2004年4月1日 (木)  カルチャー・ショック

スイスに来た当初、私がびっくりした事の一つに、下着は見せても良い物、ということがあります。
スイス人にとって、下着はあくまで洋服の一つ、という感覚なのでしょう。
最近では、夏になると、日本の若い女性も、タンクトップの肩からブラジャーの紐を覗かせていたりするようですが、ここでそれは当たりまえです。

例えば、ドイツ語の先生の一人に、かなりの年のおばあさんがいましたが、彼女はある時、『BH(ベーハー)』という単語の説明をするのに、肩からブラジャーの紐をひょいと引っ張り、「これよ」と、クラス中に見せました。
友人同士なんかになると、家の中をパンツ一丁でうろうろ、なんていうのもよくあります。
ちなみに、わが夫B氏は、もっとすごい格好でうろうろですが。
また別の時には、B氏と友人N嬢が、真剣な顔で話している所に出くわしたことがありまして。彼女、着替えの途中だったのでしょう。上はきちんと着ているのに、下はパンツだけでした。
きちんと服を着ているB氏と、真顔で話している、パンツ姿のN嬢。
二人にとって、それはおかしなことではないようでした。

そんな風にして、度々皆のパンツ姿を目にしているうちに、私はあることに気付きました。
男性のパンツなのですが、皆ブリーフなのです。
日本にいたときは、トランクスが主流だったように思うのですが、こっちはどうやらブリーフが幅を利かせているようです。

それ以来、私、なんだか気になって、パンツ姿の友人がいると、どっちかチェックを入れるクセが付きました。皆、見事にブリーフでした。
そして、それだけではなかったのです。
もう一つ気付いたのですが、Tシャツの裾が、パンツに入っているのです。
幼稚園なんかに行くと、習いますよね。背中からシャツが、はみ出さないようにって。
そういう風に、パンツの中にシャツを入れ、腿の付け根から、シャツの裾がのぞいているのです。

これは、何としても、確認しなくてはいけない。
私、B氏の着替えをしっかりとチェックしました。
やっぱり、シャツはパンツの中です。そして、腿の付け根からは、シャツの裾が。
「ねえ、何でシャツをパンツに入れるの?」
当時、まだ初々しかった?私は、思い切って聞いてみました。
「えっ? ああ、これ、寒いから」と、B氏。
何と単純な答えでしょう。そうなのです。服と服の間に隙間があると、寒いのです。
トランクスがあまり人気がないのは、風通しが良かったからなのです!

ふふふ、スイスの男性が格好良いなんて、今まで思っていた女性の皆さん、要注意ですよ。
ある日、格好良いスイス人に出会って、良い具合にことが運んだとしましょう。で、さあ、初めてのロマンティックな夜。
彼のシャツも、きっとパンツの中に入っていますからね。そして、腿の付け根からは、シャツの裾がひらひらと・・・・・・

2004年4月3日 (土)  コンサート

我が家の白猫I氏、お忙しい季節に入ったようで、殆ど家に帰ってきません。
帰って来るとしても、餌を食べる為だけか、明け方の仮眠を取る為だけ。2、3日姿を見かけないこともしばしばです。
一昨日なども、私は「にゃ〜」の一声を聞いたっきりで(餌は、B氏にもらったようです)、姿は見せてもらえませんでした。

それに反して、黒猫のL氏、去勢済みですから、春だろうが何だろうが、1日中家にいます。
今は、I氏が留守のうちに、私の注目を独り占めしようと、日夜作戦を練っているようす。
ここ2、3日、夜中にふと目覚めると、L氏が私の枕元で丸くなっている、などという姿に出くわします。

さて、私は元来、寝が浅いらしく、ちょっとした気配などでも、すぐに目が覚めてしまいます。
それに比べて、わが夫B氏、家が全焼しても気付かないのではないか、というぐらいの快眠振り。その上、鼾、寝言、豪快な寝返り、気味の悪い高笑いと、寝ながら出来そうな事は、全てやってくれます。
そうです、私が朝起きられないのは、そんな事情があるのです。・・・・・・いいえ、これは、決して言い訳なんかじゃなくって・・・・・・ハハハ。

昨夜は、久し振りにI氏が戻りました。
明け方になってからですが、軽快なステップが聞こえたなと思ったら、お腹の上に、トン、と心地よい重さ。I氏のお帰りです。
私は、朦朧とした状態で、必死に手を上げて、I氏を撫でます。I氏が嬉しそうに、頭やら鼻面やらを擦りつけてきます。ふふ、I氏、本当に可愛いのです。
ひとしきりお帰りの挨拶が済んだ後、I氏は私の右肩に場所を取り、身体を半分私の頭に預け、くーくーと寝息を立て始めました。

しばらくして、私が再び眠りかけたころ、L氏が登場です。
今夜もこっそり、私の枕もとで寝るつもりだったようですが、既にそこにはI氏が。
この二人、決して仲が悪い訳ではありませんが、年長のL氏は、いくらかI氏に焼きもちを焼いているような所があります。

さて、困ったL氏。
ベッドの下から「どけよ」とばかりに、「ドスドス」とI氏にジャブ攻撃を始めました。
普段から、皆の注目を真っ先に集め、やりたい放題のI氏、そんな攻撃ではびくともしません。長い尻尾をL氏の鼻先で、「パタパタ」と振るだけです。

「ドスドス」「パタパタ」「ドスドス」「パタパタ」・・・・・・
私の耳元では、L氏とI氏の応酬が繰り広げられています。
・・・・・・うーん、気になって眠れない。
と、絶妙なタイミングで、B氏。
反対側から、「ぐうぉーぅ、ぐうぉーぅ」。どうやったらそんな音が出せるんだ?、というほどの大鼾をかき始めます。

ちょっと、これじゃ、サラウンドじゃない! 
ひぃ〜っ、やめてぇ〜、静かに寝させてくれぇ〜

2004年4月5日 (月)  スター健在

そろそろここ、アルプスも暖かくなってきました。
以前にも一度書きましたが、私は庭で野菜を作るのを、ちょっとした楽しみとしています。
ちょっとした楽しみ、ですが、・・・・・・実を言うと、我が家の畑、仔牛を7、8頭飼える位の広さなのです。

そこで今、私が何をしているかというと、土をふるいにかけて、石を除く作業をしています。
そのふるい、義父のお手製で、畳半畳分位はあるでしょうか。
石にしても、小さい物で5cmぐらいありますし、大きな物になると、片手では持てないようなのが出てきます。
それを、私の身長ほどもある大きなシャベルで、掘り起こしているわけです。
そうです。簡単に言うと、土方作業(これ、禁止用語?)をしているのです。

何故、そんなことをしているかですか? 
自分でも分かりませんが、強いて言うなら、大根やごぼうが欲しいのです。
去年は、土から上に出来る物を育てました。大成功でした。で、今年は、もっと手を広げようという訳です。
我が夫B氏ですか?
「ごぼうは、健康に良いんだよなぁ」と言って、種を買って来てくれました。はい、それだけです。

私、もう皆さんもご存知でしょうが、何でも一人でやる、ハードボイルド主婦ですから、土方作業だろうが何だろうが、やると決めたらやり抜きます。
・・・♪タターター、タターター♪・・・私、ロッキーのテーマが似合う主婦ですから。
晴れた日に、毎回少しずつ働いて、既に仔牛3頭分位の敷地は、終わらせています。
B氏は時々眺めに来て、「おお、頑張ってるな」と言って、帰って行きます。
・・・・・・こいつに、野菜はやらん!
掘り起こして分かった事ですが、我が畑、ミミズがうようよいる、良い土です。

さて、HPの初めの頃に、この村ではよそ者が殆どいなく、外国人の私は、村の住人にとって、好奇の的だと書きましたが、1年も住んでいれば、もう新しい事など何もありません。・・・・・・と、思っていました。
しかし、甘かった。
冬の間、家の中にこもった生活が、長かったせいでしょうか。
春も近くなり、子供たちは何処からともなく、姿を現します。

「みんつが、庭に出ているよぉ〜」
今日も、庭でどろどろになっている私の耳に、遠くから子供の声。そして、2分と経たたぬ間に、我が家の庭には子供たちが集まります。
「何しているの?」「いつからそこにいるの?」「何か日本語、言ってみて」etc、ひとしきり質問をした後、子供たちは、私がならしたばかりの畑で遊び始めます。
誰が一番遠くまで飛べるか、みんなで畑の上に着地してみたり、大きな石を拾って来ては、穴を掘って埋めてみたり。・・・・・・おいおい、その石は、今掘り出したばかりなんだよ。

「明日も、その作業する?」一人の子供が聞きました。
きわどい質問です。
「うん」と言ったらどうなるかは、実際に試してみなくても、分かります。

・・・・・・そんなに私と遊びたいんなら、明日から、シャベル持って来い!

2004年4月6日 (火)  カルチャー・ショック

これもまだ、私がスイスに来たばかりの頃の話です。

ある夜、私は、夫B氏とその両親とでTVを見ていました。
TVでは、スイスのコメディアンが2人、何やら漫才のような事をしていました。
私は、まあ付き合いで、分からないなりに見ていたのですが、途中でその2人は、着ていたシャツを脱ぎ始めました。

片方の男性が、相方を見て勝ち誇ったようなポーズを取ると、会場から笑いが起こりました。
どうやら、胸毛の生えている男性が、ツルツルの相方を馬鹿にしているようです。
「スイスでは、胸毛が生えている方が、良いの?」 私、何気なく聞きました。
「もちろん。胸毛の生えていない男なんて、男じゃないわ」 義母のきっぱりとした声が答えます。隣では、B氏も彼の父も、何やら誇らしげな様子。
そう、二人とも、立派な胸毛の持ち主です。

本当かなぁ・・・・・・日本では、エステで脱毛する男性なども、いるのですよね。
半信半疑の私は、さっそく周りに聞いてみました。
「胸毛? 当然あった方が良いわね」とか、「胸毛は、ダークな色の方がセクシーね」とか、「あいつは胸毛がないんで、コンプレックスがあるんじゃないかな」などなど、たくさん出て来ます。
どうやら、胸毛は、ここでは優位なようです。
「ねえ、胸毛があるって、どんな気持ち?」 私、B氏に聞いてみました。
「そりゃぁ、良い気分さ。大人の男って感じだな」
「初めて胸毛が生えて来た時、嬉しかった?」
「ああ、嬉しかったね。俺も男になった、って思ったよ」
・・・・・・そういうことのようです。

で、当然私、周りの男性が裸になるチャンスを狙って、胸毛チェックです。
まあ、我が友人たち、機会があれば(なければ自力で作ってでも)、即脱ぎたがるやから揃いですから、私の計画は、さほどの努力も要らずに大成功。
触りましたよ、みんなの毛。ついでだから、頭の毛やすね毛まで触っておきました。心なしか、みんな喜んで触らせてくれたようで・・・・・・。

金、赤、茶、黒、ミックス。色はもちろん、形も硬さも人それぞれです。
人によっては、場所によって毛の色が違う人もいました。
ただ、一様に言えるのは、日本人の毛質に比べ、ずっと細くて柔らかいです。
うーん、猫の毛質が似ているでしょうか。
ふふ、さわさわっと撫でると、ちょっと気持ち良いです。

実はうちの父、生粋の日本人にもかかわらず、胸毛ばっちりなのです。
母が死んでから、父は女っ気もなく、未だに仕事一筋です。

ダークな胸毛がセクシーか・・・・・・ちと、教えてやっかな。

2004年4月8日 (木)  カルチャー・ショック

スイスは男女平等の国、いえ、ウーマン・リブの国ですらあるのですから、男性の胸毛事情を話して、女性の話をしないのでは、不公平というものです。
本当は私、胸毛なんかよりも、ずっと驚いた事があるのです。

多分、地域や各自の置かれた友人環境によって、多小の差はあると思いますが、スイスの女性、無駄毛の処理をしない方、珍しくないです。
私がスイスで暮らすようになって、一番最初に気付いたのは、髭の生えた女性が、たくさんいるということです。
昔、満州で育った父がよく言っていました。「みんつ、ロシアの女性はな、髭が生えているんだぞ」
・・・・・・お父さん、ロシアだけではなかったです。

男性はもちろんの事ですが、こちらの女性、日本人に比べると、概して体毛が多いです。
女性のものは、男性のような力強い毛ではありませんが、産毛のもう少し長いもの、とでも言いましょうか、そういう毛が身体中に生えています。
彼女たちの毛は、私たちのように真っ黒ではないですし、光の加減で色が変わったりもしますので、パッと見には、それほど気にならない場合も多いです。
しかし、ようく見てみると、腕にも足にも背中にも、そして顔にも、びっしり毛が生えています。
その産毛、剃る習慣のある女性は少ないようです。

例えば、私の知人で、ドイツ人女性と暮らしていた事のある、日本人女性がいます。
ある日彼女、日常品として、顔剃り用の剃刀をバスルームに置きました。それを見たドイツ人の女性、「今日は、男が泊まりに来るのか?」と、聞いたそうです。
彼女がいくら、自分の顔剃り用だと説明しても、そのドイツ人女性、納得しなかったとのことです。
街中を歩く、年頃の美しいお嬢さん方を見たら、観察してみてください。頬や鼻の下に、たくさん毛が生えています。(年配の女性は、言うまでもありませんね。)
ダークな色ではなく、金髪や赤の場合、一見分かりませんが、角度を変えて見ると、髭、気持ち良さそうに生えています。

さて、そんな彼女たち、腋毛も剃りません。
夏になり、タンクトップやビキニを着る女性は、ここにもたくさんいます。
肩からブラジャーの紐が覗いている事は、以前にも書きましたが、腋からは、柔らかそうな腋毛も覗いています。
中には、腕を下ろしたときに見えない程度にはカットしている、などという知人もいます。
彼女たち曰く「毛は、生えているのが自然」「剃ったり抜いたりした2、3日後の、毛が生え出して、赤くぷつぷつとなる肌の方が恥ずかしい」。

その自然な毛、下手すると、男勝りなほどの事もあります。
私、長ーい顎の毛が何本も生えている女性や、太腿のビキニ・ラインから、わさわさと毛がはみ出している女性を見て、ギョッとした事もあります。

しかし、そんな彼女たちが気にする毛もあるのです。何処だと思いますか?
「今から、泳ぎに行かない?」 急に提案して、いつも帰ってきた言葉は「泳ぐのは良いけど・・・・・・私、今日、脛毛の処理してないのよねぇ・・・・・・」
女心は、スイスでも複雑なようです。

2004年4月10日 (土)  お知らせ

ひひひ、我が家にもイースター休暇がやって来ました。
月曜日から1週間ほど、旅行に行ってきます。
たまには、我が夫B氏と、いちゃいちゃしなくっちゃね。

と、いう事で、1週間お休みします。
掲示板の方は、皆さんで楽しんでいて下さい。

では、また再来週!

2004年4月19日 (月)  トイレ事情

夫B氏との、いちゃいちゃイースター休暇も終わり、私の生活は通常に戻りました。
旅行中のことは、写真の現像が出来たら(少しですが)、別のページでも作ってそこに書こうかなぁ、などと思っていますので、もう少しのお待ちを。
あ、ちなみに、ベニスへ行って来ました。ね、写真も見たいでしょう?


さて、スイスのお話。
ご存知の方もいるかもしれませんが、ここスイスの家庭では、バス・ルームと言うと(もしくは、トイレと言うと)、大抵がトイレ、洗面所、風呂が一緒になった部屋を指します。
時には、洗濯機も置いてあったりして、日本でいうところのお風呂場とは、大分違います。
つまり、台所以外の水場が、全部一緒になっているのです。
ということは、部屋を長時間独り占めする訳には行かない、ということですね。
だって、夫(妻)に2時間もお風呂に浸かられたら、皆さん、トイレはどうします?

で、スイス人がこれをどう処理しているかというと、至極簡単な事。
『バス・ルームの鍵はかけない』 それだけです。
少なくとも、恋人や夫婦間などでは、鍵はかけない方が普通です。
今はすっかり慣れましたが、スイスに来たばかりの頃の私には、これがちょっと恥ずかしかったものです。

どんな具合かと言いますと、例えば、私がシャワーを浴びているとしましょう。
ノックなどなしに、B氏が当たり前のように入って来て、トイレでシャーッと始めます。もしくは、私がトイレで頑張っているとしましょう。B氏、歯を磨きにやって来ます。
この、日本ではとても考えられそうにない状況の元、私たちは、和やかにお喋りをしたりします。

場合によっては、友人同士の間でも、これはありです。
私の女友達にも、話が盛り上がっている最中にもよおすと、トイレのドアを開け放しで、話を続けながらシャーや、私のシャーにくっ付いて来て話し続ける、なんていう人が、何人かいます。
この間などは、私がお風呂に入っている途中で、ボイラーのお湯が底をついてしまったのですが、B氏と友人M氏が沸かしたお湯を持って現れ、湯船に足してくれました。

さて、こういう風に書くと、色気も何にもないと思われるかも知れませんが、・・・・・・まさにその通りです。
最近では我が夫婦、バス・ルームを使うタイミングまで気が合ってしまい、「ちょっと、トイレ行って来る」と私が言うと、B氏「あ、俺も、俺も」という調子です。
トイレに座ったまま、頑張り具合の結果を見られないように戦う、なんてことも日常茶飯事。
・・・・・・私も随分、スイス慣れしたものだわ。ん??

2004年4月20日 (火)  ドイツ語講座

プロフィソーリッシュ(provisorisch)。
良い響きだと思いませんか? 
何だか、かしこまったような、威厳のある感じ。プロフェッショナルとか、プロフェッサーとも関係があるかも知れない、と思わせる単語ではないですか?

我が夫B氏、この単語をよく使うのです。
どんな風にかというと、大きな荷物を抱えて帰って来たとしましょう。
「これ、ここに置くね。プロフィソーリッシュでさ」といった感じです。
B氏は日曜大工がお得意で、よく棚なんかを作ってくれるのですが、「棚、こんなもんでどうかな? プロフィソーリッシュでさ」などというようにも使います。
プロフィソーリッシュで・・・・・・もちろん、私に意義はありません。何か、立派な事を成し遂げたような気すらするではありませんか。 

しかし、そのプロフィソーリッシュ、何か変なのです。
例えば棚です。見方によっては、自然の木目を生かした、カントリーチックのお洒落な棚に見えますが、その辺の材料の寄せ集めで作った、手抜きに見えなくもありません。
大きな荷物は、どうにも困るという程ではありませんが、何となく邪魔な場所に置かれています。
プロフィソーリッシュでしてくれた、お風呂のタイル目地も、以前より綺麗にはなっていますが、今ひとつ何かが足りない感じなのです。

「ねえ、この荷物、このまんまなの?」私は聞いてみました。
「ああ、それね。プロフィソーリッシュだよ」と、B氏、にこやかに答えます。
・・・・・・プロフィソーリッシュに置いてあるのだとしたら、きっと深い考えがあっての事でしょう。私なんぞが口を出す幕ではありません。

そんな風にして、我が家には、たくさんのプロフィソーリッシュが生まれました。
B氏の描いた絵が掛かっている場所がプロフィソーリッシュなら、手作りの本棚やオーディオ・セットの台も、床の上の書類の束も、みなプロフィソーリッシュです。
家の中が雑然としているように思えるのは、私の気のせいでしょうか?

provisorisch・・・・・・この、魔法の単語、辞書で引いてみました。
【仮の、一時的な、臨時の、暫定的な・・・・・・】
・・・・・・え?? それって、つまりは、『とりあえず』ってこと?
「この荷物、“とりあえず”ここに置くね」 「棚、“とりあえず”こんなもんでどう?」 「ああ、それ、“とりあえず”だよ」 ・・・・・・。
ひょっとして、なにかい? 我が家は全部、やりかけの中途半端状態ってことかい?

おい、B氏よ。お前の天下は、そう長くは続かせんぜ。

2004年4月22日 (木)  美男子のいる場所

これは、私がまだ、ベルンに住んでいた頃の話です。
ベルンというのは、スイスの首都で、スイス人の間では、一応都会ということになっています。
例えそれが、三本の通りで終りになってしまうほどの規模だとしても、やはり首都ですから。

どこでも似たようなものでしょうが、都会には色んな人がいます。
ベルンにも、世界中から集まったのかと思うほど、色々な国の方がいますし、スイス人自体にしても、やはり色々とスタイルを持たれた方がいます。
いや、そのスタイルゆえ、都会ベルンに暮らしている、という人もいるかと思います。

当時、私には、割と頻繁に行き来していた、友人カップルがいました。
彼ら、二人とも男性で、何年も一緒に暮らしていました。いわゆるゲイのカップルです。
これ、スイスでは良くあることでして、別のアパートでは、レズのカップルがお隣さんでした。

ある日、その友人カップルが言いました。
「今度、大きなゲイ・パーティーがあるんだけど、一緒に行かない?」
私、もちろん即答です。
「行く!」
二人は、我が夫B氏にも聞きます。
「それって、ゲイが来るんだろう。俺が行ったって、仕方ないじゃん」
B氏のつれない返事に、二人はいくらか気落ちしたようす。どうやらお目当ては、私ではなく、B氏だったようです。
しかし、もう私は行くと返事したわけですから、まあ、二人としても連れて行かない訳には行きません。

で、パーティーの夜。
ドアを開けた途端に、大音響が私を包みます。どうやら、ディスコ・パーティーのようです。
友人たちに促され、奥へ進むと、そこには何と!
いる、いる。
「こんなカッコ良い男たち、今までどこに隠れていたんだ」と思うほどの男前揃い。その上、「週に3回はフィットネス通ってます」と言わんばかりのナイスボディー。
「えー、みんなゲイなのよね? 女、興味ないのよね?」
念を押す私に、微笑む二人。

目の前のステージでは、ボクサーのように鍛えられた体をした、かなりハンサムな男性が、派手なトランクス一枚で、テクノのリズムに合わせ踊っています。
「うー、好みなんだけどなぁ……」歯ぎしりする私に「俺は、パス」と、クールな友人。
隣のステージに目を移すと、「え? 本当に男?」というぐらい色っぽい青年が、腰をくねらせながら踊っています。流し目といい、指先の動きといい、自分が美しいことを知った者の仕草です。
同じ女?として、対抗心すら煽られるようです。
ステージの下では、彼のファンらしき男性が、しきりにシャッターを押しています。
ふん、どうりで、あんなに気取った踊りをしている訳だわ。

そこいら中を、口を開けてうろついている私に、声をかけて来る男性は……もちろん、誰もいません。それどころか、私、透明人間になった位、無視されています。
こうなれば、とことん観察です。
ビール片手に、次から次へと、部屋を回ります。
思っていたより大きな建物らしく、それぞれの音楽に合わせ、3つの部屋がありました。

ふと、八十年代のポップスが流れる部屋へ行くと、友人がいました。
その部屋は、どちらかというと、気軽に踊っている男性が多く、先ほどのテクノ・ルームほど、強烈な感じはありません。みんな、服も着ていましたし。

「あ、みんつちゃん。ここにいたんだ」
友人が、私のところへ来ます。
「すごいねぇ、ここ。ベルンにも、こんなに良い男がいたんだねぇ。で、S氏、誰か良い男、引っ掛かった? ……あれ、ところで、相棒は?」
「さあ、テクノ・ルームじゃない?」
そうなんです。例え一緒に暮らす恋人同士でも、こういう場合は、やっぱりオス同士なのでしょうか。それぞれ、良い男を探しに行き、まあ、お楽しみもあり、というようです。

その晩は、私は当然のこと、誰も収穫なしでした。
「何か、悪かったねぇ。私のお守りで、あんまり良い男探し、出来なかったんじゃない?」
「いや、そうでもないよ。それにね、ゲイの間では、良い女友達がいるっていうのは、ステイタスになるんだ。今日はみんつちゃんで、それをアピールさせてもらったから」

ええっ? あんな場所で、ただでさえ意味なしの私を、さらに己のアピールに利用するとは……。やられた。見事だ。
あ、ビールおごってくれたのは、もしかしてそのせいかい?

……ちっ、もっと飲んどきゃよかった。

2004年4月23日 (金)  学ぶ猫

以前にも書きましたが、我が家の黒猫L氏、犬と一緒に育てられたため、その行動には、多分におかしなところがありました。
しかし、私たち夫婦と暮らすようになって1年が経ち、最近では、大分猫らしくなって来ました。

1年前は、咽喉を鳴らすことすら出来なかったのに、この頃では、多少の的外れはあるものの、かなり良いタイミングで、ぐるる〜、と音を出せるようになっています。
最初のころは、撫でられると興奮してしまい、一ヶ所をぐるぐる回り続けていたのに、今では顎すら突き出して、猫らしく楽しむことも出来ます。
私たちがTVを見ている時など、二人の真中に入り込んできて、両方に撫でてもらう、などという手もあみ出したぐらいです。
どうやらL氏、生粋の猫である、我が家のもう一匹の住人、白猫I氏をこっそり観察し、手本としているようです。

さて、そんなL氏ですが、意外な一面もあるのです。
L氏、去勢済みとはいえ、かなり勇敢なオスです。
I氏の天敵である、隣家のオス猫S氏を見事に追い払います。
I氏自身は、まだ勝ち目がないらしく、S氏の急襲を受けると、一目散に下駄箱や階段の下へ。
別の時にはL氏、私の散歩に付いてくる近所の犬に、挑んだこともあります。この犬、私と同じぐらいの背丈があります。

そして、その勇敢なL氏、身のこなしは抜群です。
13歳近い老猫にもかかわらず、全く音を立てずに、箪笥の上に飛び乗りますし、元牛小屋だった建物の壁も、……高さ3〜4mほどでしょうか……いとも簡単に乗り越えます。
私が、その元牛小屋で作業をしている時は、天井の梁に乗って、私を観察するのです。

近頃、ここアルプスも暖かくなって来たので、私は日中、殆ど全ての窓やドアを開け放ち、新鮮な空気を家に入れています。
と、今日も隣家のS氏が、餌を盗みにやって来ました。
ものすごい鳴き声が聞こえたかと思うと、どどどどど、と何かが階段を転がるように降りて行く音。
慌てて飛び出して行った私の目の前には、勝ち誇ったように階段の下を見下ろすL氏。
I氏は、3階に逃げたようです。

「L氏、良くやった。えらいぞ」私はL氏の頭を撫ぜ、ご褒美に、ちょっと良い餌を上げました。
L氏、1日中家にいますから、お腹自体はさほど空いていないんです。ドライ・フードも常時ありますし。
でもL氏、ちょっと良い餌にかかっている、ソースを舐めるのが好きなのです。ソースを綺麗に舐めてしまった後の肉自体には、目もくれません。
ですから、この餌、頻繁に上げる訳には行かないのです。

ちょっと良い餌をお皿に載せ、……L氏、猫用のプラスティック製餌入れより、私たちと同じ、普通の食器の方がお好みのようです……廊下の餌置き場で待つL氏にあげ、私は再び居間へ戻りました。

「そうだ、コーヒーでも淹れよう」
PCの前に座りかけた私は、もう一度廊下へ行きました。
??? L氏がいません。餌は、まだ舐め終わっていません。
おかしいなぁ。外に行ったのかな? 

何気なく、ドアを開け放してある台所を覗くと、L氏、いました。
食卓の真ん中に乗って、お昼ご飯の残りの海苔巻を、盗もうとしているところでした。
今誉めたばかりなのに……。
私、拍子抜けして、「えぇ〜っ、それはないでしょう、L氏ぃ〜」と唸りました。
L氏、何事もなかったように机を降りると、私の足元を優雅に歩いて行きました。

……あのねL氏、そこまでは、I氏の真似しないでも良いんだよ。

2004年4月27日 (火)  良き妻

滅多にないことなのですが、今、我が夫B氏、体調を崩しております。
本人曰く、咽喉が痛く、頭が冴えない。
まあ、B氏の頭が冴えていないことは、私にしてみれば新しいことでも何でもないのですが、日曜日の夜、ご飯の食べ具合がいつもより少なかったので(といっても、ちゃんと一人前は平らげています)、「注意だな」とは思っていたのです。

と言うのも、B氏、一年に一度ぐらいしか体調を崩すことがないので、ちょっと咽喉が痛いだけでも大騒ぎになるのです。
あれを見ていると、「じゃあ、私は入院しないと割が合わないな」と思うほどです。

どんな具合かと言いますと、まずは仕事から戻るなり「みんつ、俺、咽喉が痛いんだ」と、悲痛な顔。
ここで「あ、そう」などと流してはいけません。そんなことをしては、この咽喉の痛み、長引きます。
ほら、子供が擦り傷などを作ると、大騒ぎするでしょう、あれと同じで、B氏、要は注目されたいのです。

で、私は「うーん、昨日ご飯食べられなかったしね、風邪引いたかな」などと言って、頭を触り熱を確かめます。(もう一度言いますが、この「ご飯食べられなかった」は、あくまで三人前を基準に考えた場合で、普通の人の一人前よりは、ずっと食べているのです。)
そして、「熱はないみたいだね。お風呂にゆっくり浸かって、汗をいっぱいかくと良いね」などと続け、お風呂の用意をします。
熱なんかないのは、最初から分かっていますし、咽喉だってちょっとイガイガするぐらいの筈ですが、ここは話を合わせて置きます。
「食欲はどう? 何か食べられそう?」などとも言っておき、B氏がお風呂に入っている間に、普通にご飯を作ります。
この際、ちょっとだけフルーツサラダなどを付け、「今夜の夕飯は、病気の貴方用に、ビタミン豊富よ」ということをさり気なくアピールします。

さて、お風呂から出たB氏、夕飯を見て、私の「ビタミン豊富よ」作戦にご機嫌です。
「病気だと、ビールなんて飲んだらまずいかな?」というB氏に、『君は病気じゃないし、そんな咽喉の痛みぐらい、アルコール消毒で治るんじゃないの』などとは言わず、「そうだねぇ、寝る前に薬を飲むとすると、アルコールは控えた方が良いんじゃないの? ま、ビール1本ぐらいなら、大丈夫かも知れないけど」と、一応「俺、薬も飲むんだ」という、劇的な効果を与えます。

ご機嫌でビールを飲み、食事二人前は平らげ、遅くまでTVを見て大笑いしている、重病人のB氏。

「今日は、ちょっと早めに寝た方が良いんじゃないの?」もうとっくに12時を回っていますが、言葉はただですから、ふんだんに使っておきます。
「お、そうだな。今夜は早く寝て、明日には治さないとな」
これで、ミッション完了。
十分な注目を浴びることの出来たB氏、明日の朝にはまた、絶好調となっているでしょう。

やれやれ、年に一度の大イベント、今年も終わりました。

2004年4月28日 (水)  試練

前回に続き、病気の話をもう一つ。
これは、私がまだスイスに来て間もない頃の話です。

当時の私、寒さに慣れていないせいか、しょっちゅう風邪をひいておりました。
大体は、ぐずぐずいう程度で、1週間ぐらい放っておけば治っていたのですが、ある日、これはもうどうにもならない、というぐらいの風邪をひきました。
熱が出、咽喉は喋るのさえ辛いぐらい荒れてしまい、気管支の方も炎症を起こしているようで、蒲団から起きるのもきついという状態。

お昼過ぎまで寝ていても、一向に良くならないどころか、どんどん悪化している様子。これは、病院に行った方が良いようです。
辛い体を起こして、電話と電話帳を枕元に持ってくると、蒲団の中で電話帳をめくりました。
どこでも良いから、一番近い病院。
Spital・・・・・・ドイツ語で病院のことです。当時、言葉があまり上手でなかった私にも、これは分かりました。英語と似ていますものね。

ありました。家からさほど遠くない所に一つ。
喋ると咽喉が痛いけれど、気合を入れて電話をします。
「はい、xx病院です」女性の声が電話に出ます。
「あの、予約を取りたいのですが・・・・・・」
私、慣れないドイツ語で、おどおどと言ってみます。
「急患ですか?」
「いいえ。風邪をひいたようで、診察していただきたいのですけど」
「どの先生に診てもらいたいのですか?」
・・・・・・どの先生って、初めて電話する病院ですから、そんなの知る訳がありません。
「あの、風邪だと思いますので、内科の先生をお願いします」
「内科の、どの先生ですか?」
「・・・・・・どの先生でも良いです。一番早く診てもらえる先生がいたら、その方に」
「知っている先生はいないのですね?」
「いません」
「・・・・・・急患ですか?」
・・・・・・だから、違うって言ったじゃん。
「いいえ、違います。ただの風邪です。でも、結構辛いので、診察して頂きたいのです」
「誰に診察してもらいたいのですか?」
「・・・・・・」

そんなやり取りが、5、6回続いたでしょうか。
最後にその女性、冷たい声で、「急患でないのなら、うちは受ける訳にはいきません」というと、電話を切ってしまいました。
えっ? 何? 電話、切られた? 私、状況がつかめず、ショック状態です。
良く分かりませんが、どうやらあの病院では、診てくれないということらしいです。
仕方がないので、次に近い病院に電話をします。
電話に出た女性、先程の人よりは穏やかな声ですが、きっぱりと「急患以外は受け付けられません」と言うと、やはり電話を切りました。
私、何が何だか分からず、身体が辛いのと、つれない仕打ちとで、文字道り泣き寝入りです。

夕方になり、家に戻って来たB氏、私を見るなり、「医者の予約、取った?」
そして、力なく頭を振る私に、「そんなに酷いのに、医者に行かなくちゃ駄目だよ」と、追い討ちをかけます。
私、堪えていたものが堰を切ったように溢れ出し、「電話、したわよ。でも、どこも診てくれないのよ」と、泣き出しました。
B氏、慌てた様子で「スイスの医者は、高飛車だからな、新しい患者は取らない所もあるんだ。何軒もかけてみないとな」と言って、電話帳をめくり始めました。

「どの医者にかけたんだ?」B氏が聞きます。
「xx病院と、○○病院」
一瞬の沈黙が流れ、電話帳を見ていたB氏が、ゆっくりと私を見ました。
「病院に電話したのか?」
「そうよ! 2件もかけたのに、すごく冷たくあしらわれたわ!」
私、この時点で大泣きです。しゃくりあげながら、どんな酷い仕打ちを受けたか、説明しました。

「みんつ、スイスの病院は、急患用なんだよ。普通の病気の場合は、個人医院に行くんだよ」
B氏、半分苦笑しています。
「そんなぁ。じゃあ、私は全く的外れな電話をかけた訳? 受付けの人たち、絶対、私が外国人だって分かった筈よ。そのこと、教えてくれたって良いじゃない。なんて意地悪なの、スイスの病院は!!」
その晩は、私、気持ちのやり場がなく、泣きながらB氏に八つ当たりしました。

結局、個人医院はすぐ近くにたくさんあり、B氏が取ってくれた予約で、診てもらうことが出来ました。

それ以来、私は、スイスの医者と聞くと、何故か信用出来ない傾向があり、病気になると気に入る医者が見付かるまで、何軒も回ります。(もちろん、受付けの対応が悪い所は、ぼつです)
今ではB氏の方が、どの医者が良いか私に聞くぐらいです。

そうそう、ちなみに電話帳の個人医院は、Aerzteの項目に載っています。
スイスでちょっと具合が悪くなった方、ご注意を。

2004年4月29日 (木)  ハンカチ

なんと不覚にも、夫B氏の風邪、移ってしまったようです。
昨日から、くしゃみが止まりません。最初は、花粉症ならぬ、「馬草アレルギー」かと思いましたが、咽喉もおかしい。・・・ちっ、あれだけサービスしたのに、この仕打ちか。
くしゃみの度に鼻が垂れますので、昨夜からクリネックスの箱は、しっかりと抱えたままです。

それで思い出したのですが、スイスには、同じ物であるにも係わらず、日本と全く違う使い方をするものがあります。
そう、タイトルですね・・・・・・「ハンカチ」。
スイスのハンカチは、日本のものに比べ、一回りぐらい小ぶりです。
柄も、無地とか単なるチェックなどで、あまりさえない物が多く、ブランド品なんてとんでもありません。

このハンカチ、使用目的はずばり、「鼻をかむ」です。

スイスでは、おおっぴらに鼻をかむことが許されていますので、割と至る所で、ちーん、という光景を見かけます。
かなりお若い女性でも、人前で堂々と、ちーん、とやっています。いえ、正確に言うなら、ちーん、なんていう可愛いものではなく、ぶーん、ですが。
鼻が高いと、まあ、出てくる空気の量も多いようです。

で、どうやるかと言いますと、鼻が垂れてきたら、おもむろにポケットから、くしゃくしゃに丸まったハンカチを引っ張り出し、片手だけで鼻をかみます。
人差し指と親指で鼻を押え、中指を鼻の下に当てるようにして、交互の鼻を、ぶーん、ぶーんと。
そのあと、片手のまま鼻の下をふき取り、ハンカチをぐしゃっと握りつぶすようにして、ポケットに突っ込んで、完了。
そして、このハンカチ、何度も(何日も?)使用します。ある程度使用して、これ以上は汚いな、というところで洗濯機へ。

実は、彼らが鼻をかむ場合、使用する物は2種類あります。
先ほどの「ハンカチ」と、日本でいうところの「ポケット・ティッシュ」です。
しかし、このポケット・ティッシュ、日本のものとは全く違います。
どう言ったら良いでしょうか。とにかく分厚いのです。
紙が4枚綴りになっていまして、それぞれが剥がれてしまわないように、4辺が型押しで留められています。
そう、まさにハンカチの流れを汲んでいる代物です。
ですからこのポケット・ティッシュ、やはり何度も使用します。

西洋の映画やドラマなどで、女性が泣くと、男性はハンカチを差し出しますよね。
ロマンティックなシーンですよね。
でもあれ、涙を拭くのではなく、鼻をかむためだったのですね。

さて我が家ですが、私が日本人のせいでしょうか、やはりハンカチには抵抗がありますので、ポケット・ティッシュを買っています。
私、しょっちゅう鼻が垂れるタイプなので、大抵はポケット・ティッシュを持ち歩いています。前回の使いかけが、ポケットに残っている、なんてこともしばしば。
B氏と散歩に出るときなども、財布は持たなくても、ティッシュだけは持っていきます。

で、よくある我が家の光景。
B氏 :「みんつ、ティッシュある?」
私  :くしゃくしゃのティッシュを、ポケットから取り出します。
B氏 :当然のように、ぶーん、ぶーん、とした後、丸めて自分のポケットへ。
私  :「えー、返してよ。今日、それしかもってないんだから」
B氏 :「俺だって、これしか持ってないよぉ」
私  :「それ、私のだったでしょう」
B氏 :「ひひひ、今は俺の」
私  :「ずるーい」

こんな愛の形、いかが?

2004年4月30日 (金)  よくある事 (前)

今日の話は、あまり楽しいものではありません。
スイス人の嫌な面に触れる話です。
「自分の事で手一杯で、他人のトラブルなんて知りたくない」という方、どうぞ他のページで楽しんでください。

これは、スイスのあちこち(ドイツ語圏)で、ごく普通に起こることです。
スイス人の気質を、最も端的に表していると思うので、書いてみます。
(少々長くなりますので、HPの容量上、2つに分けました。)

以前書きましたが、我が家にはかなり広い庭があり、そこを隣家の小羊用に貸しています。実際貸しているのは、私たちの大家ですので、まあ、広い庭を半分ずつ使っている、と言った方が良いでしょうか。

私、今年はちょっと、根菜類にも手を出してみようと思いまして、我が家が使用できる範囲の庭を、土御こしをして、石をふるいにかけました。
その際、石はお隣との境界に、綺麗に並べました。
これは、特に他意はなく、畑の土がお隣の方に崩れてしまわないようにするためでした。
石のほかには、芝に似た草がいくらか生えていたのですが、それは羊が食べますので、お隣の敷地内の、草がはげている所に置いておきました。
途中でお隣の敷地に転がって行った石も幾つかありましたが、羊を放すための場所ですし、雑草なんかもたくさん生えていて、手入れがされている訳ではありません。
私は、さほど気にせずにいました。

今週に入り、気候も大分良くなり、いよいよ春という感じです。
私は、家の中で育てていた苗や、直播用の種を畑に植えました。
まだ、土起こしが終わっていない一角も残っていますが、全体として、見違えるほど綺麗な畑が出来ました。

今日、いつものように畑に水をやりに行くと、隣の敷地に、柵が張られています。
もうじき子羊が放たれるのでしょう。
去年、初めて間近で見た子羊たち、本当に可愛くて、今年も私は楽しみにしているのです。

水をまき出して、ふと気付いたのですが、私が手間暇をかけて綺麗に整地した部分に、石が置いてあるのです。
20個ぐらいでしょうか。一見乱雑に、しかし確実にわざと、そこに置かれています。
・・・・・・??? 
畑を見回すと、別の所には(ここも私が綺麗にした場所です)、芝に似た草が置かれています。
・・・・・・!! ああ、忘れていました。

いくら田舎の長閑な村とはいえ、いくらそこいら中草原だらけとはいえ、やはりここはスイスでした。
お隣さん、私が彼らの敷地に、私たちのもの(石や草)を置いたのが、気に入らなかったのです。

・・・・・・はっきり言ってくれれば良いのに。
これは、いつも初めに思うことですが、スイス人はこういうところ、実に陰湿です。
今まで何度も顔を合わせましたが、彼ら、そんなことはおくびにも出さず、にこやかに挨拶をしていました。
それなのに、私がいない間に、いやみったらしく石を置いたりするのです。

私は少しだけ悲しい気分で、それらを片付け、畑の水やりを終えました。

               〜(後)に続く。〜

2004年4月30日 (金)  よくある事 (後)

           〜(前)からの続き。〜

私が家に入ろうと、まだ石をふるい終わっていない一角を通った時、別のものが目に入りました。
そこは、片側に、既にふるいをかけ終わった土が盛ってあり、すぐ反対側には、これからふるいにかける土が、小山を作っています。
どちらがどちらかは、誰の目にも明らかです。

・・・・・・そこまでしなくても。

ふるいをかけ終わった方の土の上に、芝生に似た草が、散乱しています。
ふるっていない方の土の上なら、これほど強烈な印象は受けなかったかも知れませんが、これ、明らかに悪意を感じますよね。
そんなに嫌だったのなら、私に言いに来れば良いのに。
私、毎日畑に出ていましたし、家だってすぐ隣なんです。
これでは、今後お隣として、上手くやって行く意志がない、としか思えないではないですか。
どんなに心を広く持ったとしても、こういう人を好きになるのは、無理ですよね。

私、一瞬考えました。
「私の不注意で、嫌な思いをさせたようで、ごめんなさい。今後は気を付けますが、何かあったら、遠慮なく言いに来てください」 って、にっこり微笑んで来ようかと。
そうすれば、まあ、今後上手く行く可能性も、残されるかも知れない。
庭の真中に立ったまま、少し考えました。
今までに、この手のトラブルを、何度経験したことか。

日本人のせいでしょうか、私にとって境界線とは、共同の場所を意味します。
しかし、スイス人にとってそれは、自分の敷地へのはっきりとした主張ラインです。
「この線からこっちには、入っちゃ駄目!」隣の席の男の子とそう言い合ったのは、小学校が最後だったでしょうか。

私は、何も言わずにいることに決めました。
何故か、ですか?
これは、経験から得た事ですが、スイス人は、問題を明らかにして、話し合う事を好みません。
上辺はきちんと話し合い、お互いに好意的な解決策を出したかに見えても、その後の関係に必ずダメージを残します。
ここスイスで、一番無難な方法は、『何もなかったふりをする』です。
そうしていれば、いつかその『ふり』は、『本物』と区別が付かないほどになります。

私、本心を言うならば、このやり方、大嫌いです。
そんなことをするぐらいなら、最初から始めなければ良い。始めると決めたのなら、最後まできちんとやれ!
つまり、石を見た時点で、黙って自分で片付けて、何もなかったことにするか、きちんと私に文句を言いに来る・・・・・・これが、私のやり方です。
しかし、ここスイスでは、私のやり方は、残念ながら何も産み出さないことを知っています。

お隣の家を眺めながら、私は、生前母がよく言っていた言葉を思い出します。
「くだらない人と争うのは止めなさい。あなたまでくだらない人間になってしまうよ」
・・・・・・あの人たちの心には、もやもやとした、黒い塊があるのだろうなぁ。・・・そういう風に生きて行くのって、嫌な気分だよなぁ。・・・本当は、気の毒なのかもしれないな。

こんな時私は、日本人として生まれてきたことに、心から感謝します。
少なくとも私には、彼らの弱さを受け入れられる、精神的文化のバック・グラウンドがありますから。

ふふ、それに、HPのネタも出来ましたしね。

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