2005年4月10日 (日)  ただいま!

皆様へ。

昨夜遅く、スイスに戻りました。

日本(千葉)では、半袖シャツの背中が汗ばむほど温かくなっていたのに、ここアルプスは、まだ雪などがちらついていて……
長旅でぼんやりしていた昨日の私は、このあまりの違いに反応すら出来ず、「ああ、また魚のない日々が続くのだな」などと考えながら、フライド・ポテトを食べて寝ました。

そして今日、洗濯の合間に掲示板を開けてみると、皆さんからたくさんの書き込みがあり、びっくりすると同時に、とても嬉しかったです。
ありがとうございます。
お返事の方は、これからゆっくりしますので、もう少し待っていて下さい。

それから、ご心配をかけていた私のPCですが、思い切って新しいのを買って来ました。
今キーボードを叩いていても、絶好調です。
日本の店頭に並んでいるラップ・トップを見て、夫B氏も思わず「この画面、俺のマックよりずっと綺麗だ」とつぶやくほど。
スイスで買わないで、大正解でした。

ということで、とりあえず帰国報告です。

                   みんつ

2005年4月12日 (火)  お知らせ

皆様へ。

スイスに戻っては来たものの、洗濯やら旅行の後始末、新しいPCの環境設定、留守中に溜まっていたメールの返事など、まだごたごたしております。

しかも、天然ボケか時差ボケか、コードが外れたままの状態で、インターネットが使えないと悩んだり、洗ったばかりの洗濯物を踏みつけたり、温め直していたコーヒーを噴きこぼしたりと、余計な仕事を増やしてみたりもしています。

ということで、生活が少し落ち着くまで、日記の方はもう2、3日お休みさせて頂きます。

掲示板や皆さんのサイトには、ちょろちょろ顔を出しますので、完全復活まで、そちらの方でお相手下さい。

では、とりあえず。            みんつ

2005年4月14日 (木)  飛行機の楽しみ方

成田へと向かう飛行機でのことです。
機内は、団体旅行からの帰りと思われる、日本人で埋め尽くされていました。

通路を挟んで私の右斜め前に、その参加者らしき2人の少年が、静かに座っていました。
兄弟か、学校の同級生か、2人ともまだ16、17歳というところで、華奢な体躯に、線の細い、綺麗と言えなくもない顔立ちをしています。
そして、やはり2人とも、前髪が目にかかるように垂れ下がり、すそをわざと不揃いに梳いた、いくぶん長目の髪型にしていて、これは、他の若い女性たちと同じようです。

まあ、それでもここまでは、いくら日本の流行に疎い私でも、驚きません。
中性的で綺麗な少年も、長髪の男性も、今時珍しくもないでしょうし、男も女も美容院で散髪をすれば、似たような髪型になるでしょう。

ところが私は、実際彼らを見て、ぎょっとしたのです。
隣に座っていた夫B氏でさえも、何やら感じたようです。
「彼らはきっと、すごくお洒落をしているんだろうな」
「やっぱりそうよね。あれは、わざとよね。あっちの人じゃないわよね」
私は自分に言い聞かせるように、何度もB氏に確かめました。

私が驚いたのは、彼らの服装です。
肌が透けて見えるほど薄地で、広く開いた肩口にゴムが入った、明らかに女性用と思われる白いムームーを着、これまた、どう見ても女性用と思われる、丈の短めな、パステル・カラーのスラックスを履いているのです。
胸があんなに平らでなかったら、私は、彼らを少女だと思ったでしょう。

これは、一体どういうことなのでしょう。
こんな服装が、今少年たちの間で流行っている、とでもいうのでしょうか?
これ、私たちが、中学生ぐらいの時に着ていたような服です。

私は、他の乗客も見回しました。
彼らほどばっちり決めてはいないものの、何となく女の子のような服装をしている男性は、少なくありません。
髪型だけなら、かなり多くの男性が、女性のようなスタイルをしています。

では、男らしい若者は、どういう格好なのでしょう?
私、気になって、機内の男性たちを観察しました。
います。男性的な格好の若者も、ここでは少数派のようですが、確かにいます。
が、・・・・・・

彼らの格好は、やはりこれもわざとしているようですが、どうも汚らしい。
私には、男らしいというよりは、身だしなみに気を遣わない、というように見えてしまいます。
この演出は、女性を惹き付けるのに、果たして効果的なのでしょうか?
ごく普通に、洗い立てのさっぱりしたシャツとズボン、というようなものでは、今は駄目なのでしょうか?

私、困りました。
まだ日本に着いてもいないのに、どうして良いか分かりません。
もし甥っ子や友達が、こういう格好でいたら、私は何の話をすれば良いのでしょう?

ふと隣を見ると、頭をさっぱりと刈り上げたB氏が、おニューのジーンズとTシャツで、何本目かのビールを飲んでいます。
クールなジャケットは、ついに見つかりませんでしたが(3月7日の日記「旅の心構え」参照)、清潔で十分感じが良いです。

・・・・・・私、いつも隣にいるのは、こういう普通の男性が、落ち着きます。

2005年4月15日 (金)  姉帰る

前にも話しましたが、私は、三姉妹の長女です。
昔から妹二人は、近所でも美人で評判ですし、お洒落でもあります。
長女である私は、「最近の“男の子”は、綺麗ねぇ」となら、何度か言われましたが。

そして、幸か不幸か、私たち三姉妹の背格好は、多少の違いこそあれ、お互いに洋服の貸し借りが出来る範囲内ですので、若い頃の私は、「ここは、一発決めなくてはいけない」というような時には、妹たちのアドヴァイス通りに化粧をし、服を借りていたものです。

さて、今回の私の帰国で、三姉妹が久しぶりに揃いました。
妹たちは両方、子供が二人ずついるというのに、相変わらず美人でお洒落です。
それに比べ私は、十年に渡るスイス生活で、元来のワイルドさにすっかり磨きをかけ、すっぴんに伸び放題の髪、真っ赤な革ジャンとジーンズでの帰国です。

そんな私を見た、三女K子の第一声は、
「みんつちゃん、美容院に行ったら?」
そして、立て続けに、しみ・そばかす対策用化粧品から、ヒップ・アップ体操、ひいては、下腹を目立たなくさせるガードルについてまで、説明してくれました。
次女H子は、そんな様子を笑いながらも、高価そうな瓶を鞄から出して言います。
「お姉ちゃん、このクリーム、持って行っても良いよ」
「へへへ、うーん、そうねぇ」

笑ってごまかしてはみるものの、私、全く気にならないと言ったら嘘になりますので、二人のいない所で、こっそり夫B氏に聞いてみました。
「正直に言って欲しいんだけどさ、私のお尻、そんなにぺっちゃんこかなぁ?」
「君のお尻は、二人とはタイプが違うからな。元々小さいし・・・・・・それよりも、腰の上に付いた脂身の方が、気になるな」
「・・・・・・」

「じゃあさ、顔はどう? しみ・そばかす、出てる? やっぱり、良いクリーム使った方が良いのかなぁ?」
私、普段の手入れは、その辺に売っている適当なクリームですし、毎年夏になると川や湖で泳いで、何も構わずに焼いているのです。
「良いクリーム使っている妹たちの方が、そばかすは多いぞ。君はまだ、何にも出てないじゃないか」
「へへへ、そうだよね。別に高いクリーム使わなくても、大丈夫だよね。髪の毛はどう? ちょっと手入れした方が良いかな?」
「髪の毛は、お金をかけても良いぞ」 
・・・・・・B氏、女性の髪に拘りがあるようです。

そんな風に、妹たちの攻撃をのらりくらりとかわしていた私ですが、ついに、言うことを聞かなくてはいけない日が来ました。
甥っ子M太の中学校入学式です。
M太がどうしてもと言うので、綺麗な服を用意していなかった私とB氏は、ジーンズで出席するつもりでいたのです。

ところが、当日朝。
「じゃじゃ〜ん、前に置いて行った服の中に、これがあった」
そう言ってB氏は、黒いスーツのズボンと白いワイシャツ姿で、朝食を取っていた私の前に現れました。
「げ、裏切り者! 私一人だけ、こんな格好で行けって言うの?」

それを聞いたH子が言いました。
「私の服、来てみる?」
K子は、両手いっぱいに服を抱えて、
「こんなのもあるよ」
着せ替え人形状態の私は、結局、化粧品から服、下着、靴に至るまで、二人の物を借りて式に出ました。

確かに、人前に出ても恥ずかしくない格好になりましたが、姉としての立場は、どうなのでしょう?
・・・・・・そういえば私、昔から、長女に見られないんですよね。

2005年4月18日 (月)  それで良いのか、高橋君?

私の家族は、誰一人外国語など話しません。
私も基本的に、通訳はしないことにしていますので、夫B氏と私の家族の会話は、日本語です。
言葉など案外そんなものなのでしょう、B氏、日本語は理解しない筈なのですが、これが通じてしまうのです。
特に、普段から小さい子供と、簡単な日本語で話すことに慣れている妹たちは、殆ど私の助けを必要としません。
そして、そんな風に生活しているB氏、知らない人相手でも、おかしな日本語で会話を通してしまうのです。

ある晩、友人二人と共に、居酒屋で飲んでいた時のことです。
前回日本に来た時からの憧れであった、ボトル・キープを果たしたB氏、ご機嫌で焼酎の水割りを飲みがら、ビデオ・カメラで私たちの酔っぱらい振りや、店の様子などを録画していました。

と、隣の席に、4人連れの若い青年たちが、やって来ました。
B氏の関心が、一瞬にして彼らに向かったのは、私にもすぐに分かりました。
というのも、彼らは4人共、B氏のもう一つの憧れである、鳶職のユニフォームを着ているのです。しかも、二人は、頭にタオルまで巻いています。

こうなるとB氏、彼らと話をしたくて仕方ありません。
私たちとふざけながらも、隣が気になるようで、何かと立ち上がっては、隣との境になっている低い壁越しに、話しかけるきっかけをうかがっていました。

そろそろ、あちらもこちらも完全に酔っぱらったという頃、B氏は、ついに言いました。
「すいません。私、ビデオ取りたいです。良いですか?」
「おおぅ、良いっすよ」
彼らもご機嫌なようで、ビデオに向かってポーズを取りながら、B氏に聞きました。
「日本語、分かるんすか?」
すると、B氏が答えるよりも早く、友人S氏が割り込みました。
「ああ、高橋君ね。こう見えても、日本語ばりばりだから」
訳の分からぬままB氏も、「はい、そうです」と答えます。
「え、この人、高橋君っていうんですか?」
またもやB氏が、「はい、そうです」

いつの間にか高橋君となったB氏、鳶のお兄さんたちと、楽しそうに話し始めました。
私は、B氏の邪魔をしないように、それとなく会話を聞いていましたが・・・・・・

「俺は千葉だけど、高橋君は、どこから?」
千葉という単語が分かったのでしょう、B氏、嬉しそうに言います。
「千葉っ子(ちばっこ)!」
「えっ、高橋君、千葉高(ちばこう:千葉県で一番難しい高校)なの!?」
「はい、そうです」
「すげえ、高橋君、千葉高出身だってさ」
ひとしきり感心している、鳶のお兄さん方。

「高橋君は、今どこに住んでいるの?」
「スイスです」
「俺、マドリッドに行ってみたいんだよね」
「それは、ちょっと遠いです」
「あと、バルセロナも」
「えーと、それも、ちょっと遠いです」
「良いなぁ、ヨーロッパ行ってみてえなぁ」
「どうぞ、おいで下さい」
「え、良いの? 俺、マジで行っちゃうよ」
「はい、どうぞ、おいで下さい」
「ホント!? じゃあ、住所とか教えて」
連絡先の交換をする、B氏と鳶のお兄さん。

・・・・・・私、敢えて口を出しませんでしたが、マドリッドとバルセロナに行きたいのに、アルプスの山の上に呼んじゃって、大丈夫なのでしょうか? 
しかも、高橋で家を探すとなると・・・・・・

2005年4月19日 (火)  B氏流、妻の守り方

九州のある温泉町でのことです。
私たちは、遅い朝食を取るために、ある店に入りました。
レストランというより、居酒屋に近いその食堂には、誰も客がいません。
カウンターでは、店の主人でしょうか、初老の男性が新聞を読んでいます。
「こんにちは。もう、お店、開いていますか?」
「おお、開いとるよ。その辺に座りな・・・・・・と言っても、ワシは店の者じゃないんだけどな。お〜い、客だぞぉ」
その男性は、近所のご隠居さんらしく、この店の常連さんのようです。

「あんた、フランス人かい?」
「いいえ、スイス人です」
ご隠居さんの質問に、夫B氏が答えます。
「スイス人と言われてもなぁ。ワシらには、外人は皆同じに見えるからな」
「そうですね。私も最初は、そうでした」
地元の人たちと話をするのは、旅行の楽しみの一つですから、私も気軽に応じます。

「このお店、旅館の女将さんが、安くて美味しいって教えてくれたんです。夕べも来たんですけど、閉まっていて」
「ふん、美味いも何も、この辺にはここしかないんだよ。旅行客は、皆旅館で食事をするだろう。店なんか開けていても、客は来ないんだ。夜はな、店に電気を付けていると、その分損するんだよ」
「ええ、そうなんですか。だからかな、夕べはラーメン屋さんに入ったんですけど、9時半前に追い出されました」
「あはは、そうだな、そりゃ」
ご隠居さんは豪快に笑うと、コロッケを囓り、コップの水をぐいっとあおりました。

「良いこと教えてやろう。この辺は、色々見るところがあるだろう。その辺を歩いていると、タクシーの運転手が来て、『何処々々まで、xx円で良いよ』なんて、案外安い値段を言うんだよ。『メーターじゃなくて良い』なんて言うんだ。あんたらは知らないから、安いと思うけどな、本当は、メーターで乗った方が安いんだよ。はははは」
「あ、気を付けます、それ」
「でもな、外人は、タクシーには乗らんな。あいつらは、何処まででも歩いて行くんだ。ワシらがバスやタクシーに乗るところを、平気で歩くんだ。外人は、タクシーの運転手泣かせなんだ」
「ははは、そうですね。確かに、うちも良く歩きます」

そんな風に話をしていると、ご隠居さんが、突然言いました。
「ワシに言わせりゃ、あんたらは馬鹿だな」
「へ? はあ、馬鹿ですか」
何だか、雲行きが怪しいです。この感じ、私にも、心当たりがなくもありません。
私は、先ほどからご隠居さんが飲んでいた、コップの先を探しました。
はい、ありました、芋焼酎の一升瓶が。
朝の10時前から、このご隠居さんは、完全に酔っぱらっているようです。
カモとなってしまった私たち、さて、どうしましょう。

と、今度はご隠居さん、戦時中の話を始めました。
これは、反則です。私たちの世代にとって、この話は、反論が許されませんから。
「あんた、もう帰りな」
私が困っていると、店主が、助け船を出してくれました。
「ワシは、客だぞ。まだ帰らんからな」
「もう、今日は止めときな。俺は、あんたの体を思って言ってるんだ」
しかし、今度は二人の間が険悪です。

すると、刺身定食を食べ終わったB氏が、何の脈絡もなく言いました。
「すいません、私、ビデオ取りたいです。良いですか?」
「おっ、ワシか?」
「はい、お店と貴方のビデオ、取りたいです」
言葉が分からず、今までの流れを理解していなかったB氏、ビデオ・カメラを構えると、ご隠居にポーズを取らせています。
ご隠居も、コロッケを囓りながら、すっかり楽しそうに笑っています。

・・・・・・B氏、あんたは天才だ。

2005年4月21日 (木)  頼もしき助っ人

私たち夫婦の旅は、いつも行き当たりばったりです。
もちろん、『どの辺に行き、何をしたいか』というようなことは、漠然と考えますが、実際に、どの町のどのホテルに何泊するかなどは、その場で決めます。

具体的に言うと、こんな感じです。
『九州あたりで温泉につかりたい』というのが今回の計画ですから、私たちはまず、東京駅に向かいます。
電車に揺られながら、夫B氏がガイド・ブックを読み、候補を上げます。
「とりあえず小倉まで行ってから、湯布院辺りで泊るか、一気に鹿児島まで行くか決めようと思うけど、どうかな? それとも、先に広島へ寄る?」
「そうだなぁ・・・・・・。まずは、広島で牡蠣とお好み焼きを食べよう!」
その後、東京駅に着いた私たちは、広島行きの新幹線に乗ります。
どの旅館に泊まるかは、広島に着いてから決めますし、何泊するかは、その町の雰囲気次第です。
こういう旅の仕方は、時間がないと出来ませんし、子供がいない夫婦だからこその醍醐味でもあります。そして、当然のことですが、荷物がたくさんあっては、出来ません。

旅に出て数日目、私たちは、そんな風にして、ある町に着きました。
「こんな所に、本当に観光客が来るのだろうか」と思うような、小さな町です。
まだ夕方だというのに、駅の観光案内所は、既に閉まっていますし、唯一の商店街と思える通りでも、シャッターを下ろしている店の方が、多いのではないでしょうか。
さて、どうやって旅館を探しましょう?

私はまず、目の前にいる駅員さんに聞きました。
「すいません、この辺で、安い旅館は何処でしょうか?」
「さあ・・・・・・。私、ここの人間じゃないんですよ。あそこにキオスクがあるでしょう。あそこのおばちゃんなら、知っているかも」
キオスクのおばちゃんは、私と一緒にタクシー乗り場まで来て、運転手たちに聞いてくれましたが、誰も分からないとのことです(タクシーに乗らない人間には、教えたくなかったのかも知れませんが)。
その辺を適当に歩こうにも、繁華街は目の前の一本道だけのようです。

と、私の目に、ある建物が留まりました。
「B氏、あそこに行ってみようよ。旅館は見つからないだろうけど、町の地図がもらえるかも」
B氏、その建物を見て、いくらか怯んでいます。スイスでは、そこは出来るだけ近寄りたくない場所だからです。

「すいません、この辺で安い旅館を探しているのですが、地図か何か、ありますか? 
駅の案内所が、もう閉まっているので・・・・・・」
「ああ、そうだね。この時間だと、案内所は終わりだね。旅館は、どんなのが良いの?」
「日本式で、安い所が良いです。あ、それと、温泉が付いている所で」
「xx荘さんなら、7〜8千円ぐらいだと思うけど」
「それ、どこか教えて頂けますか?」
「電話してから行った方が、良いんじゃないかなぁ。ちょっと待ってて。・・・・・・おい、xx荘に電話してやってくれ」
その五十代かと思われる男性は、若い同僚に言いました。
今日は仕事がないのか、それともここは溜り場なのか、ソファーの上では、やはり五十代ぐらいの男性が二人、私たちの様子を眺めています。

「あの、直接お話しなさって下さい」
旅館に電話をかけてくれた若い男性は、そう言うと、私に受話器を差し出しました。
「はい、二名です。お部屋、開いていますか。はい、これから伺います。あ、場所ですか、それは大丈夫です。ここで聞いて行きますから。名前ですか。xxと申します」
四人の男性は、電話での私のやりとりに、耳を立てています。
「では、よろしくお願いします。あ、それから・・・・・・」
一瞬どうしようかと思ったのですが、時々、問題になることがあるので、私は一応聞いておくことにしました。
「その、うちの夫、外国人なのですが、構わないでしょうか?」
すると、電話の相手が答えるよりも先に、周りにいた五十代の男性たちが、一斉に
「ノー・プロブレム!!」

こうして私たちは、無事、旅館を見つけました。
ひょっとすると、旅行案内所よりも暖かい対応を受けたのかも知れません。
「ね、日本は、スイスとは違うでしょう」
勝ち誇ったように言う私に、B氏も驚きを隠せません。
「みんつに聞いてはいたけど・・・・・・本当に親切なんだな、日本の警察官は」

この後の旅でも私たち、派出所には、何度かお世話になりました。
特に、年配の警察官は、『駐在さん』の名残でしょうか、面倒見の良い方が多いようです。
・・・・・・こんなふれあいも、行き当たりばったりの旅ならでは、でしょうかね。

2005年4月25日 (月)  気に入りました、山口。

「侍の通りがあるらしいんだ」
夫B氏の控えめな希望で、私たちは山口県に行くことにしました。

新山口駅の観光案内所で、萩に一番早く着く方法を聞くと、本来ならバスに乗るのが一番なのですが、そのバスはたった今出たところだと言います。
「次のバスを待つより、ローカル線を乗り継いで行った方が、いくらか早く着きますね」

一両しかない、高校生で一杯の電車の中で、和やかな外の景色を眺めながら、私たちは酎ハイを飲み、小魚を囓っていました。
「さすが田舎だね。駅と駅との間が、かなり長いよね」
「そうだな。駅数は少ないけど、こりゃ、時間がかかるな」
そんなことを言いながら、B氏はビデオを回し、私は最近の若者の観察をしていました。

もうかなり時間が経ったかな、という頃、それは起こりました。
いつもそうなのですが、どういう訳か私、間の悪い時に、トイレに行きたくなるようで、今回もやはり、「酎ハイなんか飲むんじゃなかった」という感じになりました。
「B氏、トイレに行きたくなって来た」
「後、どのぐらい持ちそう?」
「うーん、分かんないけど・・・・・・萩までは、まだかかるよね」
路線表を見ると、萩までは後5、6駅というところですが、今までの調子ですと、駅と駅の間は、20分近くありましたから、どう見積もっても1時間以上かかりそうです。
「萩までもたないかも」という私に、
「良いよ、そうなったら途中で降りて、次のに乗ろう」と、B氏はにこやかに答えます。

そして数駅後・・・・・・
萩まで後3駅、というところで、私に限界が来ました。
「B氏、やっぱだめだ。次で降りて」
私たちが電車を降りると、そこには、小さな駅があるだけで、駅員もいなければ、駅の周りには建物すらありません。
「うそ、トイレ、ないの? もう、まずいんだけど」
急いで辺りを見回すと、駅の裏におかしな小屋があります。私の本能が、「あそこだ!」と言います。
私はその小屋に走り込み、事なきを得ました。

さて、トイレ自体は旧式でしたので、そのままで良いのですが、今度は、手を洗うための水道が見つかりません。
トイレはあるけど、洗面場がないのです。
・・・・・・この辺の人は、これで良いのでしょうか?
少し探すと、その辺に植わっている木に水をやるための、ホースがありました。
ホースの元には・・・・・・はい、水道がありました。

「ふう、助かった。ごめんね、B氏」
「いや、次のに乗れば良いんだから。次は、何分後かな?」
私たちは、駅の時刻表を見ました。
「・・・・・・ここで、1時間半近く、何しようか?」
駅には、座って待つ場所もありません。
仕方なく私たちは、駅を出て、自然の中をあてもなくぶらつきました。

「あ、あそこに信号がある。ってことは、なんか店があるかもよ。行ってみようか?」
お米屋さんでしょうか、それとも酒屋さんでしょうか、がらんとした店には、商品が気持ち程度に並んでいます。
B氏が酎ハイを買おうとすると、親切な店主は言いました。
「これ、お酒ですけど、良いですか?」
「あ、はい。大丈夫です」
そう答える私に、店主は好奇心を隠せない様子で、聞きました。
「あの、何で、こんな所にいるのですか?」
一瞬の沈黙が流れ、私たちはどちらからともなく、笑い出しました。
「実は、電車に乗っていたらトイレに行きたくなっちゃって・・・・・・次の電車まで随分あるみたいだし、ぶらぶらしているんです」
「ははは、こんな所で降りても、困っちゃいますよね。電車も、トイレぐらい、ちょっと待ってくれても良いのにね」

その店以外は、やはり何もないので、私たちは駅に戻りました。
「ひょっとするとさ、さっきの時間、見間違いかも知れないから、もう一回確認しようよ」
駅に戻った私たちは、もう一度時刻表を見ましたが、見間違いではないようです。
と、時刻表の下に、注意書きがあります。
『この電車内には、トイレがありません。お手洗いは、乗車前にお済ませ下さい・・・・・・』
私と同じような人は、きっと少なくないのでしょう、そう思いつつ私は、続きを読みました。
『・・・・・・なお、乗車中にトイレに行きたくなった方は、運転手までお申し出下さい』

「ああっ、運転手に言えば、電車、トイレ待ちしてくれたんだ! 何でぇ、今頃分かっても遅いよぉ」
そう嘆く私に、B氏が言いました。
「酎ハイ、もう一本買いに行く? 今度はトイレに行きたくなっても、平気だよ」

・・・・・・その後私たちは、日の当たる駅のホームに座り込んで、酎ハイとおつまみを広げ、新たな思い出を作りました。

2005年4月26日 (火)  猫のいる民宿

ある町でのことです。
駅に着いた私たちは、役場が管轄している観光案内所に行きました。
「どこか、安い旅館か民宿を探しているのですが」
そういう私に、制服を着た若い女性は、宿泊所の料金表を出してくれました。

何処も似たような値段ですが、表の一番下にある民宿は、よその半額ほどです。
「あの、この値段はみんな、二人で一泊ですよね。この一番下のも、二人分ですか?」
「はい、そうです」
お姉さんのさわやかな笑顔に、何だか私たちは納得が行きません。
「すいません、何故ここだけ、こんなに安いのでしょうか?」
「ここはですね、年配の女性がやっているのですが、体の具合があまり良くないので、サービスが出来ないんです。ですから、素泊まりのみになりますが・・・・・・」
そういうことでしたら、私たち、全く問題はありません。普段から、健康な経営者の宿泊所でも、全部自分でやっていますから。

「お部屋が空いているかどうか、電話してみましょうか?」
電話をかけると、素泊まりでサービスが出来ないことについて、もう一度念を押され、私の名前を聞かれました。
そして、お姉さんが、私の日本名を伝えると、電話の向こうの様子が、少しおかしくなりました。
「はい、日本人のお客様です。あ、それなら大丈夫です。お連れ様が、外国の方ですから」

????? どうやら、私が日本人であることが、問題なようです。
今まで、夫B氏が外国人であることが、問題になったことはあっても、その逆はありませんでした。これは一体、どういうことでしょうか?
不思議そうな顔をしている私に、お姉さんが、説明をしてくれました。
日本人は、それでも全くサービスがないと、嫌がることがあるので、女将さんとしては、外国人を泊めた方が、気楽らしいのです。

さて、民宿の玄関で私たちを迎えたのは、パジャマのような格好で、歩行器をよろよろと突いた年配の女性でした。
体の具合が悪いとは聞いていましたが、正直なところ、これには少々驚きました。
サービスどころか、寝ていなくても良いのでしょうか?

「いらっしゃい。こんな有様ですから、何も出来ませんが、ゆっくりして行って下さいね」
しかし、上半分の前歯がない彼女の声は、明るく張りがありました。
「お部屋に行く前に、コーヒーでもいかが?」
「ええと、ご迷惑でないのなら、喜んでいただきます」
居間に入ると、部屋の中には所狭しと物が置かれ、足の悪い彼女でなくても、何かに触れずに席に着くのは、大変そうです。
そして、テーブルの上では、猫が丸くなっています。

「朝ご飯ですけどね・・・・・・」
「あ、それは、案内所で聞いています。素泊まりで、構わないですから」
「ううん、そうじゃないの。朝ご飯は、私のリハビリに付き合っていただきたいの。簡単なものしか作れないけれど、無料ですから、食べて下さいね」
「良いんですか?」
「ええ、これはね、私のリハビリだから。いつも皆さんに、無理矢理付き合っていただいているのよ」
そう言って彼女は、何ともかわいらしく笑いました。

私たちが泊まる筈の部屋は、ドアを開けたら、前の客が出て行った時のままでした。
毎晩夕方になると、彼女はリハビリがあるので、私たちが留守中に帰って来ても困らないように、玄関も部屋の戸締まりもしないで出かけます。
夜中になると、二匹目の猫がやって来て、ドアを開けろとがりがりやります。

そんな民宿で、私は、観光の時間を忘れてしまうぐらい、彼女とたくさん話をしました。
60歳ちょっとかと思っていた彼女は、73歳の未亡人で、身体こそ不自由でしたが、心は何とも飛んでいます。
「発音なんか気にしていたら、世界各国からやって来るお客さんと、話が出来ないもの。皆さん、それぞれ色々な発音でお話しされるから、それで良いのよ」

彼女の居間の壁には、世界中からの絵はがきが貼ってありました。
多分今頃は、スイスからの絵はがきが、一枚増えていると思います。

2005年4月27日 (水)  ミスター・スイス 

(時間が経ったため、ミスター・スイス関連の画像は、外しました。)

≪緊急、中間報告≫

皆さん、覚えていますでしょうか?
上半身裸になって、惜しげもなくその肉体美を晒してくれた、あの16人のスイス男性を。
(覚えていない方は、ここ『ミスター・スイス候補者を見る』をクリック。)

4月30日の決戦を目前に控え、この私の元に、スキャンダラスな情報が飛び込んで来ました。
・・・・・・と言っても、まあ、下のお婆ちゃんがいつもくれる雑誌に載っていただけですが。

彼らは今、コンテスト当日に備え、南トルコの5つ星ホテルに宿泊しているとのことです。
ところが、その候補者の間で、確執が生じているらしいのです。
記事によれば、こういうことです。

『ホテルの部屋は、二人ひと組で用意されているにもかかわらず、ある一つの部屋では、三人の男性が二つのベッドを共有し、別の一つの部屋では、一人の男性が二人用の部屋を使っているのです。
つまり、誰もある一人の候補者と同室になりたくない、というのです。

そのことについて、こんな囁きが聞かれます。
「彼は、他の人とは全く違った、価値観と興味を持っているんだ。その上、とんでもないうぬぼれ屋でさ」

ミスター・スイス企画関係者は、こう語ります。
「彼はどちらかというと、一匹狼肌なんだよ」

当の本人は、特に気にしていないようです。
「大きな部屋を一人で全部使えて、楽しんでるよ」』

私、ミスター・スイスというのは、美だけでなく、教養や人間性も問われるコンテストだと思っていたのですが。

・・・・・・あの子嫌いだから、ボク、一緒になりたくないの。
こんなこと、いい年をした大の男のすることなのでしょうか?
誰か、「俺、気にしないから」と言って、彼と同室を希望するだけの、度量の広い大人は、いないのでしょうか?
本人自身にしても、もう少しみんなと上手くやるだけの知恵は、ないのでしょうか?

・・・・・・あ、ひょっとして、「スイス人気質を持ち合わせている」ということも、審査の対象になるのかも。



どの候補者が話題の人物か、是非知りたいという方は、下をクリック。
『誰が嫌われていて、どの三人がつるんでいるか見る』

2005年4月28日 (木)  お知らせ

皆様へ

只今、掲示板が使えなくなっております。

レンタルもとでの報告はありませんが、管理用画面などもエラーが出ますので、あちら側の問題かと思います。
いつ復活するかなど、今のところ分かりませんので、別の掲示板をしばらくの間代用することにします。

左のメニューに、『臨時掲示板』というところがありますので、そこに書き込んでください(Q&A用に使っているやつです)。

                      みんつ


≪追記≫
今現在(スイス時間11:30)、再び掲示板が使えるようです。

レンタル元からは、まだ何の答えも頂いていないので、しばらくの間、掲示板は2つにしておきます。

どちらでも、お好きな方をお使い下さい。

2005年4月29日 (金)  行けるかも知れない。

今日の日記には、不正確な関西弁が出て来ますが、私、生まれも育ちも千葉ですので、方言に無知であること、お許し下さい。

今回の日本旅行中、一番強烈な印象を受けたのは、姫路でした。

まずは、駅を降りてすぐのことです。
「ビジネス・ホテルに泊まってみたい」という夫B氏の希望により、私たちは市の中心から、ほんの少し離れたホテルに向かっていました。
駅からホテルまでは、いくつもの信号機があり、生真面目なスイス人と日本人の夫婦である私たちは、赤になる度に、車が来なくても止っていました。
しかし、何度目かの赤信号で、私には、それがばからしく思えて来ました。
「B氏、渡ろう」
そう言って歩き出す私たちの前方から、三人の若い男性がやって来ます。
何の迷いもなく、横断歩道を渡り始める背の高い男性に、連れの一人が言いました。
「おい、赤信号やろ」
それに対して、背の高い男性は、大きな声で、
「赤信号かて、車も何も来いへんかったら、青と同じやろ!」
一瞬の沈黙が流れる中、私の心の中では、即座にこんな突っ込みが返されます。
「兄ちゃん、それはちゃうでぇ」
その、あまりの間の良さに、私は、彼らとすれ違いざま、高らかに笑い声を上げてしまいました。
すると、背の高い男性も、それに呼応するかのように、笑い出しました。
・・・・・・オフィス街とおぼしき場所には、私たちの笑い声が、さわやかに響き渡りました。

次は、翌朝です。
九時頃でしょうか、私たちは姫路城に行きました。
その日はどうやら、地元のイベントが行われているようで、姫路城周辺はすごい人出です。入り口では、警備員たちが、声を上げて入場者を誘導しています。
すると、五十歳半ばぐらいの女性が、自転車に乗ってやって来ました。
「すいません、自転車での乗り入れは、ご遠慮願います」
そう言う警備員に、その女性は、全く躊躇せずに言いました。
「ええやん、ちょっと通らしてもらうだけなんやから。いつもここ、通ってんのよ」
・・・・・・その後彼女は、自転車にまたがると、堂々と入り口をくぐって行きました。

その次は、城内です。
あまりの人でしたので、自然と皆、列を作って進むように見学していたのですが、姫路城内には、何とも急な階段がたくさんあります。
私の後で、やはり五十代と思われる女性たちが言いました。
「また階段登らなあかんの。嫌やわ」
・・・・・・別に、登らなくても良いです。そうすれば、他の人が楽になりますし。
そう思った私の目の前で、脱落者が出ました。中年女性と、その父親らしき男性です。
疲れ切ってしまった父親を従え、彼女、立ち入り禁止の印に渡してある、鎖をまたごうとしています。
「あの、そこはまずいんじゃないですか?」
これだけの人が皆、そこを通ってしまったら、大変なことになります。下へ降りる階段へは、来た道を少し戻るだけで、10mもありません。
彼女は私を見て言いました。
「ちょっと通らしてもらうだけですから」
・・・・・・ここ、日本で初めてユネスコの世界文化遺産になったお城らしいですけど、いつまで持つのでしょうか?

そんな一日が過ぎた後、私は思いました。
もちろん、ここにはたくさんの観光客が来ますし、彼らが全員姫路の人である可能性は低いのですが、・・・・・・もし、私がいつの日か、女を止めて『おばちゃん』になったら、ひょっとするとこの町は、ものすごく、居心地が良いのではないでしょうか。

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