2005年7月2日 (土)  些細なこと

ここ数日、天気が良かったので、レタスがジャングルのように茂ってしまいました。
私と下に住むお婆ちゃんの女2人では、あちこちで伸びている3種類のレタスを食べきれずにいる内に、どうやらナメクジが入り込んでいたようで、ふと見ると、ジャングルの中心辺りが腐り始めていました。
このままでは、みんなやられてしまいかねませんので、私は昨日、レタスの植え替えをすることにしました。

「畑その一」から数本レタスを抜いては、「畑その二」へ移し(興味のある方は、左メニューの『みんつの暮らし』→『畑』をクリック)、その途中で家の向かいにある鶏小屋に寄り、見つけたナメクジを放り投げ、また「畑その一」に戻ってはレタスを抜き、を何度も繰り返し、まだ完全とは言えませんが、何とか風通しの良さそうな状態になりました。

さて、昨日は偶然、お婆ちゃんの娘夫婦(私たちの大家です)が来ていて、もと造園家であった旦那さんは、お婆ちゃんの庭の手入れをしていました。
私は、彼らが連れて来たシェパードの子犬とも遊んだりしながら、レタスの植え替えをしていたのですが、少しすると、その旦那さんが言いました。
「ここの雑草は、掘り返して抜くと良い」
見ると、畑の通路に、クローバーが3株生えています。

借りているとはいえ、そこは私の畑ですし、私は彼の生徒でもなければ、嫁でもありません。
それに、クローバーが通路に生えていても、全く困ることはないのですから、はっきり言ってしまうなら、大きなお世話なのですが、ここはスイスです。
スイス人の言うことは、まあ、笑って聞いておく方が無難なのです。
彼らは、「他人のことは放っておく」ということが、どうしても出来ないのです。

「ああ、そうですね。今やります」
私がにこやかに答え、その雑草を抜き始めると、旦那さんは、こう付け加えました。
「スイスでは、何が良くて何がそうでないのか、知っておいた方が良いからね」
彼が、自分の言葉の意味を深く考えていないことは、明らかでしたので、私は聞き流しましたが、心の中では「ひぇ〜、この人が私の義父じゃなくて、本当に良かった」と、思いました。

その後彼は、頼まれてもいないのに、私の芝生の縁を掘り返し、より綺麗に見えるように輪郭を作ると、また言いました。
「ここの掘り返した芝は、後で土を払って、生ゴミ置き場に捨てなさい」
そして、こうも言いました。
「君のレタスは、25cm間隔ぐらいで植わっているね。これは、正しい」
「ははは、ありがとうございます」

なかなか強烈な午後を過ごした私は、仕事から帰って来た夫B氏に、早速この話をしました。
もちろん、笑い話として、です。
ところが、楽しそうに話している私を見て、B氏は目を丸くしました。

「みんつ、君は平気なのかい?」
「何が?」
「……君は、ずぶとい神経をしているんだな。大家にそんなこと言われて、全く動揺しないなんて、たいしたもんだ」
「そりゃあ、そうよ。私、もうスイスに10年も住んでいるんだから、このぐらいじゃ驚かないわよ。こんなの、ごくごく一般的なスイス人よ」
「そうかも知れないけど……。でも、もし俺がそんなことを言われたら、とてもじゃないけど、平静ではいられないよ」
そう言うB氏の顔は、本気で怯えているように見えました。

……ねえB氏、そんなに簡単に動揺していたんじゃ、スイスでは生きて行かれないよ。

2005年7月5日 (火)  隣の息子 2

先日も書きましたように、私は隣の息子が気になるのです(過去の日記2005年6月15日『隣の息子』参照)。
何故かといえば、彼が独特の暗い雰囲気を醸しだし、私のにこやかな挨拶にも、不幸そうな顔をするからです。

彼は酪農家ですから、家が仕事場です。
ちょっと外に出れば、私はいやでも彼と顔を合わせます。
よく言えば好奇心旺盛で、多少の仕打ちでは動じなくなっている私は、彼を見つけると、なんとか目を合わせ、挨拶を試みます。
そのせいでしょうか、比較的機嫌の良さそうな日は、彼の方から挨拶をしてくれることもあります。
……と言っても、まだ3回だけですが。

しかし、そんなときでも彼の暗い表情は、やはり顔に張り付いたままです。
何故でしょう?

私は当初、彼は年頃なのに(30代後半でしょうか?)女っ気がなく、寂しい思いをしているからだと思っていました。
ここスイスでも若い女性は、酪農家の妻には、あまりなりたがらないのです。
それにしても、嫁が欲しいのでしたら、どこかに出かけたり友達と騒いだりと、それ以外の部分で、溌剌としたところがあっても良いのではないでしょうか?

ところが先日、私に新しいヒントが与えられました。

「それより先に、やることがあるんだ」
ほうれん草がたくさん生えてしまい、庭でバケツに集めていた私は、彼のぶっきらぼうな、どこか諦めたような声で、顔を上げました。
通りの向こうを見ると、彼が歩いて行くところでした。
牛舎の前では、父親らしき老人が、去って行く彼の背中を眺めていました。

この老人、村の中では、一番簡単に話しかけることが出来る、気さくな男性ではあるのですが、押しの強そうなところがあり、いくぶん乱暴な物言いをします。
また、どんなに気さくであっても、そこはやはりスイス人ですから、何事も思い通りにコントロールしないと気が済まないのは、言うまでもありません。

例えば、私が、隣家と共同の水道を使った後は、必ず蛇口の状態を確認しています。
「閉めておけ」「ちょっとだけ開けろ」「全開にしろ」……
色々な人が、それぞれの意見を言いますので、私は毎回全員に、「はい、そうします」と答え、元の通りにしておくのです。
使う前に閉まっていたら使用後も閉め、全開ならその通りにしておきます。
ちなみにこの老人は、「全開で出しっ放し」が好みのようです。

さて、どこかに出かけた隣の息子は、暫く経つと牛を連れて戻って来ました。
父親が牛舎の中から何か言い、息子はやはり諦めたような声を出します。
「ああ、俺はいつだって、親爺の言う通りにしているよ」

!!!!! 
ああ、きっとこれです。彼の不幸の原因は。
スイスの酪農家というのは、どうも働くことを止められない生き物のようで、息子が自分の仕事を継いでも、引退せずに手も口も出すのです。
息子だって、もう立派な男、一人前の酪農家です。
いつもいつも父親に頭を押さえられていたのでは、息が詰まるのではないでしょうか?
私は、ほうれん草を摘みながら、それとなく隣を観察しました。

牛を牛舎に戻すと、息子は外に止まっている車のバンパーに座り、自分の爪を眺め始めました。
そして、鍬を手にした父親が、目の前を横切り、牛の堆肥を積み上げていくと、彼は悲しそうにそれを眺めます。
私にはまるで、「父親がそこに堆肥を積むことは、彼の意に沿わないこと」というように見えました。

その後、精力的に働き続ける父親とは対照的に、息子は車に付いた泥を、指でひっかき始めました。
その車は仕事用か、泥だらけなのに、です。
これは明らかに、息子にはやる気がないことを示しているのではないでしょうか?
いえ、やる気をそがれている、と言った方が正しいでしょうか。

……頑張れ、息子。あの親爺は、手強いぞ!

2005年7月6日 (水)  大切な個性

日本の学校などでドイツ語(ハイ・ジャーマン)という場合、北ドイツのハノーバー地方で話されている言葉を指します。
地図を広げればすぐ分りますが、それは、ドイツのほんの一部です。
また、ドイツ語を話す国全体(ドイツ、スイス、オーストリア、リヒテンシュタイン、ルクセンブルク、イタリアのチロル地方も?)から見るならば、それは、小さな地方の一方言に過ぎません。
私たちは、それを標準語と言い、その地方の人々を、ネイティヴと呼びます。

ハノーバー地方以外の人も、いわゆるハイ・ジャーマンを話せますが、それは、彼らの出身地のアクセントや、方言的な表現が混ざっていることが多いです。
外国語に慣れていない人には、分らないかも知れませんが、例えば各国のニュース・アナウンサーが、ハイ・ジャーマンで同じ記事を読み上げたとしましょう。
何処の地方かまでは分らないとしても、そのキャスターがドイツ人であるのか、もしくはスイス人やオーストリア人であるのか、大抵の場合、最初の一文で私にも分ります。
それは、彼らの母国語特有のメロディーが、言葉に混ざっているからです。
彼らが英語を話す時でも、このメロディーは変わりません。

ややこしくなりますが、スイス人の母国語の一つも、やはりドイツ語です。
しかし、それはスイス・ジャーマンと呼ばれ、ハイ・ジャーマンの方言として扱われます。
ところが、スイス・ジャーマン自体、各地方それぞれの独特な表現やアクセントがあり、場合によっては、お互いに理解出来ない地方もあります。
そして、ハノーバー地方のドイツ人がスイスに来た場合、スイス人の話す言葉は、ほぼ聞き取れません。

日本人である私たちがドイツ語を習う場合、目的は何でしょう?
ハノーバー地方のドイツ人と交流することでしょうか?

もちろん、何かを基準として言葉を習わなくてはいけない以上、手始めとしてハイ・ジャーマンを習うのは、当然のことだと思います。
それを習ってから方言に触れる方が、その逆よりもずっと簡単ですし。
しかし、それ以外の言葉を、ハイ・ジャーマンではないからというだけの理由で排除してしまうのは、何故でしょう?

ある時私は、ハイ・ジャーマンを話すトルコ人に出会いました。
ドイツで暮らしたことのあるトルコ人は多く、彼も多分、その一人だったのでしょう。
会話が進み、暫く経つと彼が、興味深そうに聞きました。
「貴方のドイツ語には、面白いアクセントがあるね。それは、日本人だからではないと思うのだけど、何処のアクセントだろう?」
私自身、自分では聞くことが出来ませんが、もちろんスイスですよね。
別の時には、知り合ったばかりのスイス人(チューリッヒ出身)から、こうも言われました。
「みんつのドイツ語は、ベルンのアクセントがあるように思うのだけど、どうして?」
ええ、ベルンには、何年間も住んでいましたからね。

ヨーロッパというのは、多国籍文化です。
色々な国の人が、色々な国に行き、それぞれの土地の影響を受けた言葉を話します。
ハノーバー地方のドイツ人でも、両親が例えばバイエルン地方の出身であれば、やはりバイエルンのアクセントが混ざるのです。
実際、他の地方からの出身者が全く混ざらない家庭の方が、この辺では、少ないのではないでしょうか?
そして彼らは、その色々な影響や歴史を持つ自分の言葉を、大切に思っています。

私はドイツ語の方が身近ですから、それを例に取りましたが、英語を話す国は、世界中でもっとたくさんあります。
私たちが日本で習う英語は、どちらかというなら、アメリカ英語だと思います。
ヨーロッパでは、当然国同士が近いですから、イギリス英語が主流です。
ジャマイカ英語、インド英語、フィリピン英語などは、それがきちんとした公用語であるにも関わらず、日本人の感覚では、英語とすら認められていないのではないでしょうか?
「君の英語は聞き取れない」と、同じように英語を母国語とする、アメリカ人に言われていた、オーストラリア人もいますし、確かスコットランドの英語は、イギリス人でも分らない場合があるそうです。

さて、もう一度考えてみて下さい。
ネイティヴって、何でしょう?
どうして日本人だけが、母国語のアクセントのある英語では、駄目なのですか?
ネイティヴのように話せる方が格好良いと思うのは、どうしてですか?

2005年7月7日 (木)  間違っている。

昼ご飯を食べようと思い、何気なくテレビを付けると、ロンドンの地下鉄やバスが、テロリストによって爆破されたというニュースが、私の目に飛び込んで来ました。
昨日はオリンピック開催地に選ばれ、通り中で人々が喜びを表していたのに。

宗教も政治も歴史も、どれも私の得意分野ではないけれど、どんなに理屈を付けたって、誰かの死によって成り立つ思想なんて、良い訳がない。
聖戦だなんて言うけれど、神様が誰かの死を望んでいるなんて、どうしたら信じられるのか?
貴方が出来るだけ多くの人を殺すこと、そして、自分自身をも殺すことを望んでいる神様なんて、何処か間違っている。
自分の子供が、爆弾を背負って、誰かを殺しに行くことを望んでいる神様なんて、そんなの、いる訳ないじゃないか。
貴方たちにも言い分はあるのだろうけれど、あんなやり方をされたんじゃ、聞く気にもならないよ。

ショックだとか、悲しいとか、そんなことじゃない。
私は、本当に腹が立っている。

貴方たちのしていることは、もう、うんざりです。

2005年7月8日 (金)  寒い夏

世界的に異常気象なのでしょうか、ここアルプスは、また寒いのです。
先週末から天気の悪い日が続き、私は今部屋の中で、長袖長ズボン、靴下2枚を履いて、凍えています。
このままでは具合が悪くなりますので、昨日からは、再び薪を焚いています。

信じられますか、7月なのに、部屋の中でフリースを着ているなんて?
去年の今頃は、大喜びで湖に飛び込んでいたのに。
そんな調子ですから、ここ数日間、今まで一日中開け放しにしていた窓も、各部屋のドアも、きっちり閉めたままです。

スイスの夏はからっとしていますので、本来なら過ごしやすく、一年の内でほんの数ヵ月間の、喜びの季節なのです。
しかし、こんなに寒くては、外を歩き回って自然を謳歌する気にはなりませんし、畑で育ち過ぎているレタスの消費量も、一向に増えません。
ちなみにレタスの1種は、葉が大きく茂り、その重みで倒れています。

「ああ、寒いよぉ。今日も、雨かなぁ? 畑の手入れがしたいのに……」
外に目をやると、気の滅入るような灰色の景色の中で、何やら黒いものが、忙しげに飛び回っています。
「カラスかな? いや、あんなに早く飛ぶのは、コウモリか?」
それ以上は特に深くも考えず、私は、天気を確かめるため、何気なく窓に近寄りました。

と!!!!!

ああ、可愛い。
窓の外枠に、小さなツバメが3羽、ちょこんと座っています。
空を忙しく飛んでいたのは、餌を運ぶ親鳥だったのです。

しかもその3羽、もうすでに雛ではなく、小さなツバメで、親が餌を取りに行っている間に、私の部屋の窓辺で、飛ぶ練習をしているようです。

窓辺から飛び立ち、半径数メートルほどの円を描いて回ると、また窓辺に戻って来ます。
時には、少し先の庭にある木まで飛び、そこで一旦休憩を取って、戻って来ます。

私は、小ツバメの飛行練習を暫く眺めようと思い、椅子を取ってくると、バジルとコリアンダーの陰に隠れました。
しかし、部屋の中から覗いている、私の気配に気付いたのでしょう。
3羽は、窓ガラス越しにちらちらと私を見て、練習に集中出来ない様子です。

「大丈夫よ。何にもしないから」
そうは言ってみたものの、3羽はどうにも落ち着かないようです。
仕方がありません。私は、静かに窓際から離れることにしました。

……寒い夏、もう少し続いても良いかな。

2005年7月11日 (月)  耳から覚える外国語

国際結婚をしている方は元より、お互いが違う地方出身の家庭では、言葉はどういう具合になっているのでしょう?

私のように、パートナーの出身国に住んでいる方は、多分、普段はそこの言葉を両方が使っているのではないかと思うのですが、パートナーは貴方の言葉を話しますか?
また、どちらの出身地でもない場所に暮らしているカップルの場――例えば、関東人と関西人のカップルが、青森県に住んでいるというような場合は、どうなのでしょうか?
それぞれが、自分の出身地の言葉で話しているのでしょうか?
そのために生じる問題なんかは、やはりあるのでしょうか?

我が夫B氏は、殆ど日本語を理解しません。
2人が一緒に暮らし始めた頃、B氏は、私に聞いたことがあります。
「俺も、日本語を習った方が、良いのかな?」
確か当時、私はこう答えたように思います。
「貴方が習いたいなら、習えば良いと思うけど、どっちにしても、2人が同時に使える言語は、一つでしょう。私がドイツ語を習っているんだから、それで良いんじゃないの? 私個人の意見を聞くなら、貴方が日本語を全く知らなくても、別に構わないけど」
元々勉強の好きでないB氏は、私のこの一言で、簡単に結論を出したようです。
「みんつが良いと言っているのだから、何も俺が、無理して習う必要はない」

そして、その状態は、そのまま10年経った今日にまで至っているのです。
まあ、B氏が日本語を理解するようになったら、私自身、こんなに呑気にホーム・ページなど書いてはいられませんから、私の意見も、いまだに変わってはいないのですが。

ただ、私の家族は一切外国語を理解しませんし、私も通訳を全くしませんので、B氏は2度の来日で、ある程度の日本語を耳から覚えたようではあります。
そして、その日本語は、私たち3姉妹やその女友達との会話から、習うことが多かったのでしょう。
B氏は、厳つい外見には似合わない、「です、ます」調で、優しい発音の日本語を話します。
「B氏、お豆腐食べますか?」と、私の妹が聞けば、「はい、お願いします」といった具合です。

また、私たち3姉妹は皆、母なり妻なりですから、こんな会話を良くしていたのでしょう。
「今日の夕飯、どうしようかなぁ?」
「お姉ちゃん、明日のxxはどうするの?」「うーん、どうしようかなぁ……」
「今日は、買い物に行くの、面倒くさいよねぇ。どうしようか?」
もう気付かれた方もいるかと思いますが、3月末の1ヶ月間の日本滞在から戻って来たB氏、最近の流行は、この「どうしようかなぁ」なのです。

「B氏、今日は泳ぎに行く?」
「ど〜しよ〜かな〜ぁ……」
「夕飯は、外でバーベキューにする? それとも、家でビデオを見ながらが良い?」
「ど〜しよ〜かな〜ぁ……」
B氏、感覚で使っているにしては見事なタイミングで、しかも何故か歌うように、この「どうしようかな」を言うのです。

以前は何を聞いても、日本語で「わっかんなぁ〜い」と答えていて、苛々した私に「分かんない」禁止令を出されたB氏、今度は同じことを、この「どうしようかなぁ」で答えることにしたようです。

……B氏よ、分っていて、わざとやっているのじゃなかろうな?

2005年7月13日 (水)  貴方好みの色に

最初は確か、私の化粧台だったと思います。
ある時、夫B氏が知人から、不要になった小さな箪笥を貰って来たのです。
「これ、みんつの化粧台に良いと思わないかい? ほら、洗面台の鏡じゃ、高過ぎて良く見えないって言っていただろう。壁に鏡を付けて、その前にこの台を置いたら、調度良いんじゃないかな」
見るとその箪笥は、私の祖母の年代にでも流行ったような、花柄のプラスチック・シートが貼られ、正直なところ、私の好みではありませんでした。
しかし、B氏は自信たっぷりに言います。
「このシールを剥がして、色を塗ったら、きっと綺麗になるよ。みんつの化粧台だから、何色でも好きな色にしてあげるね」
「じゃあ、レモン・イエローが混ざったような、アプリコットが良い」
私は、特に考えるでもなく、頭にぱっと閃いた色を言いました。

数日後B氏は、私をそばに呼び、目の前で赤や黄の材料を混ぜながら、私の想像していたアプリコット色を作ってくれました。
そして、出来上がった箪笥は、友達が「それ、要らなくなったら、私にちょうだいね」と言ったほど、素敵なものになりました。

その次は、庭に置くテーブルの脚でした。
「みんつ、台に使う板はもう黄色なんだけど、脚は何色が良いと思う?」
「太陽が似合いそうな黄緑!」
この時もB氏は、「もう少し明るく」と言い続ける私の前で、色を作りました。
そしてこの脚は、私よりもB氏のお気に入りになり、今はB氏の机の脚になっています。

それ以来B氏は、我が家に何かを置く場合、決まって私に、何色が良いか尋ねるようになりました。

「居間の電気だけどね、パーティー用品の店に行くと、何色も色の付いた電気のチューブみたいなのがあるでしょう。あれにしようよ。あれで大きな円を作って、天井に張り付けるの」
この家に引っ越してきた時にも、B氏に聞かれた私は、そう答えました。
そして、いささか奇抜であったそのアイディアも、実際に天井に付いてみると思いの外良い雰囲気で、「みんつの言う通りにして、良かったな」と、B氏も満足のようです。

さて、こんな風に書くと、私は明るい可愛らしい色が好きだと思われるかも知れませんが、実は全く違うのです。
私の部屋を見れば分りますが、そこには、色は殆どありません。
部屋そのものは木で出来ていますし、家具も元々の木の色のみです。
もちろん、本棚の本や窓辺の紫蘇、机の上の辞書などには色がありますが、私が選んで置いた色は、壁に掛かっているコルク・ボードに塗ってある一色だけです。
それは、私の一番好きな色、ブルー・グレーです。
部屋の配色としては、いささか寒い色ですが、自分の部屋には好きな色を置きたいと思い、やはりB氏に調合してもらい、この色を私はコルク・ボードに塗ったのです。

大小2つのボードが私の部屋にはあり、そこには新聞の切り抜きや、ちょっとした走り書き、友人からの絵はがきなどが、ピンで留めてあります。
最初は「俺はボードなんて必要ない」と言っていたB氏ですが、私の部屋を見ていて、自分も欲しくなったのでしょう。先日、大きなボードを買って来ました。
ちなみにB氏の机は、訳の分らない紙切れで一杯ですから、ボードは大活躍出来ます。

さて、このボードは、当然B氏の部屋に置かれるのですから、私は何も言わずにいましたし、B氏も今回は、何も聞きませんでした。
ただ、何日経ってもボードが壁に掛からないので、私は不思議になり、聞いてみました。
「B氏、ボードの場所は、まだ決まらないの?」
「いや、場所は決まっているんだけど、何色にするか、まだ決めていないんだ」

それから暫く経っても、ボードは床に置かれたままです。
「B氏、ボードの色は決まった?」
「いや、まだ決めてないけど……。その内、ちゃんと決めるよ」
「……」

B氏の答え方が、何となく変だと思った私は、試しに言ってみました。
「あのね、もし私と同じ色にしたいんだったら、この前使った色、まだ十分余っているから、使って良いからね」
するとB氏、待っていましたとばかりに、目を輝かせました。
「俺もそう思っていたんだ。みんつと同じ色にすればさ、材料が無駄にならなくて済むもんな。それにあの色、結構綺麗だよな」

……何だ、私と同じ色にしたかったのなら、早くそう言えば良いのに。

2005年7月14日 (木)  一人の夕飯

私が自分できちんと料理をするようになったのは、確か高校2年生の時だと思います。
母が入院したため、長女である私は、家事をしなければいけなくなったのです。
初めて料理したものが何だったのかは、もう覚えていませんが、何を作っても特に失敗もなく、美味しく出来上がったことは、自分でもいささか驚いたものです。
それまでの生活の中で、私が日常的に目にしていた、母の料理をする姿、食べ物の匂い、色などが、きっと助けになったのだと思います。

大食漢の父と食べ盛りの3人娘、それに退院している時は母の分もと、私の作る料理は、常に5人前以上の量でした。
その上、母は料理自慢でしたので、私たちにとって食事とは、全て手作りで、何品もの皿が机の上に並ぶことでした。
うどんやスパゲッティーといったものは、父にとっては、単なる汁物もしくはご飯のおかずでしたし、サラダなどは一品とすら認められません。

そんな風に育った私が、一回目の結婚をした時、少々困ったことが起こりました。
たった二人分の料理を作るということが、とても難しかったのです。
これをもう少し、あれも入った方が美味しいとやっている内に、毎回鍋一杯の料理が出来上がってしまうのです。
「おかずは一品で良いよ」
そう言われはしたものの、私としては、一品しか作らないことは、何だか悪い妻のような気がしましたし、私自身も物足りませんでした。

二回目の結婚では、父以上の大食漢B氏が、夫になりました。
スイスのもたれる食事に慣れていたB氏にとって、私の作る和食系の料理は、かなりたくさん食べても平気なようで、机一杯に並んだお皿は、あっという間に空になります。
もちろん、私も幾らか少なく作れるようになりましたから、2人で食べるのにもう五人前は作りませんが、それでも義母などは、私の料理を見る度に「そんなには、食べられないわよ」と、言います。

皆さんもご存じのように、現在B氏は仕事場が遠く、週末以外は家に帰って来ませんので、平日の私はあまり料理をしません。
主婦としては、手抜きが出来る良いチャンスですし、自分一人の為に料理をするのは、案外やる気が出ないものです。
ですから大抵は、何かをちょっとつまんで、終わりにしてしまいます。

ところがたまに、無性に料理をしたくなる時があります。
簡単なものではなく、ちゃんと時間をかけた料理がしたくなるのです。

昨日はそんな気分で、私は、煮込みハンバーグとサラダ・スパゲッティーを作ることにしました。
どちらにも、たっぷりと野菜を入れて作ります。
家にある野菜やハーブを全てみじん切りにし、肉よりも野菜の方が多いぐらいのハンバーグを作り、ゆっくりと煮込みます。
サラダ・スパゲッティーには、千切りにした野菜をやはりたっぷりと。
その合間に、庭から取って来た他の野菜やハーブ、ジャムにするカシスを洗ったりもしました。

何時から始めたのでしょうか。時計を見ると、既に22時を過ぎています。
今から食事を取るのでは、ちょっとばかり遅すぎますが、まあ、こんな夜中にご飯を食べられるのも、一人暮らしならではです。
「さぁて、ビールを開けるかな」
良い匂いで煮えているハンバーグを皿に取ろうとし、私は、ふと気が付きました。

……冷凍庫は買い置き品で一杯だし、こんなにたくさんのハンバーグ、一体誰が食べるの?

2005年7月18日 (月)  冷夏の怪 (その後)

ここアルプスは、先週末辺りからやっと暖かくなって来たようです。
スイス人同様、夏を待ちこがれていた私は、岸辺で大の字になっている夫B氏などそっちのけで、湖に空気マットを浮かべ、日曜日の午後中だらだらと、風に吹かれて湖を漂って来ました。

そして、そういう天気ですから、私は再び家中の窓やドアを開け放った生活を始めたのですが……

皆さんは、先日お話した、毎朝我が家の玄関で干からびている生物について、憶えていますでしょうか?(分らない方は、過去の日記2005年6月9日『冷夏の怪』をどうぞ)
例の地を這うおたまじゃくしのような生物は、インターネットで検索した結果、多少の疑問は残るものの、ほぼ「ハナアブの幼虫(蛆)」に間違いないということになりました。
干からびているのは、さなぎになっている状態で、我が家の玄関に侵入するのは、涼を求めてのようです。
ちなみにハナアブは、正確にはハエの仲間に属するらしいのですが、見掛けは大きめの蜂といった感じです。

さて、そのハナアブの幼虫ですが、あまり気味の良い姿ではありませんので、私は見付ける度に掃いて外に捨てていたのです。
そして、寒い雨の日が続いたためか、活動期が過ぎたのか、幼虫の姿を目にすることもなく、数週間が過ぎていました。
実際、ハナアブの幼虫は全て掃いて捨てたと、私は思っていたのです。

ところが、再び暖かくなり、外に頻繁に行くようになった私は、玄関にまた、おかしなものを見かけるようになりました。
黒地に黄色の線を着けた、小さな丸い生き物たちが、床や壁をゆっくりと歩いているのです。
はい、そうです。ハナアブの成虫です。
外に捨てたとばかり思っていた幼虫の何匹かは、どこかに身を隠してさなぎになっていたようで、外が暖かくなって来たのを感じてか、我が家の玄関内で羽化していたのです。

まあ、ここまでは良いでしょう。
正直な話、成虫の方が可愛らしい姿ですし、蜂ではありませんから、刺されるということもないでしょう。

では、何が問題なのか?

やつら、飛んでいないのです。
その、ころころしたハナアブたちは、ブーンと可愛らしく玄関を飛び回る代わりに、のそのそと歩き、壁をよじ登っているのです。
飛ぶべき生き物が飛ばないのは、何か異様です。

どうしたのかと思い、私はまたもや、側に寄ってよく見てみました。
……ああ、飛ばないんじゃなくて、飛べないんだ。

雨の続いた時期に羽化したせいでしょうか。ハナアブの羽は、くしゃくしゃになったまま乾いてしまったようです。
それでも本能が、高みを目指すのか、明かりを求めて、床をゆっくり歩いたハナアブたちは、縮れた羽のまま飛び立てず、玄関のドアまで来ると、皆壁を登って行くのです。

……そりゃぁ、気の毒には思うけど、うちの玄関でやるのは、頼むからやめてくれ。
気味が悪いよぉ〜。

2005年7月19日 (火)  レタスの価値

昨日、ここアルプスも暖かくなって来たと書いたばかりなのに、夜になると雷雨になり、今日はまた、何だか薄ら寒い天気に戻ってしまいました。
今年の夏は、大丈夫なのでしょうかね?

さて、昨日の午後私は、雨の日が続いていた間、放って置いた畑仕事をすることにしました。
ナメクジの住み処になり、根元から傷み出しているレタスを抜き、ナメクジごと鶏に与えたり、いつの間にか伸びていた雑草を抜いたり、咲きかけている花を切ったりと、のんびり外で過ごしていました。

いつものことなのですが、私が畑にいると、下の階に住むお婆ちゃんが出て来ます。
不思議なことにこのお婆ちゃん、私とだけお喋りがしたいようで、B氏が側にいる時には、外に出てこないのです。
お婆ちゃんとのお喋りを終え、私がまた畑仕事に戻ると、今度は酪農家R氏がやって来ました。
このR氏は、お婆ちゃんから我が家の向かいの農場を借りていて、私は時々、挨拶を交わしたりしているのですが、昨日は機嫌が良かったらしく、大きな声で話しかけて来ました。

「お、働いているな。何をしているんだい?」
「今日は、雑草を抜こうと思って」
「そうか。どうだい、畑の広さは十分あるかい?」
以前にも書きましたが、このR氏、私が畑として使える筈の場所に馬を放っていまして、そのせいで私は、畑をめぐって、ちょっとしたたらい回しにされていたのですが(興味のある方は、過去の日記2005年5月9日『畑と収穫』をどうぞ)、R氏もそのことを、幾らかは気にしていたようです。

「ああ、十分以上です。実際、一人じゃ食べきれないほどの野菜が作れます」
「何を作っているんだい?」
「ええと、色々あるけど、今年はレタスがジャングルになっています」
「じゃあ、俺にくれれば良い。うちの女房は仕事が忙しくて、畑をやる時間がないんだ。だから、野菜はみんな買っているんだよ。レタスをくれたら、うちのソーセージを上げるっていうのはどうだい? 物々交換だ」

どうだいって、こんな良い話、誰が断りますか?
私のレタスは、毎日丼一杯食べても追い付かず、いくつかは伸び過ぎてしまい、鶏の餌になりかけているぐらいなのです(そうそう、私が勝手にレタスを与えている鶏は、R氏の農場のものです)。
そのレタスがはけて、代わりに酪農家直で、自家製の羊ソーセージがもらえるなんて。

「ええ、本当に? もちろん、オーケーですよ」
「俺、別の場所では牛も飼っているから、牛乳が欲しかったら、それも上げるよ」
「ああ、それは、商談成立です。そろそろズッキーニなんかも出来だしているから、良かったらそれもどうぞ」
「持ちつ持たれつで、お互いにあるものを交換したら、良いだろう?」
「ええ、ええ、良いです!」

これは、私の勝手な推測ですが、村の酪農家たちは当初、私が本当に畑をやるなどとは、思っていなかったのではないでしょうか?
「畑が欲しいと口では言っているが、そんなに簡単なことじゃないんだぞ」とでも、思っていたのではないかと、思うのです。
それが、私が草むらを更に広く耕し、ジャガ芋だけではなく、色々な野菜を植え、まめに手入れをしているのを見て(もちろん、育っている野菜も見て)、本当に私が畑仕事を好きだと、少しずつ認めてくれ出しているのではないでしょうか?
もちろん、スイス人がやるように、きっちりと手入れされた畑に見せかけているのも、ポイントだと思います。

「あ、そうだ! 前から聞こうと思っていたんですけど、私、卵のパックがたくさんあるんですよ。使いますか?」
R氏が、鶏の卵を持ち帰る時に、市販の卵パックに入れていることを知っていたので、私は卵を買うと、パックを取っておいたのです。
「おお、それは助かるよ。じゃあ、こうしよう。あんたが卵の空パックを10個集めたら、卵1パックと交換だ。今日はとりあえず、1パック上げるからな」
これは、契約成立ということでしょうか? 
R氏は私に卵を渡すと、機嫌良く帰って行きました。

……来年は、畑、もっと広げようかな。

2005年7月21日 (木)  スイス検定4級

今日は、ちょっとお遊びです。

皆さんが私の日記を通して、スイス人に対する理解をどのくらい深めているのか、テストしてみましょう。
尚、これは私が勝手に考えた問題ですので、あまり真剣に取らないでくださいね。

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以下の設問に合う答えを選び、その理由を述べなさい。

『貴方はスイスに住んでいて、知り合いになったスイス人から、次のように聞かれたと仮定します。』

問1、スイスは気に入りましたか?

a、はい、気に入りました。
b、気に入ったところと、そうでないところがあります。
c、いいえ、あまり気に入りません。

問2、スイス・ジャーマンは分りますか?

a、いいえ、ハイ・ジャーマンでお願いします。
b、いいえ、まだ分りません。
c、いいえ。でも、スイス・ジャーマンの響きは好きです。

問3、ホーム・シックにはなりませんか?

a、ええ、日本の家族や友達が側にいないのは、寂しいです。
b、ええ少し。だからよく日本に電をかけたり、スイス在住の日本人と会ったりしています。
c、それほどでもありません。スイス人の友人も出来ましたし、皆さん優しいですから。

問4、カルチャー・ショックはありませんか?

a、あります。日本とスイスでは、やはり文化などが違いますから。
b、いいえ、日本は西洋化されていますので、さほど違いはありません。
c、ええ、皆さん随分質素に暮らしているので、逆カルチャー・ショックでした。

問5、仕事は何ですか?

a、正直に職業を言う。
b、今はxxをしているが、出来れば将来は、より良い職に就きたいと考えていると言う。
c、適当にお茶を濁し、話題を変える。

……正解と解説は、明日のお楽しみです。

2005年7月22日 (金)  スイス検定4級(正解と解説) 

      (文字数制限上、今日の日記は2つに分けました。)

今日は、昨日の続きです。

では、昨日の問題の正解と解説を。
そして、くどいようですが、これはあくまでもお遊びです。

問1、 スイスは気に入りましたか?
正解:a。「はい、気に入りました」

解説:この質問は、決して貴方の本心を聞いているのではありません。
これは大抵、知り合ったばかりのスイス人がする、最初の質問です。質問者は貴方と何を話せば良いのか分らないので、とりあえずの切っ掛けとして、社交辞令的にこう聞くのです。
正直にbの様に答えると、「どこが気に入らないのですか?」と話は進み、貴方の個人的な感想や嗜好に対して、重箱の隅を突かれるような論議が始まりますし、cは、決して質問者は口に出しませんが、「だったら日本に帰れよ」と思います。
また、貴方が気を許せると感じた既知のスイス人からこの質問が出た場合は、かなり要注意です。
貴方の答え次第では、今後の2人の関係にひびが入ります。

アドヴァイス:この質問は、英語の授業での「How are you?→I am fine thank you!」のように対語と捉え、いつでも無難に『a』の答えが出せる癖を付けておくと良いでしょう。

問2、 スイス・ジャーマンは分りますか?
正解:c。「いいえ。でも、スイス・ジャーマンの響きは好きです」

解説:この質問の真意は、「スイス人と仲良くする気がありますか?」です。
ハイ・ジャーマンが完璧に解る人でも、外国人の場合、スイス・ジャーマンを理解するまでには時間がかかります。
質問者は、この時点では、日本人の貴方がスイス・ジャーマンを理解しているとは、期待していません。彼らが知りたいのは、貴方がスイス・ジャーマンに対して好意的かどうかです。

アドヴァイス:例え貴方がスイス・ジャーマンに対して無関心であったとしても、スイスにいる間、もしくはスイス人と何らかの関係がある間は、スイス・ジャーマンが好きだというポーズを取っておきましょう。

                 〜後に続く〜

2005年7月22日 (金)  スイス検定4級(正解と解説) 

       (文字数制限上、今日の日記は2つに分けました。) 

               〜前からの続き〜

問3、 ホーム・シックにはなりませんか?
正解:c。「それほどでもありません。スイス人の友人も出来ましたし、皆さん優しいですから」

解説:「日本の家族や友人を大切にしている」こと自体は問題ではありませんが、『a、b』の様に答え、そこで終わりにしてしまうと、貴方は「いつまでも日本を引きずっていて、スイスに馴染む気がない」と思われます。
「彼女(彼)は、スイスに馴染むのに苦労しているらしいよ」これは、スイス人が他所で良く口にすることです。

アドヴァイス:ここはさりげなく、「スイスに来れば、スイス人と付き合うのが当然だと考えている」という印象を与えておきましょう。

問4、 カルチャー・ショックはありませんか?
正解:c。「ええ、皆さん随分質素に暮らしているので、逆カルチャー・ショックでした」

解説:この質問は、意外にも高学歴の人から出ます。
彼らの中には無意識に、「スイスは一番進んでいる」→「例え日本といえども、所詮アジアの一国に過ぎない国が、スイスより優れている筈がない」という図が出来上がっているのです。
ここは貴方も心を決めて、彼らの思い上がりに釘を刺しておきましょう。

アドヴァイス:この答えは、あくまでもユーモラスに、和やかな空気を壊さないように言いましょう。

問5、 仕事は何ですか?
正解:c。「適当にお茶を濁し、話題を変える」
* ただし、貴方が社会的に地位の高い職(医者、弁護士、高度の専門職など)に就いている場合は、『a』です。

解説:スイスには職業学校制度があり、この制度のない日本人がスイスで働く場合、例え日本の一流大学を卒業していても、社会的に底辺層とされている職にしか就けないのが現実です。
そして、大半のスイス人は、日本人のこの苦労を知りません。
貴方が職業を言った時点で、貴方には、彼らの価値観を基準にした烙印が押されます。
また『b』の答えでは、貴方自身が、彼らの価値観に迎合しているのを示しているようなものです。
その後は会う度に、聞こえだけは表向きな、厄介な会話が繰り返されます。
ここは上手にユーモアーを使って、話題自体をうやむやにしてしまうのが正解です。

アドヴァイス:この質問は、貴方が出会うほぼ全てのスイス人から出されます。
出来るだけ早い内に、貴方自身のキャラクターにあった言い回しを身につけ、快適なスイス生活を送りましょう。

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如何でしたか?
皆さんは、何問ぐらい正解されたのでしょうか?

2005年7月25日 (月)  晴れの日と月曜日は

我が家の窓辺は、本格的に小鳥たちの飛行訓練場になったようで、ろくに夜も明けないうちから、ちちちちちとか、ききききとかいう鳴き声で、大にぎわいです。

そんな長閑の風景の中、何故か私は、どんよりとしているのです。
はっきり言って、憂鬱ですらあります。

私が憂鬱になる原因など、皆さんにはもうお分かりでしょうから、勿体付けずに言いますが、義母から招集がかかったのです。
日本へ出張していた義兄が戻り、家族を連れて遊びに来るから(本当の目的は、歯医者ですが)、私にも来いということなのです。

ハイジの爺様でもありませんから、良い若い者がなんの理由もなく、「私は、山を下りたくないのです」と言ったって、説得力はありませんし、私に毎日何の予定もないことは、誰だって知っています。
その上、義父が車で迎えに来るとなれば、私にはもう、この義母の誘い、断る余地はありません。

何度も書いていますが、私は、義理の家族ともめている訳ではありません。みんな親切な優しい人たちですし、私は彼らが嫌いだ、ということでもありません。
ただ何故か、気が乗らないのです。
自分でもどうしてだか解らないのですが、出来れば行きたくないのです。

このホーム・ページを訪れて下さる嫁の皆様は、そんな気持ちになること、ありますか?
どうしても嫌だという訳ではないけれど、積極的に回避したいというほどでもないけれど、出来ることなら、不参加で済ませたい。

行けばそれなりに楽しいのではないか?
義兄の日本での話で、盛り上がるかも知れないではないか?
たまにはこんな寒村から離れて、お年寄りや酪農家以外の人とも接触を持った方が、健康的じゃないか。
自分で作らなくても、美味しい昼食が食べられるじゃないか。

うーん、困りました。
どんなにそう言い聞かせても、気持ちは正直なもので、「何かハプニングが起こって、中止にならないかしら」と考えている自分がいます。

あと30分ほどで、義父が来ます。
そろそろ、重い腰を上げて、こざっぱりと支度をしなくちゃ。

あ〜あ、久しぶりに良い天気なのになぁ……

2005年7月26日 (火)  極意、見付けたり?(前)

    (今日の日記は、文字数制限の関係上2つに分けました。)

夫B氏が定期購読している雑誌に、『saldo(サルド)』というものがあります。
これは、巷で売っている商品や機関などの質が、本当にその通りなのかとか、食品に使われている原料は安全なのかとか、ある病気にならないようにするには、何に気を付けたらいいのか、などといったことが記されています。

そして、中でも興味深いのは、同じ製品のメーカーごとによる比較のコーナーです。
売っている店、値段、性能、食品の場合は味や添加物、製品の場合は使いやすさやかかる電気代などを調査し、とても良い、良い、合格、悪いという風に、何段階かに分けて評価されているのです。

先日そのコーナーで、自転車のヘルメットが比較されていて、インターネットを通してのみの販売をしている会社が、他の有名メーカーよりも、ぐんと値段が安いにもかかわらず、良い評価を得ていました。
今まで普通の帽子でマウンテン・バイクに乗っていた私は、良い機会ですので、ヘルメットとそれに付ける日除けを買うことにしました。

注文してから数週間経ち、そろそろ不安になり出した頃、そのヘルメットは、私の元に届きました。
確か青いヘルメットを注文した筈ですが、箱の中に入っていたのは、銀色のものでした。
「サルドで紹介されて、きっとてんてこ舞いになるぐらい注文が来ているんだね、この会社。注文とは違うけど、銀色でも良いよね」
そんな風に笑いながら、私はヘルメットに、付属の日除けを付けようとしました。
ところが、どこをどうひっくり返しても、日除けの突起が嵌められそうな穴が、ヘルメットには見つかりません。
「こりゃ、駄目だ。ひょっとすると、間違った物が来ている可能性もあるから、メールで聞いてみるよ」
B氏は、その会社にメールを送り、説明書を送るなり何なりして欲しいと書きました。

しかし、1週間以上経っても、説明書も届かなければ、メールの返信もありません。
「B氏、このまま待っていると、もし間違った商品だったとしても、返品の期間が過ぎちゃうよね。来週になったら、私、電話してみるよ。もし対応が悪かったら、サルドに言いつけてやるって脅してみるわ」
「おお、そうしてくれ」

そして、今週です。
電話をかけようと思い番号を見ると、それは、私が以前住んでいたベルンの局番です。
ベルンでは私、もめ事の絶えない生活をしていましたので、その番号を見た瞬間、正直なところ、「またか」そして「こりゃ、覚悟がいるかな」と思いました。
ですから、ちょっぴり気合いを入れて、それでいて喧嘩腰にならないように、注意深く電話をかけました。

「今、担当の者がいませんので、後ほどこちらからかけ直させていただきます」
電話を取った女性が言います。
……やっぱりこの手か。後ほどって、来年の話じゃないよな。今日中にかかって来なかったら、明日また、こっちからかけるぞ。
たらい回しのあげく時間切れなどというのは、私、もう慣れっこですから、このぐらいのことでは怒りません。
「分りました。では、後ほど」
私はにこやかにそう言って、受話器を置きました。

              〜後に続く〜

2005年7月26日 (火)  極意、見付けたり?(後)

             〜前からの続き〜

すると、5分としないうちに、我が家の電話が鳴りました。
……あら、本当にかかって来たわ。
電話に出ると、男性の声で、癖のあるベルン・ジャーマンが耳に飛び込んで来ます。
実は、ベルンの方言は、スイス人同士でも分かり難いのです。どんなに集中しても、まだ私の能力では、全部は聞き取れません。
「xxって、何ですか?」
私が遮ると、男性はすかさず言いました。
「Do you speak English?」
これ、ベルンの人は良くやるのですが、私の嫌いな台詞です。
私は、きちんとドイツ語で質問をしているのです。他所の地域のスイス人なら大抵、「ハイ・ジャーマンの方が良いですか?」と聞くのに、ベルンの人は何故かそこを飛ばして、英語になるのです。

「英語でも良いですけど、ハイ・ジャーマンにしてくれたら、一番助かります」
私が言うと、彼はハイ・ジャーマンを話し始めました。
説明の結果、私が注文した物と会社のコンピューターのデーターが違うらしいこと、私のもらったヘルメットには日除が付かないことが、分りました。
そして、これもやはりいつものことですが、間違っているのは向こうのコンピューターではなく、私の記憶だというような口ぶりです。

いえいえ、このぐらいでは私、まだ痒くもありません。
こんなのは、ここでは日常的な出来事です。一々怒っていては、暮らして行かれませんから。
「じゃあ、どうするのが一番良いのかしら?」
そういう私に、彼は「ちょっと時間を下さい」と言うと、カチャカチャとコンピューターのキーボードを叩き始めました。

「日除の代金をお返ししますから、xxで……」
「xxって何ですか?」
「xxは……」
「お金を返すとなると、日除も送り返すのですよねぇ?」
「いえ、日除は捨てちゃって下さい」
「うーん、ちょっと待って。もし私が、この日除に合うヘルメットをもう一つ注文したいとしたら、どのヘルメットがそうなのですか?」
「レシートには、ヘルメットの名前は何とありますか?」
「レシートは、夫がどこかにしまっちゃったから、分らないです。……じゃあ、名前を教えて下さい。夫に連絡を取って、もう一度かけ直しますから」
「いえ、それはちょっと……。では、僕のメール・アドレスを言いますので、メモして下さい。xxxx……」
「あ、待って、今のはR? それともL? ええと、xxとの間にはコンマが入ったんでしたっけ? ええと、Kの後にはLでしたっけ?……」
「……」

こんなやりとりが暫く続いた後、彼は、決心したような声で言いました。
「今までのは、全部忘れて下さい。こうしましょう。僕が個人的に、その日除に合うヘルメットを送ります。来週にはそちらに届きますので、それで良いですか?」
「そのヘルメットだと、代金はいくらになりますか?」
「いえ、もう良いです。これは、プレゼントです」
「そうなると、今あるヘルメットは、送り返せば良いかしら?」
「それも、良いです。差し上げます」
「えっ、本当に良いのですか? 私、何も得したい訳じゃないし……、ただ、ちゃんとしたヘルメットと、それに合う日除が欲しいだけですから」
「はい、それは、分っています。……ただ今回は、特別ですからね」

……故意にではありませんでしたが、のらりくらりと時間稼ぎをするのは、どうやら有効なようです。

2005年7月28日 (木)  隣の親爺

昨日の午後私は、長いこと忘れて伸び放題になっていた、庭の芝を刈ることにしました。芝というのはこまめに刈った方が楽なようで、私は、時々草が絡まって動かなくなる、手動の芝刈り機を無理矢理押しながら、庭を行ったり来たりしていました。

隣の家では酪農家の息子が、いつもの難しげな表情で大きなトラクターを運転し、どこからか馬草を運んで来ては、牛舎に下ろしていました。
牛舎の前では彼の父親が待っていて、トラクターが着く度に、鍬をもって馬草の下ろしを手伝います。
この父親、以前にも書きましたが、かなりの年にもかかわらず、かくしゃくとしていて、もういい年をしているはずの息子は、かなり押され気味のようです(過去の日記、2005年7月5日「隣の息子供彁仮函法

「この息子が溌剌としているところは、まだ1度も見たことがないなぁ」
そんな風に思いながら私は、私の姿を見かけて庭に出て来た、下に住むお婆ちゃんと雑談をしながら、庭の手入れをしていました。

「xxxxxx」
トラクターが馬草を取りに行く間、することがなく時間を持て余したのか、隣の父親が道を行きながら、大きな声で何か怒鳴りました。
「ああ、分ったわ」
私とお喋りをしていたお婆ちゃんが、そう怒鳴り返しましたが、私は彼が何を言ったのか聞き取れませんでしたし、どちらにしても私には関係のないことのようでしたので、気にせずにいました。

暫くして私は、刈り終わった芝を置きに、通りの向かいにある納屋に行きました。
この芝は、鶏の餌になりますので、納屋にあるバケツに入れておくのですが、最近私からナメクジ付きのレタスを頻繁にもらっていた鶏たちは、私の足音が分るようになったのか、私が鶏小屋の側を通る度に、催促するようにコッコッコッと鳴いて追って来ます。
「はいはい、芝生よりレタスの方が良いのね。今取って来るから、待っていてね」
私はそう言うと、納屋の扉にかんぬきを下ろし、レタスを取りに畑に向かいました。

「みんつ! あなた、納屋を閉めちゃったの!?」
塀の上の畑で痛んだレタスを集めている私に、下の庭からお婆ちゃんが大声で聞きました。
「え? 何?」
「貴方、納屋の扉に鍵をかけたの? 隣のお父さんが、中にいるのよ!」
「え、うそっ。ああ、ちょっと待って下さい! 今すぐ行きますから」
内側からガタガタやられて、軋んでいる扉に向かって私は叫ぶと、急いで畑を降りました。

……が!
私がまだ通りも渡らない内に、納屋の大きな扉が開き、隣の父親がのっそりと顔を出しました。

「ハハハ、どうもすいませんでした。中にいるとは知らなかったもので。……それにしても、随分逞しいですね。かんぬきごと扉を開けちゃうなんて」
対になっている方の扉もどうにかしてしまったのか、隣の父親は、私のお愛想など相手にもせず、何やらぶつぶつ言いながら、納屋の扉を持ち上げたり、力任せにずらせたりしています。

……隣の息子よ、もう諦めた方が良い。あんたの親爺は、まだまだ勢力が有り余っているぞ。

2005年7月31日 (日)  ドイツ語講座(慣用句編)

今日は、スイスで使われる面白い慣用句(もしくは、そのような表現)をいくつか紹介します。

【耳の後ろが緑】
これは、日本語で言うところの「尻が青い」です。
日本語では、緑と青をはっきりと区別しないことが多いですが、この緑も「熟していない」という意味ですので、「青い」と訳しても良いかも知れません。

小生意気なことを言う、子供たちの耳の後ろを覗いて、「ああ、やっぱりね。まだ青いわ」とでも言ってやりましょう。

【歯に毛が生えている】
これは図々しくて、おっかなくて、ちょっと根性の悪そうな女性に対して使います。
日本のオバタリアンなどが、まさにこれでしょうか。

街でそんな女性を見かけたら、「ありゃ、歯に毛が生えているな」と独りごちて、ストレス解消にでも役立てて下さい。

【駅しか分らない】
「何のことだか、さっぱり分らない」という意味です。
何か知らないことを聞かれた時、誰かが小難しいことを言い出した時、聞きたくない話になった時、学校の授業が理解出来ない時……色々な状況で使うことが出来ます。

「この間のあれはどうなったのよ!?」
いつものように奥様の小言が始まったら、この次は、「俺には、駅しか分んねぇよ」とでも言ってみますか?

【木頭】
これはずばり「石頭」のことです。
スイスは木で、日本は石ですから、日本人の方がより頑固なのでしょうかね?

【左手が2本ある】
ひどく不器用な人のことを言います。
左手が2本ということは、利き腕である右手がないわけですね。

【親指を握る】
「誰かの成功を祈る」という意味で使います。
これは言葉だけではなく、実態に仕草ですることもあります。
親指を内側にした状態でグーを握り、成功を祈る相手に見せるのです。

「明日、試験なのよ」と言われたら、「じゃあ、親指をしっかり握っておくね」という具合です。

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さて、明日は月曜日なのですが、8月1日は「スイスの建国記念日」です。

我が家は特に何も予定していませんが、夫B氏が家にいますので、インターネットが使えるかどうか分りません。
日記の更新や掲示板のお返事、遅れるかも知れませんが、ちょっとだけ待っていて下さいね。

8月の日記へ