2006年5月1日 (月)  主婦の悩み

「今日の夕飯は、何にしよう?」
これは、女達に代々受け継がれている、永遠のテーマではないでしょうか?
私が子供の頃、夕方になると母や近所のおばさん達が、よくこう言うのを聞きましたし、大人になった今では、既に母なり妻である妹や友人達、そしてこの私自身ですら、やはりこの言葉を呟くのです。

時には自分の食べたい物がはっきりしていたり、祝い事などがあったりして、「よっしゃぁ、今日は一丁、気合いを入れるか」と、張り切って台所に立つこともありますが、大抵は「はぁ、そろそろ何か作らなくちゃ。でも、何?」と何度も冷蔵庫を開けては、溜息なぞを吐くのが、主婦というものではないでしょうか?
それでも平日は、働いている夫のためにと、ない知恵を絞って自分で考えるのですが、週末ともなり、朝昼晩と続けて食事を作っていると、日曜日の夕飯の頃には、この大きな壁が目の前に立ち塞がるのです。

昨日も私は、この永遠のテーマにぶつかりました。
そして、愚かであるとは知りつつも、つい、口癖のように夫B氏に聞きました。
「今夜の夕飯、何が良い?」
B氏からは、いつもの答えが返って来ます。
「何でも良い」

さて、どうしましょう? 
何でも良いと言われても、その何でもが思い付かないから聞いている訳です。
このまま「あ、そう、じゃあ何か適当に作るわね」とは、ならないのです。そんな簡単なことなら、初めから聞いたりはしないのですから。
仕方がないので私は、もう一押ししてみることにしました。
「あのね、おかずは決まっているの。そろそろ食べちゃわないといけないお肉があるから、ステーキにしようと思うんだけど、主食は何が良い?」
これなら、B氏だって何か答えを思い付くでしょう。

少し説明しますが、スイスの食事の習慣では、日本のようにいつもお米が付く、というわけではないのです。
各家庭の好みにもよりますが、パン、パスタ、じゃが芋、豆などが、お米と同じ感覚で、食卓に上がります。
私が日本人のせいか、我が家は比較的お米を食べる方ですが、それでも週に2〜3度でしょうか。

ステーキは豚肉でしたので、主食によっては、ソースを掛けたり生姜焼き風にしたりと、それなりに案が出てくると思った私は、B氏の答えを待ちました。
ところがB氏は言いました。
「バナナ!」
……これは、ウケねらいですね。
しかし残念な事に、私は本気で答えを聞きたかったのですから、勿論笑いません。

「ホントだな?」
凄味をきかせる私に、B氏はなおも挑戦しました。
「ええと、調理はせずに生で」
……おい、おい。刺身じゃないんだから。
そうは思いましたが、これで許しては、今後毎回このような答えが返ってこないとも限りません。
「分った!」
覚悟を決めてそう言うと、私はくるりとB氏に背中を向けて、夕飯の支度に掛かりました。

ええ、ええ、出しましたとも。
B氏のこんな馬鹿げた冗談で、女達の永遠のテーマであるこの問題を、うやむやにするわけには行きませんからね。

豚のステーキにレタス、トマト、ブロッコリー、ピクルスを付け合わせ、バナナを添えて出しました。
しかもバナナは、一口大に刻み、コンデンス・ミルクをかけてやりました。
勿論、覚悟を決めたからには、私だってこのメニューで夕飯です。
ハード・ボイルド主婦をなめたら、あかんぜよ!

「お、綺麗に出来たな」
目の前に出された皿を見て、B氏は言います。
「バナナはデザートじゃないから、お肉と一緒に食べてね」
「おぉ!」
いつものように、もりもりと食べるB氏。

……ええと、これ、案外いけました。

2006年5月3日 (水)  歯医者

私は歯医者が嫌いです。
ですから、出来ることなら、痛くなるまで行きたくはないのです。
しかし、スイスに住んでいると、そういうわけにも行かない事情があります。

どういうことかと言いますと、スイスでは、歯医者は保険が利かないのです。
否、正確に言うならば、歯医者でも使える保険に加入することは出来るのですが、この料金が滅茶苦茶高いのです。
よほど歯が弱くて、始終歯医者に掛かっているという人でもない限り、この保険には入らずに、かかった費用を自分で払った方が、割が合うのです。
我が家では、夫B氏は生まれてこの方、虫歯になったことがありませんし、私も歯は、まあ普通に丈夫ですので、保険には入っていません。

ということは、痛くなるまで放って置いて、大事になってから治療をしてもらうと、お金がものすごく掛かりますから、一般的なスイス人がそうしているように、毎年1回コントロールと歯石除去を受け、小さな虫歯のうちに治療をした方が、安上がりなのです。
歯医者の方もそれは分っていますから、年に一度「そろそろコントロールの時期ですよ」という葉書を、自分の受け持ちの人達に送ったりします。

さて、今回のコントロールで、私には小さな虫歯が2つありました。
見つかってしまったものは、仕方がありません。
治療台で口を開け、きーっと高音で鳴る器械に怯えながら、私は自分に言い聞かせました。
……Kちゃんは歯医者が大好きで、「歯を掘られていると、気持ちよくて眠くなっちゃう」って言っていたじゃないか。そう、気の持ち様よ。
ひょっとしたら私だって、新境地を開拓して、歯医者の良さが分るかも。Mの人だって、痛いのが良いそうじゃない。

そんな私の努力を見事に砕いてくれたのが、今回新しく私の担当となった、女医さんでした。
「貴方がどのぐらい痛いと感じるか、私には分らないから、まずは麻酔無しで“プロビーレン(probieren:試す)”しましょう」

……え、麻酔って、私の虫歯は小さいんじゃなかったの? しかもプロビーレンって、何か不安だな。
「麻酔無しで“プロビーレン”して、良いわよね?」
「はぁ、“プロビーレン”ですか……」

きーっ、きーっと鳴る度に服の裾をぎゅっと握りしめ、私は、出来るだけ口を大きく開けていました。
痛いといえば痛いけど、大丈夫といえばそんな気もする、というような状態で観念していると、女医さんと助手の会話が聞こえてきます。
「先生、次はどちらの器具を使いますか? こっち? それともこっち?」
「ええと、とりあえずそっちで“プロビーレン”してみるわ。それで駄目なら、もう一つの方を使うわ」

……え、また“プロビーレン”? 
しかも今度は、「それで駄目なら」とか言っているし。最初から確実な方でやっちゃ駄目なの? 
否、この先生はきっと、“プロビーレン”っていうのが口癖なんだ。きっと、そういう言い方の方が、穏やかだと思っているんだ。まだ若いし、威張っていると思われないようにしているのかも。
そうよ、本当に“プロビーレン”している訳じゃない筈。

「先生、じゃ、こっちで“プロビーレン”ですね?」
「ええ、まずはそっちで“プロビーレン”するわ!」

……ひぃ〜っ、私で試すのは止めてくれぇ〜

2006年5月4日 (木)  危険な夜

明日の朝、我が家に煙突掃除人が来ます。

今日の午後、アポイントを取りに来た青年は言いました。
「明日の朝、7時半に来て良いですか?」
……うっ、そんなに早く起きられるかな? もう少し遅い時間にして欲しいって、言おうかな?
私の頭の中でこれらの考えが、素早く駆けめぐります。

しかし、黒い制服に身を包み、太陽を背にして畑を耕している私を見あげているため、眩しそうに片目をつぶっている、なかなかハンサムな金髪青年を前にして、私はつい見栄を張ってしまいました。
「7時半ですね。ええ、良いですよ」
……夫B氏に起こしてもらえば良いや。
そんな甘い考えがあったのも確かですが、私、この煙突掃除人の爽やかな笑顔に、「それは困る」とは言えなかったのです。

それにしても今日の青年といい、前の村の青年といい、スイスの煙突掃除人にいかした金髪の青年が多いのは、何故でしょうか?
職業柄、せめて見栄えが良くないと、女性が寄って来ないからでしょうか?

そんな調子で出来もしない約束をした私は、早速B氏の携帯に電話を入れました。
ところが、何度掛けても留守電になっていて、夜の9時半を過ぎてもまだ連絡が付かないのです。
実は、今日と明日、B氏はまた遠い現場で働くため、今夜は家に帰って来ないのです。
そういえばこの間、「携帯電話を解約する」とか「壊れたみたいだ」とか言っていたような気が……。
困ったことに、我が家には目覚し時計がありません。

「そうだ! 下のお婆ちゃんの所も、ほぼ同じ時間に掃除をする筈だから、お婆ちゃんに起こしてもらおう」
我ながら、良い考えです。
明日は煙突掃除人のために、お婆ちゃんだって早起きしなくてはいけないのですから(いつもの時間?)、ついでに私を起こすぐらい、簡単なことです。
肝心なときに当てにならないB氏など忘れることにして、私は10時になる前に、下に降りて行きました。

ピンポ〜ン、ピンポ〜ン……し〜ん。
……うそっ、お婆ちゃんがいない!?
私は慌てて、各部屋の窓を覗いて回りましたが、どの部屋にも明かりは灯っていません。お婆ちゃんが寝るのは、確か12時頃の筈です。
今夜は他所でお泊まりでしょうか?
B氏もお婆ちゃんも駄目となると、私は、どうしたら良いのでしょう?

「うぅー、この手は、出来れば避けたいのだけど、仕方がないかぁ」
覚悟を決めて、義父母宅の電話番号をダイヤルした私の耳に届いたのは、無情にも留守番電話の声です。
……ここも留守? 義父母なんて、普段滅多に外泊しないじゃない! よりによって今夜って、どういうこと?
困りました。朝の7時に目覚しもなく自力で起きるなんて、どんな奇跡が起ったとしても、私には無理です。
……徹夜するか? 

何でスイス人は、こんなに朝早くから働くのでしょう?
若者というのは、朝起きたくなくてぐずぐずするのが、相場ではないのでしょうか?
普通、そんなに朝早く起きるのは、子持ちの主婦ぐらいですよね?

!!!!!
「あっ、いる、いる、子持ちの友達が!」
私は手帳を捲ると、3人の子持ちであるN嬢に電話をしました。
「みんつだけど、ちょっと聞きたいことがあるの? 貴方、明日は何時に起きる?」
「9時ぐらいかな」
「……」
9時じゃ、駄目です。煙突掃除人が来るのは、7時半ですから。
「あー、N嬢家で明日の朝、一番早く起きるのは誰?」
「L太だけど、何?」
「L太は、何時に起きるの?」
「7時から用事があるから、6時半位かしら」
明日の朝、私はまだ小学生のL太に、電話で起こしてもらえることになりました。

……私、こんなんで、大丈夫なんでしょうか?

2006年5月8日 (月)  聖なる敵

今の時期のスイスには、『heilige Eiskaelte(ハイリゲ・アイスケルテ)』と呼ばれるものがあり、野菜畑を趣味とする私を、いささか煩わせているのです。

これは何かといいますと、
heiligeは「聖なる」、Eiskaelteは「氷のように冷たいもの」という意味の複数形です。
ここでは『聖なる寒冷達』とでも訳しておきましょうか。
つまり、スイスはもう春で、日中など20度近くなっているというのに、突然この聖霊達がやって来て、がくんと気温が下がる日があるかも知れない、ということなのです。

ところがこの『聖なる寒冷達』、毎年絶対に来るというわけではなく、来るかも知れないし、来ないかも知れないし、そこは聖霊達のことですから、お天道様のみぞ知るということなのです。
そして、もし奴らが来るとしたら、それは5月15日頃である、というのです。

これが私にどう都合するのかといいますと、
「畑仕事をいつ始めるか?」という判断を迷わせるのです。
否、はっきり言うなら、私の判断を迷わせているのは、聖霊達ではなく、それに振り回されている人間達、なのです。

つまり、こういうことです。
私の畑は、標高1200mの山の上にありますから、夏が始まるのは遅いですし、終わるのは早いのです。
ですから、この聖霊達が確実に来ないと分るまで待っていては(5月の末まで)、作物が育つ期間が、かなり短くなってしまうのです。
まして私は、他のスイス人のように苗を買ったりしませんから、種蒔きから数えると、随分時間が限られてしまいます。

私としては、このリスクは背負って、一か八かの大勝負をしたいのですが――というのも私は、当りの夏でないと育たない野菜なども植えているため、出来るだけ長く暖かい時間、が欲しいのです――私の周りのスイス人達が、がやがやと言うのです。

「豆は慎重にしないとね」 「え、トマトをもう植えちゃうの?」 「胡瓜はまだ待つんでしょう?」 「うーん、聖霊達が来るかも知れないからねぇ」……
私が畑に出る度に、この台詞が囁かれますし、やはり畑を趣味としている義父母と話す度にも、やんわりと牽制されるのです。

今の村に来るまでは、私、そんなことは知りませんでしたから、好きなようにやっていたのですけど、問題はなかったのです。
それどころか、そのおかげで、村中の人が育たないと思っていたとうもろこしが大豊作となり、翌年からは子供達にせがまれた隣のお父さんが、とうもろこしを植え出した、などというぐらいなのです。

何度も書いていますから、もう皆さんは知っていますでしょうが、私の畑は、純粋に楽しみの為にやっているものです。
もちろん、知識豊富な先輩方の忠告はありがたいことですが、私としては、色々と思い付くことを試してみたいのです。
その結果、今年はいまいち不作になったとしても、それはそれで良いのです。ただスーパーに行って、プロの作った野菜を買って来るだけですから。

「みんつ、今日は何を植えているの?」
「メロンです」
「えっ、メロンはまだ早いんじゃない?」
「ええと、この種はちょっと普通のじゃなくって……昔のスイス人が栽培していた、ってやつなんですよ。だから、寒くても行けるかも知れないし……大体メロン自体、この標高では無理かも知れないから、駄目なら駄目で良いんですよ」
「どうかしらねぇ、聖なる寒冷達が来るかも知れないし」
「……」

私が、私の畑に、私の労力で、私の食べる物を植えているのに、何で好きにしちゃいけないのでしょう?
生活がかかっているわけじゃないんだから、全く育たなくても、それはそれで良いって言っているのに。

……けっ、聖霊達がなんだ。こちとらハード・ボイルド主婦だぜ。
まとめて、かかって来い!

2006年5月9日 (火)  困ったちゃん 1(歯医者)

スイスで暮らしていると、日本の常識から見て、びっくりするような人や事柄に出遭うことがあります。
それは、スイス人のこともありますし、スイスに暮らす外国人のこともあります。
それは、スイス人にとって、一般的であることもありますし、スイス人にとっても、びっくりすることである場合もあります。
今回は、私の周りのそんな人達について、お話ししようと思います。

【H子さんの場合】
H子さんは、スイスに夏の間だけ働きに来ていた、20代後半の日本女性でした。

ある日彼女は、自分の歯に小さな穴が開いているのに気付きました。どうやら、随分昔に治療した歯の詰め物が、取れてしまったようです。
まだ帰国までには何ヶ月かあることですし、彼女はスイスの歯医者に掛かることに決めました。
電話帳で歯科医を探すと、その町には1件だけ、名前が載っていました。
彼女はそこに電話を掛けると、予約を取りました。

さて、その予約の日です。

診察室で事情を説明する彼女に、医師は返事もせずに、治療を始めました。
いきなり歯を削られてびっくりした彼女は、医師の手を止めると、聞きました。
「すいません。でも、まず何をするのか、説明して頂けないでしょうか?」
すると医師は、何と側にあった机を、掌で「バンッ!」と叩いたのです。

「私の治療が気に入らないのなら、帰りなさい!」
医師の剣幕に驚いた彼女は、慌てて付け足します。
「いえ、先生に不満があるのではないのです。ただ、何をするのか知りたいと思って」
ところが医師は、恐い顔でこう言うだけです。
「帰りなさい」

H子さんの歯は、既に削られてしまっていますから、そのまま帰るわけにはいきません。ここは何とかして、医師に機嫌を直してもらわなければなりません。
「ごめんなさい。先生を怒らせるつもりではなかったのです。もう一度治療を続けて下さい」
それに対する医師の答えは、こうでした。
「今日はもう、貴方の歯を治療する気にはなれない。帰りなさい」

……私はただ、何をするのか聞きたかっただけなのに。スイスにまで来て、どうしてこんな酷い扱いを受けなくてはならないの?
そう思った途端、H子さんの目からは、涙がぽろぽろと溢れてしまいました。

「ごめんなさい。もう何も言いませんから、どうか治療を続けて下さい」
泣きながら懇願する彼女に、医師はそれでもこう言いました。
「今日は駄目だ。でも、どうしても私に治療して欲しいというなら、改めて違う日に予約を取りなさい」
そして医師は、部屋を出て行ってしまいました。

「みんつさん、私は、どんな間違いを犯したの? スイスの歯医者って、皆そうなの?」
そう聞く彼女に、私は言いました。
「貴方は、何も悪いことはしていないよ。ただ、皆そうだとは言わないけど、スイスの歯医者って、何かと色々聞くのよ。今回は酷過ぎるけど、もしかすると、そんなに特別な事ではないのかも。実は私も一度ね……」

明日は、みんつの場合です。

2006年5月10日 (水)  困ったちゃん 2の一 (歯医者)

【みんつの場合】
私がスイスに来て間もない頃です。

暫く前から私は、歯に穴が開いていることに気付いていたのですが、スイスの歯医者は保険が利きませんし、当時はまだ、この先スイスに長く住むとは、考えていませんでしたので、歯の治療はその内日本でするつもりでいました。

ところがある時、私は夫B氏(この時はまだ、結婚していませんが)の仕事関係で、フィリピンに2ヶ月間行くことになりました。
2ヶ月間フィリピンで暮すとなると、歯の穴が少し気になります。
あまり清潔ではない食べ物を口に入れなければならない機会が、何度かあるかも知れませんし、歯の穴からばい菌が入ったりしたら、まずいのではないでしょうか?
そう思った私は、本格的な治療は日本でするにしても、とりあえずの応急処置として、歯の穴を塞いでもらおうと、歯医者に予約を入れました。

さて当日、困ったことに私は、予約の時間に10分ほど遅れてしまったのです。
というのも、スイスの開業医というのは、日本のように大きな看板を出しているわけではありませんし、普通のアパートの1室を借り、個人のものよりはちょっと大きいかな、というぐらいの表札をドアの所に付けているだけなのです。
ですから私は、住所は見付けたのに、歯医者が何処にあるのか、なかなか分らずにいたのです。

10分遅れで息を切らしながら受付に現われた私に、係りの女性は、スイス・ジャーマンで言いました。
「貴方は遅刻をしたから、今日は診察を受けられません」
当時の私は、ドイツ語自体殆ど分りませんでしたし、スイス・ジャーマンは一、二言聞き取れるかどうかという程度でしたから、英語で言いました。
「すいません。でも、この医院の場所が分かり難かったもので。待合室には何人もいますし、後の方を先にして、私と交換して頂くことは出来ないでしょうか? 私でしたら、待ちますから」
ところが彼女は、スイス・ジャーマンでこう言うきりです。
「貴方は遅刻をしたから、今日は治療を受けられません」
仕方がありませんから、別の日に予約を取り、私は医院を後にしました。

数日後です。
問題なく医院に着いた私は、治療をしてもらうことになりました。

「あの、始めにはっきりしておきたいのですが、今日は応急処置だけお願いします。きちんとした治療は、後日帰国した際に日本でやりますから。それと、私はスイスに住んでいるわけではありません。今は旅行中のようなものですから、高額の医療費は払えません。お金の問題でそちらに迷惑をかけるのは不本意ですから、初めに幾ら位かかるのか、大体の見積もりを出して下さい」
診察室に現われた女医に、私ははっきりと言いました。
しかしその女医は、何やらスイス・ジャーマンで言うと、治療を始めようとします。
私が聞き取れたのは、「心配しなくても大丈夫」という様な感じのことだけでした。

「あの、大体幾ら位で出来ますか?」
何度も英語で聞き直す私に、女医はただ「xxx大丈夫、心配は要らないからxxx」とスイス・ジャーマンで答えるだけです。
「冗談じゃなく言いますけど、本当に高額の治療費は、払えませんからね」
私がそう念を押しても、女医はただ「心配しなくて大丈夫」とだけです。
お金の話しをして「心配は要らない」と言うのなら、そんなに高くはないと了解して良いのでしょう。そう判断した私は、女医の言うままに口を開けました。

どうやら最初は、レントゲンを撮るようです。
助手が来て、四角い板を私の口の中に、押し込もうとしています。
しかしこの板は、私の口のサイズよりも大きくて、歯を噛むように閉じなくてはいけないと言われても、私にはそれが出来ないのです。
「無理です。これを噛んだら、口の中が切れます」
「でも、これを噛まないと、レントゲンが撮れないのよ」
「そういわれても、無理なものは無理です」
「いいから噛んで」
「無理です」

四角い板を無理矢理に噛まされた私の口の中は、丁度フランス・パンのサンドイッチを囓った後の様に、歯の裏の皮膚がめためたになってしまいました。
(後で知人の日本人歯科医に聞いたのですが、アジア人の顎は、白人のそれよりも小さく出来ているらしいのです。)

そんな風に不安を抱え、私の治療は始まりました。

            〜次回に続く〜

2006年5月11日 (木)  困ったちゃん 2の二 (歯医者)

             〜前回からの続き〜

レントゲンを撮った後、女医は私の口の中に、麻酔注射を何本か打ちました。
……ん? 詰め物をするだけなのに麻酔?
少し変だとは思いましたが、私が日本で歯医者に掛かったのは、確か中学生の時が最後でしたし、スイスではそんなものかも知れないとも思ったので、私は特に何も言いわずにいました。

さて、麻酔が効き始めると、女医は何やら始めたのですが……

何と言ったら良いのでしょう、力任せに顎が引っ張られる感じなのです。それと共に鈍い音がするような気もします。
……もしかして、神経を引っこ抜いている?
しかし麻酔が効いていますので、そして歯科医がどういうことをするのか、私には分っていませんでしたので、「?????」とは思いながらも、そのまま口を開けていました。
まあ、本当におかしいと分ったとしても、その状態ではもう、どうにも出来ませんでしたが。

その日の治療が終わると、女医は言いました。
「まだ終わりじゃないから、次の予約を取って行って下さい」
もう既に何か始めてしまったのですし、終わっていないと言うなら、仕方がありません。私は次の予約を入れました。
スイスの歯医者では、一度に一人の患者だけを診るので、この日30分近く口を開けたままだった私は、顎が酷く痛くなったことを覚えています。

二回目の治療日です。

前回「治療はまだ終わっていない」と言われていましたから、私はてっきり、今日も同じ歯を治療するのだと思っていたのですが……

歯というのは、何となくどの歯がどの歯なのか感じますが、はっきりとこの歯はこれだ、とは分らないのではないでしょうか?
何となく前回の歯の隣をいじっているようには感じるのですが、前回は麻酔も効いていましたし、確信が持てませんでしたから、私はまた流されるままに治療を受けました。

途中で何度か「何の治療をしているのか?」とか「私は、穴を塞ぐ応急処置を頼んだ筈だけど……」とは言ってみましたが、女医はやはりスイス・ジャーマンで何やら言うだけで、私には「心配しなくて大丈夫」しか理解出来ませんでした。

前回よりは簡単な治療でしたが、今回、私の不安は強くなりました。
……この医師は、勝手に私の歯を治療しているようだ。やってしまったものは、もう仕方がないけれど、料金は大丈夫だろうか?

その日の治療後にも、女医は言いました。
「治療はまだ終わりじゃないから、次の予約を取るように」
私はもう一度、思い切って聞いてみました。
「先生、私は応急処置だけを頼みましたが、一体何の治療をしているのですか? そうやってどんどん治療してしまって、高い請求書を送られても、私は旅行客ですから、本当に払えませんよ。困るのは、そちらですよ。大丈夫ですか?」
今回も女医は、スイス・ジャーマンで何か言っただけで、私に分るように説明してくれるつもりはない様です。

家に帰った私は、夫B氏(当時はまだ結婚していません)に頼みました。
「もう一度歯医者に行かなくてはいけないのだけど、どうもあの先生は、私が頼んでいない事をしているみたいなの。その上、私が何か聞いてもいつもスイス・ジャーマンで、何もきちんと説明してくれないの。悪いけど、この次は付いて来てもらえないかしら?」
私の話を聞いたB氏は、怒ったように言いました。
「これだから歯医者は嫌なんだ! 奴らは自分を神様だと思っているんだよ。老人ならともかく、医者で英語が出来ないスイス人なんて、いるわけがない。その女は、みんつに説明する気がないだけだ。おぉ、次回は俺が行って、びしっと言ってやるからな」

三度目の治療の日、私の横に立つスイス人男性を見て、女医の表情が急に変わりました。

              〜次回に続く〜

2006年5月12日 (金)  困ったちゃん 2の三 (歯医者)

                  〜前回からの続き〜

夫B氏(この時はまだ結婚していませんが)の顔を見た女医は、さっと椅子から立ち上がると、私が驚くほど愛想の良い笑顔で、手を差し出しました。
「私は、彼女の担当医のxxです」

普段ならB氏は、どちらかというと内気なタイプですから、初対面の人との挨拶の場合、大きな体をまるで相手に合わせるかのように屈めたりするのですが、この時は気合いが入っていたのでしょう、背筋をぴんと伸ばしたまま、小柄な女医を見下ろすようにして、その手を握りました。
「貴方と彼女の間に、コミュニケーションの問題があるようですので、今日は僕も同席します」

この台詞に女医は慌てたようで、私の顔を見ると、今まで見せたこともないような親密さで言いました。
「あら、そんな事ないわよねぇ。私達、きちんと分かり合っているわよね?」
女医の豹変ぶりに呆れた私は、はっきりと言いました。
「私達の間に問題がないとしたら、何故私は彼を連れて来たのでしょうね? まず、貴方が前回までに何の治療をしたのか、そして、今日は何をするつもりなのか、きちんと説明して下さい」

女医は、私達に普通の椅子を勧めると、初日に撮ったレントゲンを見せて、説明をしました。
「つまり、貴方は私が頼んだのとは、違うことをしたわけですね。もう済んでしまったことは仕方がありませんが、その治療が幾らぐらいなのか、教えて下さい」
この質問には「それは、担当が違うから」と、女医は答えてくれませんでした。

三度目の治療は、B氏が側にいるからか、本当に前回の残りだったのか、簡単に終わりました。

ところが、女医はまだ言います。
「貴方の親知らずは、四本とも普通の歯のように生えているの。そのせいで隣の歯との間が、幾らか狭くなっているのね。そういう場合、隣の歯が虫歯になり安いから、親知らずは抜いた方が良いわ」

私がスイスで歯医者にかかることにしたのは、フィリピンで二ヶ月間暮らす上で、穴の開いた歯にばい菌が入ったら嫌だと思ったからです。とりあえず二ヶ月間持つ、応急処置をして欲しかったからです。
このことは、最初からはっきりと言ってあるはずです。
それなのにこの女医が、私の親知らずまで抜くつもりでいるのは、どういうことでしょう?
もし今日、B氏を連れて来ていなかったら、私は何をされていたのでしょう?

「これ以上の治療をするつもりはありませんから。それから、そのレントゲン写真は、頂けるのですよね?」
そう言う私に女医は、それでももごもごと「親知らずを抜くべきだ」と言います。
「親知らずは、子供の時からずっと同じように生えていますが、今までそのせいで虫歯になったことはありませんし、もし今後抜くことがあったとしても、保険の利く日本でやるつもりですから、既にいじった二本の歯が終わりなのでしたら、これで貴方の治療は終わりにします」

実は私、産まれて一度も歯痛というものを経験したことがなかったのです。
この歯科医にかかった時点でも、歯に穴は開いていましたが、痛みは全くなかったのです。
ところがこの治療後、フィリピンにいた二ヶ月間、私はかなり長い間、痛み止めの薬を飲まなければなりませんでした。
そして十年経った今でも、私は体調が悪くなると、この神経を抜いた歯が痛くなります。

もちろん技術的には、この女医は、全くミスはしていません(不安でしたので、日本人の歯科医に見てもらいましたが、きちんと治療されているそうです)。
また、全ての医師の名誉のために言っておきますが、スイスの医療技術は、日本と比べて決して劣りません。

ただ、人間の体というのは、器械ではありませんから、故障箇所が直れば良いというものでもありません。
私個人の好みを言うならば、「本当はビタミン剤を処方されただけなのに、その医師が信頼出来たために治ってしまった」というのが、良い医師だと思っています。

……これからスイスに来られる方、歯の治療は、ぜひ日本で済ませて下さい。

2006年5月15日 (月)  2006年度「ミスター・スイス」決定!

タイトルを見ての通り、今年の「ミスター・スイス」が決まりました。

写真写りの関係か、日本人とスイス人の美的感覚の違いか、今回もまた、皆さんがノー・マークだった人物です。
焦げ茶の髪に緑の目、お父さんはスペイン人だそうです。

では、こちらからどうぞ(↓)。
『ミスター・スイスを見る。』
(* 時間が経った為、画像は外しました。)

もう一度候補者全員を見たいという方は、こちら(↓)。
『どんな人がいたっけ?』
(* 時間が経った為、画像は外しました。)

2006年5月17日 (水)  困ったちゃん 3 (教師)

ドイツ語の文法というのは、まるで数学ではないかと思うような規則がたくさんあり、外国人は大抵苦労をするのですが、ある時私は、幾らか変わった苦労の仕方をしましたので、今日はその話をしようと思います。

ドイツ語教師A嬢は、当時20代後半のドイツ人女性でした。

スイス人女性もそうですが、ドイツ人女性もある年齢層より若い人達は、男女平等という意識が強くあり、その事にこだわり過ぎるため、私達日本人女性からすると、時にはヒステリックなほどに見えることがあります。
A嬢もそんな女性の一人で、そのこだわりは、彼女のドイツ語の授業にも見られました。

ドイツ語の名詞には、「男性」「女性」「中性」と3種類の性別があり、名詞の性別によって、諸々の単語の語尾がそれぞれ違う形を取ります。
また、その名詞が何格であるかによっても、単語の語尾が変わります。

こんな風に言われても、分かり難いですよね?
一つ簡単な例を上げてみましょう。

「父」は「男性名詞」ですから、「der Vater」です。
「母」は「女性名詞」で「die Mutter」、「子供」は「中性名詞」で「das Kind」。
この「der」「die」「das」というのは、英語でいうところの「the」です。

「xxは○○をした。」という文を作る時、この「xxは」は「1格」ですから、「der」「die」「das」はこのままですが、「私はxxに○○をした。」と言う場合、「xxに」は「3格」なのでそれぞれ「der→dem」「die→der」「das→dem」になります。
また「私はxxを……」の「xxを」は「4格」ですから、「der→den」「die→そのまま」「das→そのまま」です。

気付きましたか?
ドイツ語の文法では、「男性名詞」が最も複雑に変化をします。

ところが私の先生は、男女平等主義者のA嬢です。
彼女の意識の中では、教科書の例文が大抵「男性」であることが、不平等に思えますので、せめて黒板に書く彼女自身の例文は、「女性」にしたいのです。

教科書に「医師が言った」と書いてあれば、彼女は黒板に「女医は言った」と書きます。
「女医は、女優に、女教師を、呼んで来いと言った。」
A嬢の書く例文は、毎回こういった具合でした。
ということは、全て「女性名詞」ですから……実は、ドイツ語では「女性名詞」が、最も語尾変化が少ないのです。

私が決して安くはないお金を払って、生活のために必死で習っているドイツ語は、彼女の政治的な意図のため、殆ど「語尾変化をしない」のです。

「男性形だと、どういう風になるのですかね?」 「日本は、そんなに男女平等とか、浸透していないですからねぇ」 「私自身は、ヨーロッパのウーマン・リブにはちょっと疑問があるし」……
それとなく私は、「女性形の例文は止めてくれ」という気持ちを伝えてみたのですが、これがA嬢の「このアジアの小さな女性にも、私達の素晴らしい精神を教えてあげなくてはいけない!」という義務感を目覚めさせてしまったようです。

次第に私のドイツ語授業は、文法だけでなく会話の内容まで、男女平等精神に満ちたものとなって行きました。

……授業料、半額にしてくれ!

2006年5月18日 (木)  困ったちゃん 4 (教師)

何度も書いていますので、皆さんは既にご存じでしょうが、スイスで暮し始めた
時、私にはドイツ語の知識が全くありませんでした。
「ABC」が読めないのですから、文字通りゼロです。

ドイツ語を知らない方には、ぴんと来ないでしょうから、少し説明をしますと、この「ABC」、英語でしたら「エー、ビー、シー」ですが、ドイツ語では「アー、べー、ツェー」と読むわけです。
これが分らないとどう困るのかというと……
「エー」と言われた私は、まあ、自然に「A」とノートに書くのですが、ドイツ語の「エー」は「E」なのです。では「イー」はどうかというと、「I」なのです。
しかも当時の私には、当然「べー」と「ヴェー」というような、似た音の違いは聞き取れませんから、「BとW」「MとN」「LとR」等は皆、ごちゃごちゃになります。

ということは、授業中先生の言うスペルを書き留めている私のノートには、存在しない単語が、たくさん綴られることになります。
隣のセルビア人男性M氏が、毎回「みんつ、それはイーでエーじゃない。あぁ違う、それはべーだよ」とは教えてくれたのですが、私はただ、顔中に???を浮かべるだけで、大体、何故皆がスペルを書き取っているのかさえ、私には分っていないのです。

そんな私を受け入れた、「外国人用ドイツ語講座、初級集中コース」の教師B嬢は、推定30代半ばの、シガニー・ウィーバーをごつくした感じの女性でした。
このB嬢、人柄や授業のやり方自体は、可もなく不可もなくといった具合でしたが、私が何とも苦労をしたのは、「字が汚い」ということでした。

はい、もう分りますね?

スペルが聞き取れない私は、もちろん、「すいませんが、黒板に書いて下さい」と頼むわけです。
ええ、書いてくれますよ。B嬢は教師ですから、生徒が分るように教えるのが仕事です。
しかし、彼女の字があまりにも汚くて、アルファベットを母国語としない私には、今度はその黒板の文字が読めないのです。

ここでまた、親切なM氏が登場です。
「M氏、あれは何て書いてあるの?」
「ああ、あれはイー、エー、ヴェー……」
「?????」

そしてこの、既に2重苦を負っている私に、更なる試練が加えられます。
これは、スイス全体の習慣なのですが……

何と!! B嬢が、濡れたスポンジで黒板を消すのです!
試したことのある方も、いるのではないかと思いますが、濡れた黒板に白墨で文字を書くと、はい、何も見えませんね。

間違ったスペルばかりを書いている内に、黒板をびしょびしょのスポンジで消され、しかも、その濡れた黒板にまた汚い字で書き殴られ、私のノートには、半分書きかけの、辞書を最初から最後まで丁寧に捲ったとしても、決して見付けることの出来ない単語が、幾つも並びます。
そして隣では、そんな私を心配するM氏の、「みんつ、それは違う。あ、ここも違う。違う、そうじゃない……」

……ええと、当時の学校運営の方、私の授業料は、半分M氏にあげて下さい。

2006年5月19日 (金)  困ったちゃん 5

ある時私は、知り合いの日本人女性M嬢から、ホーム・パーティーに呼ばれました。
スイスでは良くすることなのですが、新しい部屋に引っ越した時など、気の合う友人達を呼んで、夕飯を皆でわいわい食べるのです。

M嬢の新しい部屋は、元々ドイツ人女性E嬢が借りているもので、E嬢のルーム・メイトとして、M嬢がそこに住むことになったのです。
ですからM嬢は、E嬢のアパートの一室を自分の物として使い、他はE嬢の好みで飾られている部屋(居間やキッチン、風呂場など)を、共有するという形でした。

もちろん、このパーティーにはE嬢も参加しました。

E嬢は、30代後半といった感じでしょうか。
顔立ちも体格もがっちりとしていて、正直に言ってしまうなら、決して優しそうには見えませんでした。
そして、実際に話してみると……決して優しいと呼ばれる部類の女性では、ないようでした。

さて、M嬢宅に着いた私は、一通りアパートを見せてもらった後、居間のテーブルの上に綺麗に飾られた、久しぶりの日本食にわくわくしながら、席に着きました。
そこには既に二人の日本人がいて、私達4人は誰からともなくお喋りを始めましたが、E嬢はまだ何かすることがあるらしく、席には着かないようでした。

私達のお喋りが盛り上がり、この日初対面であるE嬢の存在を、誰もが気詰まりに感じなくなった頃、それは突然起りました。

誰かが背後で何か呟いたと思った瞬間、何と、私の身体が椅子ごと宙に浮いたのです!

「えっ、何!?」
慌てて私が振り返ると、そこには両脇から椅子をがしっと抱え、私を持ち上げているE嬢がいました。
「ええっ、何? 貴方、何しているの?」
E嬢の両腕の中で、椅子から落ちてしまわない様にとバランスを取り直し、私は首だけを後ろに回して聞きました。
「絨毯が捲れているから」
「……」

そっと床を見ると、ちょうど私の座っていた場所には、絨毯が敷いてあります。
多分、私が席に着いた時に椅子を引いたため、その端が捲れてしまったのでしょう。
もちろん、そのせいで絨毯が駄目になるようなことはありませんが、まあ、見栄えとしては良いものではないのかも知れません。
少なくとも、E嬢にとってそれは、気になることであったのでしょう。

しかし!!!
普通、初対面の人間の、子供ならまだしもいい歳をした大人が座っている椅子を、何も言わずにいきなり持ち上げますか?
しかもその大人は、これから一緒に暮らして行くだろう、ルーム・メイトの友人なのです。

「みんつ、絨毯が捲れているから、椅子を動かしてくれないかしら?」
ただこう言えば、良いことではないのでしょうか?
ええ、そこにいた日本人達は皆、宙に浮いた私を見つめ、唖然としていました。

……ま、10年経った今はもう、持ち上がらないでしょうけどね。

2006年5月23日 (火)  困ったちゃん 6

知人のS嬢は、当時30代半ばで、結婚して小さな娘がいました。

S嬢は自称「海外通」で、中でも日本とインドについては、知り尽くしているといった風でした。
もちろん私は、それを疑う理由もありませんでしたから、彼女の言葉を信じていたのですが、……彼女が言ったりしたりする、いくつかのインドや日本の事を見ていると、私には少し違和感があるのも事実でした。

例えば、S嬢は7年間日本に住んでいたから、日本のことは良く知っていると言うのですが、日本に1年半弱しか住んでいなかった我が夫B氏の方が、日本語を話せるのです。
彼女曰く、「日本人は、英語が出来るから」
……うーん、私の周りでは、7年間も日常生活を英語で通せるほど、英語の得意な日本人は殆どいませんし、私の家族などは皆、単語を幾つか知っている程度ですが。

それでもS嬢はこう言います。
「私は7年間も日本で暮らしていたから、日本のことは知っているわ」
……ええと、私は30年間近く日本で暮らしていたのですが。

こんなこともありました。
それはインドの影響だそうですが、彼女は自分の娘M美に、オムツやパンツを着せていませんでした。
ええ、下着というようなものは、何も着けないのです。
M美は、ピカチュウの描かれた、膝上まで届く大きなTシャツがお気に入りでしたので、家の中にいる彼女の格好は、例えばそのTシャツ一枚だけです。

そして、M美のもう一つのお気に入りは、食事中に子供用椅子から立ち上がって、食卓によじ登ることでした。
毎回食事の度に、誰かがM美を何とかなだめ、椅子に座らせておくか、椅子から降ろして遊びに行かせるかしなければならないのですが、S嬢としては、例え自宅内とはいえ、まだ小さなM美を一人で遊ばせるのは気になるようでした。

ある日、私達夫婦がS嬢宅で夕飯を食べていた時のことです。

その日もM美は、例のピカチュウTシャツを着ていました。
私達夫婦がいるので、より多くの注目が集まることが嬉しいのでしょう、M美は何度も子供用椅子から立ち上がったり、大人達が注意をするようなことをして、普段以上のパフォーマンスを見せていました。

S嬢夫妻自身は食事中ですし、会話も盛り上がっていましたので、M美を隣の部屋に連れて行く気はないようでした。
ですから私達は、皆でM美に注目しているふりをしつつ、それでも会話に夢中になっていました。
良くあることですよね?
小さな子供がいるのは分っているけれど、ついつい大人同士の会話が楽しくて、少しばかり気を抜いてしまうということは。

すると、M美はそんな隙を狙って、あっという間に食卓の真ん中に立ち上がりました。
食卓にはまだ、全員の食事が乗っています。
「ああ、M美、駄目だよ」
大人4人がびっくりした声を上げたのが、嬉しかったのでしょう、M美はけらけらと笑いながら、私達の食事の真ん中で誇らしげに仁王立ちです。

と! 突然それは起りました!!
「じゃ〜っ、じょじょじょじょじょ〜っ……」
何と、M美がその姿勢でおしっこを始めたのです。
もちろん彼女は、パンツもオムツも履いてはいませんから、そのおしっこは食卓を直撃です。
……慌てて食事の乗った皿を持ち上げる、私とB氏。

一瞬気まずい雰囲気が……と思ったのは、どうやら私達夫婦だけのようです。
「あら、あら、あら、駄目じゃないの」
S嬢は、笑いながらM美のおしっこを拭くと、何事もなかったかのように食事を続けました。

子供用椅子に戻されたM美は、全く叱られませんでしたから、その後も何度でも食卓に登ろうとします。
食卓の上に乗れば、また、大人達から大きな注目が得られますから。

……こんな躾がインドの影響だなんて、インド人は怒るんじゃないの?

2006年5月25日 (木)  晴れた!

皆様へ

ここのところ2週間ぐらい、ずっと天気の悪い日が続き、「今年もはずれ夏なのか?」と、我が家はまた薪を焚いたりしていたのですが、今日、やっとお日様が出ました。

もう、5月も終わりです。
夏が短いアルプスの住人としては、こういう日は見逃せません。

つまり、今日は畑に出ます!

部屋の中で、ひょろひょろと長くなってしまったトマトの苗を植えたり、芽が出たのに寒さで萎んでしまった野菜の種を、まき直そうと思います。

ということで、今日の日記はお休みです。
ま、最近は毎日更新、というわけでもないのですが……

では、また明日。

             みんつ

2006年5月26日 (金)  昨夜の秘め事

何度も書いていますように、私は寝起きが悪いのですが、もっと正直に言ってしまうならば、寝付きも悪いのです。

毎晩布団に入ってから、最低でも1時間位は暗闇の中でじっとしていますし、時には何時間もそのままで、もう一度起きようかと思うぐらいなのです。
よく赤ん坊が眠る前にぐずって泣いたりしますが、あの気持ちが分る、と言っても過言でないのではないでしょうか。

ですから、消灯後2秒で眠れる我が夫B氏と暮らしていて、私の方が先に寝入ったということは、過去10年間を通して、多分5回もないと思います。
そして、何と、この5回中3回は、つい先日起ったことなのです。

5月だからなのか、インター・ネットのロール・プレイング・ゲームばかりしていて、脳が疲れているからか、何故か今週に入ってから私は、3日間続けてB氏よりも先に寝入りました。
「いつも自分が先に寝て、みんつは隣で文句をたれている」という生活にすっかり馴染んでいたB氏にとって、いささかこれは面目の潰れることであったようです。
3日目の晩には、鼻息も荒く「眠れない」と隣でぼやき、私の睡眠を妨害し始めました。

「B氏、うるさいよ。私は眠いんだから、ちょっと邪魔しないで。あんまり動くのも止めてね」
いつも自分が言っている台詞を私に言われたB氏は、何やらぶつぶつ言うと、もう一度ベッドから起き上がったようです。

もちろん私は、そのまま気持ちよく眠りに着きましたから、その後B氏が何をしていたのか、いつまたベッドに戻って来たのか、知る由もありません。
ただ何となく、B氏が私の鼻や頬の辺りを、突いているような気はしましたが、こんな事は滅多ありませんから、私は軽い勝利すら感じつつ、B氏を一人置き去りにしました。

さて、翌朝です。

毎日の様にB氏は、一人で起き、仕事に行きました。
出がけに、まだ寝ている私の所に来て「じゃ、行ってくるから」というのも、いつも通りでした。
私も寝ぼけたまま、やはりいつも通りに「行ってらっしゃい。気を付けてね」と言い、またうとうとと夢の中に戻る筈でした。

ところが、この朝のB氏は、自分の手に「ぺっ」っと唾を吐くと、その唾を私の鼻の頭に擦り付けたのです。
昨夜のことがありますから、これは、朝弱くて抵抗出来ない私への仕返しでしょうか?

「あぁ、もう止めてよ。下らないことしないでよね。はい、さっさと行ってらっしゃい」
B氏の手を振り払うと、私は掛け布団の下に隠れました。
それでもB氏は、軽い笑い声などを上げたりして、機嫌良さそうに出勤して行きました。

そして、1〜2時間後。

私は大抵毎朝9時に起きるのですが、昨夜は早く寝入れたため、この日は8時過ぎに目が覚めました。
たまには早起きも良いものですから、私はコーヒーの器具を火に掛けると、ちらっと窓の外を眺め、「こんな天気じゃ、今日も畑仕事は無理かな?」などと思いながら、洗面所に顔を洗いに行きました。
そして、何気なく鏡を覗いて……

「あっ!!!」
やられました。
昨夜B氏が、私の顔を突いているような気がしていましたが、多分、あの時でしょう。

鏡に映っている私の顔には、黒いペンで……
鼻の穴が縁取りされ、上唇の両端と下唇の下に髭が書かれ、何と、こめかみにはゼンマイのネジ巻きが、描かれていました。
そうそう、左の耳たぶには魚、首には竜の落し子も描いてありました。

今朝方B氏が、唾で私の鼻を擦ったのは、きっと、はみ出ている縁取りか何かの修整をしたのでしょう。

……B氏よ、次は君の番だ!

2006年5月30日 (火)  ここが変だよスイス 1

日本にいると考える必要もない位ごく普通の事が、スイスでは酷くおかしな事だったり、スイスでは皆が疑問もなくそうしている事が、日本ではびっくりしてしまう様な事だったりと、生活していて戸惑ったり不便に感じたりすることは、案外たくさんあります。

もちろん今までも、文化や習慣、人々の考え方など、このホーム・ページではそういう題材を取り上げて来ましたが、今回は単純に、物質であるとか規則であるとか、そういうものを思い付くままに、書いてみようと思います。

1、 生活用品

【シャンプー・リンス類】
一言で言ってしまうなら、リンスやトーリートメント、コンディショナーというようなものは、殆どありません。
もちろん、あるにはあるのです。
しかし、種類が非常に少なく、値段が高く、質が悪いです。
その上、頻繁に“改良”しているらしく、やっと、「これなら何とか手を打てるかも」というものを見付けても、数ヶ月後にはまた、全く同じ商品が役に立たない一品になります。

スイスの女性には、圧倒的に短髪が多いのですが、そのせいでこういったものが充実しないのか、製品がないから女性が髪を切ってしまうのか……

では、そんな状況で私が長い髪をどう維持しているのか?
簡単です。
私、髪の毛だけは、生まれつき強いのです。

【洗顔料】
私の知る限り、スイスにこういうものはありません。
皆、ボディー・シャンプーで顔も洗います。

ちなみに、化粧落し(クレンジング)はあります。

【耳かき】
ありません。

スイス人が耳を掃除する時には、綿棒を使うのですが……実はスイス人、基本的に耳を掃除する習慣がありません。
はい、彼らの耳の中は、すごいことになっていると思います。

【生理用品】
最近でこそ、少しずつ薄形とかウイングとかが出て来てはいますが、スイスのナプキンは「それ、座布団?」というような代物です。
そして、長い。

しかも、日本のように「濡れても爽やか、さらさら」などというのとはほど遠く、長時間着けていると、肌が痒くなります。
これは私だけかも知れませんが、少なくとも日本製品でそういうことは、一度もありませんでした。

ちなみにスイス女性の間では、タンポンが主流のようです。
友人曰く「だってナプキンって、パンパース着けているみたいじゃない?」
スイス製品は、まさにその通り!

【コンドーム】
スイス女性の間では、圧倒的にピルの使用が主流ですので、コンドームの品質改良が遅れているのではないか、と言わざるを得ません。

まず、厚い。そして、潤滑油が少ない。その上高い。
中には、「え、粉はたいてあるの?」というようなものもあります。

岡本様、是非スイス進出を。

【歯ブラシ】
一般的にスイスの歯ブラシは、かなり大きく、毛先が平らな物が多いです。

日本人歯科医に聞いたのですが、「歯の数は同じなのに、アジア人の顎は、西洋人に比べて狭い」のだそうです。
ですからこれで奧歯を磨くと、「おえっ」となります。

いわゆる日本製品のような、毛先の柔らかい、小さな物もあることはありますが……
歯医者に保険の利かないスイス、我が家では、歯ブラシ代が一番高くつきます。

2006年5月31日 (水)  ここが変だよスイス 2

   (前回の日記、「ここが変だよスイス 1」からの続きです。)

2、台所用品

【電子レンジ】
店には売っていますが、一般家庭にはあまり浸透していません。

というのもスイス人、この電磁波が人体に与える影響について、本気で心配しているようなのです。
またスイスでは、「作った食事は、毎回全部食べきるもの」と考えている人が多いようで、昨日の残りを「チン」して出すなどというのは、あまりないようです。

【コーヒー・マシン】
電子レンジとは反対に、かなりの家庭に普及しています。
例の、レストランなどにあるような、ボタン一つでコーヒーが「がーっ」と出来る、本当の機械です。

こんな風に書くと、「スイス人って、そんなにたくさんコーヒーを飲むの?」と思われるかも知れませんが、健康に気を使う彼らがカフェインの取り過ぎなど、する筈がありません。
毎朝、普通のコーヒー・カップに1杯というぐらいなのですが……何故か、多くの家にこれがあります。

ちなみに、毎朝500ml入りのマグ・カップでカフェ・オ・レを飲む私の家には、こんなものはありません。

【冷蔵庫】
とにかく、小さい。

スイスでアパートを借りる場合、冷蔵庫は部屋に付いているのですが、日本のビジネス・ホテルにある程度のものも、珍しくありません。

昔ありましたよね、扉が一枚で、小さい冷凍庫が中に付いているタイプが。
日本では、一人暮らしを始める時には、こういうのを買うと思うのですが、スイスでそれは大きい冷蔵庫になります。

それなのに、スイスの冷凍フライド・ポテトは、500gとか1kgとかで売っているのです(最近では、2,5kgも出ました!)。
1kgを買ったら、急いで半分ぐらい食べてしまわないと、冷凍庫には何も入りません。

【包丁】
スイスの一般家庭で使われているそれは、日本でいうところの果物ナイフよりも、小さな物が多いです。

はっきり言いますが、こういうものでキャベツの千切りなどは、出来ません。
まして、スイスのキャベツは固いですし。
では、スイスの主婦はどうしているのか?
簡単です。
千切りといったようなものは、彼女たち、しません。

私が、日本の包丁で普通に野菜を切っていると、スイス人は必ず言います。
「ねぇ、何でそんなに細く切るの?」

【サランラップ】
まず、綺麗に切れません。
そして、電子レンジにかけると、溶けます。

【流し(シンク)】
以前にも一度書いたことがありますが、異常に小さい。
35cm四方弱です。

ですから、スイスの台所で大鍋を洗うと、そこいら中びしょびしょになります。

つい最近、台所器具の業者と話す機会がありましたので、このことについて、思い切って聞いてみました。
「スイスの流しは、何故こんなに小さいのか?」
業者曰く、「大きいのもありますよ」

……何故大きいのを買わない、スイス人?!

6月の日記へ