2004年7月1日 (木)  ドイツ語講座 (動物編)

外国語の面白さの一つに、日本語では決してしない表現、もしくは、日本語だと全く意味が違ってしまう表現、などがあると思います。

ドイツ語にもそう言った表現、たくさんあります。
今日は、ちょっとその辺で、お遊びをしようかと思います。
皆さんには英語の方が、馴染みがあって良いのかも知れませんが、まあ、ちょっとした気晴らし程度にご紹介します。

【Schwein(シュヴァイン):豚】=だらしない人・汚い人
女性に使えない事もないですが、男性に対して使う事の方が多いです。

【dumme Kuh(ドゥメ・クー):ばかな牛】=ばか女

【Pferd(プェルドゥ):馬】=体格の良い(あまり魅力的でない)女性に使います。

【Mäuschen(モイスヒェン):小ねずみ】=可愛らしい女性に使います。恋人や娘に使う事が多いですが、小柄な親しい女友達にも、OKです。

【Huhn(フーン):鶏】=ギャーギャーと、口やかましい女性に使います。

【Schlange(シュランゲ):蛇】=腹黒いような女性に使います。

【Bock(ボック):雄山羊】=男性をののしる時にも使えますが、面白い使い方を一つ。
「Ich habe keinen Bock.(イヒ・ハーベ・カイネン・ボック)」
直訳すると「私は雄山羊を一匹も持っていない」ですが、意味は「全くやる気がない」です。

【Kätzchen(ケッツヒェン):小猫】=恋人(女性)に使います。
「小猫ちゃん」といった感じでしょうか。

【Schnecke(シュネッケ):ナメクジ・カタツムリ】=これも、恋人(女性)に使われる事があります。

ざっと、思いつくままに上げてみましたが、如何でしょう?
こうやって見ると、女性を表す言葉が多いですね(笑)。

2004年7月5日 (月)  公用語と母国語

スイスの公用語の一つであるドイツ語、ややこしい話ですが、実はこれ、母国語ではありません。
私たちが一般的にドイツ語と言う時、これは『ハイ・ジャーマン』のことでして、北ドイツのハノーバー地方の言語を指します。

スイス人の母国語である『スイス・ジャーマン』は、簡単に言ってしまえば、ドイツ語の方言なのですが、これ、地方によって違いますし、ドイツ人が理解できないぐらい、『ハイ・ジャーマン』とは別物です。

では、何故、公用語がドイツ語なのか?
実は、『スイス・ジャーマン』は話し言葉のみの言語で、文字がないのです。
ですから、彼らが読み書きをする場合、便宜上『ハイ・ジャーマン』を使うのです。

『スイス・ジャーマン』が『ハイ・ジャーマン』とどのぐらい違うか、前回書いた動物たちで、ちょっと例を上げてみましょうか。
(スペルは、発音から近いものを、私の感覚で選んでみました。)

まず、小さいものを表す【chen(ヒェン)】、『スイス・ジャーマン』では全て【li(リー)】になります。
【Mäuschen(モイスヒェン)】は、【Müsli(ミュースリー)】と言います。
【Kuh(クー)】【Huhn(フーン)】の「h」は、「a」に近い発音になり、どちらかと言うと【Kua(クーァ)】【Huan(フアン)】と聞こえます。
もっとすごいものになると、【Pferd(プェルドゥ)】は、【Ross(ロス)】です。

さて、スイス人ですが、はっきり言ってしまうと『ハイ・ジャーマン』が嫌いです。
大国ドイツに対するコンプレックス、とも、母国語に対する誇り、とも、ナチスに対する反感、とも言われていますが、スイス人は『ハイ・ジャーマン』を使いたがりません。

ここで、私たち外国人が気をつけなくてはならない事が、一つあります。
ドイツ語系スイス人は、『ハイ・ジャーマン』を、まあ、問題なく理解しますし、話せます。
しかし、彼らにとって『ハイ・ジャーマン』は、外国語なのです。しかも、“あまり好きでない”外国語です。
英語が日本人にとって外国語であるのと同じように、いえ、きっとそれ以上に、『ハイ・ジャーマン』は、スイス人にとって外国語なのです。

私たち外国人が、最初にぶつかる壁は、この意識です。
スイスに来る外国人は、『ハイ・ジャーマン』を学校で習います。(『スイス・ジャーマン』は、学校では習えませんので。)
しかし、スイス人は『スイス・ジャーマン』を話します。

「スイス人は、何で『ハイ・ジャーマン』を話さないんだ! 母国語だろうが!」
学校で習う『ハイ・ジャーマン』が通用しないと、私たち外国人は、時間と共に強いジレンマを感じるようになります。
しかし、この一言、絶対に言ってはいけません。
どんなにいらいらしても、この言葉だけは呑み込んでください。
でないと、これを言った途端に、スイス人から総好かんを食いますから。

スイス人、この辺の感覚、非常に繊細です。

2004年7月6日 (火)  夫婦喧嘩の解決方 (前)

   (ページの文字数制限上、日記を2つに分けました。)

最近は大分減りましたが、わが夫婦、よく喧嘩をする方だと思います。
というか、私が時々、一方的に爆発するのです。
……理由は大抵、夫B氏の手抜きです。
喧嘩自体は、それもコミュニケーションの一つですので、気にしませんが、一つだけ気を付けているのは、その日のうちに終りにする、です。

土曜日の朝、それは始まりました。
私、元来寝起きが悪いので、朝は1日の内で最も疲れている時間です。それに比べてB氏、「絶好調!」という声が聞こえるのではないかと思うぐらい、朝が強い。

普段の朝は、B氏、一人でシリアルを食べ、仕事に行きます。
しかし、週末の朝は何故か、B氏、朝起きるとまず、TVを見たりPCを弄ったりします。
……朝ご飯は、食べないのでしょうか?

私は朝起きると、まず、週末前夜の『宴の後』を整理し、朝食の支度を始めます。
朝食がすっかり整い、私が「朝ご飯はどうするの?」と聞きに行くと、TVの前で馬鹿笑いをしているB氏、必ず「おお、食うよ」と、やって来ます。

これが私には、納得行かないのです。
週末は、お休みの日です。先に起きた方が、支度を始めても良いと思いませんか?

「B氏、何で貴方は朝食の支度をしないの? 私がやるのが当然だ、とでも思っている訳?」
「いや、そんなことはないよ。ただ、週末の朝、のんびりとTVなんか見れるのは、良い感じなんだよ」
「そうね、それは分かるわ。私がその間に、全ての用意をしないで済むならね」

この時点でB氏、私の機嫌が悪い事に気付き、そそくさと台所に行くと、“私のためだけ”にコーヒーを淹れ始めます(B氏、家ではコーヒーを飲みません)。
……これがまず、間違い,任后

そんなことは、自分で出来ます。
私の望みは、2人の朝食の支度に関心がある、という態度です。
先に起きたB氏が、少しでも始めてくれていれば、その後は、気持ち良く私が引き取ります。
そういう、ちょっとした気使いが欲しいのです。

コーヒーを淹れたB氏、いつも食べているシリアルを器に入れました。
「みんつもシリアル食うか?」
……間違い△任后

9年間一緒に暮らしていますが、私は今まで一度も、シリアルを朝食にした事はありません。
これは、私がスイスに来て、かなり最初の頃に言ったことです。
「小鳥の餌じゃないんだから、楽しみに食べるのは良いけど、それを朝食にするのは勘弁して」

「B氏、私は小鳥じゃないよ」
と、冷やかに言う私の前で、シリアルを食べ始めるB氏。
「今日の朝食は、各々が自分の分を作るってことなのね? 私が何か作っても、貴方は食べないのね?」
「いや、そういうつもりじゃないよ。これは、ほら、前菜みたいなもんだよ。みんつが何か作るなら、もちろん食べるよ」
「私が何か作るのを、待っているのね?」
「違う、違う! 今日は、もちろん俺が作るよ。スパゲッティーなんかどう? にんにくでさ」
……間違いです。

炭水化物のみの食事、これは、何にもない時のとりあえずメニューです。
機嫌の悪い妻に、とりあえずメニューを勧めて、何か得るものがありますか?

「もう良いよ。私、自分でやるから」
B氏、ここでやっと冷蔵庫を開け、辛うじて危機を乗り越えました。

         〜(後)に続く〜

2004年7月6日 (火)  夫婦喧嘩の解決方 (後)

        〜(前)からの続き〜

「今日は、天気が悪いから、泳ぎに行くのは無理かな?」
朝食を食べながら聞く私に、B氏
「そうだな、風が強すぎるし、今日は家でゆっくりしないか?」
「OK、じゃあ、私は今日は、庭仕事をすることにする」
「あ、じゃあ、俺も手伝うよ」

良い雰囲気とはまでは言えませんが、それでも、何とか険悪な空気はなくなり、私たちは朝食を終えました。

朝食後の片付けをしていると、すっかり身支度を整えたB氏が、言いました。
「俺、先に庭に行ってるから、みんつも来るだろう?」
うーん、間違いい任靴腓Δ。

……こういう追い立てられるような感じ、私、苦手です。
私には、私の都合があるのです。
皿洗いをしている最中にそう言われても、気持ちの良い返事は出来ません。
大体、机の上にはまだ、朝食に使ったものが出しっ放しです。
……片付けは、私だけの仕事なの?
先ほど直りかけた機嫌が、またちょっと、んー、になります。

30分以上遅れて庭に出た私、二十日大根の種蒔きをしているB氏とは別の場所で、雑草取りを始めました。
これは別に、怒っていたからではありませんが、B氏、先ほど良い返事をしなかった私に、勘違いをしたようです。
私の側に来ては、あれこれとくだらない事を言い出しました。
元来会話の苦手なB氏、答えられない質問ばかりを始め、私をいらいらさせます。
B氏の気使いは分かりますが、今日は、私が機嫌が悪いのです。間違った気使いをしているB氏を気使える余裕は、私にはありません
私は、静かに雑草取りがしたいだけです。

するとB氏が、最後の駄目押しをします。
「で、今日は泳ぎに行くかい?」
……間違いイ任后

「さっき、自分で泳ぎに行かないって言ったでしょう! 何でこんな遅くに言い出すの? 泳ぎに行くつもりがあったなら、もっと早く言ってよ。私だって、色々準備が要るんだから!」
はい、大人気ないですが、爆発しました。
私、完全に、喧嘩の体制です。

と、B氏、何を思ったのか、突然近くの草を引き抜き、
「この草は、食えるな」
と言って、その見るからにおどろおどろしい、絶対に食べられそうもない、いえ、毒が有っても不思議そうでもない草に、齧りつきました。

その直後、私から見れば当然の事ですが、B氏、
「げ、まずい! 駄目だ、これは。食えない」
眉間にしわを寄せ、今齧った草を、ぺっぺっと吐き出し始めました。

!!。?????
何、それは? ひょっとして、身体を張ったギャグ?
数秒の沈黙の後、アルプスの山々に響き渡るような、私の馬鹿笑い。

……今日の勝負、強引な力技で、B氏に一本!

2004年7月7日 (水)  B氏の心配 (その後)

この間、方向音痴の私を心配した夫B氏が、自転車で彼の実家に行くための地図を描いてくれた、という話をしましたが、これ、続きがありました。
(分からない方は、過去の日記、6月30日『B氏の心配』をどうぞ)

つい先日、私たちはちょっとした用があって、町に行くことになりました。
「今日は、みんつが町まで運転して」
B氏、私に車の鍵を渡し、言います。
「えー、嫌だよ。もうちゃんと運転は出来るから、練習はいいよ」

実は私、子供の頃から乗り物が嫌いでして、日本にいた時は、免許証こそ持っていたものの、100%ペーパー・ドライバーでした。
しかし、車の運転が出来ないと、こんな山の上の寒村では生きて行かれない、ということで、去年あたりから車の練習を始めたのです。

ご存知の方もいますでしょうが、スイスは、右側走行です。
そして、こんなくねくねした山道でも、スイス人は、70km/hぐらいのスピードで走ります。
ちなみに私、頑張っても50〜60km/hが限度でしょうか。当然、後ろの車は皆、追い抜いて行きます。
その上、我が家の車は、B氏の仕事の都合上、大きなコンビ(ライトバン?)でして、日本人体型の私には、イスを一番前に詰めて、やっとクラッチが踏める状態です。
嫌々行きの道を運転した私、どうにか、帰りの運転はパス出来ないかと、考えていました。

「みんつ、ちょうど夕飯の時間だから、たまにはレストランで食べて帰るか?」
「行く、行く!」
レストランなんて久し振りの私、タイ料理を食べたがっていたB氏の案を却下し……アジア系の食事は、それなりに、自分でも作れますから……イタリアン・レストランに行きました。

そうだ! ここでビールを飲んじゃえば、帰りの運転はしないで済む!!
ふふ、もちろん私、しらっとした顔で、ビールを飲んじゃいました。
そして、楽しく食事をし、レストランを出た後、まるで今思いついたかのように言いました。
「あ、私、ビール飲んじゃった。帰りの運転、出来ないよね。酔っ払ってはいないけど、私の腕前で、お酒が入って運転なんて、いくらなんでもまずいよね」
ひひひ、B氏、運転席に座りました。

車を出してすぐ、今度はB氏が思いつきます。
「そうだ、この間描いてあげた、地図のテストをしよう!」
「え? 何それ?」
「今から、地図に描いた道を走るから、みんつが、次はどの道を進めば良いか、言うんだよ。良い考えだろ?」
「……はは、そうだね。へへ」

この間の地図、私、全然見ていないのです。
適当に行ってみて、分からなくなったら、誰かに聞けば良いと思っていましたので、畳んでどっかにしまっただけなのです。
……このテスト、パスしない事には、この次の一人行動が、制限される危険があります。どうしましょう?

「さ、どの道に行けば良い?」
最初のサークルで、B氏がさっそく聞きます。
目の前の道は、3本あります。当りは、33%の確率です。
「あー、真ん中!」
確か、殆どの道が真っ直ぐに進めば良い筈ですので、勘で言ってみました。
「そう! ここは、分かるね」
……ふう、当たりました。B氏も満足そうです。

「じゃぁ、ここは?」
今度は2本道です。当りは、半々。
右の方が真っ直ぐですが、道なり、という感じがするのは、左です。
「ここは……左!」
「OK、ここも分かっているね」

次々に出る問いに、何となく真っ直ぐかな、と思える道を、勘で選ぶ私。
そして、高速道路の入口で間際で、
「ここからは、右の細い道を、ずっと真っ直ぐ行けば良いだけだからね。左は高速道路だから、絶対に行っちゃ駄目だよ」
と、念を押されて、テストは終了しました。

……やれやれ、何とかパス出来たようです。

2004年7月9日 (金)  日本vsスイス 

日本にしかないもの、スイスにしかないもの、どちらにもあるけど、ちょっと違うもの……
今日は、私の身の回りの、ちょっとしたものを取り上げて、日本とスイスの比較をしてみようと思います。

【ペット】
スイスに来た当初、その大きさに、びっくりしました。
スイスの猫は、日本の狸ぐらいの大きさがありますし、犬は、小型犬がいない訳ではありませんが、街を歩いていて、仔牛ぐらいのをしょっちゅう見かけます。
スイスでは、特に犬を鎖に繋がなくてはいけない、という決まりがないのでしょうか。仔牛のような犬、飼い主の前を自由に歩いています。
ただ、どの犬も躾がされているのか、静かです。
うさぎに至っては、猫より大きいです。実はこれ、食用にもなりまして、スーパーに行くと、普通に、肉として売っています。

【野菜】
輸入物が多いので、厳密にスイスとは言えませんが、こっちで売っている野菜、全体的に大ぶりで、味が薄いです。
一番びっくりするのは、キュウリの大きさでしょうか。直径5cmぐらいで、長さは40cm近くあると思います。
ごぼうやナスなどは、灰汁抜きをしても、何も出てきません。
特にごぼうは、煮込むと簡単に歯応えがなくなってしまい、日本のような料理は難しいです。
葱は、乾いていて、あのとろっとした液体は、出てきません。そして、スイス人は、葱の緑色の部分、捨ててしまいます。
ただ、キャベツ、白菜、大根などは、日本に比べ、ずっと小さいです。

【肉・魚】
魚は、あまり期待できません(山国ですから)。
香辛料やバターなどで調理すれば、それなりに美味しく頂けますが、日本の調理法では、鮮度が今ひとつです。
一度、ボンゴレ・スパゲッティーが食べたくて、貝を買ったことがありますが……おまけも付けてくれたので、1kg弱ぐらい買ったでしょうか……鍋に入れて、口を開けた貝は、3つだけでした。

肉は、豊富にありますし、大抵の肉が、塊で売っています。
日本でお馴染みの肉のほかにも、馬、しか、ダチョウ、七面鳥、羊、うさぎ、猪、ヤギなどがあります。

【洋服】
大きさに問題があるのは仕方がないとして……ズボンの裾は、必ず長過ぎます……はっきり言って、スイス人は、お洒落のセンスが悪いです。
今年流行の色やデザインというのが、やはりあるのですが、毎年どの店も流行のものしか置かず、個性的なファッションや定番のようなものは、見つけるのが難しいです。

例えば、今年の水着(ビキニ)ですが、首から紐で釣るようなブラジャー(水着も、そう言うのかしら?)が流行らしく、普通の肩紐タイプ、殆ど見付かりません。
あれって、胸が小さい人には良いですが、ある程度量があると、首が凝リますよね。落ち着きも悪いですし。
……はい、こちらの女性、皆さんの予想とは違いまして、案外胸は小振りです。

【嗜好品】
ビールがものすごく安いです。
500mlのもの、50円ぐらいで替えます。ちょっとブランド系のものでも、100円もしないです。

その代わり、煙草が高いです。日本の倍以上でしょうか。
将来スイスで生活をしたい方、今のうちに禁煙をお勧めします。

コーヒーは、イタリアの影響が強く、日本のものに比べ、ずっと濃くて美味しいです。種類も豊富にあります。
ただ、どういう訳か、スイスではインスタントの方が高いです。
スーパーには、コーヒー豆を挽く機械が置いてありますので、豆を買って自分で挽いてくるのも、また良いものです。

まだまだ、たくさんありますが、今日はこのぐらいで如何でしょう?

2004年7月12日 (月)  継続は力・・・なし

今日からまた始まりました、レト・ロマニッシュ語の夏季集中講座が。

以前にも何度か書きましたが、これはラテン語に最も近いと言われる、スイスの公用語の一つで、私の住んでいる村で話されている言葉の一つです。(もう一つは、スイス・ジャーマンです)

去年の夏と今年の春に、既に講習を受けていた私、何と! 上級クラスになってしまいました!!
あ、違います。これは、私の能力が、という訳ではないのです。

私の日記を読んでいて下さる方は、もうご存知でしょうが、レト・ロマニッシュ語は、山間のごく少数の村の中で話されているだけの、死語になりつつある言語の上、村人は皆、スイス・ジャーマンとのバイリンガルですので、外国人はもとより、スイス人自体、習おうという人が少ないのです。
で、全くの初心者でない私、自動的に上のクラスに入ってしまいました。

クラス・メートは、私のほかに三人。
B嬢、近所の村に住み、旦那さんはレト・ロマニッシュ語を話しますので、聞き取りは殆ど出来るようです。
とつとつとではありますが、話すこともかなり出来ます。

P氏、一つ裏の山に住み、方言違いではあるようですが、レト・ロマニッシュ語、べらべら喋ってます。
このコースを取った理由は、文法が今ひとつ不確かだから。

A氏、毎年夏の休暇になると、レト・ロマニッシュ語を習いにやって来る、ちょいと変わったおじさんですが、その勉強歴はかなり長く、ゆっくりではありますが、見たところ、レト・ロマニッシュ語のみでの会話、大丈夫です。

はい、はっきり言って私、場違いです。
過去に習った部分ですら、まだ良く分かっていない上、喋りも聞き取りもハンディがあり過ぎです。
その上、授業はレト・ロマニッシュ語+スイス・ジャーマンで行われます。
ははは・・・・・・同じ料金で、二つの言語が習えるなんて、何てお得なのでしょう・・・・・・とでも言わなきゃ、やってられません。

授業が始まり、皆、レト・ロマニッシュ語で自己紹介。
私一人、ハイ・ジャーマンで話します。
「ええと、このクラスにいるのは、単に講座を何度か取ったからで、実際まだ、何も分かりません。皆さんの邪魔にならないと良いのですが・・・・・・」

先生が何やら質問し、皆、べらべらと長いお答え。
私、質問をスイス・ジャーマンで繰り返してもらい、レト・ロマニッシュ語の「はい・いいえ」だけでお終い。

そして、初日の授業が何とか終り、先生が一言。
「クラスの能力に、差があり過ぎるようね。本当は、中級をひとクラス作れると良いのだけど、生徒の人数が足りないから・・・・・・このままで、皆、大丈夫かしら?」
・・・・・・ひぇ〜。

「あのぉ、私のせいで授業の進みが悪いと思うんですが、ほら私、日本人ですから、ハンディがありまして。皆さんみたいに、最初からすんなり、という訳には行かないんです。でも、ドイツ語の時もそうでしたから、私のことは、気にしないで下さい。もちろん、皆さんが退屈でなければ、ですが」
という私に、皆、
「退屈だなんて、とんでもない。日本のように遠い所から来て、スイス人でさえ習おうとしない言語を始めてくれるなんて、感謝していますよ」
なんとも優しい微笑をくれました。

ええ、頑張りますとも!
何年後かにはきっと、ちょろちょろとではありますが、レトロマニッシュ語、話してしまいますよ、私は。
だから皆さん、もうちょっと我慢してくださいね。

・・・・・・ああ、あの優しい笑顔、一体、何日間もつかなぁ?

2004年7月13日 (火)  良い学校とは

レト・ロマニッシュ語夏季集中講座、大変苦労しております。
何がそんなに大変かと言いますと、誠にお恥ずかしい話ですが、『早起き』です。

私、『朝、9時前には起きない』、という生活を常としていますが、この一週間の語学コース、毎朝8時半に開始です。
私の住んでいる村から、その語学コースが行われる山の上のホテルまでは、歩いて1時間ですから、私は、朝7時半に家を出て、朦朧とした頭で、山を300m以上登ります。

7時半に山登りをするためには、朝ご飯も食べないといけませんから、私は、ある程度余裕を見て、6時ちょっと過ぎぐらいに目覚ましをセットしています。
つまり、はっきり言って、この『朝6時に起きる』、がきついのです。

昨日(月曜日)は初日という事もあり、かなり緊張していまして・・・・・・あ、この緊張は、朝起きれるか心配なためでして、勉強の方は、最初からびりっけつで行くつもりですので・・・・・・前夜、良く眠れませんでした。

昨日、寝不足で朝早くから山を登り、普段使わない脳みそを、能力の限界まで酷使した私、今朝は二日目にして、既に寝坊です。

朝、目が覚めた時点で、時計の針は7時半数分前。
焦りました。
で、「今日は休んじゃおうか?」と、かなり真剣に思いましたが・・・・・・
私、何とか最低限の支度をし、よろよろと家を出ました。

寝坊した割には、1時間の山歩きが良いのでしょうか、ホテルに着くと、身体はしゃきっとしました。
しかし、朝食抜きのため、今度は授業中にお腹が鳴って仕方がありません。

と! 休憩時間のサービスに、今日はコーヒーだけでなく、クロワッサンとチョコレートが出たのです!!
何と良いタイミングでしょう。
しかも、皆、良い歳をした大人ですから、クロワッサンもチョコレートも、一つ取ったら終わりです。

大人気のない私、皆の残りを、むしゃむしゃと完食。
・・・・・・へへ、何て良い学校なのかしら。

それにしても私、明日は起きられるのでしょうか・・・・・・

2004年7月15日 (木)  学校、明日で終りだぁ!

日記を読みに来て下さった、皆様へ

誠に申し訳ありませんが、只今、宿題に追われております。
明日の授業で、討論会をするそうです。
各々が、テーマを選んで、討論の下地となるレポートを用意せよとのこと。

隙を狙っては膝に乗りたがる、猫2匹に邪魔をされながら、私、辞書と睨み合いをしております。
明日の討論自体への参加は、まあ、完全に無理でしょうが、レポートぐらいは、何とか形を付けたい。

という事で、日記はお休みです。

2004年7月16日 (金)  まだ、本は読めません。

レト・ロマニッシュ語の夏季集中講座、無事終りました。

ええと、皆さんにいくらか誤解を与えたみたいなので、ちょっと補足をします。
朝1時間歩くのは、私が勝手にやっているのです。
というのも、車で来るクラスの誰かに頼めば、途中で拾ってもらうことは出来ますし、1本だけですが、バスもあります。
実は私、以前にもちょっと書きましたが、乗り物が嫌いなのです。
ですから、私は頑張り屋さんではなく、困ったちゃんなのです。

さて今日は、最終日ということで、授業の後、皆で会食しました。
生徒7人、先生2人の外にも、学校運営局がわから女性が1人来て、白ワイン(学校からのサービスです)を食前酒に、レストランでBBQ。

「C嬢(私の先生)が、貴方がメモを取る時に、日本語で書いているって言っていたけど、本当?」
突然、運営局の女性が聞きました。
どうやら、私の先生、日本語が珍しかったのでしょうか、彼女に話したようです。
スイスでも、漢字は今、ちょっとしたはやりなのです。

「ええと・・・・・・ドイツ語でメモしたり、日本語でメモしたり、ごちゃごちゃかな」
「地域新聞に、また今回の語学コースの記事を載せるのだけど、その日本語でメモを取った紙、一緒に載せても良いかしら?」
「・・・・・・良いですけど」
「それとも、あんまり、“日本人がロマニッシュを習っている”、みたいに言われるのは嫌かしら?」
「いえ、別にそんな事はないですよ。私自身も、自分のHPに結構そういうのりで、書いてますから」

と言った途端、そばで聞いていた何人かが、私のHPに興味津々。
「日本語だから、貴方のPCじゃ文字化けして、絶対に読めないよ」
と言ったにも関わらず、「写真は見れるだろう」とのことで、私、その辺の紙に、HPアドレスを書かされました。

「HPに、この地域の面白い言い伝えとかを書こうと思っているのだけど、何かそういう本ありますか?」
と聞いてみた所、運営局の女性、大喜びで言いました。
「それなら、学校にある本、コピーして良いわよ」
レト・ロマニッシュ語の本の多くは、この学校が出版している筈です。
本をただで、好きなだけコピーして良い・・・・・・なんか、ラッキーな展開になったようです。

あ、しまった! 大事な事を忘れていました!!
明日になったら、近村の人々の間に、新しいニュースが回ってしまうかも知れない!
『みんつは、この辺の村の昔話を、日本に紹介するらしい』・・・・・・と。

・・・・・・私、自分で自分の首、絞めてます?

2004年7月19日 (月)  スイス人気質?

先日、生まれて初めて、競売というものに行って来ました。
私の住んでいる村から見て、向かい側の山にある村の、古い家が手ごろな価格で競売に出されたのです。

残念ながらその家、幾つかの理由から、私たちには不向きな建物だったのですが、まあ、競売というのがどういうふうに行われるのか、ちょっと見に行ったのです。

指定の時間に、地元のこじんまりしたレストランに着くと、奥に競売用の一室が用意されていて、20人ほどの人が集まっていました。
さすが田舎です、州指定の文化財か何かに登録されていているような古い家の競売に、たったの20人です。
しかも、私の見たところ、半分近くが関係者ではないでしょうか?

その家が競売に出された理由は、私の聞いた所では、次のような経緯です。
その家の最後の後継ぎたる人物は、生まれつき知的な障害があり、両親の亡き後、ずっと施設で暮らしています。
多分、彼のために世話をする兄弟なども、亡くなってしまったのでしょう。
彼の住んでいる施設が、彼の世話費が必要になり、州に申請を出し、競売に至ったとのこと。

さて、その競売ですが、開けてみてびっくり。
最低価格を表示して、せり上げが行われる筈の競売、誰一人として、買い手がいなかったのです。
はい、始めて3分で終わりです。

私たちは冷やかしで行ったのですが、他の人は、一体どういうことなのでしょう?
すると、一人の男性が突然、主催者に文句を言い始めました。
「前に買いたいと言っていた人たちは、何で今日来ていないんだ」とか、「そもそも、買いたいと言った人がいたのに、何で競売にかけるんだ」というようなことを、興奮した調子で言っています。

彼が何故怒っているのか、私には全然分かりません。
競売にかけるというのは、持ち主自身に責任能力がないため、州が彼の利益を守るために(誰かに騙されたりしないように)決めた事です。
主催者は、単にその手伝いをしているだけです。
買いたいと言った人が今日来ていないのは、これは、本人の勝手です。
日時が合わないのなら、代理を寄越しても良い訳ですし、簡単に考えれば、気が変わったのでしょう。
彼が怒る筋合いでもないです。しかも彼、その家の持ち主の関係者、という訳でもありません。
どうやらこの競売に関して、誰かの利益なり、感情的なこじれがあったようです。

さて、競売はお開きになり、私は、そこに居合わせた、夫B氏の仕事関係の知人である、建築家と知り合いになりました。
「どうして、誰も買わなかったのかしら? 売主の男性、困っちゃうわよね」
と首を傾げる私に、彼が言いました。
「彼はきっと、国から補助が出ているから、生活が変わるような事はないさ。ただ、競売に関しては、誰かが始めれば、結構良い値が付いたんじゃないかと思うよ。皆、誰かが始めるのを、待っていたんじゃないかな」

これを聞いたB氏が、言いました。
「冗談だろ。良い年した大人が、自分が買いたい家の競売に来て、誰も手を上げないから止めとくなんて、そんなことあるもんか」
「いや、案外皆、そんなもんさ。現に俺だって、ほら、ここに手付金持って来たんだけど、誰も競らないから止めといたんだ」
そう言って、建築家は、胸のポケットを叩いて見せました。

帰りの車の中で、一人憤慨するB氏と、それをなだめる私。
「あいつは、ばか者だ。金まで持って来て、最低価格で競り落とせた物件を、『皆が買わないから、俺も買わない』なんて、幼稚園生じゃあるまいし。今後あいつと仕事をする時は、俺は気を付けることにする」

・・・・・・あのね、B氏、あんたはまだ、スイス人が分かっていないよ。

2004年7月20日 (火)  龍と呼ばれた日。(前編)

私がスイスに来た最初の5年間、私達夫婦は、約半年に1回の割合で引越しをしていました。
理由のほぼ半分は、お恥ずかしい話ですが、『私が大家ともめたから』です。

何故もめるのか?
今日は、その辺のお話を一つしようと思います。

スイスでアパートを借りる場合、一番トラブルの原因になり易いのは、洗濯機です。
皆さん「へ?」と思われるでしょう?
B氏から聞かされてはいたものの、私も当時は、そう思っていました。
あの洗濯機が、どうやったら問題になるのか・・・・・・

スイスのアパートには、大抵共同の洗濯室があり、そこに共同の洗濯機が1、2台設置されています。
アパートによって、各家庭が洗濯出来る日が決まっていたりして、日本では信じられない事ですが、その為に休みを取る人もいます。
会社側も事情は分かっていますので、『洗濯日だから』という理由で、定休日をくれます。

小さなアパートでは、さほど問題はないですが(お互いに、融通の付け合いも出来ますし)、大きな集合住宅のような場合、その洗濯日は隔週になったり、すごい所ですと、3週間に1度などという所もあります。
私がB氏と知り合った頃、彼が何十枚もの下着を持っていて、驚いた事がありますが、3週間に1度の洗濯・・・・・・最低でも、22枚の下着がいる訳ですね。

さて、この洗濯機、かなりなお値段でして、一戸建てに住んでいる、世のスイス人主婦の場合、この『マイ洗濯機』は、男性にとっての愛車に匹敵する程の価値があります。
『マイ洗濯機』は、彼女達にとって、誰にも触らせたくない一品なのです。

ある時私達は、大家の『離れ』のような部屋を借りていたことがあります。
母屋には、大家夫婦と10代の子供が2人住んでいて、私達の部屋の上には、もう一組、別のスイス人夫婦が住んでいました。
つまり、大家の奥様の『マイ洗濯機』を、3家庭が共同で使う訳です。

私達の上の住人は、2人共スイス人ですから、大家の奥様も心配はないようでしたが、この新しく来た『何処の馬の骨とも分からない、小さなアジア人』が、『最先進国スイスの高級精密機械である洗濯機』を使いこなせるのか、彼女には不安なようでした。

彼女は、私に洗濯機の使い方を説明し、使用後は必ず水気を拭き取り、蓋を開けて風が通るようにする事、周りに洗剤が落ちた場合、それも綺麗に掃除する事、などを注意し、最初の一回目は、彼女の監督の元で洗濯をしてみるように、と言いました。
くだらないとは思いましたが、それで彼女の気が済むのならと、その週の洗濯は、彼女の見守る中、彼女指定の洗剤を買って来て、行いました。

何事も問題はなかった筈なのに、次の週、彼女は私に言いました。
「貴方の靴下やパンティーは、とても小さいから、ネットに入れて洗ってもらえないかしら?」
スイスの洗濯機は、横から物を入れる形になっていますので、小さな物はタンブラーの隙間から、裏に入ってしまう恐れがあります。
私は、小さいと思える物を見繕い、彼女と検討しました。
その結果、私の下着全部とB氏の靴下をネットに入れて洗う、という事で合意に達しました。
B氏のパンツは、十分に大きいから、ネットに入れなくて良いとの事。

次の週、洗濯物を干している私の所に来た彼女、言いました。
「あら、B氏のパンツ、ネットに入れないで洗っちゃったの? 洗濯機が故障すると、困るのよね」
ちょっとカチンと来た私、言いました。
「お言葉ですが、B氏のパンツはそのままで良い、と言ったのは、貴方ですよ。私は、貴方の言った通りにしています。B氏のパンツもネットに入れて欲しいなら、はっきり言ってください。私は、どっちでも良いですから」
「別にね、文句を言っているんじゃないのよ。ほら、洗濯機が壊れちゃうと大変だから」

次の週、B氏のパンツもちゃんとネットに入れて洗っている私の所に来て、彼女は言いました。
「貴方さえ良かったら、どうせついでだし、これからは貴方たちの洗濯物も、私がするわよ」
・・・・・・何てこった。子供じゃあるまいし、私が、自分達の汚れた下着を、よその女に洗わせると、この奥様は本気で考えたのでしょうか?

「良いですよ、別に。貴方が、その方が気楽なら、これからは洗濯物がたまったら、籠を洗濯室に置いておきます」
・・・・・・この女は、まともに相手をしない方が良い。
そう判断した私、旦那の臭い靴下も、私のとびっきりセクシーな下着も、彼女に洗わせることにしました。
              〜次回へ続く〜

2004年7月21日 (水)  龍と呼ばれた日。(中編)

          〜前回の続き〜

私達が住んでいたこの『離れ』、ここは私の仕事の都合上、半年間の契約で借りていました。
私達夫婦はこの時期、どちらも忙しくしていましたので、この部屋は、簡単に言ってしまえば、寝に帰ってくる為だけに必要だった訳です。
私が、大家の奥様の無理を承知したのも、半年間だけ静かに過ごさせてくれれば、それで良いと思っていたからです。

大家の奥様が、私達の洗濯物を洗うようになって、2ヶ月程経った頃でしょうか。
ちょうど、子供達が夏休みに入った時期です。ついに、それは起こりました。
「私達、来週から2週間ほど、バカンスに行くの。それでね、洗濯物の件なんだけど、バカンスに行く前日に、貴方達の物を全部洗濯して、帰って来たその日に、また貴方達の洗濯をするわ。それで良いかしら?」

・・・・・・この時点で私、いささかうんざりしていました。
私に自分の洗濯機を触らせるのが、そんなに嫌なら、もう1台買って、間借り人用に設置すれば良いのです。
私達が出て行った後も、賃貸は続けるのでしょうから、その位の出費は当然の事です。

「・・・・・・それで構わないですけど、いつバカンスに行くか、教えてもらえますか?」
「ええ、もちろんよ。バカンスに行く前日に、貴方の所に洗濯物を取りに行くわ。もし、何かあったら、上に住んでいる奥さんが、洗濯室の合い鍵は持っているし」
そう言った彼女、私の知らない間に、バカンスに行きました。

当時の私、接客業をしていました。
いくら涼しいスイスとはいえ、夏の最中に、毎日同じ物を着て出社する訳には行きません。
彼女達のバカンスが終わりに近付いた頃、私の服のストックも、終わりになりました。
私は、上の階に住む女性に事情を話し、洗濯室の鍵を貰いました。
使用後の洗濯機は、当然、元通りピカピカにして置きました。

バカンスから戻った大家の奥様が、まず目にしたのは、庭に干してある私達の洗濯物だったようです。
その日、偶然部屋にいた私にも、彼女の素っ頓狂な声が聞こえました。
「あの子、洗濯をしたわ!」
しかし、そこはスイス人、真っ直ぐに私の所に来て文句を言う、などという事は起こりませんでした。

次の日、仕事から戻った私に、夫B氏が言いました。
「大家の奥さんから今日電話があって、これからは、洗濯物はコイン・ランドリーでして欲しいって。その代わり、家賃を20フラン(1600円ぐらい?)安くしてくれるってさ」
「貴方、まさかオーケーした訳じゃないわよね!?」
「・・・・・・したけど」
「何考えているの! そういうこと、私の頭越しに決めないで! 一体誰が、コイン・ランドリーに行く時間があるのよ! 大体ね、コイン・ランドリーが1回幾らか知っているの? 20フランなんて・・・・・・。今すぐ電話をして、さっきの申し出は、断わって頂戴!」
ものすごい見幕の私に、B氏、やっと事の重大さが分かったようです。

「妻が、それは承知出来ないと言っているから、先ほどの件はなかった事にして欲しい」
B氏、電話で私の希望通りに伝え、大家夫婦と私達夫婦は、4人で話し合いをする事になりました。

私の予想通り、大家の奥様は、筋の通らない理屈を言い始めました。
居合わせた二人の男は、どちらも困った顔をしています。
既に、これ以上の譲歩をするつもりのなかった私、彼女の話を遮りました。

「ちょっと待って! まず、事をはっきりさせましょう。 貴方、バカンスの前に、私達の洗濯をする約束だったわよね。これは、貴方が言い出したことよね。その約束を守れなかったのは、貴方よ。 しかも、何かあったら上の奥さんの所に行け、と言ったのも貴方だわ。つまり、貴方が留守の間は、上の奥さんが責任を持つと言う事よね。その奥さんが、私に洗濯の許可を与えたのよ。今さら貴方が、ごちゃごちゃ言う事じゃないわ。 それに、賃貸の契約書には、洗濯機の使用も書かれているわよ。これ、貴方達が決めた契約書よね。見てちょうだい、貴方達のサイン、入っているわよ」
そう言って私、大家夫婦の前に、持参して来た契約書を出しました。

           〜再び次回に続く〜

2004年7月22日 (木)  龍と呼ばれた日。(後編)

話し合いは、何の成果もなく終わりました。
辻褄の合わない事を言い立てる妻に、分別のある大人としても、夫としても、何も言う事の出来なかった大家。

「これ以上は、時間の無駄ね。契約書にある通り、洗濯機の使用は、認めてもらいます。それと、当然の事ですが、今後私達の洗濯物は、自分で洗います」
そう言って、私達は、大家の家を後にしました。

まあ、このまますんなり行くとは思いませんでしたが、やはり事はこじれました。
大家の奥様、洗濯室に鍵をかけ、私を無視する事にしたようです。

怒った私、市役所の『賃貸に関する課』へ行きました。
私の話を聞いた係官は、言いました。
「貴方の言い分は、100%正しい。ただ、市役所としては、何も出来ません。貴方が出来るのは、洗濯物を全てクリーニングに出して、その請求書を大家に回す事です。彼らには、支払いの義務があります」
「彼らが払わない場合、どうなるんですか?」
「クリーニング屋が、貴方の大家を訴える事になるでしょうね」
「第三者を巻き込む訳ですね。私としては、気が進みません。貴方が、今ここで大家に電話をして、話す事は出来ませんか? 私は外国人だから、誤解もあると思うのです。貴方が説明してくれれば、彼女も理解するでしょうし」

係官は電話をしてくれ、大家は納得したとの事。
しかし、事態は何も変わりませんでした。

次に私がした事は、洗濯物をお風呂で手洗いする、です。
スイスで部屋を借りる場合、もう一つの問題は、お湯の使用量に制限があるということです。 スイスのアパートには大抵、数家庭が共同で使うボイラーがあり、お湯は夜中に1度沸かされるだけなので、一日に使えるお湯の量には、限度があるのです。

つまり、私が手洗いの洗濯で、お湯をじゃんじゃん使えば、3家庭の誰もシャワーを浴びる事が出来なくなるのです。
私、全部使いましたよ、お湯。

2、3日後、私達の部屋のお湯が止められました。
真夜中過ぎに仕事から帰ってきた私、シャワーを浴びようとして、水しか出てこない事に気付きました。
・・・・・・さて、どうしたものか。私、地元の警察に電話しました。

事情を説明すると、お巡りさんが言いました。
「それ、うちの仕事じゃないんだよねぇ。困ったねぇ、あんたも」
「そうなんですよ。お巡りさんの度量で、何とかうちの大家と話してみてくれませんか? きっと、私が話すより、ずっと上手く行くと思うんですけど」

お巡りさん、電話をしてくれました。
折り返し電話をくれたお巡りさんの話では、大家は納得したとの事。

すると、お湯を待っている私の元に、大家夫妻がやって来ました。
彼らの第一声は、役所やら警察やらから電話が来るのは困る。
私、完全に切れました。

大家自身に詰め寄り、私、言いました。
「貴方は、何が起こっているのか、分かっている筈よ。何故起こったのかも、理解している筈。貴方の奥様は、悪いけど、まともじゃないわね。こんな事が、許される訳ないでしょう。貴方、自分の女房に、きちんと話しなさい! そして今すぐ、お湯を出しなさい! 貴方が自分達の義務を果さない限り、電話はこれからもじゃんじゃん来るわよ。地元の皆が、貴方がどういう人か、知る事になるわよ」
目に涙を溜めた大家さん、妻を連れて戻って行きました。

実は、この大家さん、軍隊のお偉いさんなのです。
彼にとって一番困るのは、国の機関の連中から、悪い評判を立てられる事です。
多分、知人も多いでしょう。そういう人に、今起こっているような事を知られるのは、彼としては非常にバツが悪いのです。
私、正直な話、この次は彼の上司に電話するつもりでいました。
それでも駄目なら、地元の新聞社にでもネタを提供し、個人でビラを配り、町の人々から嘆願書でも集めるつもりでした。
この町、観光地なので、外国人がたくさん住んでいます。同じ思いをしている人、いっぱいいると思います。

翌日、夫B氏に電話があり、今月分の家賃は返すから、部屋を出て行って欲しいとの事。
払ったお金を返す・・・・・・実質的に、私の勝利です。
このまま居座る権利もありますが、意味のない事です。
心の平和の方が、権利や意地より大切と判断した私、次の部屋を見つけ、引っ越しました。

全てが正常に戻った時、B氏が、ぽつりと言いました。
「みんつは、一人で良く戦ったよね。こんなに小さいのに・・・・・・恐いドラゴンだな」

2004年7月26日 (月)  日本が一番

我が夫B氏は、私と知り合うまで、日本のことは全く知りませんでしたし、興味なども殆ど持っていなかったようです。
彼の日本に対するイメージは、『物価の高い、スイス人よりも働き過ぎの国民が住む、遠い東の国』です。
まあ、私のスイスに対するイメージも、「そういえば中立国だっけ?」でしたから、お互いに文句は言えませんが。

そのB氏、1度日本に行ってからというもの、今ではすっかり日本びいきです。
といっても、日本語を熱心に習うとか、文化や歴史について本を読む、という訳ではありません。

「B氏、もし、死ぬ前にあと一回だけ食事が出来るとしたら、何が食べたい?」
「刺身と、炊き立ての白いご飯と、ワカメのお味噌汁と、生姜とかつお節の乗った豆腐! 豆腐は、木綿じゃなくて、絹ごしね。ほうれん草か、小松菜のおひたしも付けて」

「B氏、日本の友達が、何か送って欲しい物があるかって聞いてるけど、何かある?」
「腹巻き! ・・・・・・味噌は、無理だよね?」

「B氏、もし私と離婚したら、この次は何人と結婚する?」
「うーん、また日本人かな」
「やっぱり、日本の女性は優しいもんね」
「いや、スパゲッティーやステーキは、自分で作れるから」

そうです。B氏の日本びいき、はっきり言って、8割方食い気です。
B氏の知っている日本語の殆どは、すし屋のメニューに書いてありますし、ドイツ語にもないような魚の名前も、たくさん知っていますが、それらは全て、生食用の魚です。

「B氏、私、そろそろ里帰りしたいなぁ。家族に長いこと会ってないし、妹の子供達が、あんまり大きくならないうちに、見ておきたいんだけど」
「そうだな、温泉に長いことつかってないし、居酒屋にも行来たいしな」
B氏の憧れは、居酒屋での焼酎ボトル・キープだそうです。

B氏は、日本に行く事を『刺身療養』と言います。
普段の、肉やチーズで疲れてしまった胃を、刺身で保養するからだそうです。
残念ながらこの『療養』、頻繁には出来ません。

そんなB氏が、今年の春、庭に植えた野菜は、『春菊、大根、ほうれん草、ごぼう、インゲン、水菜、長葱』です。
そして、この間、育ち出した野菜を見ていた、B氏が言いました。
「しまった。白菜を植えるの、忘れた」

我が家の庭、なんだか鍋物の中身に似ているような気が・・・・・・

2004年7月28日 (水)  日本vsスイス 

今日は、スイスと日本の男性比較などをしてみましょうか。

ええと、別に隠していた訳ではないのですが、大きな声で宣伝する事でもないので、今まで特に触れずにいましたが、実は私、日本人の男性と結婚していた事もあるのです。
はい、簡単に言ってしまうと、バツイチ、ってやつです。
という訳ですから、日本の男性と生活するとどんな具合か、ある程度は分かっているのです。
で、日本とスイスの男性の違い、私の経験から、典型的かなと思うものを上げてみます。
あくまで、お遊びですから、ここを訪れてくださる男性の皆さん、怒らないで下さいね。

【家事】
これは残念ながら、スイスの男性、圧勝です。
私達世代以降のスイス人男性にとって、家事をするということは、特別な事ではないようです。
共働きの家庭が多いせいもあるでしょうが、家の中のことは、割と普通にやってくれます。
料理などは、好んでする男性も多いようです。
かくいう我が家でも、私、夫B氏から、服のボタン付けなどを頼まれた事は、今まで一度もありません。

【女性に対する気遣い】
皆さんには意外でしょうが、これ、日本の男性の勝ちです。
以前にも何度か触れましたが、スイスでは、女性が『女=守るもの』として扱われることを嫌がります。
ですから、スイスの男性は、女性の方から頼まない限り、何もしません。
例えば、日本の男性は、女性が綺麗な格好をしていれば、それなりの場所に連れて行ってくれますし、寒いと言えば、着ている上着を脱いでくれますよね。
スイスの男性、「何でそんな格好をして来たの」で、終わりです。
デートで夜遅くなってしまったりしても、スイスの男性、「家まで送っていこうか?」とは言いません。
我が家はどうか、ですか?
初めてのデートの時、事情を知らなかった私は「そんなに早く歩かないでよ。貴方って、ジェントルマンじゃないわね!」と、噛み付きました。

【包容力】
私の見た限り、これも日本人男性の勝ち、でしょうか。
日本の男性の懐の深さ、特に、女性の我儘に対するそれは、スイス人男性、勝ち目がなさそうです。
「そんな小さな事、どうでも良いじゃないか。彼女がそれで気が済むなら、やりたいようにやらせておきなさい」とか、「あの程度の我儘なら、かえって可愛いじゃないか」・・・・・・こういうこと、スイスの男性は苦手です。

【おしゃれ】
ドイツ語系のスイス人、男女ともにおしゃれのセンス、ゼロです。

【まめさ】
生活の中のちょこっとしたこと、スイスの男性は、気軽にやります。
職場で残業をする習慣がないせいもあるでしょうが、仕事から帰って来ても、一緒にスポーツをしたり、泳ぎに行ったり、庭仕事や家の修理をしたり、友人たちとパーティーをしたり、etc・・・・・・頻繁に、楽しみを作ります。
これは、『釣った魚に餌はやらない』日本人男性、ちょっと分が悪いかな。

【生活における、家庭の比重】
これは、日本の社会のシステムもありますが、スイス人男性の方が、家族に時間を多く割きます。
例えば、私が風邪を引いて、医者に行きたいとしましょう。
B氏は、仕事中でも戻って来ますし(私を車で、医者に連れて行くため)、会社の方も、当然のようにそれを認めます。
スイスでは、どこかに出かける時や、仕事関係の催し物に、妻(もしくは恋人)を同伴するのが一般的ですので、夫婦が一緒にいる時間は、日本の場合より、ずっと長いです。

・・・・・・今日は、こんなところでどうでしょう? 他に知りたい事、ありますか?

2004年7月29日 (木)  私の結婚観

皆さんは、国際結婚と聞くと、何か特別な事に思えるのでしょうか?

昨日、私が日本人との離婚経験者だと書いたのは、国際結婚や外国人と暮らす事について、何故私がそんなふうに言うのか、皆さんにより理解して頂けると思うからです。

さて、国際結婚について・・・・・・
一言で言ってしまうなら、日本人と結婚しようが、外国人と結婚しようが、変わりはありません。
一番の苦労は、国や文化や言葉ではなく、多分、男と女の違いだと思います。

私が、スイス人である夫B氏と一緒に暮らし始めた時、私の話せた外国語は、中学・高校で習った英語のみ、でした。
私、留学経験もありませんし、日本で語学学校に通っていた事もありません。外国人の知り合いなども、全くいませんでした。
よく、日本の英語教育は駄目だ、などという事を聞きますが、私の経験では、義務教育の英語がきちんと理解出来ていれば、日常の事はどうにかなります。後は、個人の度胸です。
当時B氏が話せた英語も、私より少しまし、と言う程度だったと思いますが、特に意思の疎通でトラブルがあった記憶は、ありません。

私がドイツ語をゼロから始めた時も、言葉が原因の喧嘩は、たった一度だけです。 B氏が迂闊にも、「君の下手くそなドイツ語の相手は、疲れるんだ」と、口を滑らせたことがあります。
「その台詞は、私の努力に対する敬意を欠いている。貴方が、日本語をもっと早く習える自信がない限り、二度と口にしないで欲しい」
私にぴしゃりと言われたB氏、はっとして、謝りました。

どちらかというと、私がスイス・ジャーマンを理解するようになった今の方が、言葉による喧嘩が起きています。
B氏が何気なく使う、言葉の裏の意味が理解出来るようになったため、嫌味ややる気のなさ、使う単語に出てしまう無神経さ、というものが分かってしまうのです。
で、「今の言い方は、気に入らないわね」という喧嘩が起こります。

文化は、最初から違うものと思っていたので、好き嫌いはありますが、それで問題は起こりません。
私の最初の夫は、同じ地元の人でしたが、お互いが同じ基盤に立っている筈だ、という甘えがあったのでしょう、お互いの常識の違いによる喧嘩、多かったように思います。
同じ日本語を話している筈なのに、気持ちが通じていないという事が、たくさんありました。

昔、あるアメリカ人の女性に、言われたことがあります。
「パートナーが、貴方にとって正しい人物なら、結婚は続くものよ」

実は、私がB氏と出逢った時、私は離婚した直後でした。
かなり苦しかった結婚生活を、解消したばかりの私には、ある決心がありました。
『100%私に見合う男が現われない限り、私は一人で生きて行く』
そんな私に、家族はもとより、回りの人達全てが、言いました。
「世の中に、完璧な男なんかいないのよ。皆、適当な所で妥協するの。結婚なんて、そんなものよ」
私はもう、そういう結婚は望みませんでした。
私が国際結婚をしたのは、たまたま、100%私に見合う男が、スイス人だったからです。

国際結婚を夢見ている方は、たくさんいると思います。
金髪の外国人を連れて歩くことに、憧れている方もいるでしょう。
結婚の条件は、人によって違う筈。
心の優しさが重要な人もいれば、経済的な安定が欲しい人もいる。健康な人が良いと言う人もいるし、見た目が決め手の人もいる。
金髪で青い目が条件と言う人がいたって、私は、良いと思います。個人の価値観の違いです。

ただ、一つだけ言えるのは、日本の方は選ばない人が多過ぎます。
特に、「私、外人が好きなの」と言う女性たち。
例えば、スイス人と結婚したいのなら、スイスに来て、何十人何百人のスイス人の中から、一番良い人物を選ぶぐらいの覚悟をして下さい。
向うに選んでもらうのではなく、自分の欲しいものをはっきりと自覚し、自分で見付けて下さい。
日本の男性の質は、はっきり言って、かなり高いです。
金髪でさえあれば、どんなろくでなしでも構わない、と言う人は別ですが、わざわざ外国にまで来て、生活レベルを下げて暮らす必要は、本当にありますか?

どうでも良いような外国人と暮らしていると、国際結婚という響きがもたらす付加価値にしがみ付くことになり、あなた自身の魅力がなくなってしまいますよ。

2004年7月30日 (金)  男性と暮す不思議

今日は、私が常々不思議に思っている、我が家の事を少しお話します。
ここ2・3日、重いテーマが続きましたから、ちょっと息抜きです(笑)。

我が家では、時々、訳の分からない物が、訳の分からない場所に、現われるのです。
どういう事かと言いますと・・・・・・

例えば、ネジです。
家の中の、「何でここに?」と思うような場所に、ネジが1本落ちています。
台所のテーブルの上、風呂場の床、寝室のベッドの下etc・・・・・・場所を変えこそするものの、定期的にネジが1本、落ちています。
釘ではなく、必ず、『ネジが1本』なのです。
私は、普段の生活で、ネジなど一切使いませんし、夫B氏も、特にネジ関係の仕事をしている訳でもありません。
「今日、仕事でネジ使った?」
試しに聞いてみますが、返ってくる答えは毎回、
「いや、何で?」
B氏が落としているのは、間違いない筈ですが、彼も記憶にないと言います。

他には、木片。
今も、テレビの横に、20cmぐらいの長さの、木の枝が置いてあります。
いつからそこにあるのか、どこから来たのか、私には???なのです。
「B氏、この木は、どういう意味なの? 何か、メッセージでも送っているの?」
先日、私が聞いたところ、
「なんだ、その木? 俺じゃないよ」
と言うB氏。
材木の切れ端などのような物も、時々変な所に置いてあります。

紙切れもそうです。
何やら、暗号めいた数字や文字が書いてあります。
明らかに電話番号だと思われる数字が、名前と一緒に書かれている時もあるのですが、
「B氏、これ、大事なんじゃないの? ちゃんと、手帳に写したら?」
と言う私に、
「・・・・・・誰だ、これ? 俺、こんなの書いた憶えないよ」
「でもさ、これ、貴方の字だよ」
「うん、俺の字だな。いつ書いたんだろう?」
といった具合です。

その他にも、なにやら意味がありそうで、私にしてみれば、捨ててしまって良いのかどうか迷うような物が、おかしな場所に現われるのです。
毎回B氏に聞きますが・・・・・・私でない事は確かですから・・・・・・答えは必ず、
「何だろうねぇ、それ」
B氏、嘘を付いているようには見えません。・・・・・・どうも、本当に憶えていないようなのです。

男性というものは、自分のした事を、本当にそんなにさっぱりと、忘れてしまえるものなのでしょうかねぇ?
皆さんのところでは、そういう事ありますか?

2004年7月31日 (土)  白味噌、入ってます。

昨日もちょっと書きましたが、我が夫B氏、物忘れが激しいのです。
うっかり、というよりも、すとーん、という感じで、完全に忘れてしまうのです。

例えば、買い物。
B氏、買い物のリストを作るのが好きなようで、メモ用紙に綺麗な字で、買う場所ごとに項目を作り、品目を書き込んでいます。
で、お店に着いていざ買い物、という段になって、何処を探してもメモがない。
どこかで失くしたのか、元々持って来なかったのか、思い出せません。
日用品の買い物なら、まあ、適当に買えば良いですが、棚を作るための買い出しなどの場合、材木の寸法を書いたメモがないので、手ぶらで帰ることになります。

こういう時、私が文句を言うかですか? ・・・・・・言いません。
本人、かなりのダメージを受けていますので、それ以上の追い討ちは、かけないようにしています。

昨日書いた、電話番号のメモなどもそうです。
紙切れに、誰かのフル・ネームと電話番号が書いてあります。
しかし、誰なのか、何処で書いたのか、なぜ書いたのか、一向に思い出せないようです。
「電話して、それとなく聞いてみれば?」
と言ってみますが、B氏、ちょっとしたヒントすら憶えていないらしく、そのメモはゴミ箱行きになっています。
綺麗なお姉さんの電話番号だったら、どうするんでしょうねぇ?

この間は、友人U氏と一緒にマウン・テンバイクに行った時のことです。
U氏とは途中で落ち合い、彼の車をそこの駐車場に置いたまま、私たちの車で出かけました。
マウンテン・バイクは無事終わり、夕飯はU氏の所でバーベキューをしよう、ということになりました。

B氏、軽快に車を運転しつつ、
「ちょっと寄りたい所があるから、回り道しても良いかな?」
と、普段とは違う道を走り始めました。
小さな町を回り、用事を済ませると、B氏は、車を高速に乗せました。

???
私、方向音痴ですので、自信がなかったのですが、何か変です。
しかし、U氏は何も言いませんし、B氏はご機嫌で運転をしています。

・・・・・・うーん、絶対変だ。でも、二人とも何も言わないし・・・・・・

「ねえ、B氏、私達は今、U氏の家に向かっているんだよね?」
「そうだよ」
探りを入れるような私の問いに、快晴の空のように、あっけらかんとしたB氏の答えが返って来ます。
「あのさぁ、このまま行くと、U氏の家に着いちゃうよね? 駐車場に停めた、U氏の車は、いつ取りに行くの?」
「あ! 忘れてた!!」
車の中で、大笑いするU氏と、慌てて高速の出口に向かうB氏。
そうなんです。B氏、U氏が車で来た事を、“きれいさっぱり”忘れていたのです。

こういうことが、我が家では日常的に起こります。
無駄足を踏む、などということを気にしていたら、B氏とは暮らせません。
しかし、そういう事って、どうしたら忘れられるのでしょうかねぇ?

・・・・・・それにしてもU氏、あんた、自分の車だろう。もっと早く言えよな。

8月の日記へ