2005年9月5日 (月)
レストランで飲む理由
遅れていた夏がやっと来たのか、先週からここアルプスは、晴天の日が続いています。
夏の終わりから秋にかけては、空気が一番澄んでいる時期で、昨日は山歩きをするには絶好の日和でもありましたので、私たち夫婦は、ポケットに50フラン紙幣(五千円札ぐらいの感覚です)を一枚だけ突っ込み、昼過ぎからふらりと、少し長目の散歩をして来ました。
3〜4時間ぐらい歩いたでしょうか。 途中で出会ったのは、牛と小柄な猛禽類(隼?)のみで、そこら中に生えている茸を一々「これは、食べられる?」と聞く私に、時には苦笑いをし、時には無理矢理手を引いて歩かせ、何度かは「うん、1週間ぐらいカラフルな世界に暮らせるよ」と言う夫B氏も、楽しい一時を過ごしたようです。
そして、そろそろ我が家も近付いてきた頃、私たちは一軒のレストランを見付けました。 「何か飲んで行く? それとも、もういくらもないし、家まで待つ?」 「ああ、何か飲もう。どんなレストランか、チェックしようぜ」
こぢんまりしたテラスのパラソルの下では、二人の中年男性が別々のテーブルに座り、ビールを飲んでいました。 「こんにちは」 私たちがそう言うと、客だと思った男性の一人が、「いらっしゃいませ」と立ち上がりました。
「昼間からオーナー自身がビールを飲んでいるレストランなんて、親近感が湧くねぇ」 私たちは、リンゴのワインとフライド・ポテトの大皿を注文し、再びビールを飲み出したオーナーともう一人の客と、ぎこちないながらも世間話を始めました。 二人とも暇を持て余していたのか、そんな私たちに、進んでお喋りをしてくれました。
客の方の男性は、レストランのすぐ側に住んでいて、どうやら常連のようで、私たちとの話の合間には、新聞を読みながらビールをラッパ飲みしています。 そして時々、「おお、xxの洗剤が安売りになっている。この製品は良いんだ」などと、独り言ともつかない声を上げています。
「みんつ、彼は酔っぱらっているのかな?」 客の男性がトイレに立ったすきに、B氏が小声で聞きました。 「違うよ。あれは、寂しいんだよ。ああやって、私たちの注意を惹いているんだよ。あの感じでは、彼は一人暮らしだね。多分、奥さんに逃げられたんじゃないのかな。それ以来ずっと独りなんだよ」 「そうかぁ……」
そんな話をしていると、小さな看板が私の目に留まりました。 「『ホッペンxxx』……。ホップ(hopp:ぴょんぴょん跳ねる)なんて、面白い名前だね」 私が何気なく言うと、B氏は苦笑しました。 「違うよ、あれはポッペン(Hopfen:ビールのホップ)だよ」 「ああ、そうか! そりゃ、そうだよね。ここ、レストランだもんね。へへへ、間違えた」
すると、トイレから戻っていた例の客が、すかさず言いました。 「ホップもモルトも失う」 今度はB氏、声を上げて笑いました。 「みんつ、これは慣用句だけど、意味分るか?」 「分かんない」 「ホップとモルトは、ビール造りに欠かせないものだろう。これが両方なくなったら、もう誰も何にもしてやれない。つまり、もうどうしようもないって事だよ」 「へぇ、面白い表現だねぇ。ホップもモルトもなくなった……ふーん、だから皆レストランで飲むのね」 冗談を言う私に、客の中年男性は、またもや呟きました。 「俺は、ホップもモルトも失ったことがある」 「……」
……あ、それは、説明は要りません。見れば大体分りますから。 |
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