2009年6月17日 (水)  ちょっとした決意表明。

今回HPのリニューアルと称して――否、否、本当にリニューアルもしたのですけどね――暫く日記の更新を休んでいたわけですが、その間も私のスイス生活はもちろん続いていて、「まぁ、よくもこれだけ」というぐらい色々なことが起こったのですが、それらは例によって腹の立つことばかりで、そんなネタを今まで通りに書いても良いのですが……

あのね、なんかね、こう、私自身の気持ちが変わったというか、「今までのように笑って済ませるのは、違うんじゃないかな」という気がして、HPのリニューアルは済んだのですが、日記をどう書こうか決めかねて、ずるずると日々が過ぎていたのです。

格好付けた言い方をしてしまうなら、私には私の生き方というか、美学みたいなものがありまして、HPを始めた時は、「ちょっとした楽しみに笑ってさらっと読み流せるもの」として日記を書こうと考えていたわけですが、スイス生活が長くなり、私のスイス人との関わりがより深くなるにつれ、実際の生活は心のもっと深いところでよりヘビーになっていて、「それを笑い飛ばして書くのは、そろそろ嘘になってくるかな」というところに来ているのです。

私の生活状況は、日本でのそれとは全く違います。
今住んでいるのは、山の上の不便な小さな村の中で、大半の住民がいわゆる地元の人で、しかも若い世代はどんどん出て行ってしまうような村ですから、私は、もう何年間も日本人どころかアジア人と関わっていません。
私の周りの人々は、スイス人以外の人も数人いますが、皆西洋系白人です。

私は、特に秀でた教育を受けたわけでもありませんし、父は労働者階級ですし、育った地域や環境を考えても、ごくごく一般的などこにでもいる日本人だと思います。
また、私が関わっているスイス人(+α)も色々といますので、この環境にしても偏った特殊社会の中ではない――エリートだけとか底辺層のみとかいう環境ではないということです――と思います。

そんな生活の中で私がぶつかっている壁は、いつも同じなのです。
「奴らのレベルが低すぎる!」
私が自分の人生を全うするにあたって、スイスで生活をしていくことに果たしてメリットがあるのかどうか、この問いが繰り返されるのです。

「じゃ、日本に帰ればいいじゃん」
そう思う方もいるでしょう。
ええ、私にとってもそれが一番楽な解決法ではあるのですが、現実的な解決法であるかというと、残念ながら今はそうとは言えないのです。
夫B氏の職業関係上、日本での生活は少し難しいというか、スイスの方が有利なのです。

本音をいうなら、今の私はこんな気分です。
「いやぁ、参ったな。外国人と結婚することについて、ここまでは想像が及ばなかった」
もっと正直に言うならこうです。
「B氏がこんなにパーフェクトな旦那じゃなかったら、事は簡単なのに」
そうです、惚気に聞こえるかも知れませんが、私が今でもスイスに住んでいる理由は、たった一つ「B氏」だけです。

さて、そんな状況で日記を書くとなると、話はヘビーな方向へ進まざるを得なくなっていくと思うのです。
私が避けていた、人間に関する嫌な話というか……

誰かのことを悪くだけ書くのって、やっぱり抵抗がありますよね。
読む方にしても、嫌でしょう?
良い人ぶるわけではありませんが、「それでも根底に流れる愛」みたいなものがないと、話はきついですよね。

でもね、現実はレベルが低すぎるんですよ。
くだらなくて、関わっていること自体が無駄というような人が多すぎる。
少なくとも、今の私の目にはそうとしか映らないのです。
努力して、なんとかそう見ないようにとしてきましたが、そういう努力をしようとしている自分自体が嘘かなと。

で、結論。

「書いてみます!」
もちろん今まで通り軽い話も書きますが、重い話はそのままに、出来るだけ素直に書いてみようと思います。
それがどこに行くのか今はまだ分りませんし、これから先変わっていくものもあるかとは思いますが――そうあって欲しいと願っています――スイス生活約15年の真実として、今の気持ちをそのままに書いてみようと思います。

ということで、何が言いたかったかというと、そろそろ日記を再開します。

2009年6月19日 (金)  所有欲 1

「人間というのは、年を取れば取るほど、賢くなって行くものだと思っていたけど、そうでない人もいるのね」(by みんつの母)


【登場人物】

みんつ:私。
B氏:みんつの夫。
O嬢:推定87歳。元酪農家。みんつ宅の階下に住む老女。
P子:推定62歳。O嬢の長女。みんつ夫妻の大家。老人ホームでパート勤務。
P夫:推定72歳。P子の夫。元庭師(但し実際は元村役場の事務職。現在は定年)。
Q子:推定59歳。O嬢の次女。


私が住んでいるのは、一軒家の3階部分です。
それは、O嬢が今は亡き夫と共に酪農家として暮らし、娘達を育てた家です。

O嬢の娘達は、既に他所に家庭を持っていて、この家や土地の権利は、次の様に生前贈与されています。
『家の1〜2階部分と庭の半分がQ子。3階と庭の残り半分、牛舎及び周りの草原がP子』

ここの現状は、Q子所有の部分をO嬢が独りで引き続き使用し、P子は3階と庭半分、駐車場(草原の元一部)を私達夫婦に、牛舎と周りの草原をある酪農家に貸している、という具合です。

O嬢と私の庭は一つの土地ですが、家の前半分と後ろ半分に分けられていて、私の庭部分はこんな感じです。
『面積の割合は芝1/2、物置小屋1/4、畑1/4。その周囲には木(大半が松)や花が植わっている』

私の目には、目隠し用の松以外は、木も花も無計画に開いている場所に次々と植えていった、という風に写ります。
そして物置小屋の隣、ちょうど庭のど真ん中といった場所に、薔薇が1本植わっています。
(ちなみに私は、他所に別のお婆ちゃんから畑を借りていて、大抵の野菜は、こちらで育てています。)

私達夫婦がこの物件を賃貸することになった約4年半前、P子との話はこうでした。
『基本的にB氏は、庭にはタッチしない。私は、芝刈りはするけれど、花や木の手入れはしない』

「家庭菜園が趣味なんですけど、食べられない花や木は、興味がないんです」
そう言う私に当時のP子は、笑って了解をしたのです。

そして、今年の春が来るまでは、それで特に何も問題はない様でしたし、私達夫婦とO嬢の関係も、上手く行っている様に思えました。
少なくとも私達夫婦は、そう思っていました。

というのも、例えば、O嬢は高齢ですから、緊急時のブザーを胸から下げているのですが、その第一の連絡先はあちら(本人と娘達)の希望により我が家です。
また、時間的に不規則な生活を送っている私が庭に出ると、どんな時でもほぼ毎回5分以内にO嬢が顔を出し、お喋りを始めます。
もしくは、長期間留守にする時は、お互いに家の管理等を頼んでいます。

他にも、娘達だけでなくO嬢の孫までが「最近は近所付合いも難しいのに、お婆ちゃんはラッキーね」と言いますし、O嬢自身も「以前の店子達とは一切関わりがなかったけど、こうして近所付き合いが出来ると、やっぱり良いものよね」と言っていました。

もちろん、私たちは全くの他人同士ですし、世代の違い等もありますから、友達や家族の様に仲良くしているとまでは言いませんが――実際「たまにはO嬢に煩わされることなく、夕飯用の葱1本だけ抜いたら、さっさと部屋に戻りたいな」と思うこともありましたし――それでも基本的には、「まぁ、上手く行っている」と言って良いのではないかと思っていたのです。

ところが先日、それは突然の展開を迎えました。

                   〜次回に続く〜

2009年6月23日 (火)  所有欲 2

                 〜前回からの続き〜

ある朝、9時か10時頃のことです。
「天気も良いし、今日の午後あたり芝を刈るかな」
私がそう思っていると、窓外から芝刈り機の音が聞こえて来ました。
それは明らかに窓のすぐ下、私の庭からです(O嬢の庭に芝は、ありません)。

その音に気付いたB氏が、幾分不快そうな声を出します。
「みんつ、P夫が俺たちの芝を刈っているぞ」
「うーん、何でかな? でも、まぁ、やりたいならやったら良いよ。きっと仕事もないし、暇なんじゃない」
「わざわざ自分の家から車に機械を積んで、他人の庭までやって来て芝を刈るなんて、物好きだな」
「多分、O嬢の用事のついでだよ」

O嬢は、時々娘夫婦達に自分で出来ない用事を――重い物を運ぶとか、高い場所を掃除する等――頼むのですが、仕事をしていないP夫は、他の3人に比べ呼び出される回数が多いのです。
「呼び出される」と書いたのは、毎回やって来るP夫の態度が、どう見ても嫌々というか、時には乱暴な感じすらするからです。

「みんつに、『時々芝に水を撒くように』と言っておけ!」
この日のP氏も芝を刈り終えると、私達の開いた窓から聞こえてくる程の大声で、O嬢に言い放つと、そのまま帰って行きました。

この「みんつに水を撒けと言っておけ」という表現ですが、P氏の口調がぶっきらぼうであったのと、刈った後の芝の状態を見ていなかったのとで、この時点の私達夫婦には「十分に水を撒いていないから、芝の状態が良くない」と、今までのことを非難している様に聞こえました。

そして、それを聞いたB氏は「人の庭の芝を勝手に刈った上、文句を付けて行くなんて、何て失礼なやつだ」と感じた様です。

もちろんこの感じ方は、過去の積み重ねの影響もあるからで、P夫が用事を済ませに来た後は、O嬢が「P夫がxxと言っていたから」という表現を借りて、私達の庭や畑に関して干渉をし、私達を不快にさせることがよくあったのです。

ちなみにこの芝刈りですが、1〜2週間前に一度私がやっていて――私は、毎回手押しの芝刈り機で刈った後、庭バサミを使って縁を手で切って、整えています――私達夫婦の目には、「新たにタンポポが幾つか生えている」という位で、「どうしても今日刈らなければいけない」という程ではありませんでした。
私がこの日「芝でも刈るかな」と思ったのは、外に出て身体を動かしたかったからです。

そんな状態で、このP氏の発言を偶然聞いた私達夫婦は、こう思いました。
「いつもの様にO嬢が何か言って来たら、今までの様に我慢はせず、はっきり不快だと告げよう」

私達夫婦の意見はこうです。
・私達の庭である以上、O嬢が何の断りもなくP夫を呼ぶのは失礼である。
・百歩譲って、勝手に何かをしたいならば、二人共それに関して、私達に文句を言ったり干渉をすべきではない。
・P夫は、O嬢の注文が気に入らないならば、自分で断るべきであって、私達には関係ない。

ところが翌日、P夫が刈った芝を見た私達には、彼がこの仕事を嫌々やったこと、つまり芝刈りはO嬢が頼んだことが、はっきりと分りました。

私達の庭は、見事なトラ刈りになっていたのです。
「時々水を撒け」と言ったのは、「あちこちに土が見えるほど穴を作ってしまったので、芝が駄目にならない様、水を撒いて世話をして欲しい」ということでしょう。

P夫は、私が使っているものより良い機械を持っているのですから、これだけひどい刈り具合ということは、頼まれた仕事をただ強引に終らせた=心を込めてやったのではない、ということです。
ぶっきらぼうな言い方も、嫌々やったからでしょう。

うすうす感じてはいましたが、これで問題が明らかになりました。
O嬢は、私達に聞くべき事を聞かず、すべきでない事をしているのです。

そしてこれが、彼女にとって最後の始まりとなりました。

                〜次回に続く〜

2009年6月30日 (火)  所有欲 3

            〜前回からの続き〜

P夫が、私達の庭の芝を刈ってから、2日位後の午後です。

私が畑にいると、いつもの様にO嬢が出て来ます。
この日は、B氏も外で作業をしていましたから、私達3人は何となく話をしながら、各々のすべき事をしていました。

そんな会話の最中に、B氏が笑いながらO嬢に言いました。
「庭の芝、あちこちに穴が開いているけど、もっとじゃが芋を植えますか?」
隣にあるO嬢の畑には、一面じゃが芋が植えられているので、B氏は、冗談交じりにこう言ったのです。

もちろんB氏は、O嬢が私達の庭の芝を勝手にP夫に刈らせたのを、良い事だとは思っていませんから、そんな風にきっかけを作って「今後は、私達に聞いて欲しい」という様な話が出来れば、とも思っていたのです。

ところがO嬢は、B氏の冗談にヒステリックな声を上げました。
「P夫は庭師なんだから、芝の刈り方は知っているわ」
「でも、実際穴だらけですよ。見ましたか?」
「そんな事ないわ。P夫はきちんとやったわよ」
「ほら、ここも、ここも、あそこも、あっちにも」

庭の穴を指差すB氏に、O嬢が声を上げます。
「芝の刈り方が気に入らないなら、P夫に直接言ってちょうだい!」
「そうですか。じゃ、P夫と話す事にします」
この時はB氏がこう言って、この話はそれで終りになりました。

私達の推測では、芝刈りはO嬢がP夫にやらせたのですから、O嬢と話すのが筋だとは思いますが、O嬢はあくまで「自分は関係ない」という風にしたい様です。

私達夫婦は、P夫が直接何かを言ってこない限り、O嬢との問題に彼を巻き込むのは、無駄に事を大きくするだけだと考え、「またP夫が芝刈りに来る事があれば、その時はその場で彼とすぐに話し合おう」という事にしました。

スイス人は「私達には話し合うべき問題がある」と、表明されるのを好みません。
彼らはこれを個人攻撃と考え、感情的になり、即座に保守に回りますから、こちらからP夫に連絡を取って、今回の芝刈りについて話し合うのは、彼が大家の夫である以上、私達に得はありません。

また、O嬢の様な人物にとっては、たとえそれが既に自分の権利ではないとしても、そして、他人がそれに対してお金を払って使用しているとしても、かつて自分が所有していたものは、永遠に自分のものなのです。

これは、私のような都会から来た人間には、決して理解出来ない感覚です。
契約書を交わして、5年間近く一度も滞る事なく毎月賃貸料を支払っている、他人の住居に関して自分の所有物であると感じ、その様に振る舞う……
残念ながら、私には解らないだけでなく、他への尊重が欠けている様にすら感じられます。

ただ、理解は出来ませんが、O嬢の様な人物がそう感じるのは知っていますから、私は、ある程度そのままに受け入れて、生活しています。
ですから「勝手に私の芝をいじらないで!」とは言わず、「何かあるなら言ってくれ」という方向にしようとしているのです。

私達の居住部分に関する事を、私達の頭越しにP夫にやらせるのは、私達夫婦にとっても多分P夫にとっても居心地の良い事ではありませんし、場合によっては、P夫と私達夫婦の中がぎくしゃくして、賃貸の継続に支障をきたす恐れもあります。
そしてそれは、この家の様に不便な物件である場合、次の店子を探すのが難しいP子にとっても、好ましい事ではない筈です。

この辺の問題に関して私は、4年半もの間、誰の感情も傷付けず、誰の利益も損ねず、皆がそこそこ折り合いを付けて上手くやって行ける様にと、骨折って来たのです。

はっきり言ってしまうなら、私はいつケツを捲っても構わないのですが――どうしてもこの物件に住まなくてはいけない理由は、私達夫婦にはありませんから――私がそれをしないでいるのは、日本人だからです。
他人を尊重するとか、出来る努力は惜しまないとか、折角縁があって知り合ったのだからとか、そういった精神文化を大切としているからです。

ですから私は、今回も今まで通り、事を荒立てずに上手くやって行くつもりでした。
87歳の老人に少し位ボーナスを上げたって、どうという事はないと思っていたのです。

               〜次回に続く〜

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