2006年7月3日 (月)
暖炉解体 1
(6月27日の日記『ガキの使い』をお読みになっていない方は、まずそちらからどうぞ。)
火曜日、解体前夜。
偶然、友人の訪問日が数日ずれることになり、私達夫婦は、何も言わずに解体屋のアポイントを受け入れることにしました。
「解体屋に任せたら、きっとその辺に、大雑把に覆いを掛けて終わりだからな。俺は、自分できっちりやるぞ」 夕方仕事から戻った夫B氏の両腕には、大きなビニール・シートが一巻、太さや素材の違うガム・テープが3種類、ピストル状になった大きなホチキス(名前が分りません)が、抱えられていました。
そして言葉通り、夕食を終えたB氏は、手際良く、解体予定の暖炉がある部屋をビニールの壁で二つに分けました。 天井、床、壁とビニールの隙間には、銀や青のガム・テープが走り、どんな小さな粉塵も決して通さない、といった様子です。
「すごい。まるで病院の無菌室みたいだね」 「これで各部屋のドアを全部閉めれば、完璧さ。それは明日、みんつがやってくれ」 「うん、分った。それにしても、解体屋は何時に来るのかしら? きっと午前中だよね。私、一応早起きしておこうかな?」 そんな話をしながら、私達は眠りに着きました。
水曜日、解体一日目。
……スイス人は朝が早いからな。解体屋、9時にはもう来るかも知れない。……地元の小さな個人店だから、今日の仕事はうちだけだったりして。……否、ひょっとしたら、滅多に仕事なんて入らないのかも……そうなると暇だから、8時頃には来ちゃうかな。……その可能性はかなりあるぞ。……8時だな、きっと。
朝7時過ぎ、B氏を見送った私は、まだベッドの中でごろごろしながら、そんなことを考えていました。 すると、寝室の窓の下で、聞き慣れない車の止まる音がします。 時計を見ると、まだ7時半です。 郵便配達のバンは、毎朝9時に来ますし、普通の乗用車よりも重い音ですから、下の階に住むお婆ちゃんの娘が、遊びに来たのでもなさそうです。 この辺を毎日走っているトラクターの音にしては、軽過ぎます。
!!! もしや!! 窓から覗くと、家の前に、車体に広告の入った解体屋のバンが、停まっています。 重い音がしたのは、煖炉の瓦礫を入れる為の大きな台が、バンの後ろに牽引されていたからです。 「げっ、やばい」 私は、慌てて服を着ると、髪を梳かし、トイレに飛び込んで顔を洗いました。 私が顔を拭き終わらない内にも、玄関のチャイムが鳴ります。
「おはようございます」 そう言う私に、お腹のぽっこりと出た解体屋のおじさんは、もそもそと返事をして、部屋に入って来ました。 Tシャツに短パン、白い靴下に黒の革靴というおかしな格好で、片手にはハンマーの入ったバケツを提げています。 ……業務用の掃除機は、後で運ぶのかな? この時私は、何気なくそう思ったのですが、案外これがポイントを突いていた事は、後になって知りました。
早朝7時半、アポイントの電話も入れずにやって来て、当たり前のように仕事を始めようとする解体屋に、私は軽くジャブを打ってみることにしました。 「実は私、今日貴方が来る事を知らされていなかったんですよ」 「じゃあ、何でこのビニールが貼ってあるんだい?」 これが解体屋の第一声です。 「下に住むお婆ちゃんが、偶然教えてくれたから。大家からも、もちろん貴方の会社からも、私は何も聞いていないんですよね」 「……俺は、あんたの大家にちゃんと伝えたから」
解体屋はそれだけ言うと、ビニール・シートを広げ、仕事に取りかかりましたが、シートの端をテープで固定したりは、しないようです。 ……B氏が自分でやったのは、正解だったな。 私は、そこに解体屋を一人残すと、別の部屋で一日を過ごしました。
〜次回へ続く〜 |
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