠け者であるということは、伝わっている訳です。伝わっていない筈がありません。別に私、起こしてくれても構わないんですけど、皆さん遠慮されているようで……。
ひょっとして私、みんなの仕事を邪魔しているのではないかと心配で。というか、そのうち文句でも言われるんじゃないかと。
「じゃあ、早く起きろ」と、思われる方もいるかも知れませんが、それが出来たら、私、専業主婦なんかしていない訳で……。それにね、冬はここ、寒いんですよ。朝方2匹の猫と、ベッドの中でいつまでも丸くなっているのって、ホント、幸せなんですよねぇ。

2004年3月10日 (水) 遊びに来ますか?

「今日は割と温かいな」何て思って、廊下の温度計を見たら4℃。やっぱり温かい筈だ、昨日より2度上がっているもの。
……ん? なんか違う気がする??? 4℃って、冷蔵庫の中より低いじゃん! 
そんな所で、パジャマ代わりのTシャツにパンツだけ、という格好で、呑気に温度計なんか眺めているのだから、私も随分、ハード・ボイルドな主婦になったものです。

私がスイスに来たばかりの頃は、寒くてしょっちゅう風邪をひいていたし、パイプ椅子や木の椅子なんかに直接座ると、腰が冷えてしまって、立てなくなっていたのに。9年も経つと、身体なんて順応してしまうんですね。
ハハハ、それは、もちろん皮下脂肪と大いに関係があるのですが、ここでは触れないで置きましょう。

もうお分かりかと思いますが、我が家には、セントラル・ヒーティングなどという文明の利器は有りません(普通のスイスの家庭には、あります)。
何せ、『ハイジのじいちゃん』の生活ですから、朝起きると、まず薪を焚くんです。
あ、今、ロマンティックな暖炉など想像した方、いませんか? 大間違いです。
我が家に一つだけある暖炉は、大きな石の塊で、台所にある穴(名前が分からない)に木を突っ込んで燃やすと、その石が熱くなり、居間が温まるという仕組みになっています。
その、……居間しか温かくならないんです。他の場所は、……。
まあ、それではあまりにも過酷な生活ですので、台所とバスルーム(トイレ、洗面所、お風呂が一緒のスタイルです)には、電気暖房器具が置いてあります。

普段、家の中にいる時は、靴下もズボンも最低2枚は履いて(スカートのことは、どうか忘れて下さい)、上はフリースを羽織っています。いくら暖炉があっても、足元や暖炉から離れた場所は、薄ら寒いですから。
特別上手に薪が焚けた日は、少し軽装になれますが、トイレへ行く廊下は4℃ですから、私のようにハード・ボイルドでない人は、上着を羽織るか、急いで出かけて下さい。

そして、その薪ですが、夏の間に自分で、森から切り倒された木を細かく割って、家まで運んでおくんです。
まず、チェーン・ソーで一本の木を輪切りにし、斧を振り上げて、その輪切りになったものを、細かく割ります。で、それを車いっぱいに積み込んで、家の納屋まで運んで、壁に沿って積み上げて……
ね、ロッキーのテーマなんか、聞こえてきそうでしょう?

2004年3月11日 (木) 見付けました。

今私達が住んでいる家は、実は友人の家なのです。正確に言うと、友人の亡くなったお祖母さんの持ち物で、空家になっていたのを、彼が勝手に改造して住んでいたのです。

当初、私達は彼の所に厄介になりながら、部屋を探す予定だったのですが、彼が急に実家に戻り(お父さんが倒れたので)、もうこの家には住まないと言うので、私たちが借りる事にしたのです。
ですから、この家には、彼の物は当然、お祖母さんの世代からの物が、そこら中に置いてあります。
初めの頃は、ここに長く住むつもりではなかったので、それらの品をそのままにして置いたのですが、最近私は、それらを整理して、私達の物と交換をすることにしました。
大きな家ですので、気が向いた時に少しずつ手を付けています。

この間、廊下にある箪笥を、買い置き品の収納棚にしよう、と思いつきました。
箪笥の中には、友人の冬用ジャケットや、村の消防団のユニホーム、ヘルメットなどが、独身男の一人暮らしよろしく、雑然と放り込まれています。
私が、それらを箱詰めにするつもりで、何の気なく彼のジャケットを取り出していると、……???……奥に、黒くて細長い物が立て掛けてあります。
廊下が暗いので、何だかよく分からないのですが、手を伸ばしてみると、ひんやりと冷たい鉄の感触。持ち上げると、ずっしり重いです。
彼は測量士ですので、きっとなにかそういう器械だろうと思い、ぶつけないように慎重に取り出しました。
……が! 何と、私の手には、マシンガンが!!
映画の中で、シュワちゃんが小脇に抱えて、ダダダダダッ、とやっているあれです。もちろん、本物です。

スイスには徴兵制が有りますので、基本的に、成人男性のいる家庭には、その頭数だけマシンガン(正式な名前は、分かりません)があってもおかしくないのですが、普通は簡単に目に付くような所になど有りません。
(ちなみに、わが夫B氏は、兵役免除ですので、マシンガンは持っていません)

私は、そのマシンガンを観察してみました。
まず、弾は入っていないようです。薬莢の筒を差し込む所は、空になっています。
あ、小さい脚が付いている。なんか、可愛い。
映画の狙撃手が、ビルの屋上なんかに腹這いになっている時に、銃の下に小さな三脚が付いているでしょう。あれ、折り畳みになって付いています。
長さは、床に立たせてみたら、私の胃の辺りまでありました。
TVで見て想像していたよりも、ずっと華奢な作りですが、かなり重いです。
これ、片手で撃てるのは、シュワちゃんだけだと思います。…あ、ブルース・ウィルスも出来るか。

「箪笥の整理は、もうちょっと後にするかな」
私は、それを元の場所に立て掛けると、友人のジャケットを無造作に放り込んで置きました。
ふふふ、マシンガン、ゲットだわ。……え? 違いました?

2004年3月12日 (金) ちっとは、考えないもんかなぁ…

今日は、私の夫、B氏の事でも書くかな。

私が言うのもなんですが、B氏は背も高いし、なかなかの男前なのです。性格も、シャイな感じで、悪くないです。
しかし、B氏、何故か女性にもてません。
私がB氏と知り合った時も、「貴方、格好良いから、女性の方から寄って来るでしょう?」と言ったら、「そんな事を言ってくれた女性は、君が初めてだ」と、本気でびっくりしていましたから。

でも、一緒に暮らすようになって、その秘密、分かって来たような気がします。
B氏の遊び友達は、子供の頃から今に至るまで、男ばかりだったそうですし、兄弟も兄だけで、女性が周りにいない環境で育ったようです。
つまり、簡単に言ってしまえば、B氏、女性の扱い方がなってないんです。

例えば、夏になると私たちはよく、マウンテンバイクをやりに行きます。“マウンテン”バイクですから、当然山を走ります。
千葉の真っ平らな新興住宅地で育った、日本人体型の私と、こういう山国で育った、脚の長いB氏、ハンディがあるのは誰か、考えなくても分かりますよね。
なのにB氏、サーッと走って行っちゃうんです。最初の10分位は、私も必死に追いつこうとしますが、そのうち馬鹿らしくなってきます。
で、「いつ、気付くかな?」何て思いながら、景色などを楽しみつつ、私は、後ろをマイペースで走ります。すると、B氏の姿はいつの間にか完全に消え、目の前には2本の道が。
B氏がどっちに行ったのかなんて、知る由もありません。
仕方がないので、私は自転車を停め、道端に座り込んでB氏を待ちます。
地図もお金も飲み物も、全部B氏のリュックサックの中ですし、腹立たしい事には、私、かなりの方向音痴なんです。もと来た道を戻っても、家に着かない公算の方が大きく……
そのうち、いつものように田舎の子供たちが集まって来て、「何しているの?」「何処からきたの?」「貴方、中国人?」の攻撃です。

これは、あくまで一例で、マウンテンバイクだけのことではありません。登山しかり、水泳しかり、最近習い始めたばかりのスノー・ボード(B氏はスキーをします)ですらそうです。
一緒に行っても、一人でやっているようなもんです。
「昔の彼女とか、どうしていたの?」と聞くと、「2回目からは、誰も俺と行きたがらなかった」との答え。……そりゃあ、そうだろうよ。

2004年3月15日 (月) 真面目な話

ヨーロッパに住んでいるとか、旦那が青い目の外人、何て聞くと、皆さんはどういう想像をするのでしょう?
「カッコ良い」「なんか特別で、憧れる」「外国語、べらべらで賢そう」なんて感じる方、少なくないと思います。実際、私もそういう言われ方、たくさん経験してきましたし、中には本人自身、そんな風に思っている方も、いないとは言えません。
でも、本当のことを言ってしまうと、これ、全部“はずれ”なんです。

私、日本では、ごく普通の生活をしてきましたし、スイスで暮らすようになっても、何も変わっていません。相変わらず、「お気楽極楽なお姉ちゃん」(妹がそう言うのです)のままですし、生活は「カッコ良い」とは、程遠いかと。青い目の旦那にしても、一緒に暮らしてみれば分かりますが、ただの男です。

日本の若い女性なんかは、国際結婚に憧れる方が多いようですが、それって言葉や習慣の違いから来る、「美しき誤解」が多分に含まれているのです。
私がスイスで実感した事は、「下手な外国人を捕まえるくらいなら、普通の日本人の方が、よっぽどレベルが高い」ということです。言葉の壁のせいで、私たち日本人は、自分を過小評価してしまうのです。
でも、これって変だと思いません? 彼らだって、日本語、全く分からないんですよ。同じでしょう? いえ、むしろ、私達は少しにしても外国語を知っているのに、彼らは全く日本語が解らないんですから、こっちの方が上でしょう?
「英語出来ますか?」と、日本で外国人に聞かれたら、「日本語出来ますか?」と、堂々と聞き返して良いのです。何も恥じる必要はないんです。

それと、日本の男性には、外国人と結婚していると聞くと、何か自分を否定されたように感じてしまう方がいるようです。
「外人が、そんなに良いのか!」とか「外人連れているからって、いい気になるなよ!」と、初めて会った人に怒鳴られた事があります。
私には、全く???の話で、怒るよりも悲しくなりました。
「みんつさんは、日本の男性は嫌いなの?」と聞かれる事も、よくあります。
私、日本人、大好きですよ。というより、何人だから好きで、何人だから嫌いなんて、考えた事もありません。スイスに住んでいるのは、たまたま夫がスイス人だからで、夫がアフリカ人なら、今頃アフリカに住んでいるでしょうし、夫が関西人なら関西に住んでいます。ただ、それだけなんです。

言葉にしても、はっきり言って、何年もその国に住んでいれば、嫌でも出来るようになります。必要に迫られている訳ですから。
以前ちょっと触れましたが、スイスには公用語が4つあります。ですから、スイスに住んでいる人にとっては、6、7ヶ国語を話せるというのは、別に珍しくも何ともないのです。
かくいう私にしても、日、独、英を話しますし、今はレト・ロマニッシュを習っていますので、そのうちラテン系の言葉も、いくらか解るようになると思います。
これは、私が特別なのではなく、環境のなせる技です。皆さんがここに住めば、同じようになります。大体、ヨーロッパの言語は、遠い近いの差こそあれ、それぞれに親戚みたいなものですし。

さて、今日は何が言いたかったのかというと、外国に住んでいたり、外国語が出来たりしても、別にカッコ良くなんかない、ということです。
皆さんが、「カッコ良い」とか思ってしまうと、その誤解や劣等感から、外国人もしくは外国で暮らす日本人と、普通のコミュニケーションが、取れなくなってしまうのです。
私が「HPでスイスの事を書きたいな」と思ったのも、スイスに住んでいたって、カッコ良くないよ、ということを知ってもらいたかったからなんです。
だって、本屋に並んでいるそのての書物って、私も好きでよく読みますが、格好いいことばっかり書いてあるでしょう。あれは、ほんの表面的なことだけで、本当にどっぷりとその中に浸かって生活してみると、「何だ、同じじゃん」とか、「馬鹿じゃないの」ってことの方が多いんですから。

2004年3月16日 (火) 早起きの理由

我が家には、猫が二匹います。
この二匹、実は例の“マシンガン”の友人の猫なんです。
私たちが引越して来た時、既に二匹はこの家に住んでいて、餌こそ隣人から与えられていたものの、飼い主のいない家で不自由な思いをしていたらしく(友人は、実家に戻ってしまっていたので)、ものすごい鳴き声で歓迎してくれました。
その後数週間は、私たちの帰りが遅いと、「また捨てられるのではないか、と思っている」とでもいうような状態で、私たちに擦り寄って来ていましたが、一年以上たった今では、そんなこともすっかり忘れたらしく、二匹とも私たちをいいように操っています。

特に、白猫のI氏。持ち前の可愛さを利用して、天下を取ったような暮らし振りです。
彼は去勢をしていないので、季候がちょっと温かくなると、殆ど家に帰って来ません。毎晩遅くまで外をうろつき、明け方近くなると私たちのベッドに潜り込みに来、その後、餌を貰ったら、また何処かへ出かけていきます。
毎朝私達は、朦朧とした頭で、I氏がベッドに入って来るのを迎えます。何だか、愛人みたいですね。
I氏は、その日の気分で、私たちのどちらかにどてんと寄りかかり、安心しきったように、くーくー寝息を立てます。あ、彼、仰向けに寝ます。

今朝も、その筈でした。
「みんつ、ちょっと見てみろ。これは、ベッドに入れちゃまずいよな?」 
夫B氏の声に、私は片目を開けました。B氏の頭の横では、いつものように可愛いI氏が、咽喉を鳴らして待っています。
ん? 確かI氏は、雪のように白い猫の筈・・・・・・。
「えーっ、駄目、駄目。そんなの入れちゃ、絶対駄目!」
私の目が、一気に覚めます。
いつも傷だらけで、薄汚れて帰って来るI氏とはいえ、今日のはすご過ぎます。
まず、耳から顎にかけて、血だらけです。そして、鼻の頭には引っ掻き傷、眼の上には、新しく眉でも引いたように、はっきりと禿が。
何よりも酷いのは、下半身から真っ直ぐに伸びたしっぽの先まで、雨の日のラグビー選手のように、泥だらけ。白猫が、泥猫に!

I氏は、いつものように、私たちが掛け布団を持ち上げるのを待っています。既に、鼻先をB氏の襟元に近づけ、蒲団に入りたがっています。
何を考えたのか、B氏は慌てて蒲団を抑えると、寝たふりを始めました。I氏は、血だらけの笑顔で、私の方へやって来ます。私も、明け方で頭が回らず、B氏と同じように蒲団を抑えると、寝たふりをしました。
I氏は、ミャーミャーと可愛い声で、私たちの襟元を行ったり来たり。
「ちょっと、どうするの?」私の問いかけにも、B氏は寝た振りのまま。ずるいぞ、B氏。

このままでは仕方がないので、私は、I氏に早めの朝ご飯をあげることにしました。その間に、騙し騙し雑巾で拭いて、I氏をちょっときれいにしようかと。
しかし、勢い良く餌を食べ、ミルクを飲んだI氏は、私たちの心配をよそに、再びガールズの元へと出かけてしまいました。・・・まあ、あの形相じゃ、ゲットは無理でしょうが。

それにしても、B氏、あんな状態のI氏を、蒲団に入れちゃ駄目な事ぐらい、私を起こさなくったって分かるだろうに。おかげで、いつになく早起きしちゃったよ、私は。

2004年3月18日 (木) 終り亡き戦い。

我が家は、子供がいないせいか、9年連れ添っているにしては、仲の良い夫婦だと思います。私の友人や家族なども、私たちを見て「みんつは、愛されているのね」と言います。

しかーし、私たちが、毎晩熱い戦いを繰り広げているなどとは、誰も知らないのです。
それがどんな戦いかというと、……どっちが、寝室の電気を消すか!です。
あ、今、「くだらねぇ〜」と思いましたね。そうです。くだらないのです。が、これが時には、危険な争いになりかねないのです。

毎晩私たちは、「そろそろ寝ようか」なんて言って、仲良くそろって寝室に行きますが、寝室に着くなり、お互い相手に気付かれないうちにベッドに入ってしまおうと、さり気なく、それでいて手早く身支度をします。
で、先に入った方が「貴方の方が後なんだから、電気消してね」と言い、その後「お前の方が近いんだから、消せよ」とか「そっちこそ、何のために長い腕をしているのよ」と始まるのです。
そのうち、言葉で私にかなわないB氏は、私を足でベッドから押し出し、「ほら、君の方が後だ」なんてことに。彼は、私よりずっと大きいのですから、肉体戦では、私に勝ち目はありません。卑怯だぞ、B氏。

先日、そんな私たちにも、吉報が。
友人宅で、手をパンパンと叩くと消える電気を見たのです! 
フラメンコの踊りのように、手を肩の上でパンパン。腰の横でもパンパン。電気が点いたり消えたりします。
「カルメンで決まりだねぇ、これの名前は」と私。
「おう、カルメン買いに行こうぜ」とB氏もご機嫌です。

友人に教えられた店に行った私たちは、隅々までカルメンを探したのですが、何処にも見付かりません。きっと、似たような別の店にあるかもと、何軒も電気屋を回りましたが、何処にもありません。仕方がないので、初めの店に戻り、店員さんに聞いてみました。
「ああ、あれ、もう取り扱っていないんですよ。あれね、音に反応するように出来ているでしょう。何かの拍子に音が鳴ると、勝手に電気が点いちゃうんですよ。動物なんか飼っていると、そういうことが頻繁にあるらしいですし、旅行に出ている間、ずっと電気が点けっ放しになってしまったり、なんていうのもあるみたいで、評判悪かったんです」
……我が家には、猫が二匹いる……知らない人も、勝手に家の中に入ってくる……旅行は、二人共通の趣味で、かなり長期で行く……数ヶ月、なんてこともある……その間電気が点けっ放し……
私たちは顔を見合わせると、肩を落として帰って来ました。
やっぱり、カルメンは情熱の女。束の間の喜びしか与えてくれないようです。

かくして今夜も、私たちの熱い戦いは続くのです。

2004年3月19日 (金) 危険な同居人

そろそろ書かなくてはなるまい。我が家のもう一人(一匹)の住人(猫)のことを。
……黒猫のL氏である。

L氏は、変な猫である。
私は、子供の頃からたくさんの猫を飼ってきたけれど、L氏ほど奇妙な猫は初めてだ。

L氏には、三度も飼い主が変わるという、気の毒な生い立ちがある。
最初の飼い主は、仔猫だったL氏を犬と一緒に、室内猫として育てたらしい。
この飼い主の引越しの事情により、L氏は二番目の飼い主で、“犬好きの”我が友人に引き取られる。このときL氏、既に10歳を越した、老猫である。
その後すぐ、当時仔猫だったI氏が、1匹も2匹も一緒だという理由で、もらわれて来る。
L氏は友人と数年暮らした後、またもや飼い主の事情により、私たちに預けられた。

L氏は毎朝、私たちを起こしに来る。
餌が欲しい訳でも、咽喉が乾いている訳でもない。私たちが起きれば、それで満足なのである。まるで、「それが自分の仕事だ」とでもいうように。
その後、一日中家の中で、寝たり起きたりしている。室内猫であった彼は、トイレ以外には、滅多に外へは行かない。

L氏は、私のことがかなり好きなようだ。
一日中、私の一挙手一投足を観察し、私から2メートル以上は離れないようにしている。
私がトイレに立てば、彼は私の足元でしっぽを立てて待っているし、お茶を入れに行けば、キッチンの窓辺に飛び乗り、それとなく外を眺める振りをしている。
庭に野菜を取りに行けば、パセリの真中に座り込み、私に追い立てられ、今度はクレソンの上を横切ったりしている。

こうして私がPCをいじっている間も、ソファーの上で寝た振りをして、私を観察している。
何故、寝た振りだと分かるかというと……何の前触れもなく、急にL氏の方を振り向いてみれば簡単だ。L氏、両目をパッチリと開け、私を見ている。
そして、私に見付かった事に気付くと、急に咽喉なんかを鳴らして、まるでくつろいでいたかのように振舞う。
嘘だと思うなら、外に行く振りをして、フェイントをかけてみてもいい。
L氏は、私の開けたドアをサーッと潜り抜け、階段の方へ向かう。そこで、私のフェイントに気付き、まるで陽に当りに行くつもりだった、とでも言うように、ベランダのドアへ近寄る。私が気付かぬ振りをして、部屋に戻ると、陽に当たるつもりの筈だったL氏、そっと部屋に戻ってくる。

そう、私はストーキングされているのだ!
この間、夜中にふと目が覚めた。何か、気配がしたのだ。目の前には、L氏が立っていて、私の寝顔を眺めていた。
別の夜には、ベッドの下の私の寝ている側で、咽喉を鳴らして座っていた。
L氏、変ではないか?

ある日、ふと思いついて、膝を叩いて呼んでみた。
「おいで!」 L氏、何の躊躇もなく、私の膝の上に飛び乗った。
試しに椅子も叩いてみた。「ここにお座り!」 やっぱりL氏、軽快に椅子に飛び移った。
別の日には、散歩に付いて来た。

???……犬なの、L氏?

2004年3月20日 (土) ダイエットの友

チーズ、チョコレート、ヨーグルト、アイスクリームetc、スイスの乳製品は、本当に美味しいです。ダブル・ラムなどという、普通のものよりずっとこってりしたクリームなんかもあって、これにメレンゲを付けると、甘党には、もうたまらないです。
お酒好きには、イタリア、フランスのものから、カリフォルニアやニージーランドの銘柄まで、ふんだんに揃っているワインがありますし、ビールは、ドイツがお隣さんですから、言うまでもありませんね。
そして、それらのお酒には、バターたっぷりのステーキが、またよく合うのです。
で、どうなるかというと、……太ります。

かくいう私も、スイスの生活に馴染むと共に、体型も馴染んでしまい、日本から持ってきた服は、日に日に箪笥の奥へ。
こんなことではいけないと、私、心機一転ダイエットを始めました。
9年間もだらだらしていましたから、これはもう最期のチャンスとばかり、今回は気合が入っています。
何をしたかというと、まず、毎日1時間は散歩に出る。
雨だろうが雪だろうが、ぐだぐだ言わず、とにかく一時間歩く。散歩といっても、この村自体が既に標高1200mですから、結構きつい山歩きです。
お酒も甘いものも、何でも食べて構わないけど、制限カロリー内で。
去年の10月から始め、何とか後ちょっと、というところまで来ました。

この成功には、実は、陰の功労者がいるのです。
B氏? いえいえ、とんでもない。彼は毎晩私の横で、大口を開けて、チョコレート・クリームなぞを食べていました。

今年になってからのことです。
本格的な冬になり、雪もずいぶん積もり、散歩に出るような変わり者は、何としてももう一度女を取り戻したい私と、去年一杯で定年になり、時間を持て余している、お隣のお祖父さんだけでした。
いえいえ、そのお祖父さんでもありません。

ある日、散歩に出ようと、いつものように玄関を開けると、一匹の犬が立っていました。見たことのない犬です。
この村の人は皆、犬か猫か、もしくはその両方を、牛以外に飼っていますので、この犬が近所の犬であることは、まず間違いないでしょう。
後ろ足で立ち上がったら、私の背丈とほとんど変わらないでしょうか、結構大きい、黒い犬が、なつっこそうに私を見つめています。
「散歩、一緒に来る?」冗談で言ってみました。
ところが何と、その犬は嬉しそうにしっぽを振り、私の前を歩き出しました。
まるで、いつも私と散歩をしているから、これから私の行く道など分かっているという風に、先に立って歩きます。
そして、見事に私がいつも行く道を、楽しそうについて来ました。というより、私を先導してくれました。
それからというもの、その犬は毎日、時間になると玄関前で待っていて、私の散歩に付き合ってくれました。
私、誰が飼い主なのか、知らないんですよね。でも、躾の行き届いた犬のようで、全く吠えませんし、鎖も付いていないのに、どこかに行ってしまう、などということは起こりませんでした。

体重もほぼ希望道りになり、最近HPを始めた私は、犬の事などすっかり忘れ、散歩にもあまり行かなくなりました。
ついこの間、春の語学教室が始まり、私は夜の山道を懐中電灯で照らしながら、下の村へと歩いていました。
と、前方に黒い獣の陰が。例の犬です。
彼はまたもや、いつもそうしていると言わんばかりに、私の前を歩き始め、下の村に着くと、もと来た道を戻って行きました。

なんか、フランダースの犬みたいでしょう?
未だに私は、彼の飼い主を知りませんし、何故彼がそんなことをするのかも、分かりません。でも、何だか良い感じでしょう?
彼が散歩に付き合ってくれたおかげで、きつい雪の山歩きも楽しいものになったのですから、また、散歩に連れて行かないといけませんね。

それにしても、動物にこんなに簡単に好かれてしまう私って……なんだぁ、結構良い人なんじゃん!

2004年3月23日 (火) 誤解なんです。

確か私がまだ、22〜23歳の頃のことです。
当時、会社の先輩で、とても素適な女性がいました。彼女は、多分30歳ぐらいだったのだと思います。

彼女はいつも、スレンダーなボディーに良く似合う、袖なしのシャツにミニスカートといういでたちで、一年中小麦色に焼けた四肢を、惜しげもなくさらしていました。(冬にはきっと、何か違う物を着ていた筈ですが、私の記憶の彼女は、いつも上のような服装で、それ以外は、何故か全く思い出せません。)
彼女、顔立ちもなかなかの美人な上に、頭が良い。それでいて、ちっとも天狗になるようすなどありません。
全く、天はニ物を与えず、なんて誰が言ったのか。
彼女は、会社の誰もが一目置く、お姉様といった存在でした。

当時、大人の仲間入りをしたばかりの私は、「私が30歳になったら、あんな風な女性になりたいなぁ」などと、思っていました。
(……はい、その、思っていただけでして……特に何か努力をした訳では……ハハ、お恥ずかしい。)

私が何よりも格好良いと感じていたのは、彼女には、背の高いボーイフレンドがいて、毎朝駅の階段を、その大きなボーイフレンドを後ろに従えて、堂々と胸を張って登って来る姿でした。
私には、その姿はまるで、勇ましい家来を連れたジャンヌダルク、とでも言うように見えました。

月日は流れ、私は今、あの当時の彼女より、いくらか年上になりました。
あんな風な女性になるための努力は、やっぱり成されぬままになり、私は、こんな山奥で、お気楽な主婦などをしています。
毎日、犬だの猫だのと遊び呆けているだけで、あの、ハイヒールで颯爽と階段を登って来る姿からは、程遠い物があります。

……が!……なのです。
実は、ひとつだけ、私も成し得たものがあるのです。
ふふふ、それは、大きなボーイフレンドを後ろに従えて、ってやつなんです。彼女の中で、私が一番格好良い、と思っていた部分です。ひひひ……

しかし、そこには思わぬからくりがあったのです。
我が夫B氏、私よりも30cm近く、背が高いです。横幅も、それに釣り合う大きさです。
ドイツ語では、そういう体型を「洋服ダンス(Kleiderschrank)」と言うのですが、皆さん、試しにご家庭にある、洋服ダンスの後ろに回ってみてください。
ね、何にも見えないでしょう?

そうなんです。彼女がボーイフレンドを後ろに従えていたのは、前に立たれると鬱陶しくて、仕方がないからだったのです。
B氏が前に立つと、私からは前方が全く見えませんし、走ってくる車からは、私が見えません。鬱陶しいだけでなく、危険極まりない。
ということで、自然に私が前を歩きます。これで、車からは、私もB氏も、両方が見えます。
胸を張って歩いているのは、……皆さん、天井を見上げてください。
自然に背筋は伸び、胸を張った状態になりますね。
……単に、そういうことだったのです。

あ〜あ、格好良いと思っていたのになぁ……

2004年3月24日 (水) 買い物上手?

今日は歯医者の定期検診があり、久しぶりに町へ行きました。
予約時間は、朝の8時。
滅多にしない早起きを強いられ、半ぐずり状態の私を見て、B氏は何故かご機嫌。B氏よ、他人の苦労がそんなに嬉しいかい。

せっかく町に来たのだから、ついでに買い物でもしておくかな。
ピカピカに磨いてもらった歯を、カチカチいわせながら(歯石取りの後って、歯が浮く気がしません?)、町を散策。
あの店もこの店も、全部覗きましたが、私のリュックサックは、一向に膨らみません。
実は私、買い物が苦手なんです。
理由は二つ。
〕澆靴ながない。
∪い涼罎料蠑譴函∋笋竜せちがあわない。・・・・・・要はけち、ですか?

そんなこんなとしているうちに、買い物探しが、だんだん苦痛になって行きます。かといって、B氏に拾ってもらう時間には、まだ大分早すぎます。
さて、どうしたものかな?・・・・・・そうだ、町だ、本屋に行こう! 
これは、我ながら良い考えです。
私、昔っから本屋が大好きでして、何時間でも幸福な気分で、背表紙を眺めていられるんです。時間つぶしには、もってこいの場所ですね。
本屋に入ると私は、端からだらだらと本を眺め始めました。読んだ事もない本が一杯で、楽しくなって来ます。

そのうち、辞典のコーナーにさしかかりました。
私、ちょっと変わっているかもしれませんが、辞書が好きなんです。何ていうか、知らない事がたくさん書いてあって、わくわくするんです。
ぱらぱらとめくっていると、「ああ、これが家にあったら便利だぞ」とか「こんなのあったら、賢くなっちゃうな」という気分になります。
ですから、私は、かなり辞典を持っています。しかも、ポケット物じゃなく、何キロもあるようなやつです。「情報は、多いに越したことはない」と思い、いつも一番大きいのを買うのです。
え?・・・・・・使っているかですか?・・・・・・。
「押し花が趣味の方、我が家には良い重石が一杯ありますよ〜」

せっかく町に来たんだから、買い物、しました。
辞書2冊。
いえね、ずっと欲しいと思っていた、ドイツ語の辞書なんです。これがあれば、私の語学力は、ぐんと伸びるはずです。ほら、スイスに住んでいる訳だから、ドイツ語は良い辞書があった方が・・・・・・(これで、何冊目だろう?)

私のリュックサックは、いきなりずーんと重くなりました。手応え、ばっちりです。
今日は、良い買い物したな。・・・・・・ん?

2004年3月25日 (木) 真面目な話

私のHPを見て下さるのは、どんな方なのでしょう?
掲示板に書き込んで下さる方は、まあそれなりに、何となく雰囲気が伝わって来ますが、それ以外の方、そう、例えば今これを読んでいる貴方。
ここは、初めてですか? それとも、常連? 私のような、海外在住(元在住)者? それとも、昔の私のような、「海外なんて、自分の生活には、一生縁がないだろうなぁ」というほう? 少しは、楽しんでくれているのかしら?

本当は、軽く笑える話を、皆さんは読みたいのかも知れませんが、私、話したい事がたくさんあるのです。
特に、「海外なんて私には…」という方に。
興味がないのなら、別に良いのです。ただ、「興味があるのだけれど、自分には無理」とか、「いつかは自分も、そういう特別な人になりたい」という方に、そんなのは全然違うのだってこと、知って欲しいのです。

以前にもちょっと書きましたが、日本人って、外国文化や外国人に対して、コンプレックスを持っている人が多いと思うのです。
何ででしょう? 

よく、「外人の方が、可愛い(格好良い)から、絶対に外人と結婚したい」と言う人がいます。
本当に? 格好悪い外国人は、見た事ないですか? 例えば、ウッディー・アレンやダニー・デビートなんてどうです? キャシー・ベイツやウーピー・ゴールドバーグは、松嶋菜々子さんより可愛いですか?
私、ヨーロッパのど真ん中に住んでいますから、本当にたくさんの国の人を見ていますけど、ブラッド・ピットやウェスリー・スナイプスやブリットニー・スピアースみたいな人、見た事ないですよ。大抵は、ダニー・デビートのほうです。
上のような台詞を言う人は、外国人を見慣れていないから、実際より格好良く見えてしまう、ということはないですか? 
毎日、外国人だらけの中で何年も暮らしていると、「おっ、良いな」なんて思うのは、日本人や中国系の人だったりしますよ。だって、滅多に見ないから、エキゾチックな感じで、良いように見えるんですもの。

他には、「外国語がぺらぺらだと、格好良いから」って言うのも、良く聞きます。
何でも、出来ないよりは出来る方が、格好良いに決まっていますよね。
でも、外国語、特に欧米の言葉ということを、何か特別扱いしていませんか?
関西弁がぺらぺらな茨城県人や、青森弁を理解する山口県人は、格好良くないですか? アフリカ奥地の、土着民族の言葉が堪能な人は?
言葉というのは、誰にでも習得できる物です。人 (もしくは、環境) によって、早い遅いの差があるだけで、時間さえかければ、誰でも出来るようになります。
母国語が喋れない人は、いないでしょう。どの国の子供でも、小学校に入る位になれば、日常会話程度は出来るようになるでしょう。そういうことです。
そして、皆さんよく勘違いしがちなのですが、母国語で無口な人は、外国語でも無口ですよ。これは、外国語がどうのではなく、単にその人の性質です。
それと同じで、母国語でしない会話は、外国語でもしません。
毎日、昨夜見たTVの話しかしない人が、外国語で経済を語る、なんてことはありません。やっぱり、昨日のTVの話です。それで良いのです。

そして、皆さんは知らないかもしれませんが、外国人も、日本人と全く同じコンプレックスを持っています。
何人のアメリカ人が、私が英語を話すと知って、ほっとした顔を見せた事か。何人のイギリス人が、「貴方、スイスに住んでいるの? すごい!」と言った事か。何人のイタリア人が、恥ずかしそうに「私の英語は、あんまり上手じゃないから」と言い訳した事か。
まだまだ、たくさんありますよ。

そういう話、少しずつ聞いて欲しいのです。
何故かって、私、スイスで暮らすようになって「日本人に生まれて、本当に良かった」と感じているからなのです。
そして、日本人である事を、少し恥じているような人を、たくさん見たからです。
もう、不必要なコンプレックスを持つのは、終わりにしませんか?
まず、自分の日本人としてのバック・グラウンドを、しっかりと固めてください。それが、国際人への第一歩なんです。

2004年3月26日 (金) 疑惑?

私は、3姉妹の長女です。
ところが妹2人とは違い、子供の頃から遊び相手は男の子ばかりで、いつも全身どろどろになって帰って来るような娘でした。
家に上がるのは、玄関ではなく、裏のお風呂の方からでしたし、その前に、ホースで水をかけてから、なんてこともしばしば。
知らない人には、必ず男の子に間違えられ、親も「この子は、間違えて生まれてきたな」と言っていたほど。
そんな風に育ったので、私の友人たちは皆、親友に至るまで、いつも男です。
それは、このスイスに来てもどうやら同じで、ふと気が付くと、私の周りには男ばっかり。

事情を知らない女性の中には、私がいつもたくさんの男性に囲まれているので、羨ましく思う人もいるようですが、彼らにとって私は、全くの男友達なのです。
例え2人っきりで夜道を歩こうが、部屋の中で夜通し語り明かそうが、何にも起こりません。その上大抵は、彼らから、彼らの恋人たちに関するアドバイス、などを質問されたりします。
我が夫B氏も、その辺の所、心得ていますので、私が彼の友人と2人で出かけても、何の心配もしません。夜中遅くに帰ってきても、全く問題なし。

ところで、スイス人というのは、挨拶の時にキスをするのですが、大抵は両頬に、右・左・右もしくはその逆で、3回キスをします。あ、男同士は、抱き合って背中を叩いたりします。
そして、かなり親しくなって来ると、唇にチュ、なんてこともあります。これ、女同士でもOKです。
B氏もそういう友人がいて、私の目の前で彼女にチュ、とやります。
実は、私にもそういう友人がいて、彼は、B氏の幼馴染です。他にも、口にキスしても良いよ、と言ってくれているB氏の友人たちがいます。
これは、下心ではなく、純粋に、彼らが私を親しい友人として、受け入れてくれているということなんです。
ちなみに彼ら、皆、彼女なり奥さんなりと暮らしています。

先日、そのB氏の幼馴染M氏と散歩に行きました。
M氏、背も高いのですが、体重オーバーで、運動しないといけない状態なんです。
普通の体重計(120kgまで量れる)では、もう量りきれないんです(苦笑)。
本人は125kgと言い張っていますが、私の勘では、もう10kgぐらいは多いかと。

彼の車でちょっと行って、その先のハイキング道を2・3時間散歩したでしょうか。
ああでもないこうでもないと、話は盛り上がり、寒くなってきたので、車で戻って来ました。
「うちに寄って、夕飯食べていく?」と聞くと、「今日はいいや。このまま帰る」とM氏。「じゃあ、またね」とお互いに言い、車の中でチュ。
車を降りかけた私の頭に、ふとあるイメージが。
よく、フォーカスなんかに(まだあります?)、芸能人のそういう写真が載っていますよね。あのイメージです。
「変な話だけどさ、知らない人が今の見たら、誤解するかなぁ。私のほうは別に構わないけど、そっちはまずい?」
余計な噂が立って、彼のガールフレンドを心配させてもいけないし、と思い聞いてみました。
「そっか。そんなこと、考えてもみなかった。別に、俺は気にしないよ」M氏は、そう言って帰って行きました。

……ほらね、やっぱりそうでしょう。全くやましいところがないキスなんです。
私が女だって、皆、忘れているんですよね。ま、良いけど。
それにしても、そういう私と結婚しているB氏って……ホモっ気あり?

2004年3月29日 (月) B氏の幸せ

「夫がスイス人」なんて聞くと、皆さんロマンティックな夫婦を、想像されるのでしょうか? 
手を取り目をじっと見詰めて「愛しているよ」とか、背中にそっと手を添えてエスコート、何ていうのを映画なんかでは見ますよね。
そういう方もいるのかも知れませんが、私の知る限り、それはやはり映画の中だけのようです。
例えば、前回登場した友人M氏の所では、一緒に暮らしている彼女が包丁を突きつけて、「さあ、今日こそは言ってもらうわよ」とやり、彼が「君は素適だよ」と言うのを強要するそうです。
我が家ですか? ホーマー・シンプソンの方が近い、と言ったら分かるでしょうか?
時々、日本の男性と結婚した方が、ロマンティックだったのではないか、と思うぐらいです。

さて、昨日私たちは、近所にスキーに行って来ました。
ここ、山だらけですから、「ちょっと行って来ようか」という感じでウィンター・スポーツが楽しめるのです。
そういう環境にいて、何もしないのはもったいないので、私は今年の冬からスノー・ボードを始めました。スキーはもちろん、アイス・スケート、スケート・ボード、サーフィンなど、滑るものは今まで一度もしたことのない私です。
普通の人より何時間か多くレッスンを受け、今現在は、何とか一人で滑れるようになって来ましたが、まだまだ怪しい状態です。

行きの車の中で、夫B氏が「今日は、カメラを持ってきたんだ。君が滑る姿を、写真に取ろうと思ってさ」
いつになく気の利いた行動です(普段は私が、あれ持った? これ持った? とやらねばなりません)。
ゲレンデに着き、お互いに一人で何時間か滑った後(B氏は、私にはとても無理な所を滑ります)、一緒に休憩。
「写真、良いかな?」ということで、二人でリフトに乗りました。
「私、まだ下手だから、邪魔しないように撮ってね」と言うと「大丈夫、上手に周りを滑りながら撮るから、君はいつも道りやって」とのこと。

リフトを降り、さあ、撮影開始。
ちょっとは格好良く撮ってもらいたいと思い、私、頑張って滑り始めます。
ところが、最初のカーブを曲がろうと思った瞬間、B氏が私の目の前をサーッと横切りました。
えっ?! 何とかカーブをクリアしたものの、直線でコントロールを失い、見事に転倒。
目の前でひっくり返った私を見て、B氏、ザーッと急ブレーキをかけました。
スキーで急に止まると、どうなるか分かりますよね。そこいら中に、雪しぶきが上がります。
B氏に驚かされたせいで転倒した私は、頭からその雪しぶきをかぶりました。
「おっ、ごめんね」 口ではそう言っているものの、真っ白になっている私を見て、B氏の目は明らかに笑っています。

その後も、私がカーブに差し掛かる度に、B氏が目の前を横切ります。
一人で滑っていた時には、一度も転ばなかったのに、B氏が来てから転倒続出。終いには、転び方が悪かったようで、肩をひねってしまいました。
私が「もう良い。ちょっと疲れたから、一人で滑ってきて」と言うと、「俺ももう十分滑ったから、今日は帰ろうか」となり、二人で車へ。

帰りの車の中で、B氏が「今日は楽しかったね。そう思わない?」と聞きます。
『あんたが邪魔しに来るまではね』、と心では思いつつ「そうだね。来て良かったね」と相槌を打つ私。
いえ、そういうこと、言っても無駄なのです。もう、9年も一緒ですから、B氏が脳天気な事は、諦めています。
「写真はあんまり取れなかったけど、君の豪華なショーを、たくさん見せてもらったから、楽しかった」と、ご機嫌なB氏。

……あのなぁ、あの転倒は、別にサービスでやったんじゃないんだよ。肩、外れそうだったんだよ。分かんないかなぁ、こいつは。

2004年3月30日 (火) 以心伝心?

私が、スイスに来てから始めた趣味の一つに、家庭菜園があります。
以前、ベルンに住んでいたときには、庭の隅にちょこっと野菜を植える程度の、かわいいものでしたが、ここに来てからは、かなり本格的なものになって来ました。
なにせ、場所だけはたくさんあるものですから、使わない手はありません。

去年は、春先に長期旅行に出ていたので、準備期間があまりなく、適当に思いつくままに、何も考えず野菜を植えました。
土が良いかどうかも分かりませんでしたので、半分ぐらい育てば良いかなという感じで、かなり多くの種を蒔きました。
ハハハ、去年は、いつになく暑い夏で、育つ育つ。村中の人が無理だと言った、私の大好物のとうもろこしも、大成功でしたし、トマトやインゲンなどは、ジャングルのようになりました。

今年は、たっぷり時間があるので、私は既に下準備を始めています。
村の人には、「みんつさんの所は、随分早い春ね」なんて言われましたが、今年は気合が入っていますから。
そして、もう既に、かなり多くの苗が部屋で育っていて、唯一暖房の出来る居間では、植木鉢がところ狭しと並んでいます。
あとは、外が夜でも十分に暖かくなったら、彼らを庭に植えれば良いのです。
その他の野菜は、時期を見て、庭に種を直蒔きします。

ところがつい最近、妙な事を発見したのです。
毎朝起きると、私はまず苗の成長を見て、「がんばれ〜」なんて言いながら、水を上げたりしているのですが、5cmぐらいにまで伸びていたトマトが、見る度に1本、消えているのです。
昨日まで、トマトの双葉があった筈の所は、ただの土だけ。・・・・・・おかしい。
毎日、きっちり1本ずつ消えています。折れたり千切れたりではなく、綺麗に消えているのです。

もしや・・・・・黒猫のL氏? 彼、私の注目を浴びているトマトに、やきもちを焼いて、食べたのかも? 
日ごろ、奇妙な事ばかりしているL氏ですから、ありえないとは言い切れません。
夫B氏に話したところ、彼も真っ先に「L氏か?」との答え。
二人で頭を悩ませますが、まずは現場を押えないといけないし、何よりも、トマトは決まって、私たちが寝ている時に消えています。
仕方がないので、L氏に『猫の草』を与えることにしました。本当はそんなもの、そこいら中に生えてはいるのですが、個人的なプレゼントで、折り合いを付けてもらおうという作戦です。
ただ、その草が生えるまでの期間、トマトが食べられるのを防がなくてはなりません。私たちは、寝る前に、トマトの前に板や椅子を置いて、L氏が届かないようにしました。

しかし、次の日も、トマトは1本消えました。バリケードが、完璧でなかったのでしょうか? 
どうしたものかと、鉢を眺めていると、何やら見慣れた生き物が。
やられた! 何処から来たのか、ナメクジが1匹、鉢に張り付いています。こいつが犯人だったのです。
L氏でなかった事に、胸を撫で下ろすと同時に、罪悪感が沸いてきました。私、100%疑っていたのです。
「ごめんね、L氏」 心なしか不機嫌そうなL氏の眼差しに、気持ちが動揺します。たまにしか上げない良い餌を上げて、許してもらおうか? 私の頭には、そんな考えがちらりと。
いや、そういうことはいけません。第一、そんないい加減な躾が、L氏のためになる訳がありません。
私はぐっと堪えて、何もなかった振りを装う事にしました。

夕方帰ってきたB氏に、私は、事の次第を打ち明け、L氏の嫌疑を解きました。
するとB氏「俺、完全に疑っていたんだよな。ちょっと、今日は良い餌上げて、許してもらおうか?」
・・・・・・夫婦って・・・・・・

2004年3月31日 (水) 亭主操縦方

「ニワトリ、2、3羽飼わない?」
ある日、我が家でチキン料理を作っていた、友人のU氏が言いました。
このU氏、我が夫B氏の幼馴染の一人なのですが、何故か毎週、我が家に料理を作りに来ます。しかも、材料全て持参です。いえ、それだけではなく、私が好きそうなワインも、必ず買って来てくれます。
私もB氏も、彼の行動を訝しく思ってはいるものの、U氏の料理が抜群なので、好きなようにさせています。
その彼が、チキンを焼きながら、ニワトリを飼わないかと聞きます。
・・・・・・うちの庭に、ニワトリがいれば、チキンを買って来なくて済む、ということでしょうか?

不信そうな顔をしている私に、U氏が続けます。
「N嬢の所さ、ニワトリが増えすぎちゃって。少し、いらない?」
N嬢とは私たちの友人で、U氏は、1年のうちの半分を、彼女の家に間借りをして暮らしています。残りの半分は、オーストラリアでサーフィンをしています。
彼女の家には、確かに色んな種類のニワトリがいます。
「どうしようかなあ。飼ってみて、やっぱり嫌だったら、引き取ってくれる?」
既に猫が2匹もいるのですから、ニワトリが増えても大したことではないでしょうが、ニワトリは何せ朝が早いです。毎朝鳴かれて、嫌にならないとも限りません。
でも、新鮮な卵は良いなぁ、などとも思う私です。
「嫌になったら、食べれば良いじゃん」U氏は、良い具合に焼き目の付いたチキンをひっくり返しながら、簡単に言います。
「え、食べるって、誰がつぶすのよ」という私の声に、「俺がつぶしてあげるよ」と、にこやかなU氏。
「貴方がつぶして、料理して、・・・・・・私たちが食べるのね?」
私は、すっかりその気になって、B氏に報告しました。

と、B氏、何故か猛反対。・・・・・・のように見えます。
B氏の説明は全く要領を得ず、私には何が問題なのか、さっぱり理解出来ないのですが、どうやら反対だ、という雰囲気だけは伝わって来ます。
「ニワトリの世話は大変だ」とか「キツネや猛禽類に食べられてしまう」とか「毎日、夕方になったら、小屋に入れなくてはいけない」等々、B氏の話は、どれも問題とは思えません。
どうも、B氏は単に、ニワトリの世話をしたくないだけのようです。

「誰も、貴方になんか頼んでないじゃない。私が飼ってみたいのだから、当然、私が世話をするわよ」・・・・・・全く、私を誰だと思っているのよ。ハード・ボイルド主婦をなめるなよ。
「本当に、何にもしなくて良いんだな?」それでもしつこいB氏。
「ええ、ええ、何にもしなくて良いですとも。檻も一人で作るし、世話も一人でやりますぅ。あ、檻の材料費は、払ってね」
「それは構わないけど・・・・・・」B氏は、まだ納得の行かない様子です。
「それとね、何から何まで私一人でやる訳だから、卵は当然、私のものよ!」
私は、きっちりと、ことのけじめを付けることにしました。
「えっ、それはないだろう。1日に、何個も産むんだぞ。1個ぐらい、くれたって良いだろう」
「だ〜め、働かざるもの、食うべからず。貴方は、スーパーのしょぼい卵を食べれば良いのよ。あ〜ぁ、毎日産みたての卵で、オムレツなんか作っちゃおっかなぁ〜。朝ご飯、豪華になっちゃうなぁ〜」
「それなら、檻の材料費、出さない!」と、思わずB氏。

・・・・・・ふふふ、ニワトリ、飼っても良いのね。

4月の日記へ